SAO帰還者のIS
第六十三話
「大いなる海の支配者」
シーラカンスとの戦いを終えてから一行は更に奥へ奥へと進んでいた。
途中で出てきたMobも前衛にリーファが加わったり、ツバキがメインで戦って倒したりと、旧SAOの仲間達に置いてきぼりになって疎外感を感じていたリーファや、初の大型クエストで緊張しているツバキのフォローを確りこなしている。
「はぁああああ!!!!」
今も、大きな蟹型モンスターを相手にツバキが炎を纏った刀で属性付与のソードスキルを使い、その燃え盛る刃を振り下ろしてモンスターを倒して見せた。
剣道全国優勝の実力があるので、やはり剣の基礎は出来ているから、後はクライン指導の下で戦い方を学んで随分と実戦にも通用するようになっている。
「おうツバキ嬢ちゃん、随分とソードスキルにもキレが出てきたな」
「い、いえ……師匠に比べればまだまだです」
因みにツバキ、クラインの事を師匠と呼んでいる。
刀の扱いだけでなく、戦い方、ソードスキル、あらゆる面でクラインはツバキを上回っており、正直剣道経験者のツバキですらクラインには今でも勝てないらしい。
確かに、クラインはSAO時代は攻略組のトッププレイヤー集団に名を連ねていた程の実力者で、刀の扱いはSAOで最も長けていた。
この場に居るリズ、シリカという攻略組ではなかったSAO生還者から言わせて貰うのなら、SAO攻略組でトップ10に入るプレイヤーにクラインは間違いなく入っているとのこと。
「あの、師匠」
「ん?」
「前にお話した、いち……ナツとキリトさんに言われた宿題のヒント、何となくですが見えてきた気がします」
「そうかい……なら、まだまだ頑張ればお前さんはALOでも、ISでも間違いなく強くなれるぜ。答えを見つけな、それがお前の強くなる為に必要な要素だ」
「はい!」
ALOをプレイして、IS学園の仲間と共に戦ったり、クラインの教えを受けたり、SAO生還者達に鍛え上げられたりしている内に、ツバキは良い意味で成長していると横目で見ていたナツは思っていた。
まだまだ背中を預けて戦うには心許無いと思うし、未熟だと断言出来るが、それでも今の成長速度で行けば、一年以内には宿題の答えを見つけて来そうだ。
「おい、お喋りもそこまでにしておけ、どうやら一番奥の部屋みたいだ」
エギルに言われて全員表情を引き締めて目の前に現れた扉を見上げる。これまでのダンジョンの内容から考えて、恐らくこの扉の向こうが遺跡の最深部なのは間違いない。
恐らくダンジョン最深部となればボスが出てくるだろう。全員武器を構えて、扉の前に立って開ける用意をしていたエギル、クラインに頷いて見せた。
エギルとクラインもそれに頷き返し、武器を片手に扉へ手を当て、ゆっくり押して開いていく。完全に開かれた扉の向こうには祭壇らしき物が見えて、そこにはクエストNPCの老人が言っていた宝らしき巨大真珠が祭られている。
「あれを、持っていくのか」
「ナツ、妙だと思わないか?」
「ええ、扉を開いたってのに、ボスが姿を現す気配が無いですね」
慎重に中へ入るが、それでもボスが出てくる気配が無い。ならば真珠に手を出すのがボス出現フラグなのかと思い、代表してキリトが真珠に手を伸ばし、ゆっくり持ち上げてみたが……それでも出てこなかった。
「どうなってるんだ……?」
「ねぇナツ、普通はこういうダンジョンって最後にクエストボスが出てくるものよね? これ見よがしに最深部の部屋だってあるんだし」
スズの問いに頷くだけで答えなかった。彼女の言う通り、普通はこのようなダンジョンの最深部というのはボスが出現するのが通例パターンなのに、このダンジョンではボスが出てこないのが妙だ。
いや、おつかい系クエストだからと言われれば確かに納得出来なくもないが、ここまで大掛かりなクエストならボスが出ないのも変というもの。
「一先ずボスが出ないみたいだから、あの老人の所へ持っていこう。念のため道中でボスが出ないか全員警戒しておくように」
キリトの指示に従い、ダンジョン入り口までは全員武器を抜いた状態で移動する事になった。もしかしたら持ち出したプレイヤーにボスが襲い掛かるタイプの可能性も考えられる。
真珠をキリトが抱えて全員ボスの部屋から出るが、ボスが現れる気配も無いので、そのままダンジョンの入り口目指して歩き出した。
途中でボスではなくMobが出現したが、難なく倒しながら進み、結局入り口に戻ってくるまでボスが現れる事は無かった。
ダンジョンから出てきた一行は一先ずキリトとアスナが老人のところへ真珠を持って行き、残りは入り口の段差に座ってクエスト完了を見守っていた。勿論、ここでボスが出現する可能性も考慮して武器はいつでも抜けるように警戒しているが。
「あ~あ、俺ぁ当分海老だの蟹だの見たくねぇな」
「イカとタコもな」
Mobで散々見て戦ったから、しばらく見たいと思わなくなった。食べるのもしばらくは遠慮したいところだ。
「結局、最後までクジラ出てこなかったね」
「うむ、巨大海洋生物は色々出たが、クジラは一度も出なかったな」
「クジラは、出ないのかな……」
ラファールとハーゼ、カンザシはクジラが出なかった事を残念に思っていた。ユイのためというのは確かにあるが、実は自分達も巨大クジラに乗るのを密かに楽しみにしていたので、それがこのクエストの心残りだ。
ツバキはクジラが出なかったのは確かに残念だが、今回のクエストに参加出来た事そのものが有意義だと感じているので、特に思う所は無い。
「お土産、取り返して来ましたよ」
「おお~! これぞ正しく」
キリトが老人に真珠を差し出している様子をリズ、シリカ、リーファ、ユリコが眺めていた。クエストの疲れもあるが、何やら腑に落ちないという表情をしている。
「あの真珠をお爺ちゃんから盗ったっていう盗賊も、出てこなかったわね」
「そういえば……」
「Mobは海洋モンスターばかりで、盗賊系は出ませんでした」
「……何だろう、嫌な予感」
すると、キリトが真珠を老人に渡そうとしたその時だった。アスナと、ナツが何かに気づいて走りより、アスナが真珠を取り上げて頭上に翳す。
海面から差し込む太陽光に照らされた真珠は、真珠ではありえない現象が起きた。太陽光に照らされた真珠が透き通ったのだ。
「これは!」
「アスナさん、これ!」
「おい、嘘だろ……」
「これ、真珠じゃないわ!」
透き通った真珠の中には、何かの幼生体が動いていた。それはつまり、この真珠は真珠ではなく、生き物の卵であるという事を意味している。
「もしかして、クエスト名になってる深海の略奪者って、俺たちの事か……!?」
真珠を盗賊が盗み出したから略奪者なのではなく、生物の巣からプレイヤーが卵を盗み出したから略奪者、という事だ。
「さぁ、早くソレを渡すのだ……」
「っ!」
「渡さぬとあらば……仕方ナイノウ!」
老人の姿が、異形へと変化していく。大きさは人間サイズからALOで言う所の邪神クラスのボスと同等サイズへと大きくなり、特徴的な髭は触手に、肌は白く染まっていった。
更に、頭上にあったNPCネームである「Nerakk」はアナグラムであったのだろう、本来の名前である「Kraken」に変わる。
そして何より驚いたのは出現したHPバーの本数だ。新生アインクラッドのフロアボスどこか、旧アインクラッドの上層ボス以上の本数がある事だ。
「クラーケン!? 北欧神話に登場する海の怪物だよ!!」
フランス人であるラファールが即座に名前を見て反応した。北欧神話は欧州では有名な神話の一つだ、欧州人であるラファールが知らないはずも無い。そして、当然だが同じ欧州であるドイツ人のハーゼもクラーケンの名は知っている。いくら軍人だとはいえ、神話くらいは話に聞いた事があるのだ。
「礼を言うぞ妖精達よ! 我を拒む結界が張られた神殿からよくぞ御子の卵を持ち出してくれたのう! さあ、それを我に捧げよ!!」
「お断りよ! この卵は、私達が責任を持って神殿に戻します!!」
卵を抱えて拒否の答えを返したアスナと、その周りで全員が武器を構え、カンザシとシリカ、リーファ、ラファールが詠唱準備に入る。
「愚かな羽虫達よ! ならば深海の藻屑となるがよい!!」
「来るぞ! みんな構えろ!!」
ナツの声と共にクラーケンが触手を振り下ろしてきた。
直撃コースの触手をクラインとエギル、ツバキ、スズが受け止めたのだが、あまりにも重過ぎて受け止めるだけで精一杯になってしまう。
「ナツ!」
「はい!!」
剣に炎を纏ったキリトと、同じく剣に闇のオーラを纏ったナツが触手に斬り掛かったが、斬られた所は直ぐに修復され、修復しながら水の泡を傷口から放って目潰しをしてくる。
更に、触手が複数二人に襲い掛かり、それに気づいたリズがキリトを、ハーゼがナツを押し倒して避けようとしたのだが、触手の数が多すぎた。
「「ぐっああああ!?」」
「きゃあああああ!?」
「ぐぅうううううう!?」
触手が四人に直撃して吹き飛ばしてしまった。
倒れた四人が、いや……今ので同じく吹き飛ばされたクラインとエギル、ツバキ、スズも入れた
八人がHPを確認してみれば、満タンだったのが今の一撃だけでレッドゾーンへ突入して残り僅かという異常事態。
「キリト君!」
「ナツ!」
アスナとユリコが四人に伸ばされた触手を何とか斬り払うが、正直に言ってジリ貧もいいところだ。
「パパ、あのタコさんステータスが高すぎます! 新生アインクラッドのフロアボスを遥かに上回る数値です」
「そんなにか……」
Hpバーの本数からある程度予想していたとはいえ、予想を上回りすぎだ。これでは2パーティーのレイドでは足りない、もう1~2パーティーほどレイドに組み込まなければ勝てる相手ではないだろう。
「まずい……っ」
クラーケンが巨大な口を開いて迫ってきた。あの口で全員を丸呑みするつもりなのだろう、そうなればレイドが全滅、それぞれの種族の首都へ死に戻りしてデスペナを受ける事になる。
巨大クジラを見に来た筈が、まさかこんな邪神クラスのボスと遭遇する事になってしまうとは、予想外にも程があった。
「くっ!」
誰もが終わりだと思ったその時、クラーケンの目の前に突如頭上からトライデントと呼ばれる三又の巨大な槍が降ってきて床に突き刺さった。
トライデントによって行く手を阻まれたクラーケンは動きを止めて視線を上に向ければ、巨大な人影が降りてくるのが見える。それはキリトやナツ達にも同じで、その人影が一行の後方に降り立つ。
現れたのはクラーケン以上のHPバーを持つ大男、カーソルが敵を示す赤ではなく、味方を示す緑である事から、キリト達を助けに来たと見るべきか。
「久しいな古き友よ、相変わらず悪巧みが止められないようだな」
「そう言う貴様こそいつまでアース神族の手先に甘んじてるつもりだ! 海の王の名が泣くぞ!!」
海の王、トライデント、そして何よりクラーケンを古き友と呼んだ事、これらを総合して考えるに、この大男の正体は間違いなくポセイドンかと思ったのだが、名前の表記を見ると、そこに書かれていたのはリヴァイアサンの文字だ。
「私は王であることに満足しているのさ。そして、ここは私の庭……そうと知りつつ戦いを望むか? 深淵の王」
「……今は退くとしよう。だが友よ、ワシは諦めんぞ! いつか御子の力を我が物とし、忌々しい神どもに一泡吹かせるまでぇえええええ!!!」
その言葉を残し、クラーケンは去って行った。どうやら、なんとかピンチは切り抜けられたと考えても良さそうだ。
すると、リヴァイアサンが膝を着いて卵を抱えるアスナの方を向く。
「その卵はいずれ全ての海と空を支配するお方のもの、新たな御母座へと移さねばならんので、返してもらうぞ」
リヴァイアサンがアスナの持つ卵へ掌を向けると、卵が消える。彼の言う新たな御母座へと転移したのだろう。
同時にキリトの前に映し出されるのはクエストクリアの表記、どうやら今までの工程を経て今回のクエストは初めてクリアされるようになっていたらしい。
「これで、クリアなのか?」
ツバキがそう尋ねると、キリトも戸惑いながら頷く。だが、何とも釈然としないというか、助かったのは確かだが、物足りないとも思える。
「アタシ、おじさんとタコの会話からもう何がなんだか……」
「今はそれで良い」
スズの言葉にリヴァイアサンが返してきた。まさかクエストNPCであろう彼がこちらの会話に反応してくるとは、随分と高度なAIを使用しているようだ。
「さぁ、そなた等の国まで送ってやろう、妖精達よ」
「お、送るって……」
戸惑いの声を上げるシリカの問いに答えたのは、突如全員の頭上に現れた影が物語っていた。それは、このクエストに挑む事になった本来の目的……。
トゥーレ島の沖合い数kmの場所で、突如何かが海面に飛び出してきた。それは巨大な体の海洋生物であり、その上にはキリト達の姿もある。
「クジラさーん! すっごくすっごく大きいです!!」
「きゅあい!」
そう、キリト達を乗せる白い巨体の正体こそ、キリト達がクエストに挑む切欠となった本来の目的、巨大クジラだった。
ユイは目的だった巨大クジラに乗る事が出来て大変ご満悦の様子で、両親二人もそんな愛娘の様子を微笑ましげに見つめている。
「ようツバキ、ご苦労だったな」
「ナツ……ああ、そうだな」
遠くにある夕日を見つめていたツバキにナツが歩み寄ってきて声を掛けた。その傍らにはユリコの姿もある。
「初めての大型クエスト完了して、どうだった?」
「む、そうだな……楽しかった、かな」
ユリコの問いに、そう言って小さく笑みを浮かべたツバキ、そんな彼女の様子を少し離れた所で見つめていたスズ、ラファール、ハーゼ、カンザシも微笑みを浮かべている。
そんな妖精達を乗せたクジラはゆっくりとトゥーレ島へと泳ぎ、夕日に染まった海を進んだ。
今回のクエストは、ツバキやリーファにとっても、有意義なものだったと、きっと胸を張って言えるだろう。そんな、一日だった。
黒と閃光の二人は嘗てお世話になった人に会いに行く。
アインクラッドにて大切なことを教わった恩人、その人に自分達の無事を伝えんが為に。
白は無限を連れて嘗ての親友に会いに行く。
数少ない男の友人、彼に自分が元気にやっていることを教えるために。
次回、SAO帰還者のIS。
「今の自分達」
これが、今の自分達の姿。