遂に臨海学校編本格スタートです。
SAO帰還者のIS
第三十二話
「臨海学校へ」
誰もが寝静まった深夜、IS学園の学生寮屋上に一人の人影があった。
黒くて長い髪をポニーテールにして緑のリボンで結んだ年不相応に発達した胸が特徴の女子生徒、篠ノ之箒だ。
「……っ!」
しばらくじっと空を見上げていた彼女だったが、突然険しい表情になって目の前にある鉄柵に拳を叩き付けた。
「もう、我慢の限界だ……もう、私はこれ以上負けられない、これ以上負けたら、一夏の隣に立てなくなる……あの女に横取りされたままで、良い訳が無い!」
いつもいつも、一夏の隣には百合子が居た。
教室でも、放課後でも、食事時でも、とにかく常に一夏の隣に居るのは自分ではなく百合子なのが許せない。
一夏の隣に居て良いのは自分だけだ、自分こそが一夏の恋人に相応しいのだと、入学してから今日まで、ずっとそのことばかり考えていた。
「そうだ、一夏が剣道を辞めたのも、ゲームなんかに現を抜かすのも、全部あの女の所為だ……私に力があれば、あんな女、排除してこの学園から追い出してやるのに!」
以前の模擬戦で圧倒されたことを思い出した。
正直、ISこそ自分は初心者に近いが、それでも剣道で全国優勝を果たしただけの実力がある。
剣の腕前であれば、近接戦闘であれば、この学園で千冬以外の誰にも負けないとも思っていたのだ。
なのに、あの模擬戦では百合子の使う槍の前に手も足も出なかったのが悔しい。しかも、タッグマッチトーナメントで見せた百合子の無限槍を見る限り、彼女は今までずっと本気を出していなかったのだ。
実際のところは百合子は無限槍を使わずとも常に本気で戦っているが、箒から見れば手の内を隠している時点で卑怯者、本気を出さずに見下しているのだと思わざるを得ない。
「力が欲しい……誰にも負けない力が、あの女を完膚なきまでに叩きのめして、二度と一夏に近づけなく出来るだけの、絶対的な力が!」
そこまで言って箒はポケットから携帯電話を取り出した。
電話帳の中から検索されたのはずっと隠し続けてきた一つの番号、政府の者にもこの番号の存在だけは隠してきたし、何より箒自身がこの番号に掛けることを忌避していたのだ。
だけど、今望む力を得るには、もはやこの番号に頼る他に無い。
代表候補生でもなく、企業のテストパイロットですらない自分が力を得るには、もうこれ以外に方法は無いのだから。
「……」
静かに発信ボタンを押して、相手が出るのを待つまでも無い。何故なら相手はコール一回で直ぐに出たのだから。
『もすもすひねもす~? はぁ~い! 皆のアイドル、篠ノ之束さんだよ~ん!』
「……切りますよ」
『わ~! 待って待って箒ちゃん! 切らないで切らないで~!』
「……それで、姉さん」
『んふふ~、わかってるよ~箒ちゃんが連絡してきた理由! 欲しいんだよね? 箒ちゃんだけの力が』
電話の相手は箒の実の姉であり、ISの生みの親、現在絶賛行方不明で指名手配中の篠ノ之束だった。
電話に出た当初はウザイと感じてしまった箒だが、自分が連絡した理由を察していた姉に、期待を寄せる。
「では……!」
『でもその前に』
「え?」
『箒ちゃんは、何で力を望むのかな~?』
「……もう、二度と負けないためです。私は、一夏の隣に立ちたい、あの邪魔な女に、二度と負けないために、あの女が奪った一夏の隣を、奪い返すためにです」
『……そう。今度の臨海学校に、顔を出すね~』
それだけ言って束の方から電話を切ってきた。
珍しいこともあったものだと思う、いつもであれば箒の方から切らなければ延々と話し続けているのに、今日に限っては束の方から電話を切ってくるとは。
「忙しかったのか?」
恐らくそうなんだろうと特に気にすること無く、箒は先ほどより幾分か上機嫌で屋上から出て行く。
その様子を、監視カメラが捉えていて、その映像がハッキングされていることも知らずに。
某国某所にあるラボ、そこは篠ノ之束が隠れ家として使用している彼女のアジトだ。
その隠れ家の一室にある束の研究室では、束が携帯電話片手に椅子に座りながら
「う~ん……箒ちゃん、その理由だと渡せないよ~。誕生日プレゼントとして渡すつもりだったけど、どうしよっかなぁ?」
束が振り返って視線を送った先、そこには紅の装甲が美しい一機のISが鎮座していた。
海、それは生命の母なるもの。海、それは夏のバカンス地として賑わうもの。海、それは少女達の戦場である。
と、無駄な能書きを記したが、現在IS学園1年生一行は臨海学校のためバス移動をしていた。
向かうのはIS学園から車で数時間ほど掛かる海岸線にある宿であり、IS学園が臨海学校のための合宿地として契約している場所だ。
「へぇ、じゃあシャルとラウラもALO始めたんだ」
「うん、僕はシルフを選択して、今はラウラと一緒にスキル上げしてるんだ」
「私はスプリガンだ」
「へぇ、何だかどこかで聞いたことあるコンビだね」
バスの中では一夏と百合子が前の席に座るシャルロットとラウラと話をしていた。
シャルロットは明日奈の勧めでALOを始めたらしく、それに付き合ってルームメイトとなったラウラも一緒にプレイしているらしい。
シャルロットはアバターネーム「ラファール」として
「今はわたくしと鈴さんのパーティーに入ってスキル上げをしていますのよ」
「なるほど、セシリア達とパーティー組んでるなら安心か」
セシリアも鈴音もALOプレイヤーとしては随分と上達しているので、現在は一夏と百合子のパーティーから離れて自分たちでパーティーを組んでプレイしているのだ。
そして、シャルロットとラウラはそのパーティーに参入しているという形らしい。
「二人とも武器はどうしてるの?」
「僕は片手剣と魔法を併用したオールラウンダータイプを目指してるんだ。リズさんに杖にもなる特殊な片手用の杖剣を作ってもらったから、それを装備してるの」
「私は短剣と魔法、それからサブウェポンとして弓を選択した。私もオールラウンダーで戦えるようにしているが、どうしても軍人だからだろうか、短剣がメインになってしまうな」
何でもラウラはソードスキルとは相性が悪いらしく、短剣も軍式ナイフ術の動きになってしまうので、ソードスキルを使うのには向いてないらしい。
なので、ラウラのALOでの戦闘は専ら短剣と体術を合わせたドイツ軍式格闘術がメインとなり、魔法や弓は後方支援に使う程度なのだとか。
「しかし、流石に私も世界は広いと感じたな。シリカの短剣の扱いは見事だった」
「あれ、ラウラはシリカに会ったのか?」
「うむ、シリカとリズ、リーファとは共にパーティーを組ませて貰ったことがある」
「僕はエギルさんと組んだことがあるよ、あの人の斧使いは凄いよねぇ」
SAO生還者は基本的に2年間も実践で武器を振るってきたのだから、その熟練度は軍人だったラウラを以ってしても唸らざるを得ないほどのものらしい。
事実、ラウラはシリカと模擬デュエルをしたことがあるが、勝てたものの、何度か良い一撃を貰ったとの事だ。
「因みに、シリカってキリトさんの一番弟子なんだぜ?」
「何!? そうなのか?」
ラウラが和人の方を向くと、当の和人は明日奈の肩に頭を乗せて寝ていた。
明日奈が苦笑しながら和人の代わりに頷いたので、事実なのだとラウラは和人に尊敬の眼差しを向ける。
「前のVTシステム事件のときの映像を見せて貰ったが、確かに和人の二刀流は凄かった。私も彼に師事すれば強くなれるのだろうか……」
「いやぁ、キリトさんはそういうの苦手だからなぁ」
実際和人がシリカを弟子にしたというのは一時的なものだと聞いている。
しかも、和人は否定しているのだけど、シリカ本人は和人の弟子を自称しているので、話がややこしくなるのだ。
「そろそろ旅館に着く、全員席に座れ」
千冬の言葉に皆が窓を見れば、既に海が見えており、バスの進行方向には遠目ながらも旅館らしき建物が見えた。
いよいよ臨海学校が本格的にスタートする。初日の自由時間を楽しみにしている生徒達が皆、一様にそわそわしている中、一夏だけは何処か胸騒ぎを覚えて表情が芳しくない。
「ナツ……?」
「ん、いや……」
何でもないと、百合子に笑顔で返し、窓から見える海に目を向けた一夏。
これから3泊4日、一体何が待ち受けているのか、それはまだ、誰にも分からない。
次回は水着回、真夏の太陽の下でうら若き乙女達の戦い(笑)が始まる。