あぁ神様、RING   作:猫毛布

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少年であった彼

 ユウの目の前に一人の男がいた。

 切ることを諦めた様に地面スレスレまで伸びた黒い髪を一つに束ね、ボロボロで片方しかレンズの入っていないメガネをした男。

 

―よぉ、こんばんわ。いや、おはよう?まぁどっちでもいいか

 

 男はそう言って一人で完結して肩をすくめた。

 ユウはそんな男に警戒をしなかった。

 知らない男であるはずなのに、ユウの中にはずっと知っている様な、そんな漠然とした感情が湧いてくる。

 

「……誰?」

―さて、誰だろうか。誰でもないかもしれない。誰かであるかもしれない。言えることは、タレではないな。アレほど美味しい存在ではないさ

「……フザケてる?」

―ふざけてないさ。至って真面目、大真面目。冗談と書いてマジメと言える程度にマジメさ

 

 つまり、目の前の男がふざけている、という事を理解したユウはようやく男から視線を外す。

 真っ白い…いや、ところどころに文字が書き綴られている場所。そんな場所に男が一人で居るのだ。いや、今は二人だったか。

 ともかく、真っ白とは言い難い空間に、二人は存在していた。

 

―あぁ、ココは仮想空間。まぁ俗に言えば夢の中と言ってもいいな。正確に言うならお前の中だけど

「……」

―しっかし、ショタの中にいるというのは、こう、あれだな、ゾクゾクするな。基本的に共有関係であるし。うん、そうだな、柔らかい!

 

 何故かガッツポーズをしだしだ男を放置してユウは踵を返す。自分の中だからだろうか、ユウには帰り方がしっかりとわかっていた。わかっていた、というよりは、知っていた、というべきか。

 まぁ、男の後ろの白い壁に『御帰りは後ろへ!!』と思いっきり書かれているからだろう。

 

―おいおい、早々に御帰りかい?少しはお兄さんの話を聞いてくれはしないのか?

「……」

 

 知った事か、とユウは歩きだす。

 当然、男の声は遠ざかったが、一言だけしっかりと男が叫んだことだけは聞こえた。

 

―お前はしっかり生きろよ!!変に考えすぎるなよ!!

 

 その一言だけは、しっかりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はてさて。

 場面は現実へと戻ってくる。抱き枕よろしく抱かれているユウと抱きながら悶々を通り越して、ある種の悟りを開きようやく睡眠への一歩を踏み出さんとしているすずか。

 そんなやや寝ぼけているすずかの胸の中、更に寝ぼけているユウが目を覚ました。寝ぼけているユウは現状の理解の前に、生まれながらにして足りない何かを補う為に、そして更に睡眠を得る為に、居心地の良すぎるこの場所を離さんばかりに、ギュっと抱きついて暖かい感触に包まれながら、ユウはもう一度眠りについた。今度は夢など見ない程に深い眠りに着けるようだ。

 同時に睡眠への一歩を完全に封殺されてしまった月村すずかがまた悶々とした思考へ飛ぶのは、言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すずかが太陽と光る蛍光灯に心で恨み言を言い始めて数時間に至る。

 表には出さないが、仲のいい人物ならば今の彼女に近づく事はしない。笑顔で殴られるからだ。いや、殴られるならまだいい方である。運が悪ければ(自主規制)されるところだろう。もちろん、安っぽいプラモデルの様に再度接続される事は不可能である。羊の腸に詰め込めばソーセージへと変わる程度に、いや何でも無い。

 

「…………」

 

 そんな、言葉に出すことも恐ろしいすずか様の隣でモシャモシャと野菜を食べている少年。無表情で、野菜をパクつく少年がこの空間での癒しでしかない。尤も、その少年に首輪と鎖が着いていなければ、もっと癒しの存在になれただろう。

 ジャラリと伸びる鎖を指で弄びながら、すずかはずっとユウを見つめている。時折、彼の口端に付いたドレッシングを指で拭う様はまるでおかあ、失礼、お姉さんの様だ。

 

「おはようございます!すずかさん」

「あ、おはよう。スバルちゃん。朝の訓練お疲れ様」

「君も、おはよう!」

「……」

 

 ユウはチラリとスバルを横目で見て、また野菜の方に向いた。

 そんな少年に「むぅ…」と少しだけ膨れるスバルと苦笑するすずか。きっと彼だったら嫌味の一つを混ぜて挨拶をしてしまうのだろうけれど。まぁ少年は彼ではない。いや、彼なのだけれど。

 そんなスバルの横から食器を持ったオレンジ色の髪を二つに束ねた少女がやってくる。

 

「あんたね…勝手にどっか行って、せめて自分の分ぐらい持って行きなさい」

「あ、えへへ。ありがとう、ティア」

「慣れてるからいいわよ」

「おはよう、ティアナちゃん」

「おはようございます。月村准陸尉」

「だから、すずかさんでいいよ。それ程誇れる階級でもないし」

 

 また苦笑するすずかとその言葉に苦笑いを隠しきれないティアナ。そしてティアナをジッと見ているユウ。

 まぁ見ていたのは数秒の事であり、ティアナがその視線に気付いた頃には視線は野菜の入っていたボウルの中に戻ったいた。

 

「この子って、一体何なんですか?」

「うーん…どう言えばいいんだろ。一応、重要参考人…というよりは容疑者?」

「……なんで容疑者なのに私達の教導なんかに?」

「ソレはなのはちゃんの方が詳しいよ。なんとなく狙いはわかるけれど」

「教えてもらってもいいですか?」

「自分が狙われたのが不思議?」

「……はい」

「理由はいくつもあるよ。でも、あの時なら私もティアナちゃんを狙ってたかな」

 

 その言葉にティアナは下唇を少しだけ噛む。

 劣等感。凡才な自分と多才である仲間たち。それを客観的に見てしまう彼女は、ついついすずかの言葉を深く読みすぎてしまう。

 ティアナちゃんが一番弱いから、分離させて、最初に落とす。

 彼女にはこう聞こえている。

 実際のところは大きく違う。才能を客観的に見れる彼女は、戦況を客観的に観察できてしまう。だからこそ、一番先に落としてしまう方がいいのだ。

 

 

 敵を殲滅するには。

 

 尤も、被害者側がこの考えに至るには自身に自信がなければいけない。その点でティアナは勘違いしているし、教導という訓練だからこその勘違いと言ってもいい。

 

「私が、私が弱いからですか?」

「ふふふ、違うよ。うーん、コレは宿題だね」

「……分かりました」

 

 そう言ってティアナは踵を返して、そしてそれに慌てて追いつこうとするスバル。

 そんな二人を見ながら、すずかは溜め息を吐いた。

 

「青春だなぁ……」

 

 と、思わず呟いてしまった。まるでそろそろ三十路に迫ろうとしているオッサンのような言葉であるが、彼女はまだ二十歳にすらなっていない少女…少女なのである!

 まぁ彼女がティアナ達の年の頃には戦場を綺麗にするべく闊歩していたのだから、うん。彼女に青春という文字はないのだ。

 態々前線に出て危険を侵していた理由も、また彼女が彼を求めてしまっていたからなのだけど。

 そんな求められている彼を横目で見れば、すずかの視線に気付いたのか、口を拭く手を止めて小首をかしげている。

 

「相変わらず、というか愛変わらず、というべきか」

「……」

「ふふふ、まぁ君は君だからいいんだけどね」

 

 むにむにと頬をつつかれても無反応の少年とソレをいい事に柔らかい頬をつついている女性。

 傍から見たら、姉弟にしか見えないけれど、姉弟は首輪と鎖で繋がれたりなんかしない……しないよね?

 

 

 

 

 

 人間という存在は些かおかしいようで、少年は珍しく一人で眠っていた筈なのに、月の光が照らす外にいた。

 

 アクビを咬み殺す事もせずに大きく口を開けて、首輪を片手で掴む。

 ジュ、と何かが焼ける音がして、少年の首から首輪がポトリと落ちた。

 

「熱っいなぁ、まったく、よく耐えれるよ」

 

 苦笑して、簡単に外された首輪を地面に捨てた少年は、やや自嘲気味に嗤う。

 きっと、昔の彼も首輪をしていれば無理やり魔法を行使していただろう。その辺りを含めれば自嘲というのもわかる。

 

「はてさて、意外に簡単に抜け出せたけど、全く、警備はどうなってるんだ。警備は。いや、しかし管理局を出し抜いた、と考えれば……いやしかし、かかし、ごにょごにょごにょ」

 

 口角を歪めて、彼はなれたように通信を開く。

 ソコに映し出されているのは紫色の髪をした、現父親。通称ドクター。

 

「はーい、ドク。ご機嫌麗しゅう」

『……くくく、流石、と言っておこうか』

「お褒め頂き、なんざいわねぇぞ。全く……コレでも無理して出てきてるんだ」

『そうかい。しかし、ある程度キミの存在も知っていたけれど、こうして会うのは始めてになるのかな?』

「こっちもある程度は見ているんだけどな。初めまして、スカリエッティ」

『ハジメマシテ、名も知らぬ』

 

 少年と男がクククと悪そうな笑いをする。尤も、少年の方は声をできる限り殺しているが、男の方は『魔王三段笑い』の様に笑っている。

 その姿に、思わず笑ってしまいそうになる少年だけれど、なんとか本題に入る。

 

「さて、ドクター。ある程度の見聞と恐らくという想定で話してやろう」

『頼むよ』

「では、お前の計画だが、俺の大切な人達に影響を及ぼす。やめろ」

『止めれるとでも?』

「それに関しては無理だと思ってる。なんせ、コイツの大切な存在であるドクター達やキレーな姉さん達を倒す、なんて事俺には出来ない訳だ」

『なら、どうするつもりだい?』

「今の現状を考えて……俺が聖王を拉致する」

『ほぉ…簡単に言うじゃないか』

「感嘆して言うじゃないか。まぁ、ソッチはしっかりと街の陽動を頼む。尤も、なくても大丈夫だが」

『……成功の確率は?』

「89%程度だな。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、月村すずか、以上四名がいなければの話だけど」

『ふむ……居れば?』

「俺の存在明かして、揺動……まぁ悪くて70%程度で成功する。先に言うが、無血で成功させれる自信はあるぞ」

『英雄殿に関してはどうするのかね?』

「無視して問題ない」

『そうか……任せよう』

「了解した、ドクター」

『今のキミの姿を姉達が見れば絶句するかもしれないな』

「おいおい、いつまでも無口ショタでいろってか?あれは俺であり、俺ではないんだ。これが終われば、俺も消えるさ」

『……キミの狙いがわかったよ』

「それは重畳。守れなかった、なんてもう言いたくないんだ」

 

 そして、通信が切れた事を確認した少年は溜め息を吐く。

 少しだけ白く染まった息が空気に消えて、少年はまたニヤリと笑いだす。

 

「さてさて、最後にして最高の舞台だ。拍子抜けの準備は出来ているかね、管理局諸君?」

 

 

 そんな少年の言葉は、夜空へと霧散した。

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