海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

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8.準備室で兄について考えた日

 10月の半分を過ぎ、段々と秋が深まり寒くなっていく日々。

 窓越しに雨が降っている暗い雲を見ていると、気分が少しばかり落ち込んでしまう。

 そんなふうに思うのは寒さのせいだと結論付て、僕がいつもいる準備室のエアコンの温度をさらにあげて部屋を暖める。

 部屋はひざ掛けをかけなくてもいいぐらいに暖かく、春の日差しがあるような感覚になった。

 そんな暖かい部屋で気分は悪くならないはずなのに、今日はやけに部屋の雰囲気が暗い。

 それはまほが椅子に座りながら、静かにうつむいているからだ。空気が話しかけるなオーラでいっぱいなぐらいに。

 ノンナが来て以降はまほは明るくなっていて、時々僕にお弁当を作ってくれるぐらいに仲は深まっている。

 でも今の暗さは気軽に声をかける雰囲気でない。

 ここまで重いのは出会ってから初めてだ。そんな状態でここへと来たのだから、家のこととか西住流や戦車道についてのことかもしれない。

 今日、まほが部屋にやってきてからは挨拶と弁当を渡すときにしか会話はなく、弁当を食べている時も食べ終わってからでも会話は何もない。

 食事が終わってから僕はまほに背を向けて机に向かっては教員用の教科書を読む努力をしていたけれど、あまり集中して読むことができなかった。

 このまま昼休みが終わるまで時間が続くかと思うと、まほが動く気配がした。

 

「先生、相談があるんだ」

「なんだい?」

 

 低い声で言うまほに僕は明るく返事をすると、教科書を机に置くと体ごとまほへと振り向いた。

 とても真面目なまほの表情に自然と僕は深呼吸をして緊張をしてしまう。

 そして何を言うかまでの時間がとても長く感じる。

 

「お兄ちゃんが欲しいって言われたんだ」

「……うん?」

「もうすぐみほの誕生日なんだが、プレゼントが思いつかないから本人に聞いたんだ。その返事がお兄ちゃんと言われた」

 

 物凄くどろどろとした悩みかと思ったけれど、まほの言ったことは僕には重く感じれず、姉妹でプレゼントを渡すなんて仲がいいなと思った。

 でもまほにとってはとてつもなく重要なことだと思っている。

 僕は一瞬だけ、緊張が抜けて顔がゆるんでしまったものの、気をつけて真面目な表情を維持する。

 

「みほは私の困った顔を見てか、すぐに冗談だと笑って言ってくれたものの、私にはどうにもそれが本心に聞こえたんだ。

 だから考えた。お兄ちゃんをプレゼントするにはどうするべきか」

 

 そう力強く言うとまほは立ち上がり、呟きながら部屋の中をゆっくりと円を描くようにして歩き始める。

 

「最初に思いついたのは私の家族と仲良くなって、先生の存在を認めてもらうことだ。そうすれば、お兄ちゃんとみほが呼んでも自然になるはずだ。

 ふたつめはいわゆる幼馴染関係というものだ。少女漫画でも近くに住む男性と仲良くなって、兄と呼ぶことがある。今からでは遅いかもしれないが、これから近くで住めば似たような効果があるかもしれない。

 みっつめは私と先生が結婚し、みほに義理の兄を作るというのがある」

 

 兄をプレゼントするために考えているまほが言ったことは、人生において重要なことがあるものの言った本人はまったく気にしていない様子だ。

 結婚という意味に気づいていないのか、気づいていてそれなのか。または選択肢としてあげているだけだから気にする必要がないのか。

 どちらかはわからないけれど、ふたつめの案を聞いてまほが少女漫画を読んでいるイメージがなかったから、なんか新鮮だ。

 今まで僕と会話するときは戦車か勉強の話ばかりだったから。

 こうやって私生活や趣味がお互いに理解しあえていくといいな、と考えると自然と笑みが浮かぶ。

 僕がそう思っている時もまほの主張は続き、僕が朝にみほを寮まで迎えに行くとか、その逆を続けることによって生まれる親愛の情などについて言っている。

 ……微笑ましく思って見ていたけれど、10分も僕を兄にするか、兄と呼ぶか、妹と思ってもらえるかという手段についての話が少しばかり長すぎる。

 腕時計をちらりと見ると、授業開始まであと9分。

 僕は次の授業がないけれど、まほはそうじゃない。だから僕は話の流れを変えて止めることにした。

 

「まほ」

「なんだ、先生。どれか選んでくれるのか?」

「さっき結婚って言ってたけど、まほは僕と結婚したいの?」

 

 からかうつもりで言った言葉は沈黙の時間を生み出し、まほの何を言っているのかわからないという表情なって、それがすぐに変わって顔が赤くなっていく。

 そして歩き回るのをやめて僕の前までやってくると、何かを言いたいらしく口を開けるが言葉は出ない。

 次に僕へと手を振り上げるもそこからどうしていいかわからず、手を降ろすと視線はきょろきょろとして落ち着かない。

 

「違うんだ。私はみほのために……いや、先生ともっと親しくなりたいと思ったんだ。軽い気持ちで言っていると思われているかもしれないが、私としてはいつも真面目に―――」

「まほ、落ち着いて。僕は怒っているわけでも、嫌がっているわけでもないから」

「……では、先生は私と結婚したいのか?」

 

 逆にまほに問われて、自分で言うのと違って恥ずかしくなった僕はまほのことについて考える。

 まほはかっこよくてかわいいし、高校1年生にしては落ち着きがあるから一緒にいると心が安らぐ。

 仲良くしたいと思ってはいるけれど、いまいち自分の感情に説明がつかない。

 妹みたいなノンナにそんなことを言われたとしてもあまり恥ずかしがることなんてないけれど、まほは違う。

 まっすぐに見つめてくる目は不安で揺れていて、僕の言葉次第ではすごく落ち込んでしまいそうだ。

 

「僕はまほのそばにいれれば、それでいいよ。来年になれば、みほもここに来るし。そうしたら3人で楽しく過ごせるのが僕は楽しみだ。兄と妹のようなね」

「兄と妹か」

 

 安心したような、どこか寂しいような。そんな表情を見ると僕は心が痛む。

 

「なんなら、今から兄と呼んでくれてもいいけど」

 

 お互い見つめあうが、まほは返事をせずに僕から視線をそらし、雨が降り続ける窓を見た。

 兄と呼びもせず、断りもしないことに不思議に思ったまま、僕もまほと同じように窓を見る。

 ちょっとのあいだ、外の雨を見たあとに静かにまほは話し始めた。

 

「先生はみほと何回会ったことがある?」

「1回だけ」

「それは少ないな。もっと交流を深めないといけない。それはみほにも先生にもきっといい影響があると思う。だから、みほに先生の電話番号を教えたいんだ」

「電話番号?」

「みほには信頼できる教師を紹介しておきたいし、色々と相談したいこともあると思う」

「進路指導や担任の人よりいいかな?」

「先生は周りにいる教師よりも信頼できると思っている。だから電話番号を教えてもいいだろうか? それと私も先生のを教えてもらいたい」

 

 そう言われ、まほの期待を裏切らないような教師をしていきたい。

 それと言われてわかったけれど、今までお互いに番号なんて知らなかった。

 これだけ仲がいいのなら、電話番号を教えあっているのが普通だ。でも僕が準備室にいれば、まほがやってくるから電話の必要性は感じていなかった。

 時々、夜にまほの声を聞きたくなることもあるから教えていいのかもしれない。

 それにみほとも話をしてみたかった。まほの妹というところから興味を持ち、前に会ったときは素直ないい子そうだったから。

 

「代わりにまほのも教えてね」

 

 そう言うと安心した様子のまほと僕はお互いに電話番号を教えあい、まほはみほにメールで僕の電話番号を送った。

 

「……ノンナよりも遠いだろうが、これで距離が近づいただろうか」

 

 寂しそうに言う声に僕はまほへと振り向く。

 いったい、どうしてノンナと比べる必要があるんだろうか?

 僕は1度も優劣をつけたことはないし、まほのこともノンナのことも同じように扱っている。

 会った時間はノンナのほうが長いのは当然だけれど、それは過去のことだ。

 今はまほとの時間が最も長い。

 

「目の前にいる僕よりも、遠くのノンナが気になるのかい?」

「こうして近くにいれるが、それも卒業までだ。結局のところ、先生と私は教師と教え子の関係でしかないからな」

「そうかな?」

「そうだ。私が先生にとって忘れられない存在になれれば嬉しいのだがな」

 

 そう言ってまほは深く悲しげなため息をつく。

 ノンナと会って以来、どうにも僕に対する感情が不安定になっているみたいだ。

 一時期は落ち着いていたけど、近頃はどうにもこういうことが時々ある。

 それは秋という季節かもしれない。秋は春と違い、別れのイメージが強いから。きっと季節の雰囲気に影響されているのだろう。

 

「もう僕の教師人生でまほのことは忘れないと思うよ。こんなに仲がいいのは後にも先にもまほだけかもしれない」

 

 まほはさっきまで座っていた椅子へと座ると、ため息をつく。

 

「そうありたいものだ。私にとってなんでも話せる大人の人は先生しかいないからな。西住流も家のことも関係なく。だから私は離れたくないのかもしれない」

 

 いくらまほと仲良くなろうとも、どうしても教師と生徒という関係が僕の頭に強くある。

 仲良くなりたい、でも問題は起こしたくない。それはお互いにとって良くないことだから。

 問題を起こしたくなければ、必要以上に仲良くなればいいと考えるものの、どうしてもそれができない。

 矛盾だ。僕の意思が弱いから。どちらか一方のことだけを考えられたらいいのに。

 

「僕とまほは教師と生徒ではない別の関係になればいいじゃないか。これは信頼してこそのことだと思うんだ」

「別の関係?」

 

 首を傾げ、考え始めるまほだが何も思いつかない様子だ。

「兄と妹という関係だよ。さっきも言ったように、嫌でなかったら兄と呼んでみて欲しいんだ。そうすれば、まほ自身の気持ちが落ち着くかもしれない」

「……兄さん、お兄ちゃん、兄さま、兄貴、あにぃ?」

「自然と呼びたくなったらでいいよ」

 

 不思議な顔をして僕の呼び方を考えながら答えがでないまほに僕は笑みを浮かべてしまう。それは、なんだか呼び方ひとつで不思議そうにする姿がかわいかったから。

 

「わかった。私自身が先生についてどう思っているか、考える必要があるみたいだ。時間がかかりそうだがな」

「すぐに答えを出すものじゃないから、ゆっくり考えて」

 

 まほは小さく微笑んでは頷き、今日の悩みはひとまず落ち着いた。

 僕自身はまほについて、心がどきどきと落ち着かないこともあって異性に思うこともあるけれど、まほは妹のように僕は思わなければいけない。

 そのうち、ノンナみたいに自然な関係になれるといいと思う。

 そう考えたところで授業開始のチャイムの音がスピーカーから流れ出し、まほは慌てて自分のと僕の弁当箱を回収していく。

 

「先生、またな」

「お弁当ありがとう。おいしかったよ」

 

 僕の言葉にちょっぴり恥ずかしがりながら頷くまほは、出ていくのを名残惜しそうにしながらも急いで部屋を出ていった。僕はそんな後ろ姿に向かってひらひらと手を振っている。

 まほがいなくなったところで、さっきの話を考える。

 ノンナがキッカケだったのか、今まで思いを隠していたのかはわからないけれど、まほは僕と距離をもっと近づけたいらしい。

 それは物理的ではなく精神的距離。

 やっぱり僕はまほとは大きく年齢が違うし、教師という立場でもあるからいくら言葉で言っても安心できないのだと思う。

 教師の立場で接しているかもしれないという不安。僕としては親友のように扱っているつもりなのだけど。

 ……思えば、1度もまほをさわったことがなかった。まほからさわれることも。

 僕としては友達な関係をしていたと思っていたけれど、友達にあって当たり前なじゃれあうことさえもなかった。

 無意識化で僕もまほも遠慮しているのかもしれない。

 僕は自分の右手をじっと見つめ、左手で思い切り叩きつける。

 それは当たり前に痛くて、まほが何かに焦っている気持ちに、もう少しで気づけるような気づけないような。そんな気がした。

 とりあえずはわかるところからやってしまおうと思う。

 それは学校が終わったあと、みほに電話して誕生日おめでとうと言うことだ。誕生日が何日かは聞いていなかったけれど、少し早いぐらいなら許してくれるはずだ。

 あと、まほとどう向き合えばいいか相談に乗ってもらおう。

 僕はみほより9歳も年上だけど、わからないことだってたくさんある。そのことで僕のイメージが崩れてしまおうとも、自分の問題よりもまほが大事だからだ。

 そうして考えを決め、学校の授業が終わってしばらくしてから電話をした。

 みほは突然僕に電話をかけられたことに驚いたものの、誕生日を祝ってくれたことに喜び、まほのことで相談すると喜々として相談に乗ってくれた。

 まほから、お兄ちゃんが欲しいと聞いたことは本人が恥ずかしがるだろうから隠しつつ、なんでもない話をした。

 そうして30分ほど電話が終わったあとに思ったことは、みほみたいなかわいくて明るい子が妹だったら、楽しい日々が送れるだろうなと感じる。

 まほが妹だったのを想像すると僕の面倒を見てくれそうだけど、まほのおかげでダメ人間になってしまいそうだと思って苦笑いをしてしまう。

 逆に僕が兄として振る舞うとしたらどうなるかを想像し、今日という時間が過ぎていった。

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