「一週間後に開かれるTHE NEW BEGININNG VALKYRIAのメインイベントが・・・わ、私のデビュー戦なんですか!?!?」
「そうよ、基本的にはヴァルキリアの新人の為に用意された大会だと思ってくれて構わないわよ」
「わ、わわ、私がメインイベントを務めるなんて胃に穴が開きそうですよ・・・・・」
「そんなに緊張しなくていいわ。誰でも通る道なんだから」
「は、はいぃ・・・・・」
急な出来事であった。
練習中に呼び出されたと思えば、いきなりの大役の抜擢に驚かない者はいないだろう。
絢音は頭を抱えて蹲っていたが、ハッと思い出したように顔を上げると気になった事を口にする。
「えっと・・・私の対戦相手は・・・誰なんでしょうか?」
「おっ、ちょっとはやる気が出て来たのかしら」
「いや・・・その、つい気になってしまいまして・・・・・」
「そうよね。あぁ、貴女の相手は・・・大空ゆかなちゃんよ」
「大空ゆかなさん・・・」
「去年入団した娘だから・・・2年目ね。貴女に解りやすく説明したら風斬とは同期にあたるわね」
「あの風斬さんと同期・・・ですか」
プロレスファンとしてのスイッチが入ったのかぶつぶつとなにやら口にする絢音。
そんな彼女の姿を見つめながら沙織は珈琲を楽しんでいた。
しかし、そんな中ノックと共に富咲が部屋に入って来たのだ。
「社長、よろしいですか?」
「なにかしら?」
「佐倉さんのリング衣装の件で・・・っと、丁度良い所に居ましたね」
「ふぇっ・・・?」
「そっか!デビュー戦なんだからちゃんとした衣装で挑まないとねぇ~♪」
「それなら・・・いつもの練習着で・・・・・」
「学校指定のジャージ姿で出場した選手なんて前代未聞です!」
「うぅぅ・・・そ、そうですけど・・・・・」
「そうと決まれば善は急げね。衣装の料金は私が受け持つからなんでも好きなの作って貰いなさい!」
「わかりました!それでは行きましょうか、佐倉さん」
「えっ!?ま、まだ・・・心の準備が・・・あ、あの・・・社長さぁぁぁん!!!!」
腕を引っ張られて社長室から強引に連れ出される絢音は、助けを求めるように叫んでいてその声は廊下からでも響いてくる程であった。
そんな状況にも嬉しそうに笑う沙織は、自分のデスクにあるパソコンに目を向けるとある一通のメールに目を細めた。
「はぁ・・・本当に美咲もモノ好きね」
試合当日
選手控え室には出番を控えた絢音。
そして、サポート役として同期である駿河 燈華(するが とうか)。
そわそわしながらも入念にウォーミングアップをする絢音。
その横では、じっと動きを観察する燈華の姿があった。
「今日はありがとうございます!私のサポート役を引き受けて下さって」
「いや、別にお礼を言われる事じゃないよ。同期の仲間の晴れ舞台だ、協力するのは当たり前だろう?」
「えへへっ・・・・・そう言われると少しホッとしました」
「絢音ちゃ~ん♪調子はどう?」
「美星さんっ!?」
急に扉が開かれるとそこに立っていたのは試合後のランブル美星だった。
まさかの登場にピンッと背筋を立てて姿勢を正すも美星は「リラックス、リラックス♪」と言い絢音の肩を叩く。
「それにしても・・・へぇ~・・・・・それが絢音ちゃんのコスチュームか」
「は、はいっ!!に、似合ってますかね?」
「いいんじゃな~い?アタシは好きだよ~そう言うの」
黒色の肘当て。
上下共に炎を強調したようなデザインを扱われている。
そして、黒色のブーツ。
絢音が言うには、「紅蓮少女」だと言う。
などと衣装をお披露目していると出番が迫っているとの報告がやって来た。
その言葉にまたピンッと反応する絢音だったが、ふと頭に温もりを感じるのに頭を上げるとそれは美星の手であった。
「あはは♪最高の晴れ舞台・・・いっちょ暴れてきちゃいなさいなぁ~」
「は、はいっ!!」
「う~ん・・・アタシも付いて行くわ~」
「いっ!?いいんですか!?」
「別に構わないわよ~」
「こうなったら・・・勝つしかないな?」
「はい、勝ちます!!!!」
そう言うと準備していた背に不死鳥を描いた上着を羽織って絢音はリングへと歩みを進めるのであった。
『それでは、皆様長らくお待たせいたしましたぁぁぁ!!本日のメインイベントの開催です!!!!』
会場を盛り上げるように叫ぶアナウンスに会場は、一気に盛り上がりを見せ始め本日のメインイベントが始まる。
アナウンスのコールにより、呼び出された大空ゆかな。
パーソナルカラーである空色をモチーフにした衣装に包まれて彼女は歓声の中ゆっくりとリングの中へと入って行った。
『赤コーナー・・・期待の新星、此処に現るっ!!佐倉絢ぁぁぁ音ぇぇぇ!!!!』
紹介されたと同時に姿を現した絢音は高々と拳を突き上げてこう叫んだ。
「ファイヤァァァァァ!!!!!」
勢い余って叫んでしまったのだろう。
叫んだ本人がハッとしたように口元に手を当てて顔を真っ赤にしていたが、会場のお客様も真似をするように「ファイヤー!!」のコールが響いた。
その反応には、恥ずかしがっていた絢音も答えるように両手を挙げるとリングへと足を進める。
そして、2人は対峙した。
身長差は歴然、背の高いゆかなを見上げるように立つ絢音。
審判のボディチェック中も2人の視線は外れる事はなかった。
次の瞬間ゴングが鳴り響き、2人は瞬時に組み合った。
「力勝負は互角っ!?」
「いや~彼女には簡単には勝てないわよん♪」
リングサイドに居た燈華と美星は間近で観戦していた。
周りからはゆかなが押しているように見えるのだが、それは身長差があるからそう見えるだけであって本当の所力一杯押し込んでいるのだが、絢音はビクとも動かないのだ。
「ここっ!!」
「・・・っ!?ぐぅっ!!」
すると組み合っていたはずの手を急に解いた絢音。
それに対して前屈みになって力を入れていたゆかなは体勢を崩してしまう。
その隙を逃さないようにやって来た相手の頭を左脇に抱えるとそのまま背中から倒れ込み、その勢いで前のめりに倒れ込んだ相手の頭部をリングに打ちつけたのだ。
新人とは思えない綺麗なDDTに会場は盛り上がる。
そんな観客の中に大きめのサングラスを掛けて深く帽子を被る怪しげな女性が不敵な笑みを浮かべながら観戦をしていた。
「うちの新星はどうかしら?」
「彼女経験者なの?」
「未経験者よ」
「それは・・・面白いわ」
怪しげな女性の横に沙織は堂々と座る。
しかし、女性は見向きもせずにリング上の試合に夢中であった。
沙織も夢中になっている女性を横目に少し嬉しげに笑うと自分も試合の方に目を向ける。
リング上では掴まれない様に足技で牽制を仕掛けるゆかな。
それを受けながらもじりじりと間合いを詰める絢音。
2人の攻防戦が繰り広げられていた。
「(あの子が力に自信があるのは納得するしかない。それなら時間を掛けてでも相手のスタミナを・・・・・!!)しっ!しっ!!」
「とったぁぁぁ!!」
「(罠に引っ掛かった!?)それを待っていたのよっ!!」
執拗にローキックをしてくるのを止めるように片足を掴んだ絢音。
しかし、それは予定の範囲内だったのか瞬時に体を捻ったゆかなの反対の足が頭に目掛けて放たれる。
鋭い蹴りが突き刺さる・・・が。
「これを受けて倒れないのっ!?!?」
「捕まえ・・・ましたぁぁぁっ!!」
普通の選手なら意識を一瞬でも手放してしまうぐらいの強烈な一撃を貰っているのにもかかわらず、逆にその足さえも捕まえた絢音は食いしばっていたであろう歯を見せると大きな声と共にそのまま円を描くように回りだして最後には勢い良くゆかなを放り投げたのだ。
「あの子・・・・・人間?」
「失礼ね、ちゃんとした女子高生よ」
「しかも、女子高生?はぁ・・・驚きね」
「まぁ、私もこの展開には驚いているわ」
「計算違いって事?」
「予想以上の原石だって事にね」
遠くから眺めている2人はリングの上で雄々しき戦う絢音の姿に夢中であった。
「いつまでも・・・貴女の出番じゃないわ!」
「いぃっ!?」
「吹っ飛びなさい!!」
一瞬の隙を突かれてロープに振られた絢音。
走って戻ってくる絢音を、前かがみの姿勢で迎え入れたゆかなは高く跳ね上げるように放り投げた。
体重が軽いせいもあり、絢音は高い位置からリングに落とされてしまう。
「まだまだ!!」
「くはぁっ!?!?」
続け様にロープに向かって走り出したゆかな。
助走をつけて帰って来た彼女は前方宙返りすれば、体全体をリングで倒れている絢音に浴びせた。
勢いとゆかなの全体重が乗っかった一撃には、絢音も苦しそうに呻きをあげる。
ゆかなはすかさずフォールに入る。
素早い連携技を前にしたがカウント2.5で返す事が出来た絢音。
しかし、まだ攻撃の手を緩めないのかゆかなはゆっくりと絢音を起こす。
「足りないのなら・・・・・今度こそっ!!」
軽々と絢音を自らの頭上まで跳ね上げさせてパワーボムの体勢に入った。
しかし、すぐには放とうとはせずにそのまま後退りをし始めたのだ。
「絢音ぇぇぇ!!」
燈華の呼び声が響き渡る中でゆかなは助走に入った。
彼女のフィニッシュホールドとも言えるランニングボムに入ろうとしているのである。
勢い良く絢音をリングに叩きつけようとした瞬間だった。
かすかに笑い声が聞こえたのだ。
「なっ!?」
「待って・・・いました」
「なにをっ!?」
「貴女が・・・フィニッシュホールドで決めようとしてくるこの瞬間をっ!!!!」
誰もがゆかなのフィニッシュホールドが決まると信じていた。
しかし、事態は一変したのだ。
予想とは裏腹にリングに沈んでいたのはゆかなだったのだ。
まさかの展開に観客は驚きを隠せずにはいたが、まさかの事に歓声があがっていた。
「ゆかなのフィニッシュホールドをフランケンシュタイナーで返すなんて・・・流石ね」
「ねぇ、あの子はこの試合が初の公式戦でしょう?なのにあの動きは、まるで対戦相手のフィニッシュホールドを最初から読んでいたようにも見えるわ」
「えぇ・・・初めての公式戦よ。けど、彼女は普通の女の子じゃないのよ」
「どう言う意味?」
「レス女ちゃんなのよ♪」
などと話している間にリング上では絢音がポストに登って身構えていた。
リング上にはまだ呻くように仰向けで倒れているゆかなの姿があった。
「やぁぁぁぁぁっ!!!!」
大声と共に飛び上がった少女の体が舞い上がれば勢い良くゆかなの上に重なった。
その一撃と共に絢音は即座にフォールに入る。
レフェリーがすぐにカウントに入ると会場には緊張に包まれた空気が張り詰める。
3カウントが言い終わった途端に物凄い歓声が勝者である絢音を迎えたのであった。
勝利した絢音はきょとんとした表情であったが、対戦相手であるゆかながふらつきながらも絢音の片手を持って賞賛を讃えるとやっと実感したのか満面の笑みでガッツポーズを見せた。
「勝っちゃったわね」
「それで・・・どうなの?美咲、あの件はどうするの」
「やりましょう♪私の団体と貴女の団体での交流戦」
「はぁ・・・わかったわよ」
「楽しみね・・・交流戦が・・・・・」
観客席で嬉しそうに笑顔を見せる・・・豊田 美咲(とよだ みさき)。
女子プロレス団体「ベルセルク」の頂点に立つBWQ(ベルセルク・レスリング・クイーン)王者である。
リング上で喜んでいる絢音を尻目に交わされた約束。
なにが起きるかはこの2人にしかわからないであろう。