海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

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9.準備室にまほとノンナがやってきた日

 1年はあっという間に過ぎていき、今日は終業式が終わった翌日。冬休み初日だ。

 熊本の港に停泊した黒森峰の学園艦は実家に帰る人たちが降りていき、西住姉妹は今日から家に帰ると教えてくれた。

 誰もいない自分1人だけの準備室はひっそりとした静けさがあるだけ。

 それは港で作業する機械の音や作業員の人たちの声が聞こえてくるほどに。

 ときおり聞こえる港からの音を聞きながら、僕は仕事として生徒たちの試験結果を眺めていた。

 教師は学生が冬休みになってももうちょっとは仕事があるのが悲しく思う。

 朝から準備室にこもって続けて仕事をしていたけど、ふと腕時計を見る。

 もうすぐノンナが来る時間だ。

 それというのも、ノンナが僕のアパートへ2泊3日の予定で僕に会いに来るらしい。年末に実家で会う予定なのに。

 本人が言うには兄さま成分が枯渇したとのことだ。電話でそう言われたときに僕の使用済みワイシャツでも送ろうかと冗談で言ったら、真面目な声で「送ってください」と言われた時に僕はとても戸惑った。そんな返事をするとは予想外だった。静かに怒られるものだとばかりに。

 戸惑った僕にノンナは「冗談です」と言葉を続けた。

 その冗談の前に言った直接会いたいというのを実行するため、ノンナはプラウダ高校が停泊している青森から熊本まで新幹線で来るらしい。

 料金は僕が支払いたかったものの、さすがに往復は高すぎる。ノンナは貯めていたのと親からもらったお金を使うと言っていたからそれに感謝する。

 僕もノンナと会うと昔のように仲良く話をするのが好きだから、楽しみに待てる。

 仕事に集中する気分にもならず、ぼぅっと窓から見える青い空を椅子に深く腰掛けて眺める。

 すると準備室の扉をふたりぶんの足音が聞こえ、ノックする音が聞こえた。

 控えめな音だけど、このノックの叩き方はまほだ。今日はいないはずなのにいったいどうしているんだろう。

 そんな疑問を浮かべながら、僕は扉の向こう側へと声をかける。

 

「入っていいよ」

「先生、こんにちは」

 

 扉を開けて挨拶をしたまほの後ろにはノンナがいた。

 

「兄さま、来ましたよ」

 

 そう言って準備室へと入ってきたのは制服姿のまほと同じく制服を着たノンナだ。わざわざプラウダからここまで制服を持ってきたのを見ると、元々学校に来る気だったのがわかる。

 まほはノンナがいるせいなのか、どこか困惑した様子でいつもの椅子へと座る。

 僕としてはまほが今日来たことに驚いた。

 今日はどうしたのかと声をかけようとすると、ノンナは僕の正面に来てじっと見つめてきてはすぐに僕の真横に立ってくる。

 

「ふたり一緒に来たんだね」

「ああ。私は学園に用事があって用が終わったところにノンナがいてな」

「はい。私が兄さまに会いに行くと言ったら、まほさんも一緒に来たんです」

 

 まほとノンナが直接会っているところを見たのは初めてだけど、仲が悪くないようでよかった。

 でもまほが僕に説明しろと強い目力で訴えてきて、ノンナは涼しい顔をしている。

 

「年末に会う予定だと言うのに、、ノンナは遊びに来たんだ」

「それと兄さま成分が枯渇したからです。兄さまの優しい心にふれていないと私は毎晩電話をかけ続けてしまう衝動に駆られます」

 

 そう言うとノンナは僕の頭を優しく撫で始め、嬉しそうに見えた。

 僕はそれを止めずにされるがままに。その撫で方は気持ちよく、いつまでも撫でられたい気持ちになる。

 普通は撫でるのが逆だと思うけれど、ノンナは昔から僕の世話をやったりしながら甘えてくることがよくあった。これもそういうことのひとつだ。

 以前、撫でるのを強引に止めたら、その止めた手を力強く握ってきてはひどく冷たい目で見られて以来抵抗はしないことにする。

 年下といえど、あれはかなり怖いものだった。

 

「それでまほさん、あなたはいったいどういう理由でここに?」

 

 ノンナに声をかけられるまでうらやましく僕たちを見てたまほ。でもその声を聞き、いつもの冷静な様子になった。

 

「戦車道に関する備品申請に不備があったから来たんだ。それで学校にせっかく来たのだから、先生に会おうと思った」

「わかります。確かに兄さまにがそばにいると知れば、会いたくなりますよね」

 

 僕の横に立っていたノンナは撫でる手を止めて正面にやってくると少し開いていた僕の足を手で閉じ、僕の胸へと背中を預けて膝の上に座ってくる。

 僕は座ってきたノンナが落ちないようにお腹へと手を回した。

 これは小さい頃によくやっていたけれど、今となってはノンナが重い。成長したのだからそれは当然なのはわかっているけど。あと重さの次にノンナのお尻や太ももの柔らかい感触があって少し落ち着かない。

 目の前に黒く綺麗な髪があるのもそうだ。シャンプーのいい香りがする髪の匂いはとてもよく、落ち着くには時間がかかりそうだ。

 まほの前で膝の上に座らせるのは恥ずかしいけど、ノンナはどんな顔をしているんだろうか。いつものように無表情なのか、喜んでいるのか。

 僕の位置からではノンナの顔は見ることができない。

 

「……ノンナ。それは先生にとって迷惑だと思うのだが」

「これは妹の特権です。甘えているだけです。昔からやっていることなので兄さまも特に気にせず受け入れてくれていますよ」

「確かに今のは流れるような動きだった。だが、その、そういうのはよくないような……」

「うらやましいのですか、西住まほ。あなたも妹になれば同じことができますよ?」

 

 視線が落ち着きなく部屋を見回しまほに対し、ノンナは冷たく張り詰めた声を出す。

 その言葉を聞いたまほは一瞬動きが止まり、僕を見てからノンナと視線を合わせる。

 

「うらやましい気持ちは少しだけあるが、妹になりたいかはわからない。ふたりの仲がいいのを見ると、私との関係はなんだろうと思う。……私は先生と話をするだけだ。そんなふうに仲良くしたことなんて1度もない」

 

 まほの言うとおり、僕がさわったりしたことは今までなかった。

 それは教師と生徒という関係もある。さわっているところを誰かに見られるかもしれないし、普段からしていると準備室の外でも同じようなことをしてしまいそうだから意識してそういうのを避けていた。

 僕とまほの関係は今では友達以上だけれど、それがどんな関係と聞かれれば、なんて言っていいかわからない。妹相手ならスキンシップだけれど、それ以外の関係ならセクハラになるだろうから。

 まほとふれあうことになったら、僕自身の感情も制御するのが難しくなりそうな気がする。

 ノンナとまほは好きだけれど、好きという意味が違う。妹のようなノンナと、生徒であり友達で1人の女性と見てしまいそうなまほ。

 僕は気持ちを抑えなければいけない。まほはきっと僕に対する感情はまだ決まってないから。

 そして、僕は近いうちに自分自身の感情に決着をつけなければいけない。僕にとって何が大切なのか。

 教師としてなら今ぐらいの距離を取り、そうでなければ僕はまほとどうなりたいか。

 ノンナみたいな妹なのか、友人なのか、もしくは恋人になりたいのか。

 ぐるぐると頭の中で悩んでいると、ノンナはお腹に置かれた僕の手をほどいて立ち上がる。

 

「まほ、あなたには好感が持てます。きちんと兄さまのことを考えていて、私は嬉しいですよ」

 

 ノンナはまほの前に行くと、手を掴んでが強引に立たせて僕の前まで連れてくる。

 困惑する僕とまほは見つめあっていたが、すぐに同時にノンナを見るが、ノンナは嬉しそうに微笑んでいた。

 

「さぁ、遠慮なくふれあってください。私としては2人が仲良くなるのは歓迎します。兄さんは年上なのですから優しくしてあげてくださいね」

 

 僕とまほの間にやってくる困惑と沈黙。

 今の気分をたとえるなら、妹に彼女候補を紹介されたような気分になるのだろうか?

 僕はちょうどいい機会だと思い、立ち上がるとまほの頭へと向かって手をゆっくりと伸ばす。

 まほは驚いたらしく、1歩後ずさったがすぐにうつむきながら恥ずかしそうに僕へと頭を差し出してきた。

 いつもの気丈なまほ違い、その様子はとても新鮮だった。

 僕はまほの頭へと手を伸ばし、髪をそっと撫で始めた途端にびくりと体を震わせたが、次第に柔らかい雰囲気へとなっていた。

 さわったまほの髪はさらさらだった。

 僕はそれだけで頭がいっぱいになる。

 ただ撫でているだけなのにいけないことをしている気分になってしまう。いや、実際に教え子の頭を撫でるのは教師としてよろしくない方向にはなるのだろうけれど。

 それでも手を止めることができない。

 初めてふれたまほの感触、体温の温かさにドキドキしてしまっている。

 ほんのわずかな時間が、もずっと時間のようにも感じる。

 

「よかったです、兄さまもまほさんも嬉しそうで」

 

 その安心したノンナの一言で僕はまほから手を離し、まほも慌てて座っていた椅子へと戻り無表情になろうとしていたが緩んだ顔はそれをさせてくれなかった。

 

「これで私がいないときも支えあっていけそうですね。兄さまの新しい妹ができなかったのは少し残念ですが」

 

 ノンナはさっきと同じように僕の太ももの上に座り、僕もまたノンナのお腹へと手を回す。

 

「今日をもって、私とまほは兄さまを通じた親しい友達と認識したいのですがどうでしょうか? それとまほさんさえ良ければ、今日は一緒に兄さまの話をしたいのですけど」

「どちらも嬉しいことだ。だが、私はこれから実家に帰るんだ」

「残念です。私は兄さまの家に泊まるのですが、その時に兄さまの話をしたかったのですけど」

 

 まほはそれを聞くと、視線を天井へとやって数秒たって考えてから勢いよく立ち上がった。

 

「少し待っていてくれ。電話をしてくる」

 

 僕とノンナが反応する間もなく部屋から出ていき、ノンナとふたりきりになる。

 まほが出ていった扉を見つめ、足音が遠ざかっていくとノンナは座ったまま体を反転させて、僕の背中と手を回して力強く抱き着いてくる。

 胸を押し付けられる感触はあるけれど、それよりも顔を俺の首筋へと当てて、静かに呼吸してくるのがくすぐったい。

 

「これが1番落ち着きます」

「昔を思い出すよ。ノンナは僕に説教をしてたよね。背筋が凍えそうな冷たい目で見てきても最後はこうやって抱き着いてきた。昔は小さかったのに今はこんなにも大きいのは変な感じがするよ」

「それはセクハラですか?」

 

 今日1番の背筋が寒くなる声。感情を失った声がすぐ耳元で響き、僕の背中に回している手に強い力が入る。

 

「身長のことだよ」

「私の女性的部分には興味がないのですね」

「妹だからね」

 

 そう言うとノンナの抱き着く力が弱まり、優しい静かな雰囲気になっていく。

 僕もノンナの背中に手を回して気分が落ち着く。この瞬間、僕はノンナに癒されている。

 ノンナには本当に感謝している。血の繋がりがない僕のことを兄と呼んで慕ってくれる。昔も今も。僕が信頼できるのは拾ってくれた両親とノンナ。たぶん、この中にまほも入ると思う。

 僕とまほのお互いの関係性がはっきりとして僕の気持ちも決まったら、友達、親友、または恋人という可能性があるかもしれない。

 まほと深く仲良くしたいなと考えていると、廊下から走ってくる音が聞こえてくる。

 ノンナはすぐに僕から手を離すとさっきと同じように僕の背中に体を預けて座る姿勢になる。

 それと同時にノックが聞こえ、嬉しそうに入ってくるまほ。

 

「おかえり、まほ」

「おかえりなさい」

 

 さっきまでのノンナの体温が感じれなくなって寂しくなるけど、すぐに気持ちを切り替える。

 

「お母さまから友達と遊ぶために1日遅れることの許可をもらった。戻ったときには説教と練習を厳しくされそうだがな」

「それはよかった。まほのお母さんは、僕と一緒にいても大丈夫だと思ってくれたんだね」

 

 そう聞くとまほは、口を開いて何かを言おうとしたけど、すぐに僕から目をそらした。

 

「その、なんて言えばいいか。機会があったら紹介しなさいと言われた……」

 

 それはいったいどういう意味で言ったのか。

 教師としてなのか、友達という意味なのだろうか。

 保護者から何かを言われたら、学校側としては強く出れない。どうか悪い意味でないのを願うばかりだ。

 

「以前から先生のことは時々お母さまと話をしているんだ。さっき電話の向こうでみほも何か言ったらしく、それである程度の信頼が先生にはあるらしいのだが……」

 

 言葉を濁らせたまほは大きく深いため息をつく。

 そのあとはきっと面倒なことを言われたに違いない。帰って来たららたるんだ精神を鍛えなおすとか、そんな感じの厳しそうなのが。

 

「頑張ってきなさいと言われた。いったい私は何を頑張ればいいんだ。みほも何を言ったのだか」

 

 あきれたふうに言うまほだが、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 予想していたこととかなり違うことが言われ、僕は返事に困る。

 まほとみほの母親は、僕とまほの関係をいったいどうさせたいんだ。ある意味、親公認という形になるのだろうか。

 戦車道に厳しいまほの母親だけど、それ以外に関しては甘いというか一般的な母親に感じる。

 

「まぁ、許可がもらえてよかったね」

「よかったです。これで夜遅くまでまほさんと話ができるというものです」

 

 夜遅く……?

 ふたりは春休みだけど、僕はまだ仕事があるんだ。学生がいないから授業がないぶんは気楽だけど、そのぶん書類にずっと向き合う時間が多くなる。

 

「ノンナ、僕は明日も仕事で疲れるんだけど」

「それなら今日の夕食は私が栄養あるものを作りましょう。どうせバランスの悪い食事なのでしょう?」

「そうだ。先生はいつも体に悪そうなものを食べている。カップラーメンばかりなんだ」

「まぁ!」

 

 まほは何かをたくらんでいるような悪い笑みを浮かべ、ノンナもわざとらしく驚いては同じ笑みを浮かべている。

 こういうときは何か面倒なことが起きる。

 抵抗したとしても僕はあっさり負けるだろう。それなら逃げる道しかない。

 

「あぁ! 実は今日は忙しいんだった。だから仕事を手伝ってこないと。30分ぐらい行ってくるよ!」

 

 わざとらしいセリフを言ってノンナを僕の膝の上から強引に降ろすと、ふたりの返事を待たずに急いで部屋を出て振り返りもせずに職員室へと向かう。

 でも実際には仕事なんてなく、他の教師たちはのんびりと自分たちの仕事を片付けていた。

 僕ができることと言えば、自分に割り当てられた机の上や中をを片付けるだけだ。だがそれもすぐに終わる。普段から使っていないから、整理整頓さえしなくてもいい。

 10分ぐらいしか時間をかけることもできなかったけど、ふたりの雰囲気も変わっていているだろうという期待を込めて帰る。

 ……だけど、期待は期待。準備室に戻るとふたりはさっきよりも協力的だった。

 しばらくして学校から3人で僕の住んでいる小さなアパートに行くことに。

 その日の夜は僕が黒森峰にやってきて最も騒がしく、最も楽しい夜になった。

 ふたりは仲良く料理を作り、楽しく夕食をし、僕の話をして盛り上がる。

 僕のいいところや悪いところを語り合い、授業での失敗した話なんかに混ざりたくない僕は部屋の隅っこで新聞や哲学書を読むが、ちょくちょく話しかけられるので落ち着いて読むことができなかった。

 結局は僕も話し合いに混ざることになる。でもそれは深夜になるまえにまほを帰すことにする。

 ふたりは無言のプレッシャーで僕へと『泊まらせていいじゃない』的なものを感じるが、ダメなものはダメだ。

 ノンナは親戚だからいいけど、まほは生徒だ。教師と生徒が僕の家で朝まで一緒に過ごすなんてことは世間的によくない。

 だからまほを寮まで送り届けることにした。ノンナを家に置き、まほとふたりで車に乗って行く。

 

「今日は楽しかったな」

 

 助手席に座っているまほが、ふとそんなことを嬉しそうに言う。

 僕はその言葉に「それはよかった」とだけ返す。それからは特に言葉はなく、僕の家から寮までの短い時間のドライブが終わる。

 お互いにさよならの言葉を言ってまほは車から降りると、僕がいる運転席までやって僕をじっと窓越しに見つめてくる。

 僕は車の中からまほが寮に戻っていくまで待つつもりだったけど、まほは見送りたいらしい。

 だから僕は窓を開けて早く戻ろうと言おうとした。だけど、まほは運転席の扉を開けるといきなり僕へと抱き着いてきた。それと同時に僕の頬に柔らかな感触がする。

 それがいったい何かと混乱したが、僕から離れたまほの顔はかなり赤かった。

 キスされたんだと理解して僕までもが恥ずかしくなった。

 

「まほ、今のは……」

「また来年会おう、先生」

 

 早口でそう言うと、まほは足早に寮へと消え去っていった。

 僕はまほの背中を見送ったまま動くことができない。

 たった今、この瞬間からまほを女性として意識してしまった。もう妹みたいな女の子という目で見ることさえもできないと思う。

 どうしても関係が変わってしまうこれから。 

 僕は冬休みが明け、また会う時までに自分の気持ちをはっきりと認識し、まほとの関係をどうしたいか考える必要ができた。

 今まで愛おしい気持ちで見てきたまほ。

 これは妹に対する愛情、または友達への友情なのか。それとも女性に対する恋心なのかを。

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