SAO帰還者のIS
第五十九話
「更識簪の決意」
織斑一夏と織斑千冬の非公式な試合を、こっそりと観戦している少女が居た。
最初は明日奈に見に来ないかと誘われたが、遠慮して断ったものの、どうしても気になって見に来たのだが、断った手前堂々と皆の前に姿を現すのが恥ずかしくて観客席の入り口から隠れて見学していたのだ。
少女の名は更識簪、一夏達と同じVR研究部のメンバーであり、一年四組のクラス代表、そして日本の代表候補生でもある。
簪は、目の前で行われている試合を見ていて、どうしてだろうか、涙が流れそうになった。
「凄い……綺麗」
一夏を、一夏の振るう剣を見ていて、思わず呟いていた。
目の前に居る世界最強を相手に臆する事無く剣を振るうその様は、一切の迷いも恐れも無くて、そんな彼の信念が伝わってくるようで、とても美しく見えたのだ。
「私には、無理……」
簪にも、学園最強と呼ばれる姉が居る。その姉に比べて凡人でしかない自分はいつも姉の影に怯えて、姉を超えようとか、姉に挑もうとか、そんな事とてもではないが出来ない。
なのに、一夏は世界最強の姉を相手に、簪には出来ない事を平然とやって退けている。同じ最強、天才、そんな呼び名を持つ姉を持った者同士なのに、どうしてこんなにも違うのか。
「私にも、織斑君みたいな勇気があれば……お姉ちゃんに、挑めるのかな」
いや、そもそも、その勇気を得る為に、その足掛かりとなる為に、専用機を自分で作るという決断をしたのだ。
今でこそ和人と百合子に頼る事の大切さを教わり、明日奈の伝でレクト社の手伝いが入っているので、近々打鉄弐式も完成するが、果たして打鉄弐式が完成した時、自分は姉に挑む勇気が持てるのだろうか。
「無理……だよ。私は、お姉ちゃんみたいに、織斑君みたいに、強くない」
ALOでも一夏達の戦いは見た事がある。リアルだろうとALOだろうと、彼らは変わらず強い。意志や技術、何もかもが強くて、簪には真似出来ない。
「強くなりたい……どうしたら、あんなに強くなれるの?」
強くなりたい、でも怖い。強くなったとしても、それでも姉に敵わなかったら? もし、強くなった自分を簡単に下されて、それで
「簪ちゃん」
「っ!? あ、明日奈さん……」
驚いた。いつの間にか簪の後ろに明日奈が立っていて、いつものほわほわした笑顔を浮かべながら簪の隣に歩み寄ってきた。
「ご、ごめんなさい……断ったのに」
「もう、どうして謝るの? 気になったんだよね? ナツ君の試合が」
「それは……はい」
明日奈に誘われて、入り口近くの席に座りながら今も戦う一夏と千冬の試合を観戦する。
こうして席に座って見ていると、余計に一夏の姿が眩しく感じてしまい、今の自分の姿があまりにも惨めに思えてしまった。
「ね、簪ちゃん」
「は、い……?」
「今日この後なんだけど、用事ってあるかな?」
「今日……?」
確か、今日は特に何も無かった筈だ。
打鉄弐式は残す所マルチロックオン・システムを完成させるだけなので、そんなに忙しくはないし、それ自体はレクトの方で何とかしてくれるという話だから、正直簪がする事は何も無い。
「それならちょっと付き合って欲しいんだけど……良いかな?」
「わ、わかり、ました」
何の用なのか気になったが、今は目の前の試合に集中する事にした。一夏がギリギリで千冬に勝利したのを、やはり眩しく見つめながら。
一夏と千冬の試合が終わった後、簪は明日奈に連れられて学園内のカフェテリアに来ていた。
紅茶とケーキのセットを注文して、商品が運ばれてきたら、一口飲んで一息すると、簪はチラッと明日奈の方へ目を向ける。
流石は本物のお嬢様というだけあって、紅茶を飲んでいる姿にも気品があり、それだけで有名絵画にも負けないほどの絵になると思った。
更に人柄は温和で優しく、ふわふわとした雰囲気で年上なのに接しやすい、聞いた話では料理も上手で、そして和人という素敵な恋人まで居るという、何とも姉とは違うベクトルで完璧を絵に描いた人だ。
もし、こんな人が姉だったのなら、もしかしたら今の自分のようにはならなかったのかもしれないと、そんなIFの話を想像してしまった。
「ねえ簪ちゃん」
「はい……?」
「お話っていうのはね? 今夜、ALOでクエストがあるんだけど、それを手伝って欲しいっていうお願いなの」
「クエスト……?」
「うん、ちょっとそのクエスト報酬で欲しい物があって。でもクエスト参加条件が女性プレイヤーの二人PT限定っていうものでね? リズかシリカちゃんか、それかリーファちゃんでも良かったんだけど、三人とも都合が付かなくて。それで簪ちゃんも結構強かったのを思い出したの」
「そ、そんな! 私は強くなんか……」
「そんな事無いわ。簪ちゃんだからこそ、お願いしたいの」
「……ど、どんなクエスト、なんですか?」
何でも水中系クエストらしく、
そして、幸いにして明日奈も簪もALOでは
「じゃあ、その……お手伝いします」
「ありがとー! じゃあ、今夜9時にイグドラシルシティのわたしのホームに来てくれるかな? クエストの場所は近くだから」
「わかりました」
結局、明日奈の用事とはALOのクエストの事だったのだろうか。どうにも釈然としない気持ちを抱えたまま、ケーキを食べ終えて解散した後、簪は部屋に戻って早めにALOにログインする事にした。
ALOの最終ログイン地点は
「……リンク・スタート」
ALOでの更識簪の名はそのままカンザシという。
まさか簪という普通は人の名前にするとは考えにくい名前が本名と思う人は居ないだろうという考えから、そのままの名前にしたのだ。
種族は
武器は薙刀があったので、それを選択しており、部類としては刀に分類されるが、薙刀の長所は刀スキルと槍スキル、両方が使えるという利点があったので、リアルでも薙刀を幼少時から習っていたのもあり、レアドロップ品の薙刀を愛用していた。
「イグドラシルシティの、アスナさんのホーム……」
時計を見てみれば、そろそろ約束の時間になろうとしていたので、イグドラシルシティの雑貨屋を出たカンザシはアスナのホームへ向かっている。
前に招待してもらった事があるので、場所は知っているから迷う事は無い。
「ここだ……」
以前来た事のある建物が目に入り、深呼吸をしてから扉をノックする。
しばらくして中からアスナではなく別の少女の声が聞こえて、扉が開かれると、これまたアスナではない別の少女が出てきた。
「あ! カンザシさん! いらっしゃいませ!」
「こ、こんにちは、ユイちゃん……あの、ママは、居る?」
「はい! どうぞ入ってください」
アスナとキリトの愛娘、ユイ。
彼女ともカンザシは何度か面識があり、最初こそ二人の娘だと聞かされて驚いたものの、仲睦まじい三人の姿を見ていると心が和むと、最近ではユイがキリトとアスナに挟まれる形でソファーに座っている姿を眺めているのが好きになった。
「いらっしゃいカンザシちゃん! 待ってたよー」
「あ、ご、ごめんなさい、遅くなって……」
「ううん、まだ約束の10分前だもん、もう少しゆっくりでも良かったんだよ?」
「いえ、それは流石に……」
とりあえず、話はそこそこにしてアスナとカンザシはクエストへ向かう事にした。
ユイも一緒に行くのかと思ったが、何でも今日はこれからキリトと一緒にお出かけなのだとかで、「パパとデートです♪」と言ってご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた様子が大変可愛らしかった。
「今日はごめんねー、突然クエストに付き合って貰って」
「いえ、その……特にやる事も無かったので」
クエスト場所に到着して、クエストNPCに話しかけてから早速開始されたクエストを進行しつつ、そんな話をしていた。
因みにクエスト内容は地下水脈に生息し出した生物の退治であり、現在は地下の水脈を泳いでいる最中だ。
「あ、もうすぐ陸に上がるみたい。カンザシちゃん、一応武器は構えていてね?」
「わかりました」
長かった水中移動もようやく終わったらしく、水面に向かって上昇する。
水から出ると、そこは洞窟になっており、水から出てきた二人の前には5体の蛙型Mobが出現して二人を威嚇していた。
「これくらいなら特に回復はいらないかな……」
アスナは冷静に腰の鞘から細剣を抜いて、カンザシも少し遅れる形で背中のホルスターに固定していた薙刀を手に持って構える。
「じゃあ、軽く準備運動感覚でね?」
「は、はい!」
流石は元SAOプレイヤー、この程度のMob相手では軽い準備運動にしかならないらしい。
「じゃあ、行くよ! せぇえええええええい!!!」
一瞬だった。カンザシが瞬きした瞬間、隣に立っていた筈のアスナの姿はMobの軍団の中にあって、目にも留まらぬ連撃で早くも一匹倒していた。
慌ててカンザシも薙刀を構えて突撃すると一匹を刃で薙ぎ払い、背後の奴を槍状になっている石突で突き刺す。
突き刺さったままのMobを身体全体の力で持ち上げると、目の前の刃で薙ぎ払ったばかりのMobに叩き付け、飛び上がって石突で二匹纏めて貫き倒した。
「アス……! ナ、さん……」
直ぐにアスナの援護を、と思っていたのだが、カンザシが二匹倒し終えた時には既に残り全てをアスナが倒し終えていた。
しかも、アスナ本人は本当に軽い準備運動程度の事だったらしく、特に疲れた様子も見せず、寧ろ少し物足りないという顔をしている。
「あ、ご苦労様ー。凄いじゃないカンザシちゃん、二匹纏めて倒すなんて!」
「い、いえ! その……薙刀は、小さい頃から、習ってるので」
「そっかぁ、刀スキルと槍スキルの両方が使える薙刀使いのカンザシちゃんの存在は、すっごく助かるねー」
「あの、アスナさん」
「んー?」
「今日は、どうして私を、その……クエストに?」
「理由、言わなかったー?」
「その、本音は別にあるんじゃ、ないかなって」
「そっか」
教えてくれるのか、そう思ったが、特にアスナは何も言わず二人揃ってダンジョンを進む。
途中で出てくる水棲系Mobを連携して倒しながら奥へ奥へと進み、ついにクエストボスとの戦闘が始まった。
クエストボスの居る場所は水中、それはつまり近接戦闘は剣の動作が遅くなり、魔法も雷撃系は使えない上、相手が水属性のボスなので水、氷系の魔法は一切効果が無い。
因みにクエストボスは巨大……とまでは言わないが、人の身長の2倍くらいの大きさはあろうかという
手にはトライデントと呼ばれる槍を持っているので、恐らくは槍系のスキルを使用してくるのだろう。
「う~ん……カンザシちゃんは刀スキルと槍スキルの上位系は取得してる?」
「は、はい、一応……ただ、槍の最上位スキルはまだ」
「そっか、それじゃあまずは私が前衛で出てみるから、カンザシちゃんは後衛、援護魔法をよろしくね」
「はい!」
細剣を抜いたアスナの後ろでカンザシは装備を薙刀から杖に切り替えて魔法詠唱の準備に入った。
「行くよ!」
「はい!」
アスナが水中高速移動の魔法を使ってボスへ突っ込み、一気に距離を詰めると、リニアーを使用して初撃による様子見を行う。
スキル後の硬直が入った瞬間、カンザシが使った風属性の魔法でボスからの反撃が止まり、硬直が解けた瞬間にアスナが再び距離を取ってボスの周囲を周回した。
「物理耐性はそんなに高くはない……でも魔法耐性の方が高いね、そうなるとカンザシちゃんと連携しての近接戦闘かな? 片方がダメージを負ったらもう片方がヒールを掛けるのに下がるよう連携していけば……カンザシちゃん!」
「はい!?」
「作戦変更! カンザシちゃんも近接戦闘にして! ダメージ負ったらもう片方が瞬時にヒールのために下がる戦術で行くよ!!」
「わ、わかりました!」
ボスのトライデントによる突刺を細剣で弾きながらカウンターで逆に突刺を入れつつ、アスナがカンザシに指示を出すと、カンザシも直ぐに武装を杖から再び薙刀に変更して水中高速移動魔法を使用してボスに斬りかかった。
そして、アスナの作戦は見事に成功、特に大きなダメージを受ける事も無く無事にボス討伐を果たしてクエストクリアとなる。
「お疲れさま!」
「はい、アスナさんも」
「ううん、カンザシちゃんが居てくれて良かったよー」
「そんな、私なんて……」
寧ろ、同じ
「ねぇ、カンザシちゃん」
「?」
「わたしは、カタナちゃんじゃなくて、カンザシちゃんだからパートナーに選んだんだよ?」
因みにカタナとは更識楯無のアバターネームだ。流石は姉妹と言うべきか、楯無の本名である刀奈という名をそのまま使っているのだが、まさかカタナという名がリアルでも本名であるなどと考える人は誰が思うだろうかという理由から付けている。
それはつまり、カンザシと全く同じ理由からアバターネームをリアルの本名と同じにしているのだ、姉妹揃って。
「カタナちゃんの代わりとかじゃなくて、わたしはカンザシちゃんが良いって思ったから、誘ったんだから、そんなに自分を卑下しないで?」
「で、でも……私より、お姉ちゃんの方がずっと強いし」
先にALOを始めたのはカンザシの方なのに、カタナはあっという間にカンザシを追い抜いて強くなった。
いや、そう思っているのは実はカンザシだけであり、周囲の者でカタナとカンザシのどちらが強いかと問われてカタナだと即答する者は居ない。
確かに魔法戦闘ではカタナの方が上だ。水属性魔法を使ったカタナの戦術は見事で、それに加えてランスと蛇腹剣を切り替えながら戦う戦術は上手いと言えるだろう。
しかし、カタナはその分ソードスキルの取得が遅れているのだ。
「カタナちゃんは魔法、剣、槍、この三つを平行して使えるように練習して、その分ソードスキルの取得が疎かになっている。でもカンザシちゃんは魔法を中級まで使えるようにしてからはソードスキル取得を重点に置いて、他の魔法を覚えるのはその後にって考えているでしょ?」
「はい……」
「どっちが良いとかは言える事じゃないけど、わたしは今回の場合はカンザシちゃんを選んだ理由として今の理由を挙げるかな」
水中戦闘なら魔法を取得していた方が有利だと言われる事もあるが、それが絶対とは言えないとアスナは思っていた。
むしろ、それで魔法耐性のある敵に遭遇したら確実にアウトだろう。ならば魔法をある程度取得しつつも近接戦闘手段も確りと鍛えていないければ水中戦闘などするべきではないと。
「だから、ソードスキルを確り取得してるカンザシちゃんを選んだんだよ。決してカタナちゃんの代わりになんて、わたしは選ばない」
「私、だから……?」
「うん、カンザシちゃんはもう少し自分に自信を持って良いと思うの。確かにカタナちゃんはリアルで凄く強いみたいだし、噂では天才とも言われてる子だけど、でもね……?」
アスナから見れば、リアルでのカタナは決して噂通りの何でも出来る天才なんかじゃない。
「お姉ちゃんが、天才じゃない?」
「うん、カタナちゃんは天才なんかじゃない、努力家。あの子はいつも笑顔で周りに自分の努力を見せないようにしてるんだろうね……でも、わたしには分かる、あの子は笑顔の裏で自分の弱みを見せないようにいつもビクビクしてるのが」
幼少の頃から様々なタイプの人間を見てきたアスナだからこそ見抜けたのだ。
カタナは、いつも自信たっぷりの笑みの裏で、絶対に人に自分の弱みを、努力を見せないように勤めて、それがばれないように隠そうと怯えているのが、手に取るように分かる。
「カンザシちゃん、きっとカンザシちゃんとカタナちゃんは擦れ違ってるだけだよ。カタナちゃん、器用に見えるけど意外と不器用な所があるし、カンザシちゃんを傷つけるつもりが無くても、口にした言葉がカンザシちゃんを傷つけちゃった事があるかもしれない……でもね、カタナちゃんは決してカンザシちゃんを見捨ててなんかいない。だってあの子、カンザシちゃんが見ている前では絶対に完璧なお姉さんを崩そうとしないでしょ? それって、カンザシちゃんにはいつだって自慢の姉で居たいっていう気持ちの表れだから」
「私の、自慢の……お姉ちゃんで」
ただそれが、カンザシとの擦れ違いの所為でカンザシに劣等感を与えてしまった。ただそれだけなのだ。
「だからカンザシちゃん、貴女はもっと自分に自信を持たなきゃ駄目」
「自信を……」
「そう、カタナちゃんがカンザシちゃんの自慢の姉で居られる様に頑張ってるなら、カンザシちゃんもカタナちゃんの自慢の妹で居られるようにならなきゃ」
「私が、お姉ちゃんの自慢に……」
なれるのだろうか、自分が。
いつも姉の影に怯えて、頑張る事を放棄してきた自分が、今更そんな事を、出来るのだろうか。
「一度だけ、頑張ってみない? 当たって砕けろって言葉、昔は嫌いだったけど、今はね、こう思うの……砕けても、きっと仲間が、大切な人がわたしを繋ぎとめてくれるって。カンザシちゃんにも、大切な人や、仲間が居るでしょ?」
わたしとか、そう笑うアスナを見ていて、カンザシは涙が流れた。
そうだ。例え頑張って挑んで、それでも駄目だったからって、一人で悲しむ事は無い。今の自分には、こんなに頼りになる人が、仲間が居る。親友も居る。
「私……」
「ん?」
「お姉ちゃんに、伝えたいです」
「……」
「今の私の、全部を……何も出来ないままで居るなんて、そんなの嫌! 私は、お姉ちゃんの自慢の妹で居られる自分になりたい! 納得出来る自分になりたい!」
「うん、応援するよ」
こうして、カンザシ……いや、更識簪は決意する。
自分も、一夏のように姉に挑もう、それで変わるんだ……今までの弱い自分の殻を、脱ぎ捨てて、新しい自分に。
結婚、それは恋人達の到達点であり、もう一つのスタート地点。
浮遊城で出会い、そして現実で結ばれた二人は、遂に門出の日を迎える。
集うのは開放の仲間達、浮遊城での苦楽を知る同士達、今……新たな人生のスタートを迎える二人がヴァージンロードを歩き出す。
次回、SAO帰還者のIS
「結婚式、シンカーとユリエール」
いつまでも、お幸せに。