「ハジメマシテ、ドク」
「オカエリ、よく戻ってきたね、ユウ」
スカリエッティとユウは互いに嗤いながら挨拶を交わした。もちろん、その場にはナンバーズと呼ばれる彼女らがいる。
彼女らは目の前にいる少年が信じることが出来なかった。
なんせ、今まで無口無表情だった少年が、卑しく嗤い、口角を上げて自身らを挑発しているのだ。
「ユウ?」
「あん? あぁ、そうか、メンドウだな。オネェチャン? ケケッ」
誰かが呟いた一言に応えたユウが全てを語っていた。
彼と少年は、別である。ただそれだけの事実で、たったそれだけの違いで、彼女らにとって彼は既に敵だった。
明確な敵意を向けられながら、少年はふてぶてしくもポケットの中からタバコを取り出して、口に咥えた。
「あー、一応聞くが禁煙か?」
「あぁ、禁煙だよ」
「そうかい、すまんな。吸うぞ」
スカリエッティの肯定に悪びれもなく否定の行動をした彼は咥えたタバコに火を灯した。
紫煙を燻らせて、肺一杯に煙を溜め込んだ。
「娘達。少しだけ、彼と話がしたいんだ」
そのスカリエッティの言葉に、食ってかかろうとしたナンバーズ。けれども、ソレをスカリエッティ自身が許しはしなかった。
「いいね?」
たった一言だけ、自身の娘達を威圧して言う事を納得させた。
渋々、といったように広間から出ていく彼女らを横目で見送りながらユウは知らず知らずに溜め息を吐きだした。
やがて、広間にスカリエッティとユウ。そして唯一残ったウーノ。
「……ふむ、全身タイツは素晴らしいね、まったく」
ユウの放った一言は本当に間を弛緩させるには十分すぎる物だった。というか、真剣な顔をしてそういう事を言うのは如何なものか。
そんなユウにクスクスと笑いながらスカリエッティは立ち上がりユウへと歩み寄る。
「はじめまして、名も知らぬ。君のことは憧れに等しく知っているよ」
「ただいま、ドクター。僕を産んでくれてありがとう」
「ふむ。それはユウとしての言葉かね?」
「さてね。考察するのが研究者だろう?」
「……ふむ」
握手をした彼らにウーノは思わず溜め息を吐いてしまう。
先日開いた通信で会話していた内容をスカリエッティの隣で聞いていた長女はユウの事を聞いていた。
曰く、天才だと。
曰く、天災だと。
曰く、天裁だと。
『名も知らぬ研究者』と呼ばれる存在は、数年前に突如消えてしまった存在だ。消えた、と言っても元々姿も形もなかった研究者であり、今現在エネルギー工学の権威であるプレシア・テスタロッサが管理局との橋渡しをしていた存在である。
もちろん、諸説はあった。プレシア・テスタロッサが『名も知らぬ研究者』であるとか、はたまた、集団であるとか。
実際のところ、『名も知らぬ研究者』は一人であったし、プレシア・テスタロッサの家族ですら無くて、更に言うなら人間ですらもなかった。
「あと、頼まれ事はしてくれたのか?」
「もちろんだよ、名も知らぬ。あとは君の好きなようにしてくれたまえ」
「ヴィヴィオ……あー、聖王は?」
「聖王様は丁重に歓迎中さ。もちろん、傷一つ付けてない」
「そりゃぁ上々。お姫様にはココがお伽の国と思ってもらわないとな」
「名も知らぬ」
「どうした、無限の欲望」
「くくっ、流石に知り尽くしているか」
「今しがた知った所だよ」
「そうか。君はどこを目指すんだい?」
「……さてね。とりあえず、家族は守るさ。戦闘なんざ参加させる気はないし。前を以て、この舞台は俺の物になったのさ」
「……私はいいが、娘達は大丈夫なんだね?」
「アンタもだよ、次期名も知らぬ研究者。いや、名も知れる、と未来形で言おうか?」
肩を竦めてみせたユウ。その言葉に少しだけ驚きながら、スカリエッティはやはり哂った。
スカリエッティはユウの計画に乗ってしまった。いや、乗らざるを得なかった。自身に危険が及ぶのはよかった。ただナンバーズ、娘達に危険が及ぶのは避けたかった。故に、ユウの計画に乗った。
「……ユウ」
一を冠する姉の声がユウに届いた。
彼女もこの計画を知っている人物であり、そして結果を知る人物でもある。
「姉さん、なんて呼ぶのは可笑しいかね。まぁ、いいさ。ウーノ、気にしなさんな。万事上手くいく。あとは隠し味を仕込めば綺麗な事件さね」
まるで当然のように言った彼を止める事はしなかった。ソレが、自身にとって一番得をする、という判断でもあり、そして彼にとっても一番いい状態と気付いていたからだ。
◆◆
時空管理局の艦隊は、一隻の船を睨んでいた。
そして、そこに映し出される大型の映像を瞳に写していた。
『あーあー、糞共聞こえておりますでしょうか?』
映し出されたのは、黒い髪を垂れ流し、口元の開いた道化の面を被った男であった。
その男は片手でカメラの位置を調整しながら、もう片方の手でタバコを支え、そしてマイクを少しだけハウリングさせながら、言葉を喋っていた。
『さてさて、今回の主犯でございます、ワタクシ。皆様、既に調べ尽くしておりますでしょう、ユウ・エンプティと申します。
そう、記憶されてる方、記録を読んだ方も存じ上げてるでしょうが、かの革命家エンプティの息子にございます。いやはや、ワタクシ、ここまで生き残るのに四苦八苦いたしましたよ。
はてさて、動機は単純明快。
糞共、戦争しようぜ?』
男の一言と同時に管理局が睨んでいた船、通称『方舟』から砲撃とガジェットが飛び交った。
あいかわらずハウリングさせたマイクにケタケタと笑い声を乗せて、のちに語られる『道化革命』の火蓋が切って落とされた……!!
「はぁ……相変わらず、無茶すんなぁ」
そう溜め息を漏らしたのは白銀の髪と青い水晶の瞳を細めた八神はやてである。そんな溜め息に苦笑する、彼女の幼馴染、親友とも呼べる存在達。
「招待状の案内はココでよかったんだよね?」
「うん、あってると思うよ」
手に持った紙を確認しながら白衣に魔法という要素が一切見つからない無骨なライフル型の銃を持った月村すずかが言う。
その言葉に金を細くした様に艶やかな髪をしたフェイト・テスタロッサは苦笑して合っている事を肯定した。
「まるで同窓会みたいだね」
「なのは……一応、アイツは犯罪者扱いされてるわけなんだけど?」
「にゃはは、御影君らしいって言えばソレで終わりじゃないかな?」
「…………アカン、否定出来ん」
その他英雄と魔王様である。
力の入れ具合でわかると思うけれど、つまり、そういうことだ。もちろん、メタ発言的な意味でいうのだけど、彼女、そして彼の出番なんて今の所一切考えられていないわけだ。お色気担当は淫乱紫だけでいいのだ。
『しょ~たいじょ~』と見事な達筆で書かれた、嫌にふざけた封筒を握り締めた五人は各々顔を見合わせて改めて溜め息を吐きだした。
頭の中に浮かんでいる、瓶底メガネをした少年は高笑いをしている。もちろん、三段笑いだ。
今となっては、そんな高笑いをする少年は青年へと変わり果て、瓶底メガネの変わりに道化の仮面をつけているのだ。
どうしようもなく、優しかった彼。
どうしようもなかった、死んだ彼。
彼が死んだとき、四人は意図がさっぱり分からず、そして一人は蚊帳の外だった。
けれど今は違う。誰も死傷者の出ていない事件。誰もが危機感を抱いた事件。誰もが安全すぎる事件。
「……はぁ、何考えてるんかなぁ」
「別に、何も考えてないさ」
「――ッ」
咄嗟だった。
声を聞いた瞬間に動けたのはライトとすずか、そして高速戦闘を得意としていたフェイトだけだった。
一人は切っ先を白衣の男に向け、一人は銃口を愛しかった人に向け、一人は鎌の刃先で首を撥ねれるようにした。
本当に一瞬の出来事だと言うのに、まるでソレが当然の様に。そうなることを予見していたかのように。そうなった事は計算していたと言わんばかりに道化の仮面を被った男は口角を歪め、一礼をした。
「招待状の確認をしようか、御客人」
まるでホテルの受付をするかのように。まるで敵だと思わないようにふてぶてしく。扉の前に、彼は居たのだ。
「……なぁ、夕君…………ビックリするから突然の登場はやめて」
「ん、スマン。次からは効果音と共に現れるさ」
「いや、ゲームの敵じゃねぇんだからその登場もどうかと思うぞ」
「いいか、英雄。人生はゲームなんだよ。セーブ機能もロード機能も、はたまた過去ログを覗くことも出来ないクソゲーだがね」
「ただし電源ボタンはある、ってか?」
「コレはゲームさ。ただし遊びではない」
なんてな、と付け加えた道化は苦笑して肩を竦めた。そんな彼を見て、ライトは少しだけ眉間を寄せる。寄せた結果何が起こるわけでもないけれど、違和感を感じたのは確かだった。
そんな英雄を見ることもなく、銃を構えていたすずかは、その銃を下ろす。警戒が解けた訳ではないけれど、彼が声を出すまで気がつかなかった事である程度の結果が見えてしまったのだ。
一番道化の近くにいたなのはは溜め息を吐いて、そして口を開く。
「で、どういった催し物なのかな?」
「救世主様御一行が悪の限りを尽くす魔王を倒す。至って普通のロールプレイングゲームさ」
「今すぐクリアできそうやけど?」
「そんなクソゲーは人生だけでいいさ。ルールは簡単。一本道の先に俺がいる。ヴィヴィオもそこにいる。お前らが負ければ俺は管理局を潰し、世界を直して…………そうだな、ヴィヴィオでも嫁に」
銃声が鳴った。
それはもう、獣の叫びのように荒く重厚な音が鳴り響いた。道化の仮面には一筋の傷が付き、壁には弾痕が刻まれる。
硝煙を吹き出す銃を片手で持った彼女は、非常にいい笑顔だった。他の面々は冷や汗しか出ていない。
「え、っと……何かいったかな?」
「イイエ、ナニモイッテマセン!」
道化は大人になっても自分に素直だった。
ちょっとした冗談を言い放ったつもりだったユウは冗談を言うのをやめる事を神様に誓った。
「まぁ、おっぱ……あー、美人に育ったお前さんらを見てるとそういう気も起きないからいいんだがね」
やはりまるで悪びれもなく冗談を口にした彼。神様に誓ったところで彼はソレが一番嫌いなのだ。
新しくタバコを取り出し口に咥えた彼はこれまた当然のように紫煙を吐きだした。
「まぁ、その辺りは遺言通りでお兄さんは安心したさ。いや、少しばかり馬鹿な男に捕まってないかが心配だが……その辺りは俺が立ち入る話ではなかろうね」
思わず呟いたしまった言葉に何かを考えたのか、ユウは溜め息のように紫煙を吐き出して、たった一言呟いた。
「カット」
カリカリと頭を掻いて、らしくない、という自分を切り捨てた。もちろん、そんな事は誰もわからない。
そして深く煙を吸い込んで、紫煙を吐き出しながらそういえば、と口にした。
「俺がココに来た理由を忘れてた」
「それが一番重要だと思うよ、ユウ」
「まぁ、美人を見たら話を忘れてたって話だ。もちろん、冗談だって話だけど」
「変な付け足しはいらんやろ」
「まぁ、それはソレ」
扉が開き、その中に入っていくユウ。それに当然のように着いていく五人。この時点でいつもの作者なら絶望よろしくのバッドエンドこんにちはなのだけど、今回ばっかりはそんな事は一切無い。ないったら無い。
「なんや、暗いなぁ」
「うわぁ…………」
「え? すずか、何か見えるの?」
「見える。見たくないけど、見えちゃった……うわぁ…………うわぁ……」
「すずかちゃん、お願いだからそんな声出さないでよ」
ククク、と笑うユウと暗闇を当然のように見たすずか。もちろん、絶望というよりは呆れの方が色濃いのだ。
パチン、と指を弾いた音が空間に響き、そして明かりが付けられた。
明かりを腕で遮り、そして徐々に目が慣れてきた五人。
「…………うっわぁ……」
すずかとユウ以外の声が重なった。
彼女らの目の前にはまるで伝説の武器や装備を飾るように各自用意された小道具だった。
高町なのはと書かれたプレートの下にはウサギ耳のカチューシャと金色の少し大きい懐中時計、更にはウサギの尻尾まであった。
八神はやてと書かれたプレートの下には斑模様のふわふわの尻尾と茶色の丸耳、更には陣羽織が綺麗に畳まれて置かれていた。そして横にはしっかりと矢鱈滅多に『た』の多い文章と斑模様の尻尾と丸耳をした謎のマスコット。
フェイト・テスタロッサと書かれたプレートには髪と同色の尖った耳と、金色のふさふさの尻尾、更には動きやすさなんて考えられてない着物が。
月村すずかと書かれたプレートには髪と同じ色の尖った耳と細長い尻尾。更には瞳孔が細いコンタクトレンズが。
『えーゆー』と簡素に書かれたダンボールの中には、雑多に造られた衣装がまるで捨てるように置かれていた。更には近くに王冠が転がっていた。
「オレの扱いはいったい……」
「なんだ、猫耳とか着けたかったのか……それは、スマンな」
「そこじゃねぇよ!? どうしてそういう思考に陥ってるんだよ!! まず可笑しいだろ!」
「何がおかしいってんだよ。確かにプレートを作るのが面倒だったのは認めるが」
「そこじゃねぇよ!! プレートとかどうでもいいわ!! というか、オレがオカシイみたいな顔すんじゃねぇ!! この状況がまずおかしいだろ!!」
「いや、他の皆はちゃんと流れに則って、うん、スマン、悪かった、兎に角各自武器をおろしてくれ、うん」
両手を上げて降参のポーズをする変態。もうこのまま捕まえてしまうのが一番いいのではないのだろうか。
いや、そうに違いない。なんせ彼は犯罪者なのだ。うん、よし、捕まえよう。
女性陣四人の心が重なった。いや、正直な話、天然金髪と淫乱紫だけは『へー、こんなのが趣味なのか……ふむ』と思っていたりするのだけど、まぁ、それは語ることはないだろう。
「で、コレをどうしろって言うんかな?犯罪者さん」
「着ろ」
「よし、逮捕!!」
「まぁ、落ち着けタヌキさん」
「まぁ、タヌキはええ。たぬきはええとしよう。でもなぁ、なんでフェイトちゃんは着物やのに私は陣羽織やねん!! ぶっとばすぞ!!」
「あ、そこなんだ」
高町なのははようやく親友が的はずれな事を思っている事を感じた。本当に、ソコなのか、と。
そんな衣装まで完璧に用意した犯罪者は肩を竦めて口を開く。
「まぁ、確かにそうだ……俺としては雰囲気だけを味わいたかっただけだし。別段バリアジャケットの都合もあるだろう? 服は構わんよ?」
「服は? この耳と尻尾のセットは?」
「それは断固として付けてもらう」
「御影君の拘りがさっぱりわからないんだけど……ライト君はわかる?」
「わか………ラナイナ。ウン、さっぱり」
「まぁ別につけなくとも構わないさ……いやぁ、またこれで一人、女の子の命が無くなる訳だ」
「……卑怯だね」
「なんとでも言ってくれ。俺は目的の為に手段を選べる人間じゃないのさ……元々人間ですらなかったしな」
真面目なムードが漂っている所、非常に申し訳ないのだが、ウサギ耳を装着するかしないかの談義である。各々自覚してほしい。
「まぁ、何処かのお店みたいに注文は多くないさ。ソレを着けてくれ、以上」
「そしたらヴィヴィオは返してくれるんだよね?」
「はてさて、俺にはわからんね。お姫様を攫うまでが俺の仕事さ。あとは倒される事もか?」
なんて冗談だが、とわざとらしく付け足して、彼は空間に開いた扉から出て行き、その扉は閉められると同時に消えた。
代わりという風に、五つの扉が出現した。
各扉に文字が書かれている。『高』『八』『月』『テ』『えーゆー』の五つである。それぞれがまるで機械で書かれた様な文字に対し、『えーゆー』と書かれた扉だけはついさっき書きましたと言わんばかりに黒色のインクが垂れていて、横に小さい紙が貼られていて『乾いてないので注意!』と書かれていた。親切設計である。まぁ、心を折りに掛かってる分、心折とも言えるのだけど。
そんな扉を見ながら、やはり五人は溜め息を吐きだした。変な所は、やはり変わっていないらしい。
そして、まるで当然の様に各自カチューシャ(一人は王冠)を取り、頭に付けて目の前に出現した鏡で位置を調整していった。
カオスな空間は、さりとて続く。