SAO帰還者のIS
第七十四話
「無限槍のユリコ」
百合子は楯無の手伝いという形で生徒会の出し物に裏方として参加していた。
生徒会の出し物は楯無と虚、本音の三人で抽選会をやるらしく、事前に販売していた抽選くじを購入した生徒が講堂に集まっているのをステージ裏から眺めつつ、いつでも動けるように周囲への警戒を怠らない。
そして、ついにステージ上に居る虚から合図があり、百合子と楯無は直ぐに動き出した。楯無は一夏の方へ向かい、百合子は先ほどから感じられる殺気の方へ。
「……居るんでしょ」
やってきたのは舞台袖から地下へ向かう為の通路、その一角で立ち止まった百合子は槍陣を展開して右手に握ったルー・セタンタの穂先を曲がり角に向ける。
そこから現れるのはいつかのISを纏った一人の男の姿。頭巾を被っているので、顔こそ判らないが、その頭巾を被った姿は百合子にとっては見慣れたもの。
「ジョニー・ブラック……」
「へへ、なんだ無限の小娘かよ。俺的には黒の剣士とか閃光とやりたかったんだがなぁ」
「お生憎様……誰が相手でも、あなたに勝ち目は無い」
ジョニー・ブラック、実力こそPohやザザに劣るが、それでも攻略組の人間を殺せるだけの実力を持ち合わせていた暗殺者タイプの男だ。
小柄な体格を生かした小回りと瞬発力の利いた戦闘は、メインアームである短剣と相まって厄介だと和人本人に言わしめるほど。
「舐めた口利くじゃねぇか。知ってるんだぜ? お前達はリアルの腐った空気吸いすぎて腕を錆らせてるってな。海で閃光とお前の二人掛かりで俺を倒せなかったのが良い証拠だ」
「……」
「それに……人を殺した事も無ぇ小娘に、俺が負けるわけねぇだろぉ!」
海でも見たウイルスを仕込んだ短剣を右手に、それとは別の……恐らくソードスキル用であろう短剣を左手に、短剣の二刀流で斬り掛かって来たジョニー・ブラックを、百合子は何処か冷めた目で見つめながらルー・セタンタを一閃する。
その一撃を小回りの利いた動きで潜り抜けたジョニー・ブラックは一気に百合子の懐へ飛び込み、右手の短剣でウイルスを仕込もうと斬り込もうとしたのだが……。
「忘れた? 私、“無限槍”のユリコだって」
左手に握られた短槍ヴェガルダ・ボウが短剣の一撃を防ぎ、二撃目として来た左手の短剣をルー・セタンタで受け止める。
いや、それだけではない。よくみれば百合子は両手に持つ二本の槍だけではなく、大量のヴェガルダ・ボウを戦場となった通路の辺り一帯の床、壁、天井に突き刺すように展開しているのだ。
「あなたと遊んでる暇は、無い……ナツの所に行くんだから、邪魔しないで」
百合子が持つ二本と、周囲にある全ての槍が同時にライトエフェクトを纏った。周囲で輝き出す槍に流石のジョニー・ブラックも冷や汗を流してしまうのも無理は無いだろうか。
「一つ、教えてあげる……こういう閉鎖空間では、私の無限槍はキリトお義兄さんの二刀流よりも、強い」
次の瞬間、ジョニー・ブラックの眼前に紅い槍の穂先が飛び込んできた。何とかギリギリ頭をずらす事で避けたものの、頬を掠ったようでパックリと切れた頬から血が流れる。
だが、そこで安心して良いわけではない。何故なら続けざまに黄色い槍の穂先が眼前に迫っていたのだから。
「あっぶねぇ!?」
「まだ」
両手の槍を投擲した百合子はすかさず手近な槍を引き抜いては投擲を繰り返した。ジャイロ回転しながら投擲される槍は、直撃すれば間違いなく大ダメージを受けるであろう。
これこそ無限槍のソードスキルの一つ、アンリミテッド・シェイバー。槍にジャイロ回転を掛けながら次々と投擲する貫通力重視のソードスキルだ。
この通路という狭い空間で、次の槍を直ぐに手に取れる状況は正しく無限槍の独壇場、途切れる事無く襲い掛かる槍は相手に恐怖心を植え付ける。
更に言うなら、短剣はそのリーチの短さと軽さから投擲された槍を弾くには向かない。つまり、ジョニー・ブラックは飛来する槍全てを避けなければならないわけで、当然だがジョニー・ブラックでも全てを回避するのは不可能だった。
「く、くそ……っ」
ジョニー・ブラックの乗るIS、ポイズンはオーストラリアの第2世代型ISオーシャンズ・マリッジのデータを基にしているので小回りが利く機体だが、この狭い空間では小回りが利く程度、無限槍相手に通用しない。
「休んでて良いの?」
「なっ!?」
再び、周囲全ての槍がライトエフェクトによって輝く。
慌ててジョニー・ブラックは左の短剣をライトエフェクトによって輝かせて百合子へ突っ込んだ。オイズンの特性は小回りの良さと瞬発力、その瞬発力は百合子の槍陣よりも上だ。
「っ!」
「遅ぇ!」
ジョニー・ブラックお得意の短剣ソードスキル、アーマー・ピアス。百合子の胸の装甲の端、つまりISスーツに包まれた生身との境へ鋭い突刺が叩き込まれた。
「ぐっ!? でもっ!!」
絶対防御が発動してシールドエネルギーを大幅に削ってしまったが、この至近距離まで近づいたのはジョニー・ブラックの失策だ。
ジョニー・ブラックの腹に一発蹴りを入れて引き剥がすと、そのまま弾き飛ばされたジョニー・ブラックへ両手の短槍を持って突進する。
両手の槍をポイズンの
「最後……っ!」
最後に突き刺す槍、他の黄色い短槍ヴェガルダ・ボウではなく、愛用の紅い長槍ルー・セタンタを確実に絶対防御が発動するジョニー・ブラックの腹部……装甲の無い部分に突き出した。
穂先は絶対防御に阻まれて突き刺さる事は無かったが、派手に吹き飛んだジョニー・ブラックは突き刺さったままの槍を散らばしながら壁に激突する。
「そういえば、これは非公式だったから、当時はアスナ様しか知らなかったけど……私、模擬戦で一回だけ団長に勝った事があるの」
「け、血盟騎士団のヒースクリフに、だと!?」
あれは、無限槍を取得したばかりの頃の話だ。当時、血盟騎士団の模擬デュエルに珍しくヒースクリフが顔を出して、ユニークスキル取得したばかりというユリコに模擬戦を申し出たのだ。
結果としてユリコはヒースクリフの神聖剣を突破して、初撃決着デュエルに勝利したのである。
「団長の絶対的防御を誇った神聖剣すら突破した無限槍を、あなたに抑えるのは不可能」
「チッ」
例え槍術としての腕前は錆付いていようと、そもそも無限槍の戦い方とは槍の腕前による勝負ではなく、圧倒的な槍の数による数の暴力での勝負だ。そこに腕が錆付いているかどうかなど関係無い。
ならばとジョニー・ブラックは槍を奪えばと思い、近くにあった槍を拾い上げて構えようとしたのだが、その槍が突如消えて百合子の手に納まる。
「無駄、クイック・チェンジのスキルはISでも再現出来る」
クイック・チェンジは無限槍を使用する上で必須のスキルだ。当然だが百合子の槍陣にはクイック・チェンジのスキルを再現するシステムが存在しており、シャルロットに教わった
更に、百合子は
「一瞬で、だと……」
一切のタイムラグ無しに周囲の槍と手持ちの槍の持ち替えが可能となった。
この
無限槍の使用可能空間が限られていたこれまでの弱点を百合子は夏休みの間に改善し、より一層の力を手に入れたのだ。
「チィッ、こりゃ分が悪すぎるぜ……出直すか」
「逃がすと、思う?」
「へっ! 逃げるんじゃねぇ! てめぇは、俺が必ず殺すって決めたからな! 今日は出直して確実に殺す準備を整えるだけだ!」
「そう……」
次の瞬間、ライトエフェクトを纏った紅い槍がジョニー・ブラックに飛来し、直撃と同時に大爆発する。
百合子のオリジナルソードスキル、クレーティネによる投擲槍は、破壊力だけで言えば間違いなく槍スキル最強。その一撃を受けたのだから、確実にジョニー・ブラックのポイズンはシールドエネルギーを失ったか、あるいは大幅に減った筈だ。
「……いない」
煙が晴れて爆心地を確認した百合子は、そこにジョニー・ブラックの姿が無く、ルー・セタンタだけが転がっているのを見て、逃げられたのを確信した。
恐らくだがポイズンはシールドエネルギーを失ったのだろう。故にジョニー・ブラックは走って逃げ、そのまま姿を隠したのだ。
「後は、更識の人の仕事、かな」
逃げられてしまったのなら仕方が無いと、百合子は一夏が居るであろう更衣室を目指す。既に楯無が合流して、戦闘は終わっているかもしれないが、それでも恋人の近くへ行きたかった。
「……ジョニー・ブラック」
次は、確実に殺しに来るであろうアインクラッド時代からの因縁ある男を思い出しながら、百合子は槍陣を待機モードにした後、生身用のルー・セタンタを取り出して歩き出す。
「次は、絶対に逃がさない……万が一の時は、もう躊躇わないから」
人殺しの咎を、和人と一夏だけに背負わせるつもりはない。だから次にジョニー・ブラックと相対した時、その時は……。
「その時は……殺す事も厭わない」
白の剣閃き蜘蛛を斬る。
剣士と鎧の絆断ち切る機械は白の剣士には届かない。
追い詰められた亡国の蜘蛛は己が無知を思い知ることとなった。
次回、SAO帰還者のIS
「白の剣が断ち斬るは蜘蛛の糸」
白と水の舞が蜘蛛を散らす。
あとがきの次回予告すら思い浮かばなくなった私です。