着替え二度目の描写などない。
変わらずも拘束衣の少年、ユウと白衣の覇王様こと月村すずか様は首輪と鎖で繋がれて廊下を歩いている。文面だけ見るときっとユウという女の子が首輪で鎖の先にすずかという男性がいて、これからきっと陵辱の限りを尽くすんだろう、そんな風に思える。
ところがどっこい、逆!全くの、逆!
湯上りでほっこりとしたすずか嬢の手に鎖の先端があり、その鎖を辿れば首輪をした少年が居るのだ。世の中どうなるかさっぱりである。
そんなさっぱりした二人と同じように、さっぱりと疲れを流した管理局の魔王様は眠ってしまった幼女を自室に連れ去ってしまった。普通に布団に寝かしつけに行っただけである。
そんな天使と魔王様とは違い、廊下を歩く二人の目の前に扉が一つ。
「月村すずか准陸尉、重要参考人を連れてまいりました」
「入ってええよ」
中から声が聞こえ、自動扉が開く。
扉の正面、部屋の奥に設置された机に肘を置き、指を組んで少年を見る茶髪の女性。その後ろに控える銀髪の女性、その肩には同じく銀髪の小人…というか妖精の様な存在。
更に視線を滑らせれば、淡い金髪の女性、濃い金髪の女性。二人とも白衣を着用している。
部屋全体を見渡せば、扉の隣に桃色の髪の女性が壁に凭れ立っていることもわかる。
カラフルだな
コレが彼の最初の思考だ。
入った瞬間に解析魔法を行使しているのも、ある意味無意識下での事である。
「キミ……名前は?」
「……」
「……拷問は趣味やないねんけどなぁ」
部屋の主とも言える八神はやては苦笑する。当然の事だが、彼のことは逐一彼女に報告されている訳であり、彼の名前などは既に知っている。いや、知っていた、と言う方が正しいのだろう。
当たり前ながらそんな事を知らない彼は、一切の情報を開示しない。ソレは誰であれ、既に自分が敵と認識しているからだ。大切な何かに害を及ぼす、敵である。
「まぁええわ。ユウ君、やったかな?」
「……」
「君が大切に想ってる人たちを守りたいんか?」
「……」
「ふむ……これにも反応してくれへんのか」
「はやてちゃん、尋問下手だね」
「この前尋問相手を失神させたんは、誰やったけ?」
「アレは尋問であって尋問じゃなかったから」
少しだけ艶っぽく笑う親友にはやてはゾクリとする。色っぽかったからではなくて、一歩転ぶと悪の道に走るんじゃないかという懸念でだ。
そんな親友の気持ちも知っているすずかは艶っぽい笑みから微笑みにシフトして安心させる。既に彼女は世間一般的に悪と呼ばれる存在である。それこそ生まれた時から。
「いいかな?」
「ええよー」
「軽いなぁ」
「重くてええんわ覚悟だけやって」
「あっそ、ならコッチも軽くやるわ」
「でも勤務中にアルコールはあかんで?」
「……の、呑んでないわわわわ」
「はいはい、バレんようになぁ」
後ろ髪を三つ編みにして垂らしているアリシア・テスタロッサは態とらしく狼狽する。どうやらまだ隊の予算でワインを購入したことは気づかれていないようだ。
ちなみに数時間後に到着する筈のワインは箱だけだという事を彼女は知らない。
そんな未来的悲劇の、いや喜劇のヒロインは空中にディスプレイを出現させる。
「どうせ分かることだから先に言うけど。その子は、ユウちゃんで間違いないわ」
「……」
「ッ……」
少しだけ息を飲む音が部屋の中に聞こえた。聞こえはしたが、当の本人は無表情を貫いている。
無表情を貫く、というよりは件の『ユウちゃん』が誰かわからない、というのが正しい。
「ミカゲ・ユウのクローン…いや、私みたいな蘇生体って言った方が正しい、と思う」
「随分と曖昧だな」
「仕方ないでしょ。素体は確かにユウちゃんなんだけど…内部構成がね」
「どういうことだ、テスタロッサ」
「えっと…たぶんなんだけど、人工的に開発された強化肉体にユウちゃんを定着させてる、んじゃないかなぁとか思うんだ」
「つまり?」
「姿はエリオ君、力はスバルちゃん、頭脳はユウちゃんの子供かな」
少し全員が沈黙して、頭を抱えた。
最悪である。何が最悪かって、今までは魔力不足の御蔭で物量戦線が出来なかった彼が、ソレができるようになって帰ってきたのである。敵として。
幸い、と言えることは、その本人が未だに無表情で無垢である事だろう。
「状況が最悪、ということは理解できた」
「最悪どころか、最高よ。今はね」
「…せやね。裏を返せば、ソレが今私らの手の中にある…ということや」
つまりは、そういう事だ。
もちろん、彼を監禁などしてしまえば、見張りに力のある人物を就けなくてはならない。ソレはシグナムであり、すずかであり、はやてであり、リインフォースであり、そして英雄なのである。
そんな人物が一人でも欠けるのは惜しい。というか、水面下で何が起こっているか分からない今。一人でも欠けるとマズイ。
そんな事を考えている機動六課メンバーをよそに、悩まれている本人は全く別の事を思考していた。
当然である。自分にとって関係などないし、ソレに、目の前に大将首があるのだ。
冷静に演算を繰り返し、思考実験を繰り返す。
足に魔力を込める
一歩の射程圏内だ
秒数にして三秒程度で首の骨を折れる
今の場所を考えろ
全ての状況を解析しろ
そして彼は動き出す。
予行通りに足に大量の魔力を込めて、床を蹴る。その反動と身体を捻った遠心力を持って、彼の足は必殺の剣と成る。
咄嗟の事だからだろう、誰にも動きはない。当然狙われているはやてにも。
必殺の剣が彼女の首を刈ろうとしているにも関わらず、彼女は無反応。無表情の彼は無慈悲にもその蹴りを止める事はない。
まるで当然の様に蹴りが首元に命中し、八神はやての首は跳んだ。
なんて幻想を彼は少しだけ見てしまった。
当然の様に彼女に鎖を引っ張られた。空中で態勢を崩しながらも、猫の様に身体を捻り、地面に着地したユウ。
まるで悪戯に成功したように、目の前に蹴りが通過したにも関わらずニンマリと嗤うはやて。
そして鎖を持つすずかも笑っている。
安堵の溜め息を吐いたのは、はやての後ろに控えていたリインフォースとすずかの後ろにいたシグナムだった。
「心臓に悪い」
「いやぁ、すまんなぁ。ちょっとした実験やって」
「……」
実験、そう言われてユウは苦虫を噛んだ様に顔を顰める。つまり、反骨精神を試されたのである。
もう少し待てば、確実だったかもしれないチャンスを、今しがた彼は潰したのだ。
悔やまれる、が。ソレも仕方ない、と彼は割り切り、無表情に戻る。
「やっぱり、夕君やねんなぁ」
「うん。違ってても一緒だね」
「相変わらず、とも言うけどね」
「……」
何を言ってるんだ、この人間達は…。
というのが彼の正しい思考であり、そして彼らしからぬ行動だったのだ。
もしも、本当に全てを忘れた彼が大切なモノの為にはやて達、敵を駆逐しようとするならば、今のタイミングで攻撃を仕掛けたとしても最初に思考すべきは彼女への攻撃の有効性ではなく、自身の行動範囲からである。
鎖で繋がれている、そんな事も思考出来ない彼ではない。無いのだけれど、思考出来なかった。
コレは傍から見ると結果論でしか無いのだけれど、その結果論にはやてとすずかは賭けて、そして勝ちをもぎ取った。その報酬が自身の安全と彼である証明だ。
もっとも、結果論でしかないので、彼がコロっと忘れている可能性もある。ある筈なのだけど、彼の態度を見る限り、ソレはないのだろう。
彼のしたことは殺害の失敗、という結論ではなく、過程から及ぼされる危険性を彼女に伝えただけ。自身をココで殺すべきだと知らせただけ。
全ては結果から導かれた現状があるだけなのだが、彼女達にはソレで十分すぎる程の価値があった。
そして、絶望出来るだけの感情も持ち合わせていた。
ユウは御影夕であることが証明され、そして御影夕が生きている事も確定された。
しかし、彼は何処にも在りはしないのだ。在るのはユウという形の人形だけ。少しだけの感情を持ち合わせた、人形。
ユウとその鎖を持つすずか、そしてメディカルチェックという名の内部解析を施すためにアリシアも退室した部隊長室ではやては椅子に凭れて溜め息を吐く。
「ホンマに……コレが相手側の精神攻撃やったら…そうとう面倒な敵やなぁ」
「それならば、ツキビトは意思を持っていたでしょう」
「やろね……どうしたらええやろ」
「スイマセン、はやてちゃん。その…御影夕って誰なんですか?」
「あぁ、そっか。ツヴァイが生まれる前の事やってんね」
アインスの肩からふわりとはやての前に移動してきたリインフォースⅡ。通称ツヴァイ。ヴァい!!という言葉に反応してはいけない。許してやれよ。
はやてはツヴァイを片手に乗せて、少しだけ悩む。
御影夕を助けれなかった自分。そんな自分を彼は許してくれるのだろうか?
そんな事が少しだけはやての頭を過ぎり、そして霧散した。
「考えるだけ、無駄やね」
「え?」
「御影夕……夕君は私の一番の友達、やった人やね」
「そうなんですか!ユー君は友達なのです!!」
「うーん、ちょっとだけ違うような気ぃもするけど、まぁええわ」
結局、否定する事もせずにはやてはツヴァイの言葉を肯定する。
何にせよ、どうせ彼は許してしまうのだ。ソレも、たぶん、笑って。
そんな笑って許してくれる彼を内包している筈の少年はメディカルチェックを終わらせて、心なしか少しだけぐったりとしていた。
別段、可憐を過ぎてしまった美麗な御姉様二人にこってり、というかしっぽり、というかドップリというか、まぁそんな情事は一切ないのだけど。
アリシアの手によって彼はただ横にされていただけなのだけど、無意識下で行使している解析魔法が彼を著しく消費させた、というべきか。何を調べられているのか、という情報と調べられた結果を全て彼は情報に置き換えて自身の脳へと伝えていた。そして、都合の悪いデータを改変し続けた。
都合の悪い、というのは彼にとって都合の悪いモノである。そんな情報は一切いらなかったアリシアにとって非常にどうでもいい内容である。
「大丈夫?」
「……」
相変わらず鎖を持つすずかが手を伸ばそうにも、彼はソレをスルリと抜けてしまう。
隣でフラフラと揺れている彼を見ていると、心臓に悪い。いつか倒れそうだ。
そんな事を考えながらも少しだけ助けを求められない少年を不憫に思うすずか。不憫に思ってから、すこしだけ後悔した。
知っていた、というか気付いていた事だけど、彼もこんな感じだったのだろう。誰にも頼れずに、誰にも頼らずに。
そんな事を想っていたすずかの手が少し引かれる。
視線を上げるとユウが自身に着けられた首輪を少し引いている。拘束衣を着せられているから身体を引くような形だけど、それにより、すずかの持つ鎖が少し引かれたのだ。
「……だいじょうぶ?」
「……ふふ、大丈夫だよ」
先ほど自分の口から出た言葉が次は彼の口から出てきた。そんな事に少しだけ笑いながらすずかは彼に返事した。
そう、自分は大丈夫だ。
「ありがとう」
「……?」
感謝の言葉を言えばユウは少しだけ首を傾げる。どうして礼を言われたのかわからないらしい。
そんな彼をすずかは微笑みながら撫でて歩き始める。
心のない、彼を慈しむように。