SAO帰還者のIS
第八十一話
「天災の娘」
1年3組に転入してきたクロエ・クロニクルがIS開発者である篠ノ之束の義理の娘であるという事は学園内の者であれば誰もが知る事実である。
更に、束謹製の専用機を持つ専用機持ちではあるが、そのISが戦闘用ではないことから、3組のクラス代表交代は起きなかった。
故に、クロエは現在、3組の一生徒としてそれなりに馴染んで来て、一夏達や鈴音、簪といった別のクラスの者とも親しくしている。
特に一夏が一番クロエに懐かれており、授業が無い時に廊下で偶然会った場合は常にクロエが後ろを付いて歩くという光景が時々だが見られる程だ。
「……な、なぁクロエ?」
「何でしょう……?」
「せっかくの休日なのに、何で付いて来るの?」
「いけませんか?」
「いや、別にいけなくはないけど……」
ちょっと街まで買い物に出掛けようとして寮を出た所で、偶然にもクロエと遭遇し、そのままクロエはいつも一夏と偶然会う時と同じように今回も一夏の後ろを付いて歩き、ついには街まで一緒に来てしまった。
「織斑一夏さんは、何を買いに?」
「うん? いや、何でもアメリカの有名な量子物理学者の書いた学術書の日本語訳版が発売したとかでな、それを探しに」
「アメリカの……ああ、最近ニュースになってる電子工学理論の応用と展開、その展望が書かれた本ですか」
「それそれ、レゾナンスの本屋なら結構大きいし、あるかと思ってな」
ショッピングモール『レゾナンス』に到着して、直ぐに二人は本屋に向かった。
レゾナンス内にある本屋は全国チェーンもあるほど大きな本屋で、大抵の本であればこの店で買えると言われている程だ。
「そういえばクロエは目を閉じてても普通に歩けるんだな」
「ええ、私の専用機のことは束様からは……」
「ああ、聞いてるよ。生体同期型のIS『黒鍵』だっけ?」
「はい。元々、私が失敗作と言われていたのは生まれつき心臓が弱く、長くは生きられないという理由からでしたが、束様が開発した黒鍵と同期する事でコアを心臓と融合して普通の人間と変わらない生活を送る事が出来るようになりました。結果としてISを常に起動している状態になったので力の塊になった瞳を閉じなければならなくなりましたが、ハイパーセンサーが目を閉じていても周囲の景色といった情報を脳に直接送り込むので、目で見えずとも
理論は理解出来るし、どのような方法を取っているのかも、一夏の頭で解る事だが、それが一歩間違えれば外道な手法であるのも同時に判明してしまった。
しかし、それのおかげでクロエは今も生きていられるというのも事実であり、束がクロエを実験体として黒鍵と同期させたのではなく命を救う為に行ったのだと判るからこそ、何も言わなかった。
「だから、束さんは命の恩人なのか」
「はい」
本来、宇宙に行く為の翼として開発されたISの技術が兵器として利用されてしまった中で、束はISの技術で人の命を救った。
きっとそれは、翼を兵器にされてしまった束にとって何より大きな進歩であり、ISという存在の意義を少しでも改善させる結果になったのだろう。
「お、あったあった」
話もそこそこに、一夏は目的の本を見つけてレジへ持って行き、会計を済ませて店を出た二人は、まだ時間が余っているのもあって昼食ついでに休憩する事にした。
レゾナンスのレストランフロアに移動して、適当な喫茶レストランに入ると、ようやく落ち着く。
「クロエはもうIS学園には慣れたか?」
「はい、クラスの皆さんも最初こそ束様の娘という事で余所余所しくもありましたが、学園祭準備の際に色々とお話した結果、随分と打ち解ける事が出来たかと」
「そっか、そりゃ良かった」
注文した食事が届いて二人で食べながら一夏はクロエにクラスでの事を聞いていた。
彼女が束の娘である事は転入当初より有名な話で、それ故に何かトラブルや問題を抱えてしまうのではないかと心配していたものの、どうやらその心配は無用だったらしい。
「部活には入ったのか?」
「いえ、それはまだ……剣道部とVR研究部で迷ってます」
「ん? 何だ、剣道やVR技術に興味が?」
「VR技術の方は束様の助手をしていた事から知識はある程度ありますし、興味があります。剣道に関しては束様より篠ノ之流の手解きを受けていますので、一応は篠ノ之流門下生です」
確かにクロエは何かしらの武道をやっているであろうというのは気づいていたが、まさか篠ノ之流をやっていたとは驚いた。
だが、篠ノ之流師範代の束の下に居たという事を考えれば、そうおかしな話でもない。
「そういえば、先日束様がお父上に電話で正式に篠ノ之流師範を名乗る事を許可されたらしいですよ?」
「へぇ、龍韻さんから……って事は、束さんが師範の篠ノ之流道場が開けるって事だな」
「はい、その門下生第一号が私です」
箒も門下生になって束から篠ノ之流を鍛えてもらうらしく、彼女の剣の腕もこれから更に上達する事が見込まれる。
暫くはIS学園の第2剣道場が束の道場となる事になり、千冬もそこで師範代として剣を教える事になったらしい。
門下生も剣道部員から希望者が入る事になっていて、これから束の道場も大きくなるだろう。
「織斑一夏さんは、門下生にならないのですか?」
「俺? 俺はもう篠ノ之流から離れて久しいし、今はアインクラッド流とも呼ぶべき剣技があるからなぁ……やらないわ」
と、そこで一夏は気になる事が一つ出来た。
「なぁクロエ」
「何でしょうか?」
「俺の事さ……フルネームで呼ぶのやめない?」
そう、クロエはずっと一夏の事をフルネームで呼んでいたのだ。勿論、一夏だけではなく、和人達の事もフルネーム呼びしているので、そろそろそれを何とかしていと思っていた。
「そう言われましても……」
「一夏でもナツでも、好きに呼んでくれて良いぜ? 束さんの娘なんだから、俺に変な遠慮はしないでくれ」
「……それでは……お兄様、そうお呼びしても?」
「……うぇ!?」
素で驚いてしまった。今まで、実の姉や兄貴分に姉貴分が居ても弟や妹、弟分に妹分というのがユイ以外に居なかったので、実は兄と呼ばれるのが今でも照れ臭いのだ。
勿論、ユイにお兄さんと呼ばれるのは嬉しいし、彼女の事を本当の妹のように可愛がっているから文句は無い。
しかし、ここに来てまさかクロエまでもが一夏を兄と呼びたいと言ってくるとは思わなかった。
「駄目、でしょうか……?」
「あ、いやいや! 全然大丈夫!! そう呼びたいなら呼んでくれて構わないぜ!」
シュンとしてしまったクロエに慌ててお兄様呼びを許可する。するとクロエも何が嬉しいのか口元を喜色に歪めて喜びを表した。
「いよいよ俺の呼び名も、増えてきたなぁ……」
一夏、一夏君、一夏さん、いっくん、ボウズ、小僧、一の字、白の剣士、ナツ、ナツ君、ナツさん、お兄さん、パパと来て遂にお兄様と来たか。
「お兄様が皆さんに慕われる理由、何となくわかった気がします」
「ん?」
「お兄様は、お優しい方だと、そう思いました」
「……優しい、か」
優しい自分、それは確かにあるのだろう。だけど、その一方で非情で、残酷な自分も確かに居るのを一夏は自覚している。
優しさだけでは戦いの世界で生き残る事は出来ないと、アインクラッドでの2年間で学んだ。優しいだけではただの弱者で終わるという事も、すぐに死んでしまうという事も、あの世界で嫌という程、思い知らされたのだ。
「クロエ、俺が優しいっていうのは、少し違う……俺は優しさを見せる一方で、敵を必要とあらば殺す事も厭わない所を併せ持った……殺人者だ」
この手は、10人の人間の命を奪い、血に汚れた殺人者の手。今の一夏が見せる優しさなど、その罪の意識による贖罪から来る物ではないとは決して言えない。
時々、笑っている自分や、優しそうな表情をしている自分の姿を窓ガラスや鏡で見てギョッとする事がある。
その時、どうしても頭の中でもう一人の自分が囁くのだ、「何を笑っているんだ。お前は、そんな風に笑う資格があるのか? 人殺しの罪人の分際で……」と。
「そう、
言い換えれば、それは殺す必要があれば、殺せと指示があれば殺していたという事に他ならない。
今更、殺した人間の数が増えようと、それは背負うべき罪が、十字架が増えるだけの事で、今と何一つ変わらないのだから。
「私は……そうやって己を殺人者だと認め、殺した事の罪を背負う覚悟を持った貴方は、やはり優しいのだと思います……束様も、白騎士事件で報道こそされなかったものの、確実に出てしまった犠牲者の事を今でも悔み、白騎士事件のあった日は毎年欠かさず喪に服していますから」
だから、クロエは束を優しいと言う。そして、その束と同じ一夏の事も、優しいのだと断言した。
「サンキュー……クロエ」
「いえ」
何故か、少しだけ心が救われた気がした。きっとこれからも一夏の罪は消える事無く一夏の背中に重石の如く圧し掛かったままだろうが、それでもそんな自分が、今を笑って過ごしても良いのだと、許された気がしたから。
次回からはいよいよキャノンボール・ファストとシャルロットの日本代表候補生選抜試験当日です。