さっきまで、ベットの上で身動き一つとれなかったはずの自分の体は、このどことも知れぬ神聖な雰囲気を感じる場所にて見知らぬ顔色の悪い中年男性と対峙していた。色々な疑問が頭の中を廻っていく。そして、一つの答えでそれらの疑問は融解──いや、放棄された。
これは死ぬ直前に見ている夢のようなものなのだろう。そうでなければ自分の体がこれだけ軽いわけもないし、呼吸器もつけずしっかりと肺呼吸できるわけがない。
「なんだい? どこから来たんだ君は」
軽薄そうで悲壮感あふれる声をこちらにかけて来たその男は、よく観察してみれば先の自分と同じ死に体だった。体は痩せこけ、目の下に大きなクマができていて、目は死んでいる。あと数時間のうちに彼も死に絶えてしまうのだろう。少なくとも、同情なんてできない。自分もあと数秒としないうちにその末路を歩むのだから、憐れむなんて上から目線のことはできない。
知らないおっさんだが、一人で逝くよりかは幾分マシだろう。
「さあ? 死んだと思ったらここに来ていたんですよ」
少し間を空けて、そう答えた。目上の人に敬語も使えないほど、教養がないわけじゃない。むしろ、
「なに? ……なあ、少年よ。もしかして神様とか信じる
「いきなり、何を言い出すんですか? ……ええ、まあ」
困惑しながらも答える。あんな、動くのも厳しくて、碌に呼吸もできない体を先天的に植え付けられるのは、神様くらいのものだ。もう恨めるものは全て恨んで憎んで、それでも仕様がないから半ば達観してしまうようになったのは、いつからだったか。それでも、あの酷い肉体は前世に悪いことをした自分への罰か何かだったのではないかと壊れた思考をしていた。そうでもしなければ、思わなければ、もっと早くに息絶えていただろう。
「ははは、今時神様信じてる奴がいたか〜……そうかぁ」
「笑わないでくださいよ。そう信じてないとやってられなかったんですから」
「いやあ、すまんね。嬉しくてさ、ところで──」
「この俺が神様って言って信じるかい?」
死ぬ直前の夢にしては長すぎないだろうか、さっさともう全部霧散してしまえばいいのに。くだらない冗句を垂れてくれたおっさんから、歩み寄った脚を使い逆の行動をとる。つまりは、最初と同じ状況だ。
「うん、まあ、そうだよね。こんな初対面のおっさんの戯言信じられねぇわな」
「冗句としては、なかなかだったと思うけど、今言うセリフではなかったかと思いますよ」
「そっか。じゃあ、神様らしく。君に試練を与えよう」
「はい? 神様って、救うー! だとか、殺すー! だとか、転生させるー! だとか、そんな感じなんじゃないんですか?」
「いや。神様って生き物は人間に試練を与えて、その試練を経て人間が得たものを食いもんにして生きていくものなのさ」
「生き物って……ただ迷惑なだけでは?」
人間からしたらかなり傍迷惑なものである。しかし、とも思う。そうであるなら、自分は今までの人生の内どれだけの試練を課せられて来たのか。生まれてから、ずっと苦しい厳しいと喘いで来た。その全てが神様の飯の種だったなら……莫迦莫迦しい、神様に責任押し付けたところで何にもならないだろう。
ただ、若干ふざけるなとは思うが、おっさんの話がそもそも正しいかも怪しい。言い方は悪くなるが、死の間際の夢に出て来た見知らぬおっさんのイカれた言動を真に受ける必要なんてどこにもないのだ。話半分に聞いておくに越したことはない。
「そうだよ。で、そう言うことのありがたみを分からない奴ばっかりに試練を与えてると、こんな風に死ぬ」
「なるほど、それで死にかけているんですね」
「そう言うこと。で、どう? 試練受ける? 君の場合は……割と厳しい人生歩んでるみたいだね。それに上乗せするくらい、厳しい試練になると思うけど……」
「はぁ、もし試練を乗り越えたら、生き返るとか? 半ば、死んでいる体で何ができるんですか?」
「そこは大丈夫さ。試練をこなす上で必要最低限のものは与えられるから」
……自分は何を乗り気になっているのか、まだ生にすがりたいのか。当たり前だ、何もしないで死ぬよりかは、おっさんの戯言信じて死ぬほうが幾分もマシだ。仮に何もなかったとしても、それはそれで、何もない。思考も終わって、死ぬだけ。これ以上、失うものはない。
「じゃあ、また会おう少年」
その言葉を聞いて、
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