SAO帰還者のIS
第六十四話
「今の自分達」
夏休みももう少しで終わろうとしているある日の事だ。この日、学園で今もっとも有名な二組のカップルは学園内に居なかった。
その二大(バ)カップルの片割れ、和人と明日奈はSAO時代に世話になった男性ニシダの自宅をユイが調べてくれたので、そこへと向かっている。
幸いにしてニシダは都内に奥さんと共に住んでいるらしく、IS学園から和人のバイクで移動出来る距離という事もあり、二人は現在和人が運転するバイクに乗っていた。
「それにしても、キリト君のバイクって黒じゃないんだねー」
「ん? ああ、ホントは黒が良かったんだけど、エギルの伝で買った中古車だからなぁ、紹介してもらった中で一番色と性能が良かったと思ったのがこれなんだよ」
このバイク、IS学園に入学する前に二輪免許を取得した和人が、入学後にエギルの伝手で購入した中古バイクなのだ。
普段はIS学園にある外部通勤の教職員が利用している駐車場の一角を借りて駐輪しているため、殆ど乗る時間は無いが、こうして街に出る時などは何かと重宝している。
「ナツも今度の誕生日が来たらバイクの免許取るって言ってたから、エギルの伝手でもう一台探して貰ってるんだ」
「へ~、エギルさんって本当に色々な所に伝手があるねー」
「ホントにな、アイツには世話になりっぱなしだよ」
エギルから言わせて貰うのなら、弟分の役に立つのならと喜んでやっている事なのだから、気にしなくて良いとのことだが、世話になってばかりなのは和人や一夏にとって些か心苦しいものがある。
『パパ、その道を右です!』
「お、もう直ぐだな」
『はい、曲がったら300m真っ直ぐ進んだところの左手にある一軒家が西田家の自宅ですよ』
「オッケー、アスナ確り掴まってろよ」
「うん!」
信号を右に曲がり、ユイがナビしてくれた通り300m進んだところの左手にある一軒家の表札には西田という文字が書かれていた。
エンジンを切り、バイクを降りてヘルメットを脱ぐと、明日奈がインターフォンを鳴らしてくれる。しばらく待つと玄関が開かれ、中からは当時のニシダと同じくらいの年齢であろう年嵩の女性が出てくる。
「どちら様ですか?」
「あ、わたし結城明日奈と申します……あの、ご主人はご在宅でしょうか?」
「主人なら居ますが……」
まぁ、突然老夫婦の家に年若い二人が訪ねて来たら不審に思うのも無理は無いかと思ったが、丁度奥から一人の男性が出てきた。
あの頃と何も変わらない、あの人の良さそうな笑顔が特徴的なニシダその人だ。
「誰が来たんだ? ……っ!? お、おお……おおおおお!! キリトさん! 奥さん!」
ニシダが和人と明日奈の姿を目にした瞬間、靴を履くのも忘れて飛び出し、二人の下へ駆け寄ってきて手を握り締め、涙を流す。
「お元気そうで、本当にお元気そうで! よかった、良かった!!」
「お久しぶりです、ニシダさん……ニシダさんも、お元気みたいで、良かったです」
「またお会い出来て嬉しいです、ニシダさん」
「ええ、ええ!! 私もですよ、お二人にはどれだけ感謝していることか! どれだけお会いしたかった事か!!」
ニシダは立ち話もなんだからと家の中に入れてくれて、リビングに案内された。ニシダの妻はお茶を用意すると言ってキッチンに消え、リビングのソファに和人と明日奈が座ると、その向かい側にニシダも座る。
「いやぁ、あの時に転移門でお別れして以来ですなぁ。あの後少しして突然ゲームクリアしたとアナウンスが流れて、ああきっとあなた達がゲームをクリアして下さったのだと確信していましたよ」
「そう、ですね……確かに、あのとき75層のフロアボスとの戦いに行って、その後色々あってゲームがクリアしたんです」
「詳しいお話は、お聞かせ頂けるのですかな?」
「はい、ニシダさんにはお話しておきたいと思って」
和人と明日奈が語り出すのは二人がSAOでニシダと別れた後、75層フロアボスとの戦いから始まり、ヒースクリフを倒してゲームクリアまでの経緯だ。
最初は神妙そうな表情で話を聞いていたニシダと、お茶を持ってきてその隣に座ったニシダの妻も、話が進むにつれて段々と悲痛の表情を浮かべる。
特に、明日奈が身を挺して和人を守って死亡し、和人がヒースクリフと刺し違えた所まで話し終えると、ニシダは涙を流した。
「私は、あなた方のような若者の命懸けの行動の末に、今こうしていられるのですなぁ……例えお二人がこうして生きていても、キリトさんと奥さん、お二人の犠牲があって初めてクリアされたなどと聞くと、あなた方のような若者より、本当なら私のような老い耄れが、身を挺して戦うべきでしたと、心から思いますよ」
老い先短いからこそ、未来ある若者達の犠牲の上で今を生きているという事を改めて実感し、そしてそれが悲しくなる。
本当なら、犠牲になるべきは自分達であるべきだったのに、どれだけの若者があの世界で犠牲となり、その命を散らしてしまったのか。
「キリトさん、奥さん……改めて言わせてください。開放してくださって、ありがとうございます。それから、生きていて下さって、本当に……ありがとう!」
涙を流しながら頭を下げるニシダに、和人と明日奈は何も言えなかった。こうして、生きていてありがとう、という言葉は確かに家族から似たようなニュアンスで言われた事はあれど、他人から言われたのはこれが初めてなのだ。
だけど、ニシダの心からの言葉であるという事は痛いほど伝わってくるから、しばらく頭を下げるニシダを黙って見つめていた。
話は変わり、和人達はニシダの妻が昼食を用意してくれるという事になったので、その言葉に甘え、今はニシダの話し相手をしていた。
「キリトさん、どうです? こちらに帰って来てから釣りはやってますかな?」
「いや、それが全然やってる暇が無くて……でもやるならニシダさんとって決めてたから、その内行きませんか?」
「おお! 良いですなぁ、私もね? 事件後に前の会社を早期退職して暇を持て余していたので、最近は釣りくらいしか趣味が無かったのですよ、もしキリトさんがよろしければ、いつでもお付き合い致しますぞ」
「そのときは是非」
釣り談義をする男二人に、隣に座る明日奈は苦笑しつつ、リアルでちゃんと釣れるのかと和人をからかったりして楽しんでいる。
キッチンで昼食の用意をしている奥さんも、聞こえてくる話に耳を傾けて随分と嬉しそうにしていた。恐らく息子か、孫と話をしているかのように楽しそうな主人を見て、随分と安心しているようだ。
「そうだ、ニシダさん」
「お、どうされましたか? 奥さん」
「実は今日、ニシダさんに紹介したい子が居まして」
「ほう、私にですかな?」
「はい……ユイちゃん、出ておいで」
すると、明日奈が身に付けていた待機形態の瞬光からユイの姿が立体投影されて映し出された。本日の服装は青いミニスカートに白のブラウスの上からピンクのカーディガンを羽織った可愛らしい姿だ。
『はじめまして、ニシダの小父様。元SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムにして、今はパパとママの娘のユイといいます!』
「こ、これは……」
「この子……ユイはSAOにおいて本来、プレイヤーのメンタルを管理、カウンセリングをする為に用意されたプログラム……つまりAIだったんです」
「AI……」
ユイとの出会いから別れまで、そしてALOでの再会の話をすると、ニシダも納得してくれたのかユイに挨拶をしてくれた。
「こんにちはユイちゃん、私はニシダ。君のパパとママには大変お世話になったんだ」
『パパとママから聞いてます、ニシダさんには大切な事を教えて貰った、ニシダさんは恩人だって』
「いやいや、私の方こそ、大切な事をお二人から教えて貰いましたからなぁ、君のパパとママは立派なお方だ」
『えへへ』
両親を褒められて嬉しいのか、ユイは頬を少し染めて笑みを浮かべた。立体映像故に触れる事は出来ないが、ニシダはまるで自分の孫でも見ているかのようにユイを慈しみの目で見つめている。
「良い子ですなぁ、お二人の教育がきちんと行き届いている。きっと将来は立派な女性に成長するでしょう」
「はい! わたし達自慢の娘ですから」
「教育はきちんとしてます」
「あ、キリト君はユイちゃんを甘やかし過ぎ! もうパパはいつも娘に甘いものなのよねぇ」
「うっ……お、俺だって厳しくしてるつもりだぞ?」
とは言え、和人がユイを叱ったことは一度も無い。いや、そもそもユイ自身が良い子なので明日奈も叱った事は数える程も無いのだが、それでも叱るときは全部明日奈の仕事だ。
「いえいえ、父親というものは娘に甘いものなのですよ? この人だって、娘には甘くて、叱るのはいつも私の役目でしたから」
「お、おいおい」
丁度昼食作りもひと段落したのか、ニシダの妻も話に参加してきた。どうやらニシダも娘には甘いようで、母親同士話が盛り上がる中、父親二人は肩身狭い思いをする事になるのだった。
さて、話は切り替わり一夏、百合子の方に移る。
二人は和人達のようにバイクがある訳ではないのでモノレールでの移動になるが、一夏の実家がある街に来ていた。
目的地は一夏の小中学時代の親友の家が営む大衆食堂、五反田食堂と呼ばれる店だ。
「ナツ、あれ?」
「そうそう……へぇ、変わってないなぁ」
一夏の親友、五反田弾とは退院後も何度か会っているものの、食堂に来たのは退院後初となる。そして百合子にとっては人生初の五反田食堂だ。
「ここの業火野菜炒めが絶品なんだ」
「へぇ」
「お~い! 一夏! 百合子さん!」
声がした方を見れば食堂の入り口からバンダナを頭に巻いた赤髪の少年が出てきて手を振っていた。
彼が一夏の親友にして、この五反田食堂の跡取り、五反田弾だ。
「よう一夏! IS学園入学前以来か?」
「おう弾! お前は藍越学園入学したんだろ?」
ガシッと腕をクロスさせて組んだ男子二人、ニヤッと笑い合い、直ぐに腕を下ろした。
「久しぶり百合子さん、こいつIS学園でちゃんとやれてる?」
「久しぶり五反田君……大丈夫、キリトお義兄さんも居るから」
「そっか、和人さんも居るんだもんな」
和人とも面識のある弾は、一夏の事を本当の弟のように想ってくれている歳が一つしか離れていないのにも関わらず大人と相対しているかのような雰囲気を感じさせた少年の姿を思い返していた。
確かに、和人が居れば、明日奈が、そして何より百合子が一緒に居るのなら、目の前の親友はIS学園であろうと元気でやっていけるだろうと。
「そんで今日は飯、食ってくんだろ?」
「おう、久しぶりに厳さんの作る飯が食いてぇ」
「私も、話に聞いてたから楽しみにしてた」
「そっか、んじゃ二名様ご案内~!」
弾に案内されて店の中に入る。平日の昼間という事もあってか、中には昼食を食べに来ているサラリーマンなどが座って賑わいを見せているが、事前に弾に連絡を入れておいたお陰で一夏と百合子の席は用意されていた。
早速席に座った二人は業火野菜炒めと鯖の味噌煮定食を注文し、弾は受けた注文を厨房へ伝えに行く。
そして、弾と入れ替わるようにして一夏の所に来た一人の女性。妙齢であるにも関わらず若々しいその女性の名は五反田蓮、弾の母親にして五反田食堂影の看板娘だ。
「いらっしゃい一夏君」
「あ、蓮さん……はい、お久しぶりです」
「ええ、本当に元気そうで……良かったわ」
少し涙ぐんでいる蓮に、一夏ももう何度目になるのか申し訳なさそうに頭を下げた。
弾から聞いた話なのだが、一夏がSAOに囚われて入院している間、ドイツに行っている千冬の代わりに蓮が毎日足繁く病室に通って様子見や花瓶の花の取替えなどをやってくれていたらしい。
本当に毎日、一夏が目を覚ますまでずっと、一夏は蓮の世話になっていたのだ。それを聞いているからこそ、迷惑を掛けた事と、お礼と、何より無事に帰ってきた事を伝える為に、深々と頭を下げる。
「本当に、蓮さんにはお世話になりました」
「いいのよ、ご両親の居ない一夏君と千冬ちゃんは、私にとって息子と娘みたいなものだもの。一夏君が大変な時だからこそ、母親の私がお世話をするのは当然でしょ?」
蓮には、頭が上がらない。弾と友達になったときからずっと、蓮は親の居ない一夏と千冬のことを気に掛けてくれていて、それこそ本当に二人の母親は自分だと言わんばかりに色々としてくれた。
千冬がIS操縦者を引退した後に誘われたIS学園教師の仕事の事、一夏の授業参観、その全てに蓮は一夏と千冬の母親として参加し、相談に乗ってくれていたのだ。
千冬も、当時は大人というものを信用出来ずに随分蓮に対してつっけんどんな態度を取っていたが、今では千冬ですら蓮には頭が上がらず、心の底から感謝している。
蓮だけなのだ、まだ未熟な小娘だった頃の千冬を、本気で叱ってくれたのも、真正面から向き合って話をしてくれたのも。
だからこそ、五反田蓮という女性は、織斑姉弟にとって胸を張って母親だと言える存在なのだ。たとえ血は繋がっていなくとも、例え戸籍上は親子ではなく身元引受人でしかなくとも。
「そういえば一夏君、そちらは?」
「あ、彼女は……」
「宍戸百合子です。ナツ……一夏と同じSAO生還者で、IS学園のクラスメイトで、恋人です」
「あら、あらあら……あらあらまあまあ! 一夏君の恋人さん!? まあまあ!」
昔はモテるのに本人の鈍感の所為で恋人など出来た事の無い一夏に恋人、驚きはしたものの、やはり嬉しかった。
勿論、相手が予想していた鈴音や娘ではないのは残念であるが、それでも恋人という百合子は礼儀正しく、見目麗しく、息子のように思っている一夏の恋人として十分合格点だ。
「おう一夏! 来てたのか!」
「厳さん! どうも、久しぶりっす!」
「テメェも大変だったな、元気そうで何よりだぜ」
蓮の父であり、弾の祖父、そして五反田食堂の料理長にして店長の五反田厳。高校生の孫が居るだけあり、老体と言っても良いのだが、腰は曲がっておらず、筋力の衰えも無いパワフルな老人だ。
「今日の飯代はタダにしてやるよ、俺からの退院祝いだ! 何せお前が退院したってのに何もしてやれなかったからな」
「いや、そんな悪いっすよ」
「気にすんな! もうテメェも俺にとっちゃあ孫みてぇなもんだからな! それから百合子嬢ちゃんの飯代もいらねぇ」
「そんな……」
五反田家の人たちは皆そうだった。血は繋がっていないのに、弾の親友というだけで家族扱いしてくれる。厳も蓮も、それに蓮の夫も、全員が一夏と千冬を息子、娘、そして孫のように思ってくれて……。
「じゃあ、ご馳走になります」
「ありがとう、ございます」
「おう、今持ってくっからよ、待ってな」
そう言い残して厨房に厳が消えてから数分で二人の注文した料理が弾によって運ばれてきた。出来立てで湯気と美味しそうな匂いが何とも食欲をそそる。
「ほれ一夏の鯖味噌煮定食と百合子さんの業火野菜炒め定食、おまち!」
「サンキュー弾……そういえば蘭は? 姿が見えないけど、上?」
「あ~……今は出掛けてる。もう直ぐ帰ってくるだろ」
どうやらこの店の看板娘にして弾の妹、五反田蘭はお出掛け中らしい。待っていても仕方がないので食事を始める。どうせ食べている間に帰って来るだろうし、もし帰ってこなかったらそのときはそのときだ。
そうして一夏と百合子が食事を終えて食後のお茶を楽しんでいた時、ようやく五反田家最後の一人が帰宅した。
「ただいま~!」
「お帰り蘭、一夏君が来てるわよ」
「え!? い、一夏さん!?」
兄と同じ赤い髪にバンダナを巻いた少女、五反田蘭が母の言葉に喜色の声を上げ、店内を見渡せば確かに一夏の姿があるのに気づき満面の笑みを浮かべそうになるも、その向かい側に座る百合子の姿を見て固まってしまった。
「おう蘭! 久しぶり!」
一夏が蘭と会うのはまだ目が覚めてリハビリしていた頃以来だ。久しぶりに会う妹分は前と何も変わらず、元気そうで安心したのだが、何やら蘭の様子がおかしい事に気づいた。
「お、お久しぶりです一夏さん……あの、その人は?」
一夏の下へ歩み寄って一言、蘭は百合子について尋ねてきた。確かに蘭は百合子とは初対面だが、一夏の恋人である事は知らないのだろうか。
そう思って弾の方へ視線を向ければ、弾は一夏に向かって手を合わせて謝罪のポーズ。どうやら教えていなかったらしい。
「宍戸百合子、よろしくね」
「は、はぁ……五反田蘭です。あの、IS学園の方ですか?」
「そう、ナツ……一夏のクラスメイトで、同じSAO生還者」
「っ!? SAO、生還者……一夏さん、本当なんですか?」
「ああ、それと同時に俺の恋人だ」
「っ!?」
やはり初耳だったらしい。しかも、これは一夏が百合子を弾に紹介した時に聞いた話なのだが、蘭は一夏に好意を寄せていたらしいので、そのショックは相当に大きいだろうなと思う。
だけど、一夏もそれについて申し訳ないとは思うが、誰かを愛し、愛されるという事は時としてそういう事もあり得るのだと理解しているからこそ、蘭には悪いが謝るつもりは無い。それは、自分に好意を寄せてくれた蘭に対する侮辱でしかないから。
「こ、こい、恋人って……え、うそ、ですよね?」
「嘘じゃない。SAOで共に戦って、お互いに愛し合い、結婚して、リアルでの再会を約束した。そしてこうしてリアルで再会を果たして、あの頃と変わらずお互いを愛してるからこそ、今は恋人として一緒の道を歩んでいるんだ」
「そんな……」
箒、鈴音、そして蘭、自分は一体何人の女性に涙を流させれば良いのだろうか……。この時一夏は漠然と思っていた。
しかし、後悔はしていない。してはいけない。これは自分が選んだ事なのだから、自分の選んだ道を、行いを後悔し、過去を振り向くのは一番してはならない事なのだ。
それからもう一つ、蘭には話しておかなければならない事がある。弾に相談され、そして電話で蓮、厳とも話した事について。
「なぁ、蘭……一つ、確認して良いか?」
「何ですか……?」
「弾から聞いたんだけど、お前……IS学園を志望してるんだって?」
現在、蘭は中学3年生。つまり受験生であり、もうこの時期になれば志望校も決定して、それに向けて受験勉強をしているはずだ。
弾から聞いた話によれば、蘭は以前家族の前でIS学園を受験したいと言い出し、日本政府のIS推奨派が主導で行っている全国IS適性検査でAランク判定が出たとも言われたらしいのだ。
「はい、その……ISには興味がありましたし、もし入学出来れば一夏さんのご指導を受けられたらと、思っていたので」
「……それは、自惚れじゃなければ、俺が居るからIS学園を志望したと捉えて良いのか?」
「そ、それは……その、はい……」
「そうか……」
ならばこそ、余計に話すべきだろう。見れば周囲の他の客は全員店を出たらしく、蓮と厳が閉店の看板を出して近くの椅子に座っていた。
「これは、弾から聞いて蓮さんと厳さんとも話しておいた事だけど……蘭、そんな理由でIS学園を志望するのなら、ハッキリ言う……ISに乗るという事を甘く見るな!」
「っ!」
「蘭、ISをファッションの道具とか、スポーツ道具だと思っているのなら、その認識を改めろ。あれは何と言い繕うが兵器だ、簡単に人が殺せて、そして自分もまた死ぬ危険が普通にあり得る武器だ」
「な、何を言ってるんですか? だってISには絶対防御があるって聞きました! 人を殺せるとか、自分が死ぬとか、あり得ないですよ!」
「あり得ないなんて事はあり得ない……これは俺がアインクラッドでの二年間で学んだ一つの真理だ」
そう、あり得ないなんて事はあり得ない。これはどんな場面でも通用する言葉だと一夏は考えている。
ISで人を殺せるなんてあり得ない。ISに乗っていて死ぬなんて事はあり得ない。そんなものはただの詭弁だ。
「ISで、ISに乗っていない人を攻撃したら、当然だが簡単に殺せる。もしかしたら模擬戦の、テストの流れ弾が生身の人間に当たってしまって死なせてしまうかもしれない。これはあり得て当然の事だ。それに、絶対防御だって確実に操縦者を守ってくれる訳じゃない。何らかの要因で絶対防御が発動しなくなるかもしれない、絶対防御を超えてくる攻撃があるかもしれない、そうなれば操縦者だって簡単に死ぬ」
事実、一夏は臨海学校の時、それで死に掛けた。
「ランクA適性を持っていれば、日本政府のIS推奨派の事だ、蘭を既にマークしているだろう、IS学園に入れば代表候補生へと推薦が来るかもしれない……いや、代表候補生にならずともそれだけ高い適性だ、万が一戦争が起きれば操縦者として引っ張られる可能性だってある……蘭、お前に人を殺せと言われて殺せる覚悟はあるのか? 死ぬ覚悟は? 捕虜にされて、死を選ぶ方が何倍もマシだと思えるような陵辱を受ける覚悟は?」
「……せ、戦争なんて」
「起きないなんて言わせない。今、世界はギリギリのバランスの上で成り立っているんだ……少しでも誰かが、何処かの国が踏み外せば、即座に世界大戦が始まる」
蘭の表情が真っ青になっていった。一夏の表情が、そして蘭を見つめる百合子の表情が、冗談を言っているのではないと物語っているのだから。
「蘭、一夏君に聞いた話だとね? 今、世界中ではいつでもISを使った戦争が出来るよう準備が始まっているみたいなの……それは、日本も同じ」
「俺も最初は信じられなかったがなぁ……一夏の奴ぁ政府にも顔が利く、その伝手で色々と教えて貰ったぜ。政府のIS推奨派の連中は極秘裏に戦争用のIS装備やISを開発してるってな」
「蘭、俺はお前にそんな先の暗いISの道を歩ませたくない……大事な妹を、そんな危険な道に進ませたくないんだよ」
「お母さん……お祖父ちゃん、お兄……」
「そして、私もナツも、長くISの業界に関わるつもりはない」
「え……?」
「俺がISに関わるのはIS学園に通っている間だけだ……今、日本は政府の大半がVR技術をメインにした技術革新への道を歩もうとしている。今後の日本でISの道に進んでも良い事は無い」
特に、操縦者志望であれば日本ではこの先の未来、航空自衛隊の国土防衛IS部隊に配属されるだけ。
日本は代表候補生や国家代表制度も廃止して、モンド・グロッソへの出場も近々あるという第3回大会を最後にするのだ。
「蘭、悪い事は言わない……今の聖マリアンヌ女学院なら安定した道を進める。IS学園ではなく、そっちの平和な道へ進んでくれ」
この日の夜、五反田家では家族会議が開かれた。内容は蘭の進路について。
一夏から聞いた話、それと一夏の伝手で菊岡を紹介され、菊岡から聞かされた話を総合した結果、五反田家は全員が蘭のIS学園への進学を反対した。
蘭も、何日か考え、考え抜いた末にIS学園への進学希望を諦めた。一夏から聞かされた話から怖くなったのもあるが、何より大きかったのは……自身の失恋故に。
もう間もなく夏休みという戦士達の休息は終わる。
英国へ帰国中だった仲間も戻ってきて、戦士達は遂に一つの集大成を完成させた。
今、戦士達の夢への第一歩となるソレが、世界中に広がろうとしている。
次回、SAO帰還者のIS。
「VRMMO最新作、IB~インフィニット・バースト~」
加速世界の原型が、ここに誕生する。