男は鼻歌を歌いながら六課の保有する建物から出てきた。
当然の様に正面玄関から出て、その手には金髪の幼女を横抱きにしている。
ユウはのんびりと上を眺め、その降りてくる機械を見つめる。
降りてきた機械は自身を作った博士が作り、尚且つその隣には自身の妹とも呼ぶべき存在がいる。
「アナタが……協力者ですか」
「ハジメマシテ、ナンバーズの娘さんや。エンプティとでも呼んでくれたまへ」
「空っぽ《エンプティ》……」
ユウは決して彼女らに自身の正体を明かさない。理由は色々と在るのだけど、メンドウという理由が一番彼の中で強いのだから、どうしようも無い。
「尤も、お兄さん、と愛を込めて呼んでくれても構わないがね」
「……」
「……えっと、聖王を預かりましょう」
「あぁ、そうかい……」
本当にバレないようにしているのか甚だオカシナ会話だったけれど、彼にしてはどうでもいい事なのだ。
出来れば、こう、若いお嬢さん方から『お兄ちゃん(はーと)』とか呼ばれてみたいなぁ。なんて邪な気持ちが口から出てしまっただけである。
決して変な交渉事、例えば『聖王が欲しくば胸をさらけ出して、「触っていいよ、お兄、ちゃん?」と言え』だとか、そんな事は一切無く聖王はナンバーズの手に渡る。
男もガジェットの上に乗り、胡座をかき、ポケットの中からタバコを取り出して口に咥えた。
「ところでお嬢さん方。火は持ち合わせてないか?」
「……生憎」
「ふぅむ。まぁピチピチのボディライン丸分かりのスーツから取り出されても何処から出てきたんだ?と疑問に思うところだけが」
わかっていた回答にケタケタと笑いながら応えたユウは手を大きく上げた。
瞼を閉じて、秒数を数える。正確には、カウントダウンが開始された。
「四、三……二、一……どぉん」
随分と間抜けた声の後、まずは光だった。
その場に居たオットーとディードの視界に映ったのは光と狂った男の影だった。
彼の嗤いも風も、全ては一度集約され、弾けた。機動六課の保有する全てを崩す爆発によって。
土埃と熱を激しく巻き散らかす爆風に目を細めながらオットーとディードは男を見る。
「クヒ、クッヒヒ、いやぁ、いい狼煙だな」
「何を……」
「何をって、爆発?まぁタバコの火種がなかったから仕方ないね」
「ッ」
彼女達は思った。彼は狂っている。生まれて間もない自分達には理解出来ない程、狂っている。
そんな狂人認定されている事を知りながら男はポケットの中に入っていたライターでタバコに火をつける。
爆炎で火をつけるだなんて、馬鹿らしい。単なる形である。
全て、様式美。
知り合いの騎士の首に自身の痕を付けたのも、骨を折ったのも、六課を爆発させたのも。格好の為だ。
「まぁ、理解される……とは思ってないけどな」
男は苦笑しながら呟いて、また狂ったような嗤いを顔に貼り付ける。
―生命検知の減数無し
―全て退避確認済
―計画は順調
頭の中に知らされる結果に満足しながら、男はやはり狂った様に嗤う。
ソレが彼の務めなのだ。
「さぁて、ナンバーズの娘達。アンタらはさっさとお父様のところへお帰りなさいな」
「追手は?」
「お兄さんが全部止めてやるよ。損失も、損害も、全てゼロだ。羨望と戦法はあるがね」
そんな彼の言葉を双子は目を合わせて、飛翔する。彼の座っているガジェットを置いて。
「さてさて、追手は何人だ?俺なら殿の相手に一人。追手に一人って所か……まぁ両方通す気にはならんがね」
紫煙を吹き出して、ユウは宙で待機する。
無限に広がる空だと言うのに、まるでそこから先には行けないかの様に、彼は目の前の存在を圧倒する。
白い竜の乗った、赤髪の少年と、桃色の髪の少女を威圧する。
「なぁ、少年よ。君は何を思う?まるで自宅を燃やされたかの様に俺を睨んで……クヒッ、まぁ知ったことじゃねぇがね」
「アナタが……アナタがやったんですか?」
「もちろん、イエス。タバコの火が無かったんでね。まぁ火力が多少強すぎるんでライターを普通に使ったが」
少年は、エリオは奥歯を鳴らした。
轟轟と燃える自身の家とも言える場所が、燃えている。
きっと、この人は中に居た人間も燃やしているのだろう。そう、彼は決めつけた。
もちろん、ソレは悪いことではない。目の前に居るのはパッと見快楽殺人者だ。狂っているに等しいのだ。
情報も得ることは出来ない今、彼の判断は正しいとも言える。
だからこそ、彼の中で思い出と共に燃える憎悪を否定する事は誰にも出来ない。
「オマエが……アンタが……」
「おぉ、おぉ。ガキが人が二十人程度死んで憤ってるのか?まぁ、なんだ。ご愁傷様?」
「ッ」
ブチン、とエリオの中で何かが切れた。
乗っていた白竜を足場にして、雷に変わった魔力を身体に纏わせて、愛槍で貫く訳でも無く、振りかぶった。
速度に追いついていないユウの瞳は未だに白竜を向いている。既にエリオは振りかぶった槍を振り下ろしていると言うのに。
「おお、ふむ。いやぁお兄さんビックリ」
その槍を見るでも無く、ユウは容易く掴んだ。当然である。彼は見ていなくても知る事が出来たのだから。
ただ簡単に、やってくる棒をゆっくりと掴んだだけ。それだけの事なのだ。
彼がおどけて言ってみせたのは、突然槍が現れた事ではなくて、難なく掴むことの出来た自身の身体性能だ。
「フー……!!フー……!!」
「全く、興奮してるねぇ。Fの遺産にしては、随分と感情が表に出てる。実に興味深い」
「ッ!!僕を、」
「あぁなんだ。喋らなくてもいいぞ。興味深い、とは言ったけれど、Fに関しての研究は眠っている間に終わらせた。簡単且つ明瞭。底抜けの欠陥品しか生まねぇ、クソ計画だ」
「な……」
「クソみたいな計画で生まれた、価値の無い命がキャンキャン騒いだところで、意味も無いことさ」
「意味が……」
まるでゴミを見るかの様な男の瞳がエリオを貫く。
思い出されるのは、全てに否定されていたあの頃。ソレを彷彿とさせる様に、男の瞳が、濁った赤色の瞳が彼を飲み込む。
「エリオ君ッ!!」
「――ッ、オォォォオオ!!」
「っと、」
ストラーダを起動しなおし、エリオはまた白竜の所へ戻る。
自身の為に叫んでくれた彼女の元へと。
「大丈夫!?」
「うん……ありがとう」
「あの人、強い」
「うん……でも、勝たなくちゃ」
エリオは男の方を向いて、今まで心の中に宿っていた憎悪の炎を一旦沈める。
怒りに任せて勝てる訳がない。まだ、自身は未熟なのだから。
そんなエリオの手をしっかりと握り締めるキャロも、冷静になった。
冷静に、相手を見て、そしてエリオを強化していく。
全ては、目の前の敵を倒す為に。
そんな倒されるべき敵はゆっくりと紫煙を吹き出して、肩を竦めた。
「あぁあ、冷静になっちゃったよ。いい教育してるなぁ。親はきっと金髪でグラマラスに違いねぇな」
なんて知っている事を吐き出す。
ユウが少年の時に集めた情報の中にあったことだ。故に、正しく彼は彼らと戦う気はさらさら無い。
態々、殿を任されたのは家族同士を戦わせない為。それだけの為に狂人を演じて、これからも狂人を演じるつもりだ。
「さってと。そろそろアジトに戻るかね」
「行かせません!!」
「ところがどっこい。行けるんだなぁ、コレが」
空に浮く魔法陣。ソレは既に群れと言ってもいいほどに並んでいる。
緋色に輝くそれが、まるでナイフの様な魔力弾を表し、白竜を牽制する。
「近づきたかったらどうぞ。どこぞの魔道書に似た魔力弾だ。爆発するので悪しからず」
ようやく立ち上がって、背筋を伸ばすように腕を高く伸ばした彼は「ふぅ……」と一息吐く。
時間稼ぎとしての仕事も、自分が存在するという伝言も映像も、全て残った。
「あとは招待状を届けてくれる、ホワイトラビットでも……」
と彼が思案した所で、目に桃色の髪の少女が目に映った。
目が合った。
男はニッコリと笑う。
少女は嫌な予感から、首を横に振った。
「よし、決定!!」
「キャロ!?」
男は自身で生成した魔力弾の上をトットッと跳んで渡り、白竜の前へと、そして上へと立った。
突然の事で思考が動かないエリオ。とにかく嫌な予感しかしないキャロは涙目で首を振っている。
「や、やめろぉおおおおおおお!!」
「まぁ、まぁ、命に別状はないって」
正確に急所を狙う素晴らしい槍捌きをいなしながら、男は手に魔法陣を浮かべる。
緋色のソレは普通の魔法陣である円形では無く、少しだけ歪な五角形をしていて、その真ん中には何故かデフォルメされた兎の絵が描かれていた。
首を振るキャロ。大丈夫大丈夫とたいして言い聞かせる気もない変態。
素早い動きでキャロの頭を掴んで、魔法は行使される。
「キャ、キャロォォオオオオ」
「キャァァッァアアアアアアア」
「フハハハハハハハハ!!」
スゲー!!言葉だけ見ると魔王に姫様が攫われてるみたいだ!!
とそんな感想を抱く程度に、その場は混沌としていた。
緋色の光がキャロに吸い込まれ、男は満足したようにまた魔力弾を踏んで、ガジェットへ移動した。
「キャロに何をした!!」
「時限爆弾を仕掛けた」
「ッ!?」
「嘘だ」
息を飲んだエリオは思わずズッコケた。
その様子をおかしそうにクスクス笑いながら、男は口を開く。
「案内ウサギは白からピンク。淫乱ピンク兎か……ゴクリ」
「いや、え?」
「気にするな、少年。君は知らなくていい事だ」
ユウは情操教育にも専念する。
そしてキャロは呻き、エリオの服をしっかりと握った。
「キャロ!?」
「うんうん、よしよし。じゃぁ俺は帰るから、よろしく!少年!!」
「あ、おい!!」
アーッハッハッハッハ、と悪役の様な、というか悪役は転移陣を開いて悠々と姿を消してしまった。
そして。
「で、コレが残った訳で」
「はい……」
ティアナの呆れた声に恥ずかしさで消え入りそうな声で反応した淫乱ピンク、失礼。キャロ。
その頭にはいつものふんわりとした帽子ではなくて、白く長い耳、まるで兎のような、というかウサギそのものの耳がある。
「治るの?」
「シャマルさんに診せたら苦笑して大丈夫って言われました」
「……大丈夫なの?それ」
「一応、アリシアさんにも見てもらったんですが……」
「何かわかったの?」
「大爆笑されました」
「……」
六課の若手四人の中に黙っていれば美しいとも言える女性が、いつもの様にケラケラではなくてゲラゲラ笑っている姿が思い浮かんだ。ソレも、容易く。
思わず、溜め息。
「おぉ、皆揃っとるな」
「八神部隊長!?」
「あぁ、ええよ。楽にしてて」
ベッドの上にいたスバルが立ち上がろうとするのを止めて、部屋の中に入ってきた八神はやて。四人を視界に収めて、ピコピコと動く兎耳を見つけて、吹き出す。
「プッ、アカン、ちょい待って、アッハッハッハッハッハ」
「八神部隊長まで……」
「あぁ、泣かんといて、かわええよ。うん、可愛い」
ふにふにと耳に触りながら謝るはやてはそのままキャロの頭を撫でて、ゆっくりと話を進める。
「さて、キャロにエリオ。お二人さんには言わなアカンことがある」
「あの人の事ですか?」
「そうや。映像を見返したけど、彼の名前はユウ・エンプティ。公式記録で探したけど、名も無い犯罪者や」
「ユウ・エンプティ……」
「親は革命家、ハンプティ・エンプティ。彼はその息子にあたる」
「よくそんな事が分かりましたね」
「んー、あの人が革命家エンプティの記録を改竄したのは知ってたし、何より」
「彼が態々、エンプティって名乗ったからね」
「フェイト隊長!?」
「うん、可愛い耳だね。アリシアから聞いた通りだ」
さも当然の様に部屋に入ってキャロの耳を撫でるフェイト。
そんなフェイトを見ながら、はやては更に口を開く。
「あと二人は?」
「もう少ししたら来るって」
「さよか」
「二人って?」
「なのは隊長とすずか准陸尉」
「……せ、戦争でもはじめるんですか?」
「うーん、四人で戦争かぁ……」
「負ける気はせぇへんけど。勝てる気が全くせんな」
冗談で言った言葉にマジレスされて、思わず頬が引き攣るティアナ。
笑い顔を顔に貼り付けているが、目が語っている。本気だと。
「いったい、何と戦う気ですか……」
「お待たせ」
「私達が最後かな?」
「なのはさんとすずかさん……あと、皇さんまで!?」
「オレは単なる付き添い。ココには呼ばれる筈はねぇよ。アイツの性格を考えるとな」
「えっと、いいですか?」
「どうぞ、うさぎさん」
「うぅ……もしかして、あの人の事を知ってるんですか?」
「あぁ、そやった。忘れてた」
「というか、ソレが一番最初にいうことじゃないの?はやてちゃん」
「まぁええやん。聞けば全部一緒やって」
「私達と、あの人。幼馴染なんだ」
「…………は?」
「ちなみに私と一緒にいた小さい男の子が彼の正体だよ」
「…………」
フォアード陣が頭を抱える。
つまり、なんだ、えっと、少年はすずかさんの幼馴染で、実はアレほどの精神年齢を兼ね備えた男で、そんな男とすずかさんは、え?え?
「そうなのかー」
「おい!!スバル!!ちょっと待ちなさい!!思考を放棄するんじゃない!!きっと考えちゃいけない事なんでしょうけど、思考を捨てるには早すぎる!!」
「で、話を進めるねんけど」
「ちょっと待ってはやて部隊長、ちょっと待って、アナタ達は知ってたんですか?」
「うん、普通に」
何かおかしいことはあるのか?という風に言われ、思わずティアナは唸ってしまう。
そして、諦めた。思考を放棄したのだ。というか、きっとここから先に何度も思考を放棄する事になるだろうと予想して、その一度目をしたに過ぎない。
「で、この耳や」
「……これですか?」
「アノ阿呆がただ単に迷惑な行為をするとは思えん」
「まぁ、ただ単に耳を着けたかっただけかも、っておい、睨むなよ」
「ゆぅ君がそんな事するわけないでしょ?」
「ソウデスネー」
決して言えない。英雄の言っている事が寸分違わず合っている事など。
言えるワケが無い。
「で、アイツは何か言ってたか?」
「えっと……招待状だとか、白ウサギだとか」
「……アリス、ワンダーランド、道案内はウサギさんやったけど」
「同窓会はお茶会に変わったのかな?」
「イカレ帽子屋気取りかいな。何でもない日に乾杯」
「あとは、タマゴ男爵にでもなりたかったのかな?」
「えっと、二人とも、わかるように説明してくれるかな?」
「簡単に言うたら……せやね、キャロちゃん。私の言葉を復唱してな」
「は、はい!」
「あぁ、気負わんでええよ。『大変だ、遅刻する!!』これだけ」
「た、大変だ、遅刻する…ッ!?」
その言葉を言った後、キャロは瞼を一度閉じて、そして開いた。
その瞳はまるで血を混ぜ合わせたように濁った赤色だった。
「久しぶり、夕君」
「――あぁ、久しいな。はやて」
「ッ!?」
「動くなよ、子供達。この娘は今は俺の支配下にある」
キャロがニヤリと意地悪く笑う。
もちろん、ソレはキャロではなくて、ユウ・エンプティという存在である。
「随分と上手くいってるようだ。他者媒介の通信行動なのが」
「つまり、その耳はアンテナか」
「……そうだな」
しっかりと彼が間を開けて応える。
意味は各々理解して欲しい。別にウサギ耳を着けたかった訳ではない。
「さて、あまり時間をかけすぎるとこの娘に負担を掛けすぎる」
「自分で来て要件を言うたら終いやろうに」
「ソレはできないね」
「御影君、ヴィヴィオは、無事?」
「さぁ、どうだろう」
「で、今何処におるん?」
「言うと思ってるのか?」
「言わないの?ゆぅ君」
「えっと、この娘の通信履歴を解析したら俺の場所に」
「って、言うのかよ!!」
思わず叫んでしまったティアナにキャロがションボリしたような顔で目を向ける。
「だって、考えてみろよ。美人が頼んでるんだぜ?無理無理」
「夕君、ソレは私の頼みを聞けんかった理由にもつながるん?」
「……おっと、時間がきたようだ」
「よし、ちょっとその場で待っとけよ?直ぐにぶん殴りに行ったるから」
「はいはい、楽しみにしてるよ。親友」
「黙っとれ、親友め」
途端、キャロの身体が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
一番近くにいたフェイトがソレを支えて、ベッドの上へと寝かした。
溜め息を吐いたはやてが部屋を出ていこうとする。
何かを決心するかの様な雰囲気に思わずティアナが手を伸ばした。
「隊長達だけで行くんですか?」
「いんや、しっかりと上司にも報告するよ。当然やん」
打って変わって、はやての言葉は普通だった。至って利点的に、利己的に、当然の事を言ってのけた。
代わりに、いつもは言わない様に、けれども少しだけ嬉しそうに。
「いやはや、まったく。お役所仕事は辛いもんやで」
と自分の騎士だった誰かの様に、茶目っ気たっぷりで言ってのけた。