「お姉……目を開けても平気?」
「大丈夫だよ、多分。なんて言うの? チェックポイント? そういうとこだと思うし」
イアがパソコンの前に陣取り、オネがその隣で目を瞑っている――その目は姉の言葉に恐る恐ると開き――
『GRRRRRRRRRR!!』
それを見計らったかの様なタイミングで、画面にクリーチャーが現れる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
ガチの悲鳴と楽し気な悲鳴が同時に響く。
* * * * *
「きりたんちゃんに?」
「うん、もらったの……」
事の始まりは、おずおずとオネが姉の部屋の扉を叩いた事。
「オネは怖いのダメだもんね……、それで今日はお姉ちゃんと一緒に寝る?」
「ううん。いや……そもそもまだ遊んでない。遊んでないんだけど」
年下の友達から送られたホラーゲーム。
姉の言う通り、彼女はホラーと名の付く物を苦手としており、それは当然の事ながらゲームも例外ではない。
「あのね、お姉。私と一緒にこれをプレイして欲しいの」
年上としての矜持。――それを受け取ってクリアして見せる。
自分の皆無と言っても差し支えないホラー耐性。――遊ばずに突き返す。
それらを天秤に掛けた結果、生まれ出た彼女の答え。
どちらにも傾けられなかった果ての答え。
それは自分で遊ばず、人に委ねるという事だった。
しかし、問題は一つだけあった。
オネと違って、ホラーに恐怖を感じず楽しめる側であるイアだが、別にゲームを率先してやるような少女ではなかった。
断られても仕方ない。
その時は諦めて送り返そう。
そんな考えを持ちながら、ダメで元々と投げかけた提案はいくつかの予想の一つを超えて、遥かに嬉しそうな顔のイアによって掬い上げられた。
* * * * *
「と、とりあえず敵から逃げればいいゲームみたいだから歩いたり、ライトを点けたりする操作を覚えればなんとか……なると思う」
カチャカチャと、どこか落ち着かな気にキーボードが鳴る。
「キーボードとマウスでゲームができるなんてね……チュートリアル? は、あるかな?」
「あるんじゃないかな」
「まあ、頑張ってみるよ。オネは下がってても……」
「いや、自分で感想とか言いたいから……ちゃんと見てないと、そういう時困るし」
それなら自分でやってもいいんではなかろうか? と、内心イアは思った。
だが、この珍しいオネの姿、また、おねだりをふいにするのも馬鹿らしい。
「そぉ? でも、本当に怖かったら部屋から出てもいいからね?」
色々な物を微笑みでくるんで、オネに笑いかける。
「大丈夫、大丈夫……自分でやるより大分マシだと思うから……」
姉の優しさに、気丈な振る舞いで返す……返すが、その言葉尻の震えは隠せていない。
それに気づかないイアではなかったが、あえて流した。
* * * * *
「銃とかあればいいのにね」
「……あった所で当てれないでしょ?」
ゾンビ、異形、ホラー風味の強いサイボーグ。
視覚的にも聴覚的にもよろしくないヒトモドキの群れ。
そんな相手から逃げ回りながら、肝試しに訪れた廃村から脱出を図る。そんなゲームだった。
何度も見ていれば目が慣れる。と、ばかりにイアの背中の向こうから画面を見ていたオネだったが、プレイヤーが飽きないようにとの善意か、あるいは耐性のない者を狙い撃ちにする意図があったのか。ともあれ、新しい敵が出る度にビクついた気配を隠せない。
そんな妹の珍しい姿に、イアは口元が綻ぶのを隠せない――最も、見せるべきでない相手にはそもそも見えはしないのだが。
「オートエイムってのがあるってゆかりんが」
「あるゲームにはある物だけど……それあったら銃がただのフレーバーになるよね?」
「ほら、初心者救済とか」
「……そう考えると、アリ……なのかな? うーん」
画面の中で派手な破砕音と共に怪物の頭が壁にめり込む。
「あ、やるじゃんお姉」
「えへー」
数時間にも満たない時間ではあっても、その操作には慣れが見え始めていた。
ゲーム内の描写では、既に脱出に王手が掛かっている様な事が示されていたが。
「きりたんはそんなに長いゲームじゃないって言ってた」
「そうなの? じゃあもうおしまいなんだ」
残念さを隠さない姉の態度に、オネは首を傾げる。
一拍の間。
連鎖するうめき声。
「――」
さっきまで、
血と砂ぼこりの混ざった靄が晴れると同時に現れる数えるのが億劫になる程のゾンビの群れ。
「……ぴぃ」
ポーズして振り返ると、色々振り切れたのか崩れ落ちるように気絶したオネの姿があった。
「……もう、オネったらこれからって感じの場面で」
仕方ないなぁ……と、慈愛に満ちた声で布団へと引きずっていく。
「う、ううん?」
「おはよう」
「……お姉?」
目を覚ましたオネの視界に微笑みを浮かべた姉の顔が映る。
「え、えっ?」
視界に映る姉の顔は自分と同じ向きで――視線をずらせばイアの体は自分と同じ毛布の下に収まっているという事に気づく。
「よく眠れた?」
「うん……」
オネは時計を見て、そこまで長い時間は経っていないことを確認する。
「あー、うん。なんかごめん」
「何が?」
「急に気絶なんかしたりして……その、心配させたみたいだし」
しおらしい態度にイアは笑みを深める。
「お姉?」
「オネちゃん」
もぞもぞと腕を伸ばし、毛布の間に滑り込むようにイアはオネの肩を抱く。
「お姉ちゃんは嬉しかったの」
「お姉?」
「最近はあんまり私に頼ってくれなかったから……こういう風に、昔みたいにオネちゃんが頼ってくれて、ね」
「お姉……」
オネはその言葉に目を伏せる。
ややあって、おずおずといった体で腕を伸ばし返した。
「……温かいね」
「ごめん、お姉。お姉だって忙しいだろうからって遠慮してたかも」
「うん」
「……本当に迷惑じゃない? 甘えてもいいの?」
「当たり前じゃない。家族なんだから」
イアの背に回された腕に力がこもる。
「お姉……ありがとう」
「どういたしまして」
「それでゲームの続きはどうする?」
「……あぁ、もういいかな。後で終盤の感想聞かせてくれる?」
毎月一日はOиeちゃんの日