もしも遠山キンジが狼だったら【完】   作:吉田さん

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タイトル通りキンジが狼です。
ネタがネタなので少なくとも本編は一巻の内容で終わります。


第一弾 エネイブル

「うう……なんでこんなことになったのよ……」

 

 夕暮れ時。

 神崎・H・アリアは肩を落としながら、とぼとぼと道を歩いていた。

 彼女の予定では奴隷候補、もとい、パートナー候補である遠山キンジと話をつけてそのまま夕食に洒落込むはずだったのだが……肝心の遠山キンジが、不在だったのである。

 彼は部活動に入っていないし、直ぐさま学校を出ているという情報も入手していたので、まさか不在だとは思わなかったのである。

 始めは「なんで帰ってこないのよ! 風穴!!」と怒り心頭な様子で地団駄を踏んでいたアリアだが、Sランク武偵といえど時間に加えて体力を消費すれば当然お腹は減る。

 

 よって彼女は大好物であるももまんを手に入れるべく、小さなスーパー―――コンビニに出向いたのだが。

 

「売り切れだなんて……ももまんが人気なのは嬉しいけど、ついてないわ」

 

 売り切れ。

 その文字を見た瞬間、足場が消えたような絶望感を抱いたのは当然のことだった。

 遠山キンジは見つからず、ももまんは売り切れ、踏んだり蹴ったりとはこのことである。

 もちろん、彼女は諦めの悪い人間である。

 彼女の嫌いな言葉は『ムリ、疲れた、メンドクサイ』なのだ。遠山キンジはもちろんももまんも諦める気は毛頭ない。

 そのため彼女は学生寮から離れた場所にあるスーパーに足を運んでいるのだ。

 

「ふう。着いたわね。もうお腹ペコペコよ」

 

 自動ドアを潜り抜け、ももまんが置いてありそうなコーナーを探―――そうとしたところで、彼女の優秀な武偵としての第六感が働いた。

 

(……随分と、ピリピリした空気を感じるわね)

 

 自然と目は細まり、警戒のために感覚を研ぎ澄ませる。

 一見普通のスーパーだが、違う。

 何かが決定的に違う。

 これは、彼女が日本に来る前は当たり前のように感じていた()()の空気だ。

 なんの前哨かはいうまでもない……戦闘の空気。それも、かなり緊迫したものだ。

 

(……けど、妙ね。硝煙の匂いもしないし)

 

 視線だけでスーパー内を見回すも、やはり特別おかしな点は見当たらない。お菓子コーナーを眺めていたり、サツマイモを吟味していたりする人間がまばらに存在するだけの、ごく普通の光景だ。

 戦闘前の切迫感が、このスーパーを包み込んでいるのは間違いないはずなのに。

 勘が外れたか? とも思ったが自分の勘は他人に論理的に説明こそできないが、外れたことは一度もない。

 だが、スーパーに異常はない。

 店内に静かに響く『おさかな天国』のBGMが、このスーパーの平穏さを物語っている。

 そんなこんなで歩いているうちに―――ももまんが置いてあったであろうコーナーに辿り着いてしまった。

 

「うっ……ここも売り切れ」

 

 食べられない事実を認識した途端、くーっ、とお腹から控えめで可愛らしい音がなる。

 その事に顔を朱色に染めながら、彼女は思考を巡らせる。

 

(し、仕方ないわね。取り敢えず一度何かお腹にいれましょう。その後で、ももまんを探せばいいわ)

 

 そう内心で結論付けながら、何かお腹に入れるものを探す。

 

(……? 何かしら)

 

 そして、彼女は店員がなにやらシールをパッケージに貼っている光景に出くわした。

 不思議に思いながら、彼女はシールを貼り続ける店員の横から陳列棚を見る。

 

(……うわ、美味しそう。しかも半額になるなんて、日本の食事に対する拘りってすごいのね)

 

 貴族であろうと、食欲には抗えない。

 ヨダレを垂らしていることに気付かないままに……そして、自らが禁忌を犯している事に気付かないままに、彼女は半額弁当に熱い視線を送っていた。

 

(ごくり……)

 

 だが、まだ手は伸ばさない。

 彼女の価値観では横にいる店員はシールを貼り続ける職人である。なればこそ、彼女は店員の仕事の邪魔をしないよう、弁当を()()()吟味しながらも手は出さないのだ。

 

 そわそわしながら待機することおよそ三十秒。

 店員が一度こちらを見てから、スタッフルームへ入って行く。

 

「えーっと……」

 

 瞳を輝かせながら弁当を覗き込む彼女の姿は、身長も相まって大変微笑ましいものだろう。

 微笑ましいものだろうが……。

 

「よしっ……じゃあ、これを―――」

 

 ―――微笑ましいものだろうが、戦場において、微笑ましさは戦力足り得ない。

 

「―――えっ」

 

 一瞬前まで弁当を収めていたはずの視界は、天井だけを映していた。

 この後弁当を掴むはずだったその小さな手は、虚空を掴むに終わる。

 

 美しい赤紫(カメリア)色の瞳を大きく見開きながら、彼女は受け身も取る事なく、背中からスーパーの床に勢いよく倒れ込んだ。

 

「……」

 

 しばらくの間呆然としていた彼女だったが、

 

「―――ッ!?」

 

 すぐ様体制を立て直し、懐から銃を取り出す。

 

(敵襲……!? どこから!? いえ、それ以前にいつの間……ッ!?)

 

 歯を食いしばりながら視線を右往左往していた彼女だったが……その眼に映る異様な光景に、愕然としながら彼女は口を半開きにする。

 

(な、んなのこれ……!!)

 

 お菓子コーナーまで吹き飛ばされていた彼女の視線の先では―――十数名の少年少女が、お弁当コーナーである陳列棚を台風の目にして激戦を繰り広げていた。

 服装は皆、東京武偵高のもの。

 それは当然だろう。なにせ、ここは学園島。武偵を育成する機関に建てられたスーパーなのだから。利用者の大部分が武偵高の生徒であるのは自明の理だ。

 

 だが、彼女が驚いているのはそこではない。

 彼女が驚いているのは……彼らがSランク武偵である自分ですら完全には見切れないほどの、体捌きを軽々と連続して行っている事に他ならない。

 

(う、そ……!? あたしが知らなかっただけで、こんなにも優秀な武偵で溢れかえっていたとでもいうの!?)

 

 Sランク武偵とは、単騎で一個中隊を制圧できるだけの戦闘力を有していると認められたエリート中のエリート。

 世界には七百十二人しか存在せず、そのいずれもが卓越した能力を有しており、ただの一人の例外もなく国際武偵連盟に登録される。

 

 その一人である自分が。

 

 Sランク武偵の中でも更に飛び抜けた実力と実績を誇る、二つ名持ちである自分ですら、飛び込むのを思わず躊躇してしまうような戦場が、そこにはあった。

 

「……」

 

 頰に、冷や汗が伝う。

 今朝も遠山キンジという自分が唖然とする実力者を見たが、まさか他にもいたというのか。

 自分が知らないだけで、優秀な武偵が。

 この場で戦闘を行なっている者達からは、自分を片手であしらったり大型バスを片手で横転させたりする教師、蘭豹が放つ覇気以上のものを感じる。

 たった今この瞬間、『東京武偵高人外魔境説』が、アリアの中で出来上がった。

 

(……っ、なにを弱気になっているの!)

 

 状況から推測するに、彼らが自分を投げ飛ばしたのは間違いない。

 そしてここはスーパー。

 常識的に考えて、暴れていい場所とは言い難い。

 つまり、これは事件であり―――武偵である以上、事件は必ず収めなければならないのだ。

 神崎・H・アリアである以上、勝ち目が薄いからといって尻込みしていいわけがない!

 

「止まりなさい!!」

 

 一先ずは、威嚇射撃だ。

 武偵が非殺を命じられていて、防弾制服である以上効果は薄いかもしれないが……それでも、全くないわけではない。

 そのため彼女は天井に銃口を向け、引き金に手をかけ―――

 

「―――いけない子だ」

 

 ―――ようとした瞬間、その手から銃が奪われる。

 

「……!?」

 

 この場における二度目の驚愕。

 警戒している中いとも簡単に背後を取られたこともそうだが、こともなしげに自分から銃を取り上げた。

 咄嗟に下手人を見るべく、振り返ったその先にいたのは。

 

「あ、あんた……キンジ!?」

 

 遠山キンジ。

 彼女が探していたその人だった。

 彼は今朝と同じ……いや、似ているがどこか異なる雰囲気を放ちながら、微笑みを携えながらアリアを見ていた。

 

「可愛い君に似合っているけど、初心者はこの場で銃は厳禁だよ。跳弾が他のお客さんに当たる危険があるからね。えっと神崎……いや、アリアでいいかな?」

 

「ふぇ!? か、かわ……あ、いや、いいけど、」

 

「ではそう呼ばせてもらうよ、アリア」

 

 ボンッとアリアの頭が真っ赤に染まる。

 そしてそんな自分を愛おしげに見つめてくれるキンジに、更に頭が……。

 

「さて、レディーを待たせるのは本意ではないけれど、少し待っていてくれるかい? アリア? キミは……この場における(ルール)を知らないからね。」

 

「えっ……え、あ、うん」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 こくん、と素直に頷くアリアの頭をそっと撫でる。

 おっと、更に顔が赤くなったね。うなじまで真っ赤っかだ。ははっ、チャーミングだよ。

 もう少し楽しみたいところだけど……既に出遅れているからね。取り敢えずやることはさっさと終わらせて、姫のお迎えにあがるとしよう。

 ザッと、足を一歩踏み出す。

 踏み出した場所境界線として、空気が一瞬にして変貌する。

 即ち、弁当に飢えた狼達の戦場へと。

 

「エネイブル! エネイブルが来たぞー!」

 

 俺の姿を確認したガタイのいい坊主頭の名前は知らない同級生が、声を張り上げた。

 その声に反応してか、更に戦場は白熱を見せる。

 やれやれ……有名になったものだね、俺も。

 不可能を可能にする男……エネイブルと呼ばれるまでになるなんて、ね。

 とはいえ、

 

「予約が埋まっていてね、言葉を交わす時間はないかな」

 

「抜かせ! 俺たち狼が語るのは、こいつで十分だ!」

 

 そういって、俺の元へ疾風のようにかけた少年に対して、俺は薄い笑みで返す。

 ああ、まさに、これこそが俺の望んでいた光景だ!

 

「ははっ! 違いない!」

 

 繰り出される掌を、危なげなく躱す。

 衝撃が風となり、俺の髪を薙いだ。

 いい一撃だ。プロのボクサーであっても、彼の一撃を躱すことは不可能だろう。

 その後も高速で繰り出される打突の応酬を躱し、受け流し、捌きながら―――

 

「ここだね」

 

 パンッ! と顎に掌底を食らわせる。

 常人なら意識を失い、格闘技を習得している人間でも脳震盪を起こすことは間違いない。

 だが……武偵であり、狼でもある彼を、止まらせるには足りない。

 現に、彼の目から闘争の炎は消えていない。

 むしろ、一層高まったように見えるな。

 

 だが、一瞬の隙は生まれた。

 

 その隙を見逃す()()()ではない。

 彼の腕を掴みながら、すぐ様懐にスライディングのように飛び込んで……バッ! と脚で彼の頭を抱くようにし―――飛び関節、半額弁当争奪戦verを決める。

 

(暫く動けないよう、一瞬で意識を飛ばさせてもらうよ)

 

 下手をすれば骨が折れるような代物だが、狼ならば問題ない。

 暫く抵抗していた彼が大人しくなったのを確認してから、俺は陳列棚に向かってダッシュする。

 

(残りは三人……弁当は、後一つか)

 

 この状況でやるべきことはただひとつ。

 

(一度に三人を、倒す!)

 

 当然、俺がその戦法を取ってくることは向こうも読めていたのだろう。

 一時休戦を暗黙の了解で成した三人が、こちらに向き合う。

 

(―――っと、)

 

 亜音速で飛んできたカゴを、トルネードのように身体を回転させることで受け流し、衝撃を霧散させる。

 咄嗟のことでうまくいくか不安だったが……成功だな、『カゴ逸らし(スラッシュ)』と名付けよう。

 そのまま避けたら、他のお客さんに当たって迷惑になるかもしれなかったからな。こうするしかなかった、とも言える。

 ちなみに、今の俺には当然通用しない。

 向こうもそれを分かってて、一瞬の時間稼ぎのためにやったのだろう。

 回転したことで、彼らを一瞬とはいえ見ていなかった。ならば仕掛けるなら、ここだろうな。

 

「―――っ!」

 

 予想通りいつの間にか間を詰めていた少女から放たれた鞭のような蹴りを、膝と肘を使って受け止める。

 この受け止め方をしたのは、両手を自由に使えるようにするためだ。

 

「っと」

 

 隙間を縫うようにして、左右から飛んできたカートを遊ばせておいた両手でキャッチ。

 後ろから飛んできたら、蹴りを甘んじて受けなければならなかったかもな。

 とはいえ突発的に出来上がったチームであることを考えれば、場を利用することも含めて上々なコンビネーションといえるだろう。

 

「あれをこうも容易く!」

 

「流石『二つ名持ち』……!」

 

「Sランク狼は伊達ではないな!」

 

 彼らの俺を見る目が、まるで化け物を見る目だな。

 それでも、戦闘への意志が失われていないのは流石だ。

 あと、アリアが「二つ名持ちだなんて聞いてないわよ!?」って叫んでいるな。

 そりゃ仕方のないことだと思うぞ、お前は狼じゃないんだし。

 

(……っと、切れてきたか)

 

 なら、なおのこと急がないとな。

 あらかじめ獲ると決めていた弁当を脳裏に浮かべて―――その瞬間。ドクン、と俺の中に新たに血流が流れる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「―――いただきます」

 

「いただきます」

 

 スーパーの近くの公園のベンチに腰を下ろしながら、アリアはキンジから手渡されたどん兵衛にお湯を注いでいた。

 粉末状のスープの素とお湯が溶け合い、濃厚な出汁の香りが鼻腔をくすぐる。

 

(……やっぱり、あたしのパートナーはこいつしかいない)

 

 確信した。

 自身のパートナー足り得るのは、この少年だけだと。

 実力だけではない。

 確かに実力も重要だが……直感で、彼女はこの少年こそが最も相応しいパートナーなのだと、そう確信したのだ。

 それに……無意識だが、その、乙女フィルター的なものも働いているかもしれない。

 

 そんな少年は現在、戦利品と称した半額弁当―――イベリコ豚の生姜焼き弁当を深く味わいながら食していた。

 黄金色に輝く豚肉とそこから溢れる肉汁が、アリアに視覚的な食欲を煽る。

 食べながら時折こくこくと頷いているのは、美味しいからなのだろう。……少し、いやかなり羨ましいが、なんとなく、アリアは今自分が食べるべきなのはこのどん兵衛なのだろうと直感していた。

 

(……あ、割と美味しいのね)

 

 ―――と。

 どん兵衛の出汁に浮いていたネギまでも残さず丁寧に食べたアリアが、その桜色の唇を開く。

 

「……あんた、『二つ名』持ちだったのね。あたしの調べ、甘かったみたい」

 

 武偵である以上、あらかじめ情報収集をしておくのは基本中の基本だ。

 故に情報科(インフォルマ)や他の学生からキンジについての情報は集めておいたのだが……『二つ名』を持つほどの優秀な武偵である事を調べられていなかった。

 甘かったと言わざるを得ないだろう。

 故にキンジに対する称賛と自身への反省を含めた声音で、彼女はそう口にした。

 それに対してキンジは。

 

「あー。いや、まあ……」

 

 どことなく、言葉を濁しながら返答する。

 

「それに、今朝の時より動きが鋭かった。能力の秘匿も、優秀な武偵には大切なことよ。褒めてあげる」

 

 少し不思議に思いながらも、アリアは更にキンジの優秀な点を笑みを浮かべながら述べた。

 意識が高いのは武偵としていい心がけである、という意味を込めて。

 それに対して、キンジは。

 

「あー。いや、まあ……」

 

 またも、どこか詰まっているような口調。

 ……流石に、流石に思うところができた。

 

「……はっきりしないわねえ。褒めてあげてるんだから、ドレイならもっとこう喜びなさいよ」

 

「あー。いや、まあ……ドレイ!?」

 

 ガバッと、弁当を食べ終わったキンジが立ち上がる。

 アリアは当然じゃない、と不敵な笑みを浮かべながら汁をすすって、ゆっくりとキンジに向き合った。

 向き合って、口を開いた。

 

「あたしには時間がないの。だからあんたは、黙ってあたしとパーティーを組みなさい」




vs武偵殺しはそこそこ超理論ですが、それまではまあ普通に。
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