SAO帰還者のIS
第五十話
「ユイの真実」
はじまりの街の地下迷宮、そこは第一層の地下でありながら、出現するMobが60層クラスのモンスターばかりで、25層以降のボス攻略に参加しなくなって攻略組から外れた軍がこのダンジョンを独占するのは不可能だった。
キバオウはそれでも独占を諦めていないらしいが、その前にシンカーという邪魔者を排除したいからこそ、この迷宮の奥に彼を置き去りにしたのだろう。
「にしても危険よね、はじまりの街って軍以外だと非戦闘プレイヤーとかが住んでいたんでしょ? もしそんなプレイヤーが地下迷宮に迷い込んだら大変じゃない」
「後でシンカーさんに聞いた話だと、発見されて直ぐに出現モンスターが60層クラスだって判明して、非戦闘プレイヤー立ち入り禁止って旨をはじまりの街に住んでるプレイヤーに伝えて周ったらしいよ」
「確か、シンカー派の連中がそれをやったってユリエールさんが言ってましたよね、キバオウ派はそんなの無視しろって言ってたらしいけど」
「キバオウの考えとしては勝手に入って死んだ奴の事なんか知らんって事らしい」
まぁ、そんなキバオウもこの後シンカーが救出された事で完全に失脚し、はじまりの街からも追い出されて行き場を失くしたらしいが、自業自得だろう。
「地下迷宮はまぁ、確かにMobのレベルは高かったけど、所詮は60層クラスだからな、この時で既にレベルが90を超えてた俺たちなら難なく進めたよ」
「主にキリトさんが無双してましたよね」
「うん、キリト君がすっごく楽しそうに蛙倒してたよー」
「あそこまで行くともう病気、です」
スカペンジトートという蛙型モンスターを倒して、スカペンジトートの肉という食材アイテムを大量ドロップしたキリトがアスナにそれを片っ端から捨てられるというコントもあったが、一行は無事にシンカーの居るフロアまで来た。
長い通路の先にある部屋の中、そこが安全地帯となっているらしく、その部屋の中にシンカーの姿があって、ユリエールは一刻も早くシンカーに会おうと駆け足になる。
キリト達は苦笑しつつその後を追おうとしたのだが、次の瞬間キリトとナツが敵の存在を察知し、慌ててキリトがユリエールを押し倒し、ナツがトワイライトフィニッシャーで襲い掛かってきた鎌の刃を逸らした。
「何に、これ……もしかしてこのダンジョンのボスなの?」
「ありえん! 新アインクラッドのフロアボス並か、それ以上の力はあると見えるぞ!?」
流石はラウラ、ナツが剣で鎌を逸らすのが精一杯だったというのが見ただけで分かったらしい。
「ユリエールさんとユイちゃんが居る状況でこのボスと戦うのは無理があったらか、わたし達は二人をシンカーさんの居る安全エリアに退避させて、4人でこの死神と戦う事になったの」
「でも、正直苦戦した。スピードも、一撃の大きさも、グリームアイズ以上で、たったの一撃で私達全員のHPを半分も持って行かれたから」
言葉を失った。
ここまでの映像で見ても、この四人の実力は他のプレイヤーとは桁違いだったし、ISでも代表候補生どころか、国家代表レベルにすら届くほど近接戦闘能力は高いというのに、その四人ですら一撃でそんなに危険な状況に追い込まれるなど、勝てる要素が見当たらない。
「そう、勝てなかったんだ、俺達は……だからこそ、ユイは」
ユイがどうしたのか、そう問う前に、映像の方で答えが出てしまった。
映像の中でユイが、アスナに言われて転移結晶を使ってユイと共にはじまりの街へ避難しようとするシンカーとユリエールから離れ、転移していく二人に目もくれずキリト達の前……死神の目の前に立ったのだから。
「ちょ、ちょっと! ユイちゃん危ないじゃない!」
「そう、思ったよ、俺だって……でも、ユイちゃんは」
ユイ目掛けて死神が鎌の刃を振り下ろす。
だが、その刃はユイの脳天に突き刺さる事無く、その手前で紫色の障壁に阻まれていた。その障壁には破壊不能オブジェクトの文字が。
「破壊不能オブジェクト……そっか、ユイちゃんってAIって事は、プレイヤーじゃないもんね」
シャルが安堵した様に呟いた。
その通り、ユイはSAOでは破壊不能オブジェクトという扱いを受けており、攻撃しようとも一切の攻撃を受け付けない。
そして、ユイは突如浮かび上がって炎に包まれると、その手に巨大な剣を召喚し、炎を纏った剣を死神の脳天に叩き込んだ。
その一撃で炎に包まれた死神は一切の抵抗も許されず消滅し、炎は消え、ゆっくりと地面に降りたユイに、両親であるキリトとアスナが声を掛けた。
『パパ、ママ……全部、思い出したよ』
今にも泣きそうな声で、ユイがそう言った。
ユイに案内されて先ほどシンカーが居た安全エリアに入った四人は、真っ白な部屋の中央に黒いコンソールらしき物体がある部屋を見渡しながら、そのコンソールの上に座って俯くユイを見つめている。
記憶を取り戻したということは、当然だがユイはこれから自身の正体について、説明してくれるのだろうから。
『ユイちゃん、思い出したの? 今までの事』
『はい……キリトさん、アスナさん、ナツさん、ユリコさん』
この時が初めてだった。ユイがパパ、ママ、ナツお兄さん、ユリコお姉さんと呼ばず、名前で他人行儀な呼び方をしたのは。
『このソードアート・オンラインというゲームは、一つの巨大なシステムによって支配されています。システムの名はカーディナル、24時間人間がフルタイムで対応せずともメンテナンスを可能にする為に設計されたこのシステムが、自らの判断でゲーム内のバランスを制御しているのです』
カーディナルの名はALOをやっている面々にも初耳だったので驚いていた。
このカーディナルシステムはALOでもSAOで使われていたカーディナルシステムのフルスペックバージョンの複製が使われている事を説明すると、更に驚いている。
『モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランスなど、何もかもがカーディナルシステムのシステム群に支配されています……プレイヤーの、メンタル的なケアすらも』
そう、本来であればSAOはデスゲームではなく、普通のゲームだった。普通のゲームと同じでプレイヤーキル、所謂PKも楽しめるゲームだったのだ。
そういったプレイヤー殺しをゲームで行う事が出来るからこそ、メンタルケアすらもカーディナルの役割だった。
『メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号、コードネームYUI……それがわたしです』
『『『『っ!?』』』』
ユイが己をAIだと明かして、正直最初に思ったのは、とてもではないがAIには見えないという事だ。
それもそうだろう。現在でも既に人間と大差ないどころか、完全に人間と全く同じ仕草、反応、応答も出来るユイだが、当時からそれは変わらなかったのだから。
『プレイヤーに違和感を与えないように、わたしには感情模倣機能が組み込まれています……』
そう言い切ったユイは、俯きながら涙を流していた。涙を流しながら、それでもキリト達に心配を掛けないようにと、笑っている。
『偽物なんです、全部……この涙も。ごめんなさい、アスナさん』
何も、言えない。映像を見ている者達も、全員が何も言えなくなった。
「いや、待て……AIが記憶喪失になるのか? 桐ヶ谷達と出会った当初は、記憶喪失になって、感情模倣機能すらも幼児化していたであろう?」
「それは……」
SAOの正式サービスが開始された時、カーディナルシステムはユイにとある命令を下した。それは、プレイヤーへの一切の干渉禁止というもの。
やむなく、ユイは干渉出来ないのであればと、プレイヤーのメンタル状態をモニタリングしていた。だが、状態は……最悪だった。
「当然だよな、なんせあの頃は全てのプレイヤーが混乱してて、本当に死ぬかもしれないっていう恐怖に苛まれて、自殺する人や自棄になって他のプレイヤーを殺そうとする奴、女性プレイヤーをレイプしようとする奴、そういった奴の被害にあって憎む奴、多くのプレイヤーが恐怖、絶望や怒りっていう負の感情ばかり募らせていたんだから」
一夏の説明で雰囲気が一気に暗くなった。しかし、それは事実であり、SAO開始から1ヶ月で自殺したプレイヤーは100人を超えるのだから。
だが、本来であればそういったプレイヤーの為にメンタルヘルスカウンセリングプログラムとしてユイが存在していて、直ぐにでも駆け付けなければいけない筈なのに、カーディナルの命令で接触出来ないユイは、ただ絶望していくプレイヤー達を見ている事しか出来なくて、段々とエラーをその身に蓄積して、崩壊していった。
『でもある時……他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメーターを持った四人のプレイヤーに気づきました』
それが、キリト、アスナ、ナツ、ユリコの四人だった。
『喜び、安らぎ……でもそれだけじゃない。そして、特にその感情パラメーターが大きかった二人、その二人に少しでも近づきたくて、わたしはフィールドを彷徨いました』
エラーを蓄積し、崩壊寸前の身だったからこそ、自身の救いを求めて四人の内、最も喜びや安らぎ、愛情といった感情の大きかった、強かった二人の下に、ユイは現れた。
『それで、22層の森に……』
『はい、キリトさん、アスナさん……わたし、二人にずっと会いたかった。おかしいですよね、そんな事、思えるはず無いのに……わたし、ただのプログラムなのに』
涙を流し続けるユイの言葉が、こうして改めて見ていると和人と明日奈の胸に突き刺さる。
『ユイちゃん……あなたは、本当の知性を持っているんだね』
『わたしには……わかりません。わたしが、どうなってしまったのか』
すると、ずっと無言でユイを見つめていたキリトが動いた。
ゆっくりとユイに近づいて、俯いたまま涙を流すユイの顔を、優しい表情で覗き込む。
『ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。一時的にでも、俺達の事をパパ、ママって呼んでくれて、ナツやユリコの事もお兄さん、お姉さんって呼んでくれた……だから、自分の望みを言えるはずだよ。ユイの望みは何だい?』
『……わた、しは……わたしはっ! ずっと、一緒に居たいです……』
ゆっくりと、ユイがキリトに向かって手を伸ばしてきた。
真っ直ぐにキリトを見つめて、ただキリトと、アスナだけをその瞳に映して……、親の愛情を、温もりを求めて。
『パパ、ママ……っ!』
堪らず、アスナがユイに駆け寄って目一杯抱きしめた。アスナ自身も涙を流しながら、同じように涙を流す愛娘の温もりを、腕一杯に感じようと。
『ずっと、ずっと一緒だよ……ユイちゃん』
『ああ、ユイは俺達の子供だ』
アスナごとユイをキリトが抱きしめ、そしてその様子を見つめていたナツとユリコもゆっくりと三人に近づいた。
『俺だって、ユイちゃんの事、短い間だったけど可愛い妹みたいに思ってるから、だからさ……ナツさんなんて他人行儀な呼び方しないでくれ』
『私も、ユイちゃんにお姉さんって言われて、凄く嬉しかった……ユイちゃんは、私にとっても、大切な妹だよ』
だけど、ユイの表情は晴れなかった。むしろ、何かを諦めようとしているような、そんな顔をしている。
『もう……遅いんです』
『え……?』
『遅い……?』
『な、何言ってるんだよユイちゃん、これから……』
『遅いなんて、そんな事』
しかし、事実とは残酷なもので、ユイが座っているコンソールはGMがシステムに緊急アクセスする為に設置されたコンソールなのだ。
ユイはこのコンソールを使って先ほどの死神を消去したのだが、それと同時にユイはカーディナルによってプログラムチェックをされている。
カーディナルの命令に違反してキリトとアスナに接触して、更にはモンスターをメンタルヘルスカウンセリングプログラムに備わったGM権限を行使して消去したユイは、システムにとって異物とされ、直ぐにユイという存在は……消去されてしまう。
「お待ちください! それでは今ここに居るユイさんは!? 消去されてしまったのなら、ユイさんがここに居る理由は……!」
「セシリア、落ち着いてくれ……大丈夫、ユイが此処に居る理由はちゃんと映像に出てくるからさ」
そう、消去されてしまったのなら、ユイが今もこうして和人達と一緒に居る訳が無い。だがその答えは、映像を見ていればわかるからと、とりあえずセシリアを宥めて映像の続きを再生する。
『パパ、ママ、ナツお兄さん、ユリコお姉さん……ありがとう。これでお別れです』
『……っ! 嫌っ!!』
涙を浮かべて、泣きそうになりながら、それでも笑ってお別れを言うユイに、アスナが抱きついた。
『そんなの嫌よ! これからじゃない……! これから! 私とキリト君とユイちゃん、親子三人で仲良く楽しく暮らそうって!』
アスナの願いは、だけど叶わない。何故ならユイの体が徐々に光の粒子となって消え始めたのだから。
『ユイ! 行くな!!』
キリトも堪らずユイの手を掴むが、そんな事でユイの消滅が止まるわけも無く、ユイの身体はどんどん透明になって、向こう側が透けて見える程になっている。
『パパとママの傍に居ると、みんなが笑顔になれる……ナツお兄さんやユリコお姉さんみたいに、みんなが仲良くなれる……お願いです、これからも、わたしの代わりにみんなを助けて、喜びを分けてあげてください』
『やだ、やだよ! ユイちゃんが居ないと、わたし笑えないよぉ!!』
消えて行く娘を抱きしめて、アスナが泣きじゃくる。
そんな母の姿に、ユイは笑顔でそっと頬に手を添えた。その温もりを忘れないように、最後まで感じていられるように。
『ママ、笑って? ユイの大好きな、ママの笑顔を、見せてください……』
その言葉を最後に、ユイの姿は完全に消えて、その名残である光の粒子も少しずつだが消えようとしている。
『そんな……ユイちゃん!』
『うそ……嘘だよ』
何も出来なかった。ただ、消えて行くユイを、見ているだけしか出来なかったナツとユリコも、涙を流しながら遣る瀬無さに拳を握り締めて、自分への怒りを、何処にもぶつけられずに震えていた。
完全に消えて、光の粒子すらも消えて、アスナが泣き崩れるのを、呆然と見ていたキリトは、だけど直ぐにその表情を憤怒に染める。
『っ!! カーディナル!! いや、茅場!!! そういつも、お前の思い通りになると思うなよ!!!』
突然、コンソールのキーボードを操作し始めたキリトは必死の形相で、ただただ無我夢中になって愛娘を奪ったカーディナルと、茅場晶彦への怒りを熱意に変えた。
『キリトさん、何を……?』
『キリト君……?』
『っ! 今なら、今ならここのGMアカウントで、システムに割り込めるかもしれない!』
『っ! キリトさん、手伝います!!』
ナツもまた、無我夢中だった。
気がつけばキリトの隣に立ってもう一つ出現したキーボードを操作して、キリトとナツ、二人の作業が完了した瞬間だった。
『『うわっ!?』』
コンソールから発せられた光に二人は弾き飛ばされてしまう。
『キリト君……!』
『ナツ君……!』
アスナとユリコが弾き飛ばされた二人に駆け寄ると、ナツは不敵な笑みを浮かべ、キリトも同様の笑みを浮かべながらアスナに何かを握り締めている手を差し出す。
『…・・・え? これって』
アスナに渡されたのは、小さな水滴のような形をした水色の水晶だった。
小さくて、今にも壊れてしまいそうなのに、何故かとても暖かくて、その宝石にはあり得ない温もりを、アスナは知っている。
『ユイが起動した管理者権限が切れる前に、ユイの本体をシステムから切り離した』
『その後、俺が切り離されたユイちゃんの本体をアイテムとして、こっちにオブジェクト化したんです』
『っ! じゃあ、これって……!』
『……ユイの、心だよ』
こうして、ユイの本体はカーディナルシステムから切り離され、そのコアプログラムはキリト……和人のナーヴギアにあるローカルメモリに保存された。
「いやぁ、いっくんもかず君も凄いねぇ! まさかカーディナルシステムからプログラムの一部を切り離すなんて荒業、よく出来たものだよ!」
「いや、ナツが手伝ってくれたおかげですよ……俺一人じゃ、間に合ったかどうか」
「俺なんて殆ど無我夢中で……昔、束さんが電子工学の事を少し教えてくれなければ、とても」
「ううん、それでも二人は凄いことをしたんだよ……晶彦君の作ったプログラムを、一部でも切り離すなんて偉業を成し遂げたんだから」
「束さん……もしかして、茅場と知り合いなんですか?」
「……それは、今はまだ話せないかなぁ。まだ、時期じゃないから」
時期じゃない。それがどういう意味なのか、束は何も言わなかった。
ただ、束はARスクリーンに映るユイの姿を見て、不思議そうな表情で見つめ返してくる彼女に、ただ微笑みを浮かべるだけ。
次回はニシダさん登場と、最後の決戦へ
あ、それと機体設定に一つ、謎の存在を追加しました。