ハリー・ポッター 新月の王と日蝕の姫 作:???
スリザリン生の多くは朝はそれ程早くは無いのだがその日は違った。なにせドラコを筆頭にあのクラッブやゴイルですらレクスと同じ時間帯で起きるほどである。
何故それ程まで朝が早いかと言えばその日は飛行訓練の授業があるからだ。レクスにとってみれば箒やクィディッチなど心底どうでもいいのだが、彼らはそうでは無いようで皆が口を開けば各々の武勇伝を頼んでもいないのに聞かせてくるのだ。その為レクスはドラコが話し掛ける前に談話室に降りて避難することにしたのだが、談話室では上級生が下級生を捕まえて強制的に話を聞かせていた。その光景にレクスは小さく舌打ちをして談話室を見渡すと隅のテーブルでリーゼが小さくなっているのを見つけた。レクスがリーゼの座っている対の椅子に無言で座るとリーゼが顔を上げ、朝だというのに疲れたような顔を見せた。
「おはようレクス。今日は朝から大変ね」
「……同意。おはよう」
レクスとリーゼの周りには奇妙な事に一年生、上級生問わず近寄っては来なかった。それはある意味スリザリン特有の状況と言える。多寮であれば最も権力を持つのは最上級生であるとかクィディッチチームのキャプテンだったりするのだが、スリザリン寮はマグル生まれを除いて殆どが貴族の家系であるため実際の権力とイコールで結び付くことがあるのだ。その為よく見れば話している者はいつも威張り散らしている者で、聞かされているのはパシリにされている者ばかりだ。
レクスとリーゼは権力のヒエラルキーからは独立した地位を獲得しているので上級生といえども無理矢理とはいかず、又レクスが見た目に反して手が出るのが早いと知れているゆえに機嫌を損ねないように遠巻きにしているのだ。
談話室が急にうるさくなったのを煩わしく思ったリーゼが談話室を見渡すと今降りてきたドラコらが自慢話に混ざり始めたのだった。
「今日の飛行訓練の授業は僕の待ち望んだ授業だね。まぁでも僕くらいになれば訓練なんて無用さ。なにせ僕はクィディッチが大の得意だからね。もし一年生がクィディッチの代表選手になれるのなら絶対にスリザリンを優勝に導いてやれるというのにね。本当に残念だ。
僕はよく近所の皆とクィディッチのやっていたんだ。その中でも僕はいつもスニッチを最初に見つけたしエースだったよ。それに箒捌きも速度もいままで誰にだって負けたことはない」
ドラコは大声だけでなく身振り手振りすら入れて自らの自慢話をしていく。それは話が進めば段々とおかしくなっていく。ヘリコプターを紙一重で躱しただとかミサイルを弾いただとか馬鹿馬鹿しい程に大風呂敷を広げた話だがそれでも取り巻きは必死に褒め称える。
聖28一族の頂点を成すマルフォイ家の長男であるドラコは上級生も含めてそれなりに上位の地位にいる為、彼の話を遮ることのできる生徒は驚くほどに少ない。そしてその数少ない上位権威者たちはレクスら同様に巻き込まれないよう遠目に見ているのだ。
「そろそろ時間かしら。混まない内に大広間に行きましょう」
「……アレも五月蠅いから」
「そうね。だから尚更早く行くわよ」
「ああ、ちょうど良いところにいた。レクスにシンクレア、聞いてくれないか」
「ごめんなさい。私たちこれから大広間に行くのよ。だからその話は聞きたがっているノットかフレーズにしたら?」
「何だそうだったのか。それならそうと言ってくれればいいというのに」
ドラコの標的にされ掛けたがリーゼはさらりと受け流しセオドールとザビニに押し付けた。押し付けられた2人が恨めしそうに見ているがリーゼもレクスも無視した。
午後の闇の魔術に対する防衛術が終わり、多くの生徒が待ちかねた飛行訓練の時間がやってきた。
グリフィンドール生とスリザリン生が1つの場所に集まると当然いつもの如く激しく罵倒し合う。何故か合同授業ではスリザリンとグリフィンドールが多いのは教師陣も改善しようと土壌を作ろうと思案しているからなのだろうが現状ではそれは逆効果であまり意味はないだろう。
「そういえばレクスは自分の箒を持っているのかしら?」
「……持ってない」
持ってないとも。箒、ましてやクディッチなんて娯楽などやるような時間や余裕は無かった。
それに必要性を感じ無い。移動なら姿現しをした方がはるかに良いと思うのだが。それに飛ぶことが必要ならば飛行魔法を使えばいい。そうして話しているうちに担当教官であるマダム・フーチが現れて生徒達の前に立った。
彼女は到着早々生徒達に対して怒鳴り散らした。
「何をボヤボヤしているんですか! 皆箒の側に立って。さあ早く」
生徒はその声に慌てて箒に向かう。学校の用意した箒はだいぶ年季が入っているようで枝が今にも抜け落ちそうだ。用意された箒はシューティングスターという名前で発売当初はその名前に惹かれて多くの者が買った。
そう名前だけは。
シューティングスターは事故率が非常に高く使用者を名前の通りに落ちた星へと変える曰く付きの代物だ。なおこれを生産した会社はとうの昔に倒産している。
「右手を箒の上に突き出して、そして”上がれ”と言う!」
「上がれ!」
「……上がれ」
皆指示されるままに手を突き出し叫ぶ。
箒がフワリと浮いてレクスの手に収まる。スリザリンではドラコやリゼを筆頭に数名が一回で成功させていて、グリフィンドールではハリーやロンにフリードなど数名が成功させていて、ハーマイオニーの箒は浮き沈みしてたしネビルの箒なんかは彼から逃げるかのようにコロコロ転がっている。
全員が何とか箒を手にした後マダム・フーチは箒の正しい乗り方をレクチャーし、生徒達の列を回って握り方のチェックをしていく。
ドラコの握り方が間違っていたのを指摘され顔を真っ赤にしていたのを見てロンやフリードはニヤニヤしていたがその後2人も間違いを指摘され恥ずかしそうに俯いていた。
「私が笛を吹いたら地面を蹴ってください。箒を左右にぐらつかないように押さえながら二メートルぐらい浮上し、それから少し前かがみになって直ぐに降りてきてください。いいですね、笛を吹いたらですよ。一、二、さ――」
「うわぁぁぁぁっ⁈」
極度の緊張感からか、あるいは無事に飛び上がれることへの不安からか、はたまたその両方だったのか。笛の音よりも早く、ネビルが悲鳴を上げ地面を蹴って飛び上がってしまう。
「こら、戻ってきなさい!」
マダム・フーチの大声をよそに、ネビルの箒はどんどん上昇していく。どうやら箒を上手く制御できていないらしい。彼は今までに感じたことのない高さに顔を真っ青に染め、声にならない悲鳴を上げていた。
そもそもネビルは地面にしっかり足をつけていても事故をしょっちゅう起こしていたのだ。ならば文字通り地に足がつかなければそれはある意味当然の結果だった。
高度が五メートルに差し掛かった頃、遂にバランスを崩し宙に放り出されて真っ逆さまに地面へと落ちていく。そうして大きな音を立ててネビルは、芝生の上に落ちて鈍い音を辺りに響かせる。誰もが言葉を無くし辺りは静まり返った。やがて呻き声が聞こえてきたところで、顔を真っ青にしていたマダム・フーチが駆け寄って容態を確認した。
「良かった。手首が折れただけですね」
マダム・フーチがネビルの容態を確認しそう呟く。その一言にグリフィンドール生は安堵の表情を浮かべていた。スリザリン側ではレクスは我関せずといった感じだが何人かの生徒が露骨に舌打ちした。
マダム・フーチは痛がって喚いているネビルを抱き上げて、医務室に運ぶ。途中で振り返り鋭い口調で厳しく言い放つ。
「それと、誰も動いてはいけません。もし勝手に箒を使って飛ぼうものなら、クディッチのクの字を言う間も無くホグワーツを追い出しますからね!」
そう言い残し、医務室へと向かった。マダム・フーチの姿が完全に見えなくなったところでドラコが笑いだした。
「見たか?アイツの顔。あの大間抜け!」
ドラコの嘲笑に賛同するかのように他のスリザリン生が笑い出す。それを見たグリフィンドール生は頬を怒りで赤く染め睨み付ける。
その時レクスは足元に球体の水晶の様なものがあるのを見つけ拾い上げる。思い出し玉だ。これは所持者が何かを忘れていると赤く輝くのだが何かを忘れているのかは教えてくれないというほぼ意味の無い欠陥品で、思い出し玉を持つ位なら手帳を買ったほうが何倍もマシだ。
「ヴァルトフォーゲン!それを返せよ!」
レクスが拾ったものを見てロンが血相を変えて詰め寄る。手を伸ばしてきたのでレクスは咄嗟にそれを払い除ける。それを見たフリードが
「レクス、それはネビルの思い出し玉なんだ。こっちに渡してくれ」
レクスが思い出し玉を渡そうとするといつの間にか隣にいたドラコが掠め取る。顔だけ動かしてそっちを向くとドラコは底意地の悪そうな笑みを浮かべ手の中の思い出し玉を弄んでいる。
「マルフォイ、それをこっちに渡せ」
「ふんっ……それじゃあ、後でロングボトムが取れる場所に置いておくよ。そうだな、木の上なんてどうだ?」
「渡せったら!」
ハリーが飛びかかるも、ヒラリと避けてマルフォイは箒に跨った。
そうして慣れた様子で飛び上がると、姿勢を維持したまま高度を上げて先ほどのロングボトムと同じぐらいの高さにて止まった。
地上からは良く聞こえないがどうやら挑発の応酬をしているようだ。
すると突然ドラコが思い出し玉を投げた。しかしハリーは何の躊躇いもなく、放物線を描いて落ちていく思い出し玉目掛けて一直線に向かっていった。その光景に誰もが息を飲むが、間一髪地面すれすれの所で思い出し玉をキャッチし体勢を立て直し着陸する。
それを見ていたグリフィンドール生は歓声を上げハリーに近付くが、急に冷水でも浴びせられたかの如く静まり返る。不思議に思ったハリーは振り向き顔を青くする。
そこには駆け寄っているマグゴナガルの姿があった。怒りかあるいは別の感情か身体を震わせている。
「まさか。こんなことはホグワーツで今まで一度も」
ハーマイオニーやロンたちがハリーを庇おうとするがマグゴナガルはそれをピシャリと跳ね除け項垂れるハリーの手を引き城内へと引き返す。
「これでポッターは退学だな」
そのドラコの嘲笑交じりの一言は静まり返った中庭で嫌に響いた。
それから直ぐにマダム・フーチが医務室から帰って来て飛行訓練を再開することになったのだがドラコはハリーには及ばないでも一年生としては相当高度な動きができていた。実際ロンやフリードらを歯牙にもかけない程にアクロバティックな動きで彼らも認めざるを得なかったが、皮肉にもドラコの伸びた鼻をへし折ったのはスリザリン生であった。というかレクスであった。
レクスは鋭角のターンを容易く決めて、上空からの急降下も一切減速せず、また急な停止も顔色一つ変えずにこなした。安物のシューティングスターでは耐えきれない程の軌道だった為か上空20メートル付近でバラバラに爆散したがレクスは慌てず杖を取り出して透明の足場を作り悠々と降りてきた。
箒が壊れるのを見たマダム・フーチはこれ以上の飛行を禁止したが誰もがドラコよりもレクスの方が優れていると確信しただろう。