今回の話が結構必要だったので、どうしても長くなってしまいました。
SAO帰還者のIS
第三十四話
「最悪を知る戦士達」
臨海学校一日目は夕方まで自由時間となっており、生徒達は目一杯海で遊んでリフレッシュした。
夕方には風呂に入ってのんびりとして、夜の夕食では大宴会場に集まって豪華な食事が振舞われている。
「すっげぇ、流石に俺でもこんな豪華な飯は母さんが休みの時に料亭に連れてって貰わないと食えないぞ」
「わたしも実家では洋食が多いから、京都の結城本家ならいつもこんな食事だったけど」
「俺なんてこんな豪勢な食事初めてですよ、和食だと」
「私は、何度か……」
和人の場合は母と出張中の父の収入がそれなりにある中流家庭なので、時々は料亭で食事出来るだけの余裕があった。
明日奈の場合は結城家のお嬢様なので、京都にある本家へ行けば必ず食事が豪勢な和食を三食食べられる。
一夏は和食では豪勢な食事というのは経験が無いが、昔……誘拐された時の第2回モンド・グロッソに出場する姉の応援の為に現地ホテルで豪華な食事を食べた記憶があった。
そして百合子の場合、実家が華道の家元なので、まぁこんな豪勢な食事を食べる機会は結構あったのだ。
「キリト君」
「ん?」
「はい、あ~ん」
「あ、アスナ……周りに人いるだろ?」
「あれー? 前にファミレスで同じ事をしたのは誰かなー?」
「う……」
差し出された刺身を前に、和人が言葉に詰まった。
確かに前のデートの時、ファミレスで人前だというのに同じ事を先に行ったのは自分だったことを思い出して強く言えないのは事実。
仕方なく和人は口を開けて明日奈が差し出す刺身を頬張り、何度か租借をして飲み込むのだった。
「美味しい?」
「ああ、美味いよ。アスナに食べさせて貰ったから余計にね」
「もう、キリト君ったらぁ」
隣でイチャイチャするバカップル夫婦に煽られたからか、一夏と百合子も同じ事を始めた。
百合子が差し出した刺身を一夏が食べて、今度は一夏が百合子に刺身を差し出し、食べさせる。二組のバカップル夫婦のイチャイチャに周囲に居る生徒達は刺身醤油にワサビを次々と追加しているという光景が広がった。
「相変わらず仲のよろしいことですわね」
「うん、見てるこっちが胸焼けしそうだよ」
「アタシはもう慣れたわ……」
「うむ、あれがクラリッサの言っていたバカップルというやつか」
テーブルで食事をしていたセシリア、シャルロット、鈴音、ラウラは二組のバカップル夫婦を見て、もう慣れたものなのか少しワサビを追加していたものの見て見ぬ振りをして食事を続けていた。
あのバカップル共はALOでも同じ事をしているのだから、同じALOプレイヤーの彼女達が慣れない筈もない。
「そういや、刺身って言えば、ニシダさん元気にしてるかな……」
「あ~、あの時の釣り師のおじさん? 確か東都高速線の保安部長さんだったよね?」
「刺身で思い出してさ、お世話になったし、また会いたいなってなんとなくな」
「だね~、わたしも会いたいかな」
夏休みになったら会いに行こうか、と二人で計画を立てている和人と明日奈は携帯端末に何かメッセージが入ったのに気がついた。
見ればユイがメッセージという形で自分もニシダに会いたいとの事で、ならば夏休みに会いに行ったとき、ユイの事も紹介せねばならないと決めた。
あの時、紹介することの叶わなかった二人の大切な愛娘です。と……。
夕食後、生徒達が部屋で同室になった者同士、話に花を咲かせていたり風呂へ行ったりと、各自自由な時間を過ごしている。
そんな中、一夏と和人も二人揃って男湯に浸かり、心行くまで日本人の魂の洗濯を行っていた。
「良い湯ですねぇ」
「だなぁ」
一夏がグッと背筋を伸ばして凝り固まった筋肉を解してやれば、お湯の温かさと共に感じる心地よさが癖になる。
「あ~……この後のフルーツ牛乳が楽しみだなぁ」
「ナツ、フルーツ派か」
「そうですけど、キリトさんは?」
「俺はコーヒー牛乳だな」
どちらも脱衣所の自販機に入っていたので、上がったら飲もうと決めたところで、和人の指輪……待機形態になっている黒鐡に通信が入った。
これは和人のプライベートチャネルに通信が入ったことを意味しており、空間投影ディスプレイに映像を投影すると、そこには総務省の菊岡が映し出される。
「菊岡さん?」
『やあキリト君、それとナツ君、おや入浴中だったみたいだね、すまない』
「まったくですよ、何か用ですか?」
一夏が相変らずふてぶてしい笑みを浮かべる菊岡に用件を尋ねる。
『うん、ちょっと君達の耳に入れておきたい情報があってね』
「情報?」
『そう、特にキリト君には知っておく義務がある』
「俺が……?」
何事なのかと先を促したのだが、結論から言えば一番聞きたくなかった名前を聞いてしまうことになった。
『もう3ヶ月以上になるかな、ちょうど君達がISを操縦できることが判明して少ししてからなのだけど、警察本庁の留置所に収容されていた須郷伸之が何者かの手引きによって脱獄した』
「「なっ!?」」
『本来ならその時点で君達には知らせるべきだったんだけどね、警察上層部の一部の馬鹿が警察の威信に関わる事だからって言って、詳しいことが判明するまで外部に洩らす事を一切禁じたんだ。おかげで今日まで君達に知らせることが出来なかったよ』
何でも、須郷の脱獄を手引きした何者かが本庁の留置所に侵入して、看守を殺害し、須郷を脱獄させて共に逃亡したらしい。
その犯人の手掛かりは一切が不明で、現状の予想でしかないが、恐らく須郷は既に日本には居ないだろうとの事だ。
『だけど、これはあくまで警察の見解だよ』
「警察の、ってことは菊岡さんは違うと?」
『そう、キリト君の言うとおりだ。僕の、延いては総務省及び自衛隊上層部の見解は別にある』
「それは?」
『その前にナツ君、君は3年前の第2回モンド・グロッソの際、誘拐された事を覚えているかい?』
「覚えてるけど……」
それがどうしたというのか。
『その時の犯人は既に何処の組織の者なのかは判明していてね、それでその組織が須郷を脱獄させたのだと我々は考えているんだ』
「俺を誘拐した組織が?」
『そう、何せ警察庁の、それも本庁の留置所に、誰にも気づかれずに侵入して須郷を脱獄させるなんて普通は無謀だ。あそこの警備は厳重だからね』
だからこそ、須郷の頭脳を欲している組織の大半も中々手が出せなかったのだ。
勿論、やろうと思えば可能なのかもしれないが、リスクが大きすぎるからこそ、どこの組織もやらなかった。
『でも、そんなリスクを物ともせず実行するだけの決断力と実行力がある組織なんて、僕が知る限り一つしか無い』
「いったい、どこの組織が?」
『
盗まれたISはイギリスの第2世代型ISにしてイギリス製量産機として主流のメイルシュトローム、アメリカの第2世代型ISアラクネ、イタリアの第2世代型ISテンペスタ、フランスの第2世代型ISラファール・リヴァイヴ、中国の第2世代型IS
更には1年前にアメリカで当時完成したばかりの最新鋭機、第3世代型IS、ゴールデン・ドーンも完成した直ぐ後に盗まれている。
「おいおい、そんな組織が須郷を脱獄させたってのかよ」
『狙いは他の組織同様に彼の頭脳だろうね。かの篠ノ之博士に並ぶ頭脳を持ち、電子工学分野ではその上を行くとまで言われていたから』
そもそも、束は機械工学において世界一の頭脳を持つ天災と呼ばれているが、電子工学においては彼女は世界一ではない。
須郷伸之は電子工学では束と同等か、それ以上とも言われ、かの天才にして犯罪者である今は亡き茅場晶彦は更にその上、つまり事実上の電子工学世界一だった。
『須郷が旧ALOで行っていた人体実験、確か精神操作技術だったかな? その技術に目を付けたのだろう。方法はどうであれ、彼はその技術を半ば完成させ掛けていたからね、そんな天才が考案した技術だ、亡国機業としては是非とも自分達の下で完成させて、その技術を組織で使いたいのだろうね……因みに、政府が保管していた回収済みのナーヴギアも数十個盗まれていたから、間違いないよ』
「おいおい……」
そうなると、本当に危険だ。
ナーヴギアが手元にあり、研究に対して金を出してくれるであろうパトロンが居て、十分な環境があれば間違いなく須郷は悪魔の研究を完成させるだろう。
悔しいがあの男は間違いなく天才で、邪魔をする者が居ないのであれば確実に完成させられるだけの技術力もある。
裏社会の組織だ、人体実験に使うモルモットくらい用意するのも容易いだろうから、完成など時間の問題だ。
『気をつけたまえよ、特にキリト君』
「俺?」
『そうだ。君達、その中でも特にキリト君は須郷に憎まれているだろうからね、何か報復があるかもしれない。もしかしたら、組織ぐるみでの報復も考えられる、そうなれば一番危険なのか君と、それからアスナ君だ』
「……」
『守ってあげるのは君らしいけど、だけど自分を守る事も忘れちゃいけないよ? これは大人として、まだ子供の君に伝えるべき言葉だ』
「……ああ」
『うむ……では僕はそろそろ仕事に戻るよ。君達も臨海学校を楽しみたまえ』
通信が切れて空間投影ディスプレイが消えた。
後に残るのは不気味なくらいの静寂と、和人と一夏から滲み出る闘気とでも言うべきものだ。
須郷が脱獄したという辺りから、二人から剣呑な雰囲気が滲み出て先ほどから鳥などの動物が一切近くに来なくなっている。
「キリトさん」
「ああ、分かってる」
「最悪の場合は、どうしますか?」
「前はALOの中で、今度はリアルで、もしかしたら奴と対峙する事になる、か……」
そうなった時、はたして自分達は戦えるのだろうか。
生身の、ISも使えない人間を相手に、剣を向けられるのか……。いや、向けなければならないのだろう、大切な人達を守るためならば、最悪の場合は例え犯罪者と罵られる事になろうとも。
次回はキリト達が風呂で菊岡さんと話してる間の女子たち、つまりガールズトークの回です。