「んっ?どうしたんだろう」
いつものように学校を終えてヴァルキリアにやって来た絢音だったが、あまりの人混みに首を傾げて恐る恐る近付こうとする。
するとふと自分に気付いたゆかながジェスチャーで裏口に回るようにと教えてくれた事にお辞儀をすれば、人混みの方には向かわずに裏口へと絢音は駆け足で向かう。
裏口の扉を開けると富咲と鉢合わせしたのである。
「おはようございます、富咲さん!なんだか表が凄い人だかりでしたけどなにかあったんですか?」
「全部取材の件ですよ。この時期になるといつもうちのルーキーを取材しに来るんですよ」
「そうだったんですね・・・だからこの時期のプロレス週刊誌や月刊誌はルーキーの話題で一杯だったんですね」
「今回うちの一番人気は・・・佐倉絢音ですからね」
「へぇ~・・・・・って、私なんですかっ!?!?!?」
「そうですよ?宮永社長も今後の成長が楽しみだと喜んでいましたからね」
「そ、そこまで言われちゃうと嫌な気はしない・・・ですね」
自分の評価が過大評価されている事に驚きを隠せずにいたが、内心はかなり嬉しかった。
憧れとなったプロレスラーの仲間入りを果たして認められているのだからこんなに喜ばしい事はない。
嬉しそうに鞄を抱き締める絢音の姿を見て微笑ましく思う富咲だったが、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ、絢音ちゃん」
「どうかしましたか?」
「社長が話があるって言っていたから会議室に行ってみてくれませんか?」
「会議室・・・ですか?社長室じゃなくていいんですか?」
「そっ!今はお客様がいらっしゃっててとある打ち合わせをされている所だから会議室で構わないわ」
「でも、それって私が邪魔になるんじゃないですか?」
「いえ、貴女には関係する事だから・・・お願いね、私も後で伺うから」
そう言われて学生服のまま絢音は会議室へと足を進める。
内心ちょっと胸騒ぎのような感覚を感じるものの会議室の部屋をノックする。
すると中からは社長の返事があり、失礼します!と一言付けて扉を開けて中に入った。
しかし、絢音は中に居た人物に気付くと満面の笑顔に変わっていた。
「と、とと、豊田美咲選手っ!?それに・・・は、はは、萩原さくら選手じゃないですかっ!?」
「ふふっ・・・やっぱり沙織の言う通り面白い子ね」
「お、お邪魔しています」
「どど、どうしてこのヴァルキュリアにいらっしゃるんですか!?いや、そ、そんな事よりも・・・サインお願いしてもいいですかっ!!」
学校帰りのはずなのにどこから色紙とサインペンを持ち込んだのか2人に手渡すと目をきらきらと輝かせて書いてもらうのをじっと見守っていた。
書き終えれば、2枚とも上に掲げるとうっとりとした表情で眺めていた。
「あの子・・・いつもあんな感じなの?」
「そうよ?初日なんて挨拶は手短に済ませたかと思えば、サイン集めにヴァルキュリア内を1日中走り回っていたって選手のみんなが口を揃えて言っていたもの」
「本当にレス女ね。しかも、かなり重度の・・・」
「でも、それが彼女の強みでもあると思うわ。選手ごとに彼女の中ではすべてが把握されているのよ・・・引退している私の事だって全部覚えていたんだから」
「見透かされている・・・って訳ね」
「そうなるわね」
さくらを前にして興奮したように対峙している絢音に2人は微笑んでいた。
「萩原選手の試合いっつも観てます!デビューから連敗続きだったのに風間選手とのリベンジマッチで見せたあの『さくらスペシャル』と言う決め技っ!!あの技を筆頭に数々の勝負を制して行き、挙句の果てにはあのジャッカル東条選手と渡り合いすべての技を受けきったんです!!私もあの試合は最前列で観戦していて全員が震え立ちましたっ!!」
「あ、ありがとうございます」
「でもでもっ!一番燃えたのは・・・ブルーパンサー・・・いや、宮澤エレナ選手との闘いですっ!!あの試合は今でも忘れませんっ!互いの思いが激しくぶつかり合ってでも譲れなくて・・・・・私は・・・私は観ているだけで・・・・・」
「えっ!?ええっ!?ど、どうしたの?大丈夫?」
いきなり激しく語っていたかと思うといきなりボロボロと涙を流し始める絢音に目の前に居るさくらは慌てたようにはわはわとしている事しか出来ずにいた。
そんな2人を尻目に沙織はとある一枚の紙を机の上に出した。
「美咲、一応1週間後に決まったんだけど、内容はこんな感じでいいわよね」
「・・・確認するわ」
「交流戦と言うのも兼ねてちょっと面白い組み合わせにもしておいたわよ」
「この2人も因縁・・・か」
「どう?面白いでしょう」
置いてけぼりにされている2人も恐る恐ると紙の内容を確認しようとしたが、美咲はスッと懐に仕舞うと不敵な笑みを浮かべていた。
あまり見せない美咲のそんな表情にきょとんとして2人だが、絢音は手を挙げてから口を開いた。
「交流戦とは・・・ヴァルキュリアのメインイベントの1つで他団体と一緒に試合をする事ですよね」
「まぁ、名前の通りそうね」
「けど、ヴァルキュリアの交流戦ってメインイベントが特殊ですよね」
「・・・・・例えば?」
「お互いのエースとお互いのルーキーを組ませたタッグマッチ・・・とか」
「大・正・解♪」
オーバーリアクションで回答した沙織を横目にこの部屋にノックの音が響く。
扉が開くとそこにやって来たのは、御堂ヒカルと富咲ひばりが立っていた。
「お待たせしました」
「社長、お呼びですか?」
「役者が揃った!交流戦は、御堂ヒカル&豊田美咲ペアVS佐倉絢音&萩原さくらペアのタッグマッチで決まりねっ!!」
「そう言う訳だからお願いね?御堂さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「「えええええっ!?」」
突然の事にも御堂&豊田ペアは平然と握手を交わしていた。
しかし、挑戦者とも言えるルーキーの2人は驚きと絶望にも聞こえるような声を出して2人で抱き合っていた。
こうして決定した事項は、外に群がる取材陣の前でも同じく宣言してしまった為に確定事項に変わってしまった。
取材陣も退去し、ベルセルクの2人が去った後にヴァルキュリアのメンバーが集合をかけられていた。
珍しく4つのユニットすべての招集でギスギスとした空気ではあったが、沙織は手を叩いてみせると静まり返っていた。
「1週間後にベルセルクと交流戦をするつもりだったんだけど、『雅』も混ぜろって言って来たからOK出しといたっ!!」
「・・・絢音」
「おほんっ!雅とは元ベルセルク所属だった真田 朱里(さなだ じゅり)さんが経営されている団体です!ベルセルクとは簡単に言えばライバル団体とも言われています」
「じゃあなんでそんな所が今回の件に食い付いて来たんだ?」
「社長の仕業よ」
「風斬さんっ!?」
霞と絢音がひそひそと話をしていたら割り込むように風香がメガネをくいっと上げてから溜め息をついていた。
「それと今回は特別ゲストとしてあのジャッカル東条さんも試合に出て貰えるのよねぇ~♪」
「社長さん・・・めっちゃ楽しそうなんだけど、ってお前もかよっ!?」
「そりゃあそうでしょっ!!あのシャングリラの世界チャンプとして名高い人物の1人であるジャッカル東条さんですよっ!?駿河さぁぁぁん!!」
「わ、わかったからオレに向かって唾を飛ばすなってのっ!!」
レス女の性質が出てしまって興奮したまま熱弁する絢音に燈華も抑えるのに必死であった。
すると社長はパチンッと指を鳴らすとひばりがとある用紙が貼られたホワイトボードを全員の前に出したのであった。
「ここに当日の対戦カードがあるわ!交流戦だからって気を抜いたらダメよ?胸を借りるつもりで全力勝負よっ!!」
言い終わると選手達はぞろぞろとホワイトボードに群がり始める。
まだ新人でもある3人組は先輩方がいなくなるのを待ってからホワイトボードへと近付いた。
3人がホワイトボードにある用紙を確認するとちゃんと3人の名前があった。
「・・・・・絢音、頑張れよ」
「駿河さん!もっと励ますとか応援してくれるとかないんですかっ!?」
「今までのお前を観てても相手はオレらん所のエースと向こうん所のエースだろう?・・・・・無理じゃん」
「もう!駿河さん!!なんとか言って下さいよ、玖珂さぁぁぁん!!」
2人がわちゃわちゃとしているのに気付かないくらいに真剣な表情でホワイトボードにある対戦相手の名前を見つめる霞。
いつもとは違う雰囲気に顔を見合わせて首を傾げる2人も同じくホワイトボードにある霞の対戦相手の名前を確認した。
「福岡萌・・・私達と同じ新人レスラーさんだったと思います」
「霞さん、何か気になるんっすか?」
「・・・・・舞幻流空手の高校部門世界チャンピオンだ」
「それって・・・玖珂さんよりも実力が上って事ですか?」
「それはわからないな・・・年齢も違うから大会でも対峙した事はないからな。しかし、後輩からは名前はよく聞いていたから一度手合わせしたいとは思っていた所だ」
「それにしても・・・やばそうなヤツっすね」
「これでも歳は絢音と一緒だからな」
「えええっ!?す、すごいですね」
「いや、オレからしたらお前の方がヤバいと思うよ?普通に」
などと騒いでいたらいつの間にか沙織が笑顔で横に立っていた。
「メインであるタッグマッチも楽しみにしているけれど、元舞幻流空手の世界チャンプと『黒き閃光』と呼ばれていた貴女の闘いにも興味があるから頑張りなさいよ」
「・・・黒き閃光?」
「アタシの空手時代の通り名だよ。・・・にしてもよく知っていましたね」
「自分の経営してる団体の選手の事ぐらいちゃんと把握してるわよぉ~♪それじゃあ頼んだわよぉ~」
霞の背中をバンバンと叩いた後にひらひら~と手を振りながら社長はこの場から去って行った。
「こりゃあ・・・意地でも負けられなくなったな」
「頑張って下さいっ!!玖珂さんっ!」
「お前も自分の心配した方がいいんじゃないか?絢音」
「そうでした・・・・・はぁ~」
「オレも個人戦は初だけどやってやるぜっ!!」
各々に気合を入れると1週間後に迎える交流戦に向けて調整と言う名のトレーニングを開始したのであった。