もしも遠山キンジが狼だったら【完】   作:吉田さん

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最終弾 氷結の魔女と武偵殺し

「う、くっ……」

 

 ふらふらと覚束ない足取りで、理子は学園島の外を歩いていた。

 時刻は既に夜の八時を過ぎており、空には綺麗な星が瞬いている。

 しかし、彼女にはそれに意識をもっていくほどの余裕はなかった。

 

「アリア……キンジ……」

 

 ポツリ、と二人の人物の名前を呟く。

 歯を食いしばり、その瞳に闘志の炎を滾らせる。

 あの二人は強かった。

 今の自分では手も足もでないほどに、あの二人は強かった。

 認めよう。

 ああ、認めよう。

 あの二人が現代のホームズとワトソンに相応しい事も認めよう。

 だけど、こんなところで諦めてなるものか。

 現代のホームズとワトソンに相応しいからこそ、自分が倒す価値がある。

 だからこそ、()()はあの二人に勝ちたい。

 

「っ……」

 

 傷が疼く。

 服は着替えたし、見た目上では傷もない理子だが、実際のところはボロボロだ。

 大道芸人としか思えないキンジとアリアの曲芸による連撃は、ふざけた武器や言動を感じさせないほどに恐ろしい。

 おそらく武偵法に則って『殺さないため』に、あの二人はあんなふざけた武器を用いたのだろうと推測している。

 服の下にあんなの仕込めるわけねえだろ、という至極真っ当な疑問は、疲れていたからか浮かばなかった。

 是非もなし。

 

 ―――と。

 

「……!」

 

 くぅ、というかわいらしい音が鳴る。

 顔を赤くしながらお腹を抑えてバッと身を屈め、顔をきょろきょろ。

 誰もいないことを確認してから、ホッと一息。

 しかし顔の熱は収まらない。

 だって仕方ない。武偵殺しだって女の子なのだ。女の子なんだから、空腹でお腹が鳴れば羞恥心も感じてしまう。

 

(うう、キーくんのせいなんだからねっ!)

 

 先ほどの決意もどこへやら。

 直ぐに思考を切り替え、ついでにキンジに責任を転嫁して、彼女は脳内にここら一帯の地図を広げる。

 

 拠点としているホテルのルームサービスで休息をとる予定だったが、ここからだと少し遠い。

 運転手にお腹の音を聞かれたくないので、タクシーも却下。同業者に助けを求めるのもなんか恥ずかしいので、近場で何か食べ物がある場所を脳内で探すことにする。

 

 そして、

 

「……スーパーしか、ないね」

 

 スーパー。

 キンジとアリアのせいで若干トラウマになりかけている場所だが、背に腹はかえられない。適当におにぎりとお菓子でも買うとしよう。

 そう思考をまとめて、彼女は歩き始めるのであった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 峰理子は極めて優秀な人間である。

 探偵科(インケスタ)としての高水準の情報収集能力に、精度の高い変装術。近接戦ではSランク武偵のアリアと張り合い、バスジャックやハイジャックも流れるように行う。

 そしてそんな彼女は、とある一点が特に優れていた。

 それはすなわち、危機管理能力。

 そういう意味では、理子はアリア以上に生存能力に長けているといえるだろう。

 神出鬼没な行動能力も、それを手助けしている。

 ゆえに、

 

「―――ッ!」

 

 スーパーの自動ドアを潜り抜けた瞬間に、理子はこの空間の異常を察知した。

 その瞬間に、理子はスーパー内の情報を脳内で整理する。

 空気の流れ、人々の気配、足音、殺気の有無、武器の有無、視界に入る人間の身のこなし、どのような格闘技を修めているか―――等、それらの情報を数秒足らずで収集、統合、整理、そして解を導き出す。

 

(……戦意と殺気を放っているのは、九人くらいか。でも気配の隠し方と身のこなしが杜撰にもほどなある。素人がレジの金にでも目が眩んだのかな?)

 

 薄く、笑う。

 事件が起きれば鬱憤ばらしに制圧しても良いかもしれない。

 そんな物騒な事を考えながら、理子は鼻歌交じりにおにぎりの元に向かう。

 さて、どの味のものを買おうかな、と理子がおにぎりの一つを手に取る。まさにその瞬間であった。

 

「もうすぐ弁当が半額になる時間じゃね?」

 

「……、」

 

 部活帰りの学生だろうか。

 四名ほどの学生が、喋りながら腕時計をチラチラと見ていた。

 耳に聞こえてきた言葉に、おにぎりに伸びていた理子の手がピタリと止まる。

 

(弁当、か)

 

 半額になるのなら、弁当の方がお得ではないだろうか。

 そう思った理子はすぐ様お弁当コーナーへ足を向けた。

 にこっと笑顔を見せればあら不思議、若者たちは顔を赤くして道を開けてくれる。

 半額弁当になる間近という事は、ここにあるのは残り物。すなわち、需要と供給の戦に敗れた敗残兵とでも呼ぶべき弁当である。

 ならばその中で美味しそうなものを確実に取る。怪盗の血が流れている理子だからこそ、できる計算であった。凡人ではこうはいかないだろう。

 

(あ、でも全部美味しそう)

 

 これが半額になるとは、日本という国は食文化に関しては末恐ろしいとしか思えない。

 ただ気になる点はというと、

 

(うーん。殺気が強まったような……?)

 

 弁当の近くにいるからだろうか。

 ならば自分のように並べば良いだろうに、呆れて物も言えない。

 まあ所詮殺気を放つだけで、面と向かって文句も言えない臆病者だ。理子はどこ吹く風で、店員が来るのを待っていた。

 

 ―――ただ、

 

「氷結の魔女か……」

 

「ふん! 今日こそは……」

 

 少し、その氷結の魔女とやらは気になった。

 よって皆の視線を辿り、理子も精肉コーナーにいる女学生を見る。

 

(……鍛えているようには見えない。変なあだ名)

 

 が、すぐに興味を失ったように視線を外した。

 放つ雰囲気はイ・ウーの面々とも張り合えそうなものだが、歩くときの重心の動きはバラバラだ。

 魔女という名前故に超能力者か? と興味を抱いたのだが、そもそも自分のような裏の人間は知らず一般人だけに知れ渡る程度の超能力者なんぞたかが知れている。

 大道芸人以下の存在だろう。

 理子の興味は既に、店員がシールを現在進行形で貼っている弁当にあった。

 

(さて、と)

 

 100円引き弁当が半額弁当になったところで、理子はその手を伸ばした。

 名前が暑苦しいが、一目見て美味しそうと思った一品だ。

 

(……?)

 

 手を伸ばす途中、ふと理子は視線を感じた。

 その視線はスタッフルームへと戻っていく店員からのもので……。

 

(……???)

 

 その店員の目に、既視感を感じた。

 そう、つい最近……いや、なんなら今日にでも見たような―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――豚は、潰す』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと気がついた時には、遅かった。

 突如飛来した横腹への衝撃。

 体を堪える間も無く、理子の小さな体は天井へと吹き飛ばされる。

 

(氷結の、魔女……!?)

 

 一瞬しか見えなかったが、自身を吹き飛ばした少女の名を内心で叫ぶ。

 同時に、バカなと思った。

 速度もそうだが、今の一撃―――

 

(―――あたしを吹っ飛ばすほどの一撃なんて、あの腕で出せるわけガッ!?)

 

 二度目の衝撃。

 氷結の魔女の膝が、理子の顔面に突き刺さる。

 そしてそのまま、彼女の体は鮮魚コーナーに叩きつけられた。

 

「あぐっ!」

 

 ……意味が、わからない。

 氷結の魔女の自身を上回る戦闘力もそうだが、何故自分は吹き飛ばされたのか。

 明滅する視界の中、理子は視線をお弁当コーナーへと送る。

 

「―――な、」

 

 そこでは、驚くべき光景が生み出されていた。

 老若男女が入り混じって、暴風のように荒れ狂うお弁当コーナー。

 激戦に次ぐ激戦。

 誰も彼もが己の拳を、足を、身体を使って高速で戦っていた。

 そしてその中心にいる人物は、自分を盛大に吹き飛ばした氷結の魔女。

 彼女は巨体の男を片足で吹き飛ばし、後ろから飛び膝蹴りを打ってきた少女を華麗に捌き、音速で飛んでくる割り箸を全て掴み取っていた。

 音速で飛ぶ割り箸も意味不明だが、それを片手間で掴み取る氷結の魔女はもっと意味不明である。

 

(あー……半額弁当は諦めたほうがいいね)

 

 すぐ様戦力分析を終えて、理子はため息まじりに立ち上がった。

 無理である。

 氷結の魔女とやらは、おそらくキンジクラスだ。

 氷結の魔女に吹き飛ばされている連中も、下手な武偵より強いだろう。そんな魔境に突っ込むほど、理子は愚かではない。

 そもそも、当初の予定ではおにぎりを買う予定だったのだ。ほんの気まぐれで、お弁当に手を伸ばしてみただけ。

 

 弁当に命を懸けるなど、割に合わないにもほどがある。

 だから―――

 

 

 

 

 

 ―――だから、これはほんの気の迷いだ。

 

 お弁当コーナーに向かって、理子は床を蹴る。

 

(……だって、ねえ?)

 

 理子が戦線に向かって来ている事に気付いたチンピラが、輪ゴムを飛ばして来た。

 風を切り裂きながら、銃弾以上の速度で飛来してくるそれを―――()()()()躱す。

 

 そこに、顎髭の男の蹴りが放たれた。流石に躱すことはできず、吹き飛ばされた。

 

 けど、理子は立ち上がる。

 そんな自分を見て、意外そうな顔をする顎髭。

 

(だって―――食べたいんだ)

 

 そして、理子は見た。

 楽しそうに笑いながら自分を見ていた、氷結の魔女に。

 無意識のうちに、理子も笑う。

 

(あたしは、半額弁当を、食べる―――ッ!!)

 

 需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である。

 

「ほう……豚が、立ち上がるか」

 

 これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント。その前後に於いて発生する、かすかなずれ。

 

「あたしは、豚じゃない……」

 

 その僅かな領域に生きる者達がいる。

 

「あたしは―――ッ!!」

 

 ―――人は彼らを、狼と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 




 気がついたら理子が主人公になっていた件について。
 一応物語としてはこれで完結です。
 アリアがキンジと出会ったように、理子は氷結の魔女と出会いました。
 あとはおまけを一話投稿してこの作品は終了ですん。
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