もしも遠山キンジが狼だったら【完】   作:吉田さん

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レキかわいい!(挨拶)


第二弾 狼達の夜

「……はあ、憂鬱だ」

 

 これからのことを考えて痛む頭を抑えながら、俺はベッドから抜け出す。

 それから顔を洗って、軽い朝食を口に入れて、武偵高指定の防弾防刃の制服に身を包むのだった。

 

「……」

 

 昨夜。

 アリアに「ドレイになりなさい!」宣言をされた俺だったが―――当然のように、その提案を断った。

 アリアは誤解しているんだ、俺を。

 昨日の朝やスーパーでの俺の実力をかっているんだろうが……素の俺の実力は、大したことないってのに。

 

 ―――ヒステリアモード。

 

 俺が勝手にそう呼んでるだけだが、この特性を持つものは性的興奮を覚えるとあらゆる能力が飛躍的に上昇する。

 まあ簡単にいうと、スーパー超人になれるわけだ。

 俺の場合は色々特殊だが、まあなんにせよ、この特性があったからこそ俺はSランク武偵であるアリアが驚嘆してしまうほどの大道芸を披露できたのだ。

 特に、スーパー内での俺は……『兄さん』にも勝てる。『カナ』は分からないが。なんせ、おそらくだが『カナ』なら腹の虫の―――。

 

「っと、学校に行かないと」

 

 それに、俺がアリアの申し出を断ったのはそれだけじゃない。

 俺は、来年の三月には一般高に転入する。

 そんな俺と、組んだところで時間の無駄だろうからな。

 

(だから諦めてくれよ、神崎・H・アリアさんよ)

 

 ちなみに俺が頭の痛い理由だが―――

 

「早く行くわよ、キンジ」

 

「……お前な、時間をズラせって言っただろ」

 

「うっさい! 絶対逃がさないんだから!」

 

 ―――これである。

 公園にて風穴カーニバルとやらが開催された後、こいつはこともあろうか俺の部屋に転がり込んできた。

 こいつが付いてきたことと、ピンク色のトランクが俺の部屋の前に鎮座していた時点で、悪い予感はしてたけどな。

 ていうか、トランクを置いてスーパー(戦場)に来るなよ。変なところで危機感のないやつだな。

 

「だから、昨日断ったろ」

 

「あたしが決めたんだから! 絶対服従!」

 

「……勝手にしろ。俺にはムリだ」

 

「『不可能を可能にする男(エネイブル)』って二つ名なのに?」

 

「ぐっ……」

 

 い、痛いところを突いてきやがるな、こいつ。

 アリアは武偵の『二つ名』と勘違いとしているんだろうが……俺にとっても、この『二つ名』には誇りがある。

 そいつを持ち出されたら、黙っていられんぞ……。

 

「『不可能を可能にする男(エネイブル)』……うん、良い二つ名だわ」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……それに、だ。

 花が咲くようなその笑顔に、なんか……。

 俺は……。

 俺、は……。

 

 ―――ああ、クソ。

 かわいい。なんて思っちまったぞ、俺。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……強襲科(アサルト)の訓練はどうした」

 

「あたしはもう卒業に必要な単位を取得しているから良いのよ。それより、あんたはなんで帰ろうとしてんの?」

 

「……俺の勝手だろ」

 

 帰路に着いた俺に付いてくるアリアの姿に、思わず肩を落とす。

 アリアが強襲科(アサルト)で戦闘訓練を行なっている間に、俺はアリア対策を練ろうと考えていたのだが。

 ヒョコヒョコ付いてこられたんじゃ抵抗運動に使える時間なんてありゃしねえ。

 

「依頼は受けないの? 武偵としての活動は?」

 

「俺は来年の三月には武偵を辞めるからいいんだよ」

 

「……ふーん?」

 

 どこか猜疑心を含んだ声で、片眉を上げたアリアが横から俺に視線を送ってくる。

 勘弁してくれよ……マジで。

 

「……まあ、その辺は後にしましょう。あんた、今日もまたスーパーに行くの?」

 

「まあな」

 

「じゃ、あたしも行くわ」

 

 その言葉に、ピタリ、と俺は足を止めた。

 必然。俺に付いてきているアリアの足も止まる。

 

「少し調べてみたけど……昨日のアレについて、あたしは全く分からなかったわ」

 

「……」

 

 もう調べたのか、こいつ。

 いや、それも当然といえば当然か。

 日本のスーパーなんて平和な場所で殺気が充満して、あまつさえ人外コンテストが開催されていたら気になるよな。

 ……いや、それ以上にこいつ……。

 

「ひとついいか、アリア」

 

「なに?」

 

「お前―――半額弁当を、喰いたいか?」

 

 俺がそう問いかけると、アリアは……。

 

「……っ!」

 

 アリアの口から、ヨダレが垂れていたな。

 慌ててぬぐっている姿が、なんとも微笑ましい。

 顔には出さないけどな、顔を真っ赤にして風穴を開けにきそうだし。

 

(やっぱり、食いたかったんだな。例えあの戦場に立ってでも、半額弁当を食いたかったんだ、こいつ)

 

 そうだな……こいつなら、資格はある。

 昨日の夜は掟を知らなかったからとはいえ豚同然だったが―――こいつなら、狼になれるかもしれない。

 

「……オーケーだ、アリア。今日の八時四十分前後に、女子寮に近いスーパーに行くぞ。あそこなら、お前にちょうどいい」

 

 実力的な意味で、な。

 とはいえ、女子寮の近くのスーパーも激戦区ではある。

 ただ、アリアが誤って一般人を攻撃する可能性は減るからな。店に迷惑をかけるのはよろしくない。

 

「昨日の場所とは違うのね」

 

「お前があそこに行っても―――死ぬだけだ」

 

 俺の煽るような言葉にムスッとした顔になるアリアだが、文句は言ってこない。

 彼女も、なんとなく理解しているのだろう。

 そう、あそこは戦場。

 戦場に立つものは皆が狩る側であると同時に、狩られる側でもある。

 (ルール)を守らない『豚』として淘汰され、未熟者である『犬』に与えられるのは死のみ。

 礼儀をもって誇りを懸け、掟に準じる『狼』のみが立つことを許される神域。

 

 それが―――あの場所なのだから。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 道中、俺はアリアに語った。

 需要と供給という市場における絶対の要素。

 これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント……その前後に於いて必ず発生するかすかなずれ。

 その僅かな領域に生きる―――俺たち、《狼》のことを。

 

 次々と語られる……余人が聞けば笑いそうなそんな話を、アリアは真剣な面持ちで聞いてくれた。

 ……それが。なんだか、俺には少し嬉しかった。

 

「昨日のあたしは、礼儀知らずだったってわけね……。知らなかったとはいえ、礼儀を失するのは貴族の恥よ。……ごめんなさい」

 

 そう言って殊勝に謝ったアリアは、次の瞬間には瞳に炎を滾らせて宣言していた。

 

「でも、今回は違うわ。キンジ、あんたも参戦なさい。そして見なさい―――あたしが、高らかに弁当を勝ち取る光景を」

 

 そういうアリアの姿はまさしく、誇り高き狼のそれだった。

 元々、アリアの素の戦闘力は極めて高い。

 弁当を賭けない戦闘なら殆どの狼達はもちろん、俺なんかよりもずっと。

 そんな彼女が狼になれば、それは脅威だろうが―――俺は、嬉しさによる笑みがこみ上げてくるのを抑えられなかった。

 お菓子コーナーで特撮もののお菓子を手に取りながら、俺は思考を巡らせる。

 

(……あの人も、こんな感覚だったのかもしれないな)

 

 アリアは強い。

 強敵だ、難敵だ。

 

(けどこの戦場は、そう簡単に乗り越えられるほど甘くはない)

 

 キィ、とスタッフルームの扉が開く音が、俺の耳朶に響いた。

 そして、店内に刺すような殺気が充満する。

 

(……)

 

 半額神が弁当に半額シールを貼る光景が、俺の脳裏に幻視された、その瞬間。

 

(……!)

 

 ドクン。

 体の芯に熱く、堅く、そして滾るように血流が流れる。

 この感じは考えるまでもなく―――ヒステリアモード。

 

「……さて」

 

 本来、これは性的興奮を覚えてなるものだ。つまり、必要なのは女子の存在である。

 実際、俺は去年の冬まではそうしてヒステリアモードになっていた。

 だが―――あるきっかけを境に、俺は半額シールによってヒステリアモードになる体になっていたのだ。

 これはつまり、俺が半額シールに性的興奮を覚える意味不明な性癖を抱いていることに繋がる。だから決して、バレてはいけない秘密である。絶対に墓まで持って行く。

 

(そしてここは戦場で、俺は狼)

 

 本能的欲求、敵に挑む覚悟、そして、唸りを上げるほどの欲求。

 これらを以って、俺の体はもはや超人としか呼べないもののそれに至っている。

 

(では……)

 

 それらによって強化された聴力が、半額神がスタッフルームに戻ったその瞬間を、コンマゼロ単位で把握する―――ッ!!

 

(いくよ、アリア)

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 空気が変わった。

 昨日は正確には感じ取ることのできなかったその変化を、アリアは確かに感じ取った。

 

(これが、狼達の戦場)

 

 鋭い殺気だ、と思う。

 イギリスにいた頃でさえ、これほどの殺気に出会った事はない。

 だが、

 

(あたしは、神崎・H・アリア)

 

 だが、それは臆する理由になり得ない。

 ここで引けば楽になるだろう。だが、それは豚に成り下がるだけだ。

 それくらいならば、彼女は死を選ぶ。

 

 鮮魚コーナーから、シールを貼っていた店員がスタッフルームに戻ったのを見た瞬間。

 

「……ッ!」

 

 彼女は、一つの弾丸になった。

 固い床を蹴り、爆発的な速度で駆け抜ける。

 そして弁当コーナーに着いて彼女がまず始めに行ったのは、

 

(これが、昨日のあたしだったのね。なんて、醜い豚なの……!!)

 

 浅ましくも、神が半額シールを貼っている間ヘラヘラと隣で笑っていた黒ギャル顎を殴り飛ばす事だった。

 昨日の自分が、他の狼達から見ればこの黒ギャルと同じ礼節を弁えない者だったのだと思うと……昨日の自分に殺意が芽生える。

 そして、彼女は肉のコーナーに黒ギャルが叩きつけられたのを確認する。

 ふんっ、と鼻を鳴らして弁当へと手を伸ばす―――が、それは腹に感じた衝撃により阻まれる。

 

「っ!?」

 

 痛みに顔をしかめながら、跳躍。

 天井を地面に見立て、そこからさらに跳躍。下手人であるハゲの顔面に蹴りをお見舞いする。

 

 アリアの三次元的な動きに対応できなかったのか、思ったよりも簡単にハゲは地に伏せた。

 そのことに安心する間もなく、彼女の視界に影がさした。

 

「―――中々やるじゃない。昨日の子豚ちゃん?」

 

「なんですってえ!?」

 

 振り下ろされたカゴに蹴りを放ちながら、巨乳の女子高生に向かって叫ぶ。

 だが、アリアの蹴りにカゴが弾かれながらも、巨乳の体制は全く崩れない。

 不敵な笑みを浮かべながら、彼女はもう片方の手に握られていたカゴをアリアに向かって横薙ぎに払った。

 

「ッ!」

 

 そこから繰り出される、両手のカゴを用いたラッシュ。

 相手し慣れていない武術だからか。アリアは、巨乳が攻防の両方に織り交ぜているフェイントにもろに引っかかてしまう。

 その恐ろしいほどに精密な『双カゴ術』に、次第にアリアの身体にダメージが蓄積されていく。

 

「くぅ……!」

 

 反撃をしようにも、敵の巧みな『双カゴ術』はそれを許さない。

 鉄壁の防御を成しているカゴを破壊しようにも、カゴの柔軟性はアリアの蹴りを、打突の衝撃を軽々と吸収する。

 スーパーに大量に置かれているカゴは、これほどまでの武器になるのか……! その事実を重く受け止め、アリアは自身の武偵としての装備に『スーパーのカゴ』を導入することを半ば本気で検討していた。

 

「―――そこっ!」

 

 そのアリアの思考を読んでいたのか、巨乳がここ一番の一撃を突きだす。

 風通しを良くするために空いているカゴの穴から噴出される風力までも合わさって、その必殺の一撃は音速に至る―――ッ!

 

「―――あまいわっ!」

 

 だが、アリアはその一撃を腹の虫の加護によって強化された『直感』を用いて完璧に回避した。

 そして、巨乳が突き出したカゴの上で逆立ちの状態で静止する。

 

「なっ―――」

 

 巨乳の華奢な腕に人を支えるだけの腕力があるはずもなく、その腕が垂れ下がる。

 その無防備な彼女の右半身に向けて、逆立ちのままにアリアは蹴りを放った。

 

「うぐっ!」

 

 咄嗟にカゴから手を離す事で防御した巨乳だが、アリアの重い一撃に腕が痺れた。

 当分の間、右手に力が入らないであろう程度には。

 

「これで、厄介な『双カゴ術』は使えないわ!」

 

「昨日今日掟を知ったような子犬に、負けるわけには……!!」

 

 子豚から、子犬に。

 その微かな変化に、アリアは口の端を緩めながらも、攻撃の手を緩める気はない。

 そして巨乳の瞳からも、意思の炎は消えていない。

 

(……これが、狼達の戦い)

 

 強襲科で、アリアに付いてこれる者はいない。

 だが、だけど、ここなら―――。

 

「―――美しい天使達の(ワルツ)をもう少し見ていたい気持ちはあるけれど、俺にも狼としての誇りがあるからね」

 

 声―――からの、衝撃。

 気がつけば、自分と巨乳が宙に舞っていた。

 先ほどまで自分がいた場所に目を向けると、そこにいたのは。

 

(キン、ジ……!)

 

 見れば、ほかの十数名ほどの狼達は皆地に伏せていた。

 自分が巨乳と接戦を繰り広げている間に、彼は他の狼を斃したとでもいうのか……!

 

「女性の味方の遠山キンジである前に、俺は、狼だ」

 

 手で前髪をキザに流した彼は、そのまま巨乳が落としたカゴに手をかける。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 イメージしろ。

 俺ならできる。

 あらゆる光景がスローになり、俺にとって最適な動き方を簡単に実践できる土台ができあがった。

 

 ―――今の俺ならば、カゴの先端を光の速度に至らせることも可能なはずだ。

 

 故に、俺はノーモーションでその一撃を放った。

 

「―――フッ」

 

 空中で受け身を取れるはずもなく、その一撃はアリアと巨乳に直撃する。

 爆音が鳴り響いた。

 アリアと巨乳の体がトラックに衝突したかのように吹き飛んでいく。

 勿論、カゴは壊れていない。

 例え隕石が降ってこようが、カゴなら受け止められるだろうからな。この程度の衝撃で壊れやしないさ。

 

「……ふう。傍から見れば、ビームのように見えたかもしれないね。如意棒、とでも名付けようか」

 

 そして、この戦場の勝敗は決した。

 意識を失うアリアと巨乳を尻目に俺は戦利品を手に取り、身を翻してレジに向かう。

 

(……天井で跳躍、か)

 

 先のアリアの姿に、俺の人生を変えてくれた人を思い浮かべながら。

 

 




黒ギャルの役、始めはサラリーマンだったんですけど武偵高とはいえ女子寮の近くのスーパーにサラリーマンとか事案じゃね?と思ったから黒ギャルになりました。黒ギャルは犠牲となったのだ……。
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