横須賀鎮守府。駆逐艦組の教室。時刻は8時59分。9時になると授業が始まる。ただそこにはいつもと違う異様な空気が漂っていた。
羽黒「うぅっ……ぐすっ……ぐすん……」
担任である羽黒が駆逐艦たちの前で泣いているのだ。ただ何事も言うことなくただひたすらに咽び泣いている。クラスメイトの島風が廊下を歩く足音に気づきドアのほうに目をやる。
キーンコーンカーンコーン
9時になり始業のベルが鳴る。その足音は扉の前につくと止まった。全員がその扉に注目していると、扉が開き、駆逐艦たちの知らない女性が入ってきた。その女性はかなり異様な服装をしていた。全身まっしろなのだ。上に着るブラウスから、スカート、靴に至るまですべてまっしろなのだ。羽黒はその姿に気づき立ち上がる。
羽黒「あのっ!……私……おはようございます……」
若干動揺しているのか、そんな妙な感じの言葉になってしまった。しかし女性は気にせず続ける
女性「あらやだ羽黒さん。もう皆さん提督室にお集まりですよ?」
羽黒「でも、そんな!私はどうなってしまうんですか!?この子たちはどうなってしまうんですか!?そんなことって!!」
女性「羽黒さん。落ち着いて」
女性は恐ろしく冷たい声でこう言った。
女性「提督が待っていらっしゃいますよ?」
羽黒はその恐ろしい声に圧倒されてしまったのか駆逐艦たちに一目やっただけで教室から出て行ってしまった。
電「羽黒さん!どこ行っちゃうのです!?」
電は羽黒の後を追おうとしたが女性がその前に立ちはだかった。
女性「電ちゃん。風邪が治ってよかったわね。さっ、電ちゃんも席について」
電が言われるがままに席に着くと、女性は教壇の上に立ち持っていたジュラルミンケースを机の上に置いた。
女性「皆さん!おはよう!私が今日からみんなの先生です。よろしくね?」
駆逐艦たちは何も返さない。それはそうだろう。突然先生が変わり、見知らぬ女性に気を許せというほうがおかしな話である。女性はカバンを開き一枚のCDを出した。そして教室のラジオに挿入し、再生ボタンを押す。
『Amazing grace, how sweet the sound………』
流れてきたのは讃美歌『Amazing Grace』だった。
女性「これは外国の古い歌なの。私は毎朝こうやって外国のいい歌を聞かせてあげたいの!どう?」
駆逐艦たちはまた何もしゃべらない
女性「……そっか。みんなの敵だった国の音楽だもんね。嫌いだよね」
ここで雷が初めて口を開く
雷「ん~……きれいな音楽だと思うけど……ねぇ?」
電に同意を求める雷。電はゆっくりとうなづいた。
女性「本当!?うれしい!!ありがとう!!」
女性は雷の手を握り満面の笑みでそう言う。元の位置に戻るとチョークを握り黒板に自分の名前を書く。
「私の名前は鹿島って言います。白雪ちゃんは同じ出身地よね?横浜の」
白雪は少し驚いたような顔をする
鹿島「白雪ちゃんはバイオリンが得意なのよね?」
白雪はゆっくりとうなづいた
鹿島「吹雪ちゃんはえーと、去年の3月にここに着任したでしょ!」
吹雪「すごいです!私のことも知ってるんですか?」
鹿島「ええ!島風ちゃんはかけっこが得意でだれにも負けたことがなくって、電ちゃんは牛乳が大好きで、響ちゃんが好きなのはええーと……ボルシチ!雪風ちゃんはとっても運がよくて、夕立ちゃんは睦月ちゃんと吹雪ちゃんととっても仲良しなのよね!」
夕立「鹿島さん!どうしてそんなことわかるっぽい?」
鹿島「それはね簡単なの夕立ちゃん!ここに着任する前に担任になるクラスの名簿を渡されるんだけどそれにはね、顔写真とかいろんなみんなのことが書かれているの!それを私は三日かけて覚えてきたわけ!」
雷は後ろの暁に話しかける
雷「すごいわね!羽黒さん最初の方は私と電よく間違えてたのに!」
鹿島は静かにラジオのスイッチを切った。
鹿島「曙ちゃん。それじゃあ朝、授業をする前に何をするのか教えてちょうだい」
曙はずっと鹿島の顔を睨みつけている。周りの駆逐艦たちはそれに気づいていない。
鹿島「?どうしたの?」
電「朝は羽黒さんがお話してくれるのです!」
暁「ちょっと電!私が言いたかったのに!」
鹿島「そう!お話ね!ありがとう!羽黒さんはどんなことを話してくれたのかな?夕立ちゃん教えてくれる?」
夕立「えーっと、いろんなこと!羽黒さんが昨日見た出来事だとか、テレビのニュースでやったこととか、それから……外国のお話とか!」
雪風「平等と自由と平和のお話とかです!」
鹿島「雪風ちゃんずいぶん難しいこと知ってるのね?」
雪風「だってそこに書いてありますから!」
雪風は黒板の左側を指さした。そこには提督の文字で書かれた『平等 自由 平和』という言葉が額縁に入れられて掲げられていた。しかし鹿島はいささか疑問を感じていた。
鹿島「へぇ~、でも、平等ってどういうこと?」
それにこたえる声は誰もいない
鹿島「それじゃあ、自由ってどういうことかな?」
その質問にも答える者はいなかった
鹿島「どうして大事なんでしょう?」
誰も答えられない。
鹿島「意味が分からないままで難しい言葉を使うのはよくないと思うわ。羽黒さんも意味も教えないなんてねぇ。いい先生だったら教えてあげられるはずなのに……」
誰もが答えに困る中声を上げる艦娘が一人いた。
曙「じゃあ質問するわ」
鹿島「何?」
曙「どうして羽黒さんは泣いていたのよ?」
雷「そうよ!羽黒さんはどこに行っちゃったの!?」
この言葉を皮切りに同調する声が次々に上がった。だが鹿島は冷静に答えた。
鹿島「羽黒さんはお体の具合が悪くてすこしお休みすることになったの。泣いていたのはきっとそのせいだと思うわ。でも雷ちゃん、羽黒さんが病気のままじゃもっとかわいそうじゃない?」
雷「それはそうだけど……」
今度は別のところから質問が上がる
島風「質問しまーす!どうして鹿島さんはそんな服着ているのー?」
島風に近寄る鹿島。
鹿島「島風ちゃんはこの服嫌いかしら?」
島風「ううん!とってもかわいいと思うよー!」
鹿島「本当?うれしい!ありがとう!」
鹿島は元の位置に戻り話を続ける。
鹿島「もしみんながこの服気に入ってくれたらね、みんなもこれと同じ制服着ていいのよ?そしたら今日は何着てお出かけしようかななんて考えなくて済むわよね?みんな同じで!それが、この『平等』ってことじゃない?」
額縁に近づいていき『平等』の文字を指示してそういう鹿島。
曙「着ないわよそんな服!絶対に着ない!!雪風も着ないでしょ?」
雪風「私はみんなと同じがいいです」
曙「何よ!裏切る気なの!?」
曙の言葉を遮るように鹿島は話しかける。
鹿島「曙ちゃん。みんながこの服を着るのも自由でしょう?そう!それがこの『自由』ってことじゃない?」
暁「そうよ!それが自由ってことなのよ!」
曙「違うわよ!」
暁「違わないの!」
曙「違う!!違う!!違う!!!」
どんどんヒートアップする曙。それに対する反感の声が周りの艦娘から上がっていく。しかし曙はさらに声を荒らげてこう言い放った。
曙「提督はどこに行ったのよ!?私たちの提督はどうしたのよ!!?」
実はこの鎮守府では数日前ほど前に提督が変わったのだ。多くの艦娘が新しい鎮守府への赴任が急遽決定したという説明がなされ、「まあそういうこともあるのだろう」といった感じで寂しいが受け入れることにしたという感じだったのだ。
鹿島「前の提督はね『学校』に行ってるのよ。大人も学校に行く人がいるの」
曙「でも……あの糞提督は行きたくないって言ったのに!!それなのに!!憲兵みたいな奴等が無理矢理連れて行ったじゃない!!!」
曙はそう涙ながらに答えた。提督の連行は夜間秘密裏に行われたのだが、曙が目撃していたのだ。しかし鹿島は平然と答える。
鹿島「それはね、提督もみんなと同じってこと。みんなも学校に行きたくない日があるでしょ?大人もそういうときがあるのよ」
鹿島はみんなに語り掛けるように話した後、また曙に話しかける。
鹿島「でも心配しないで。今の提督はただの代理よ。すぐに元の提督が戻ってくるわ。考えの間違ったところを直したらすぐにね」
曙「あの糞提督は悪い考えなんかしない人よ!!」
鹿島「曙ちゃん、よく聞いて。私は『間違った考え』といったのよ?『悪い考え』だなんて言ってない。考え方が間違ったときは大人の人にだってちゃんと教えてあげないといけないでしょ?違う?」
曙は何も答えない。
睦月「私も軽巡とかの先輩たちが間違ってるって思うときがあるにゃしぃ!」
夕立「そうよ!みんな提督みたいに学校に行けばいいっぽい!!そうしてよくない考えを直していけばいいっぽい!」
鹿島「さぁ曙ちゃん、座りましょうか」
曙を席に着かせると鹿島は教壇に戻ろうとする。
鹿島「みんなは正しい考えを習いましょう。わかりましたか?」
駆逐艦たち「はーい」
席に着いた曙は机の中から一枚の紙きれを出してくる。そして叫ぶ。
曙「クーデター!クーデターが起きたのよ日本に!!憲法が変わっちゃったのよ!!」
曙が出してきた紙切れにはクーデターの文字が。これはこの鎮守府にいる重巡青葉が毎週発行している雑誌の切り抜きだった。鹿島は若干表情を変えた。
島風「憲法?」
曙「決まりよ!国の決まり!ここに書いてあるわ!日本は大変なことになるって!!」
鹿島は冷静に話しかける。
鹿島「決まりが変わったのは本当だけれど、それはクーデターなんて言わないのよ?その雑誌は間違っていたので次の日に訂正がされました。大人だって間違いを直さなきゃいけないって今お話したわよね?国に決まりも同じなの。間違った決まりは直さないと。そうでしょ?」
曙「だけど!」
鹿島「ねぇ!それよりみんなにとってもいい話があるのよ」
曙が叫ぶとその言葉を遮る鹿島
夕立「いい話って何?」
鹿島「それはね、みんなは今日から先生たちと少しの間、お泊りすることになってるの」
吹雪「え!?お泊りですか!?どこにです!?」
鹿島「とってもきれいなお部屋にきれいなベッドがあって、御馳走がたくさんあるところ!その間は出撃や遠征はなしで、お話したり、ゲームをしたり、歌を歌ったり、すごく楽しいのよ!」
歓声を上げる駆逐艦たち。ただ一人曙だけがしかめっ面をして納得のいかない顔をしていた。
鹿島「ねぇ、お菓子は何がいい?あんまり沢山は駄目よ?」
駆逐艦たち各々要望をいう。ケーキやチョコレート、シュークリーム、スナック菓子など様々だった。
鹿島「じゃあね、みんなでお空の神様にお祈りしよっか!お菓子をくださいって」
鹿島は手を合わせると駆逐艦たちも同じように手を合わせた。曙はするつもりなかったが皆が同じ行動をしている中自分一人だけが違うことをしているのも変に感じたので結局同じように手を合わせて目をつむった。
鹿島「じゃあいい?お空の神様」
駆逐艦たち「お空の神様」
鹿島「どうかお菓子をくださいますように」
駆逐艦たち「どうかお菓子をくださいますように」
これを何回か繰り返した。
鹿島「目を開けてごらん?」
暁「出てこないじゃない!」
響「姉さん、お菓子がひとりでに現れるわけがない」
鹿島「うーん、お祈りする相手が違ってたのかしら……そうだ。今度は『お空の神様』っていう代わりに『私達の指導者様』って言ってみない?みんなで私達の指導者にお祈りするの」
如月「指導者ですか?」
鹿島「そう。指導者よ。じゃあみんな、右手を胸に当てて目をつむって。私がいいっていうまで開けちゃだめよ?」
鹿島の真似をして右手を胸に当てて目をつむる。
鹿島「いいかしら?私達の指導者様」
鹿島はジュラルミンケースの中から袋を取り出してきた。
駆逐艦たち「私達の指導者様」
鹿島「どうかお菓子をくださいますように」
駆逐艦たち「どうかお菓子をくださいますように」
鹿島は袋の中から飴玉を取り出して一個ずつ『お祈り』をいいながらそれぞれの机に置いて行った。
鹿島「お願いします」
駆逐艦たち「お願いします」
全員に配り終わった鹿島は目を開けるように言った。駆逐艦たちは大喜びだった。先ほどまでなかった飴玉がお祈りをしたら現れたのだから。
暁「私これから指導者様にお祈りするわ!」
雷「鹿島さん!指導者様の飴食べてもいい?」
電「食べるのです!なくなったらまた指導者様にお祈りすればいいのです!」
曙「私は見てたわよ!!」
曙が突然声を上げる。
曙「私は今薄ら開けてみてたのよ!みんなの机に飴を置いたのは鹿島さんでしょ!鹿島さんがやったの!!お祈りしたから出てきたんじゃないわ!!鹿島さんが袋から出して配ってたのよ!!」
しかし鹿島は、笑顔になった。
鹿島「そうよ。曙ちゃん。あなたの言う通りよ。あなたはすごく頭がいいのね」
その反応に若干ぎょっとする曙。だが鹿島はそんなこと気にせずにみんなに話しかける。
鹿島「皆さん、その飴は私が配りました。嘘ついてごめんなさい」
頭を下げる鹿島。曙はますますわからなくなってきた。
鹿島「でも曙ちゃんのおかげで大事なことがわかったわよね?それは、誰にお祈りしたって本当は何も出てこないってこと。もし何かしてくれる人がいるとすれば、それは神様じゃなくて私や誰かほかの人の力なの!そういうことを曙ちゃんは私たちに教えてくれたんです!」
まるで政治家の選挙演説のような話し方をしながら、鹿島は曙の後ろに立つ。みんながそれを褒め称え、曙は若干顔が赤くなった。
鹿島「それじゃみんな!よかったら飴をどうぞ!」
飴を食べ始める駆逐艦たち。
鹿島「それから、提督代理からこの駆逐隊の旗艦を選んでほしいって言われてるの。誰がいいかしら。みんなのために堂々と発言したり、行動ができる人がいいわよね?」
島風「それじゃあ、曙ちゃんがいいと思うよー!」
吹雪「そうだよ!曙ちゃんで決まりだね!」
次々と旗艦には曙がふさわしいという声があちこちから上がる。
鹿島「みんなはどう思う?」
駆逐艦たち「さんせーい!!」
鹿島「私も曙ちゃんがいいと思うわ!だってとっても賢いものね!旗艦で頑張ってみんなを引っ張っていってほしいわ!ねぇみんな?」
割れんばかりの拍手が曙に対し送られる。曙はまんざらでもない様子だった。
曙「でも、私にできるかしら……」
鹿島「じゃあ駆逐隊旗艦の曙ちゃんにはそこに飾るものを決めてもらいましょう!」
鹿島は教壇へ向けて歩き出す。鹿島の言うそことは額縁のことだ。
如月「鹿島さん。その額どうするんですか?それは司令官が書いた大事なものですが……」
鹿島「そうよね。でも如月ちゃん。大事なのはこれじゃなくてここに書いてある中身よね?平等とか平和とか自由を守るのにこれがなくちゃダメなのかしら?本当に大事なものはみんなの心の中にかけておいたほうがいいんじゃない?そのほうが提督も喜ぶと思うわ。ね?」
如月は静かにうなづく
鹿島「ここには何か別のもっとみんなの好きなものを飾るとしましょうよ。それを旗艦の曙ちゃんに決めてもらうの」
曙は驚いたような顔をし周りからは羨望の声が挙げられた。
鹿島「何を飾るにしてもとにかくその額を外さないとね。曙ちゃん。やってくれる?」
曙「はい」
曙は額縁の前まで進み額縁を外した。
曙「鹿島さん。これどうしたらいいかしら?」
鹿島「窓から投げちゃえば?」
曙「え?」
鹿島「そういうことやってみたくない?」
曙「だけど……いいのかしら……」
鹿島「やりたくなければ吹雪ちゃんにやってもらいましょう」
吹雪「はい!やります!」
曙「大丈夫よ!旗艦は私よ!」
曙は窓際まで歩く。ほかの駆逐艦たちも窓際に集まった。鹿島が窓を開けると曙は額縁を外へ放り投げた。放り投げられた額縁はきれいな放物線を描き地面に落ち砕け散った。
駆逐艦たち「やったぁぁぁぁ!!」
鹿島「さぁ、席に戻りましょう。それで教科書を全部机の上に出してね」
鹿島に言われたとおりに駆逐艦たちは席に戻ると教科書を机の上に出した。
鹿島「今からこの新しい教科書と制服を配ります」
電「すごくかわいいと思うのです!」
駆逐艦たちから喜びの声が上がる
鹿島「ねぇ、みんなならどうする?教科書は2つもいらないわよね?」
暁「いらないわ。これ汚くなっちゃったし。レディーは常に新しいものを使うものよ!」
鹿島は暁の席に近づくと教科書を破り捨てた。
鹿島「今日そう、全部破くの。破き終わった人からこれを取りに前に来てください」
駆逐艦たち「はーい」
教科書を嬉々として破き続ける駆逐艦たち。鹿島が時計を確認すると9時23分。
もう誰もこの異常な状況を疑う者はいなかった。
男「駆逐艦娘たちの純粋な心。それをコントロールするのはなんと簡単なことでしょう。駆逐艦娘ばかりではありません。どんな人間の心もある状況に置けばいともたやすく操作することができるのです。そしてそれを悪用する人たちがいるとしたら……。皆さん、くれぐれもご注意を」