横須賀鎮守府。真夏のある日、ジリジリと照りつける強い日差しを浴びながら一人の艦娘が歩いていた。すれ違う艦娘達は一瞬振り返るが誰なのかわからずそのまま歩き去っていた。
所変わってここは食堂。昼時には少し遅くここには大飯食らいの一航戦と第六駆逐隊の面々ぐらいしかいなかった。空調が故障しており全員が汗をタラタラかいていた。鳳翔、間宮、伊良湖も団扇や扇子を持って対応している。備え付けのテレビでは夏の甲子園を流しており、なかなか白熱した戦いをしていた。
扉が突然開け放たれ外の熱気が入ってくる。そして入ってきたのは本日ここに着任した綾波型5番艦天霧だった。天霧は颯爽と歩きカウンターへと近づく。
鳳翔「いらっしゃいませ。あれ?見ない子ですね。今日着任されたんですか?」
彼女は一切の視線も表情も変えずにまるで作業をするかのようにこう答えた。
天霧「綾波型5番艦天霧です」
鳳翔はこの返答に若干戸惑った。少々とっつきにくそうな子が来てしまったと思ったのだ。
鳳翔「あ、えっと……天霧ちゃんね!メニューはどれにしますか?」
天霧は上のメニュー表をじろりと見上げた。そして一通りメニューに目を通すと一番左のメニューにした。
天霧「親子丼」
鳳翔「かしこまりました!親子丼の駆逐艦盛りですね!では、お好きな席でお待ちください!」
席に座るように促す。数分後、親子丼が天霧の前に運び出される。
鳳翔「おまちどおさま」
天霧は箸をとり黙々と食べ始める。
雷「あ、そういえば今度の遠征の編成どうなるのかしら」
響「どうやら、天龍さんを旗艦にするらしい」
暁「『また遠征かよ』ってうるさくなりそうね」
電「暁ちゃん天龍さんの物まね上手なのです!」
赤城「加賀さん何読んでるんですか?」
加賀「『頭文字D』です。なかなかおもしろいですよコレ」
第六や赤城、加賀たちが思い思いの行動をする中、鳳翔は団扇をあおいでいた。すると突然後ろから声がする。
天霧「カツ丼」
鳳翔「え?」
天霧「カツ丼をください」
鳳翔は食器を下げ、机を拭いた。
鳳翔「間宮さーん、カツ丼1つお願いします」
間宮「はーい、ただいまー」
十分後、カツ丼が天霧の前に置かれる。天霧は同じように割り箸をとり、黙々と食べ始める。
赤城「鳳翔さん、お水お願いします」
鳳翔「はーい」
赤城「最近ほんとに暑いですね。空調早く直さないんですか?」
鳳翔「いや、提督にも一応言ってあるんですけど、予算のほうが厳しいみたいで当分は……」
天霧「玉子丼」
全員が一斉に振り向いた。そして天霧は一切表情を崩さずに繰り返す。
天霧「玉子丼ください」
鳳翔「え?」
天霧「玉子丼」
また十分程後に玉子丼がだされる。それを食べ始める天霧。
暁は信じられないような表情をしていた。
雷「どうしたの暁?」
暁の見ている方向を見るとすでに天霧は玉子丼を完食し、丼の蓋を戻していた。そしてじろりとメニュー表を見上げた。
天霧「スタミナ丼」
そして鳳翔のほうに顔を向けてもう一度言った
天霧「スタミナ丼」
鳳翔「天霧ちゃん、そんなに食べられるんですか?」
天霧「スタミナ丼をください」
赤城「ほら!鳳翔さん!天霧さんがスタミナ丼って言ってるんですから!」
鳳翔「スタミナ丼一つ」
そして暁がさっき天霧が見ていた視線の先に目をやる。そこにはメニュー表がありそれを見た暁は何かに気が付いた。
暁「ねぇねぇ!みんなあれ見て!」
響「アレってどれのことだい?」
暁「アレよアレ!メニュー表よ!」
厨房では間宮がスタミナ丼の準備をしていた。
鳳翔「間宮さん、これで4品目ですよ」
間宮「まさか。ひとりで食べられるわけないでしょう」
鳳翔「それが一人で食べてるんですよ」
伊良湖「ええ、私も見ました」
スタミナ丼が出されるとみんなは天霧の一挙手一投足に注目した。厨房にいた三人もカウンター越しに見ていた。スタミナ丼がこれまで3品も食べたとは思えないスピードで彼女の口の中へと消えていく。加賀は何か思いついたように持っていたメモ用紙に何か書き始めた。
スタミナ丼を完食するとまたゆっくりとメニューを見上げた。
天霧「アジフライ定食」
赤城「まさか……」
暁「やっぱりね」
鳳翔「アジフライ定食1つ!」
ここまでくると大体みんなが気づいていた。加賀はペンを走らせ続ける。
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8/14 鎮守府食堂
1:20 ①親子丼
1時間後
食堂に重巡青葉が入ってきた。額の汗を腕でぬぐうと、天霧に注目する加賀たちを見つける。
青葉「私も精をつけようかな!鳳翔さん、ニラレバ定食ください」
雷「昼ごはんなんか食べてる場合じゃないわよ!!」
青葉「え?どういうことですか」
間宮「1人で10品も食べてるんですよこの天霧ちゃんって子」
青葉「ええっ!?」
加賀「メニューを左から順に頼んでいってるのよ」
暁「暁が気がついたんだからね!」
電「暁ちゃんは凄いのです!」
暁「当然よ!」
鳳翔「ほら、これが証拠です」
鳳翔は伝票を手渡した。そこには天霧が頼んだ料理が全て書かれていた。青葉は伝票を確認しながら、メニュー表を見る。
青葉「もつ煮込み定食、ニラレバ定食……」
天霧「餃子定食」
また全員が天霧に注目する。
天霧「餃子定食ください」
鳳翔「ぎょ、餃子定食1つ!」
青葉「コレは大スクープですよ!!」
青葉は食堂を勢いよく飛び出した。そして鎮守府中を駆け回った。演習場、寮、工廠、教室などなど。様々な場所から仲間を呼んで回った。そうしている間にも天霧は食べ続け、いつの間にか食堂はギャラリーでごった返していた。
赤城「どいてどいてどいて!ラーメンのお通りですよ!」
鳳翔「おまちどおさま」
加賀「13品目です」
全員「おお〜〜〜!!」
天霧は箸を取ったが突然置いてしまった。全員の頭にハテナが浮かぶ。いよいよ限界なのかと誰しもが思った瞬間、天霧の手が自分の眼鏡に伸びた。そして眼鏡を外し、たたんで机の上に置いた。
鳳翔「眼鏡が曇るから!」
全員「あぁ~~!」
そして普通にラーメンをすすって食べ始めた。
夕張「これ全部いっちゃうんじゃ?」
天龍「おし!俺は17品目のチャーシュー麺までに間宮券3枚だ!」
摩耶「じゃあアタシは全部食べるに5枚!」
その後、味噌ラーメン、塩ラーメン、ネギラーメンを完食し、止まるところを知らない天霧は17品目のチャーシュー麺を注文した。そして……
摩耶「おし!いけ!いけ!」
チャーシュー麺を完食した。
天龍「くそ!負けちまった!」
摩耶「もらっとくぞ」
そんな天龍と摩耶の賭けなんざどこ吹く風という感じで天霧はまたメニューを見た。
天霧「焼きそば」
鳳翔「焼きそば1つ!」
廊下
提督「長門に用があるんだがなぁどこにいるんだ?ていうか、誰もいないとはどういうことだ!?ん?なんか食堂のほうが騒がしいな。ちょっと行ってみるか」
食堂の前に着いた提督は絶句した。無理もないだろう。ここの鎮守府に所属している全艦娘が一斉に食堂に群がっているのだから。そんなグループの中に長門を見つけた。
提督「長門!」
長門「提督」
提督「今日着任予定の艦娘天霧を知らないか?予定時刻を過ぎても来ないんだが。ていうか何かあったのか?」
長門「それがなんでもその天霧がこの騒ぎを起こした張本人のようなんだ」
提督「どういうことだ」
艦娘たちはがやがや騒いでいる。何も知らない人が多くいるためだ。
赤城「皆さん!静かに!天霧さんのご飯の邪魔をしてはいけませんよ!」
夕立「でも赤城さん!夕立も何が起きてるのか知りたいっぽい!」
提督「それは、俺も詳しく知りたいな」
人ごみの中から提督が現れた
赤城「提督」
提督「何があったのか教えてくれ」
赤城「わかりました。加賀さん。お願いします」
加賀「それではとりあえず簡単に説明させていただきます。天霧さんが入ってきて1品目の親子丼を注文したのが午後1時20分頃のことです。そして食堂のメニューを左から順々に頼んでいきまして、15品目の塩ラーメンまでの所要時間が約3時間5分。作る時間などを考慮すると平均一品につき4分20秒で食べていることになります」
瑞鶴「ちょっとそれってすごいじゃない!」
加賀「ところが!ネギラーメン、チャーシュー麺は2分弱で制覇しています。今は18品目の焼きそばです」
「ほぉ~」と感嘆の声が上がる中、変わらぬスピードで食べ続ける天霧。
暁「暁たちなんか最初から見てたんだから!」
吹雪「いいなぁ!うらやましいよ!」
そして天霧は焼きそばを完食した。そして全員が注目する中、天霧は注文した。
天霧「チャーハン」
鳳翔「チャーハン1つ」
加賀「あと2つです!」
チャーハンが出されるとレンゲですくって食べた。周りの注目する様子なんか気にも留めずに。ほかの艦娘たちと提督もその様子をただ見ていた。食堂内はレンゲをすくう音と高校野球の実況しか聞こえなかった。だがそこに突然大きな音が立つ。誰かが机の上の箸立てを倒してしまったのだ。その瞬間天霧のチャーハンをすくう手がついに止まってしまった。そして天霧も若干表情をゆがめる。チャーハンをのどに詰まらせてしまったようだ。その異変に気が付いた睦月は水を持ってきた。
睦月「はいお水!これで大丈夫にゃしぃ!」
天霧は睦月から水を受け取ると一気に飲み干した。そしてチャーハンを食べるのを再開し全員が安堵した。
赤城「はぁよかった」
川内「ちょっと誰?箸立て落としたの」
龍驤「せやで。天霧にもしものことがあったらって思うと……」
そして天霧はついにチャーハンを完食した。全員がメニュー表を見る。あとはカレーライスただ1つ。いよいよだと全員の緊張が一気に高まる。厨房では間宮がコンロの前に立っていた。
伊良湖「間宮さん。もうカレーライス作ってしまったらどうですか?」
そしてそれに対する間宮の回答はいつもの優しい口調ではなかった。
間宮「まだよ。注文を聞いてからです」
その声はどこまでも冷静だった。そして間宮は静かに燃えていた。いつも料理には全力で当たっていたつもりだった。自分でもここまで燃えることができるのかと驚くほどであった。
天霧「カレーライス」
鳳翔「カレーライス1つ」
その注文を聞くと間宮はコンロの火をつけた。伊良湖がご飯をよそい、間宮がルーをかける。
赤城「来た来た!来ましたよ!」
カレーライスが運ばれてくるのを全員が拍手で迎えた。
カレーが出されると天霧はスプーンで食べた。だが、そこで天霧は突然首を傾げた。全員が何だ何だとどよめきの声を上げると、天霧は一言だけ発した。
天霧「うまい」
そういうと天霧はこれまで19品も食べてきたとは思えないスピードで食べ始めた。カレーの量が少なくなるのに反比例して全員のボルテージが上がっていく。
金剛「アマギリー!もう少しデース!」
榛名「天霧ちゃん!頑張ってください!」
高雄「もう少しよ!頑張って!」
提督「頑張れ!頑張れ!」
提督が頑張れコールを始めるとほかの艦娘たちも同じように頑張れコールを始めた。そしてそれはどんどん広がっていき、食堂にいる全員がコールしていた。
全員「頑張れ!頑張れ!頑張れ!頑張れ!頑張れ!頑張れ!頑張れ!頑張れ!」
そして天霧は皿のカレーをキレイにすくい、最後の一口を飲み込んだ。
全員「やったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
艦娘たちは喜びを一気に爆発させ食堂は歓喜の渦に巻き込まれた。もはや泣き出す者もあらわれる始末だ。
蒼龍「ついにやったね!飛龍!」
飛龍「そうだね!蒼龍!こんなにうれしいことはないよ!」
明石「奇跡だ!奇跡が起きましたよ!提督!」
厨房
伊良湖「間宮さん!」
間宮「(グスッ)」
間宮は、泣いていた。ここまで料理を食べてもらう。赤城や加賀は量は多いがそう何品も頼まない。だが今回は全部の品を残さずきれいに食べてくれた。料理人としてここまでうれしいことは無い。
伊良湖「さぁさぁ!間宮さん!早く早く!」
伊良湖に押されながら間宮は厨房を出た。そして人込みをかき分けながら天霧のもとへと向かう。艦娘たちはそんな間宮を拍手で迎えた。
間宮「天霧ちゃん」
間宮が言葉を発すると全員が黙る。
間宮「こんなにうれしいことはありません。ありがとうございます!」
すると天霧はそれに対する答えかのようにわずかながらに微笑んだ。全員が感動し涙を流す中、天霧は外していた眼鏡をかけなおし、なぜかメニュー表を見上げた。そして一言。
天霧「親子丼」
間宮「」
天霧「親子丼ください」
そして全員で一言。
全員「え?」
TV『いやぁそれにしても今日の第3試合は全く何が起きるか全然予想がつきません!大会5日目、本大会初の延長戦に突入しました!』