〜やはり私のお兄ちゃんが半額シールでHSSになるのは非合理的だと思う〜
「―――かなめ、俺は半額シールでしかヒステリアモードになれないんだ」
兄の真剣な眼差しにキュンとなりながらうっとりしていたかなめだったが、その兄の言葉の意味を理解して、思考が完全に停止した。
(半額、シール?)
半額シール。
はんがくシール。
はんがくしーる。
それはあの半額シールの事だろうか?
いやいやそれはないだろう。だとすれば女性の名前か。……だが仮にそんな名前の女性がいたとして、その女性は間違いなく名前を変えるだろう。なにせ、DQNネームなどという次元を遥かに超越しているのだから。
しかしそうすると、兄はあの半額シールでHSSになる意味不明な体質を抱いていることになる。
流石のかなめも兄の特殊にもほどがある体質に、無意識にその笑顔が凍りついた。
「……」
HSS。
兄はヒステリアモードと呼んでいるそれは、簡単にいってしまうと「性的興奮を覚えると強くなる」というものだ。
そしてその状態における戦闘力は、通常状態における戦闘力とは一線を画すほどのもの。
つまり性的興奮さえしてしまえば、その特性を持つものは一騎当千の超人となれるのである。
そしてその特性を持つ人間が何を隠そう、自分と目の前にいる兄だ。
自分も映像を見ていたが、もうその状態の兄の強さは見ているだけで性的興奮を覚えてしまいそうなほどである。いや普通の状態も勿論超々好きなのだけれど。仮に普通の状態の兄を侮辱するような塵芥がいたとすればそれは―――自主規制―――。
閑話休題。
そんな遠山家の血筋が持つ特性に目を付けられた作戦が―――『
男女共に双方が好きな時に性的興奮を抱けるならば向かうところ敵無しのはずである、というコンセプトの元に生み出された作戦。HSSが遠山の血筋のみの特性である以上、その男女とは兄妹以外にはあり得ない。
自分は、まだHSSになれたことがない。
けど、兄とならなれる。
それは、確信している。
だってもう、凄いのだ。兄はなにせ―――(現実時間に換算すれば三時間は経つであろうほどのかなめの兄に対する愛を語った情報量)―――なのだから。
ギュッとしてもらっただけで鼓動が高鳴って、唇と唇を重ねただけで―――(もはや言語としては表せない感情の奔流)―――なのだから。
地上最強の兄弟。
その響きも素晴らしい。合理的だ。
だからこそ、かなめは大好きな兄を望み―――兄の言葉に、自身の理解が追いつかなかった。
だって、仕方ないじゃないか。
半額シールで性的興奮を覚えますなんて言われて、平常でいられる妹がいるはずないじゃないか。
半額シールである。スーパーのとある時間帯以降ならいくらでもある半額シールである。それに対して、妹は世界でオンリーワンな存在だ。希少価値が違う。いやそれ以前に、カテゴライズが全体的に違う。
つまるところ統合すれば妹で性的興奮を覚えず、半額シールで性的興奮を覚えるなんてそんな人間おかしいよ!
「お兄ちゃん! それは非合理的だよ!!」
だから、思考が再開したかなめは思わずそう叫んでいた。
スリーアウトの件などは、今は蚊帳の外である。女性で性的興奮を覚えないのが事実であるならば、かなめが規制すべきは兄と女子との交流ではなく、兄と半額シールとの交流に他ならない。
だからこそ、かなめはまず兄の間違った認識を治すことに努めなければならなかった。
「半額シールなんて、そんなスーパーにいくらでもあるようなのでHSSになるなんて……」
「いや違うぞ、かなめ。俺はどの半額シールでもヒステリアモードになれるんじゃない。―――半額神が弁当に付ける、半額シールじゃなきゃダメだ」
「お兄ちゃん、その顔もかっこいい…………じゃない! そ、そんなかっこいい顔したからってダメだよ!? ていうかよく分からない専門用語をいきなり使わないで!!」
真剣みを帯びた兄の顔はもうそれはもう腰が砕けてしまいそうになるほどかっこよく、その口から紡がれる単語ひとつひとつは脳が蕩けるほどに甘みを孕んでいるが―――ここで負けてはダメだ。
このままだと、兄はかなめルートではなく半額シールルートに突き進んでしまう。半額シールとケーキ入刀をする兄の姿を思い浮かべて、なんとかトリップしかけていた思考を元に戻した。
「う、ううう……」
「お、おい泣くなよかなめ……」
目に涙を溜めながら、かなめは思考を巡らせる。
HSSはそもそもの前提として常人には確実に理解されない。それ故に、HSSの特性を持つ人間はそれを隠す。
だが、隠したとしても心の安らぎを得られることはない。
仮に異性に愛されたとしても、それはHSSで変化した本当の自分ではない者への愛情だ。兄のHSSの特性を正しく理解した上で、兄と正しく愛を育めるのは、自分だけ。そのはずだったのだ。
(あたしだけが、お兄ちゃんを理解して、お兄ちゃんだけがあたしを理解して、それで……それで……合理的な展開になったはずなのに……!!)
「うーっ! うううううーっ!!」
「落ち着け。落ち着くんだかなめ」
兄に肩を揺さぶられながらも、かなめは悔しさに歯噛みする。
(負けない……負けないもん!)
そして、同時に決意する。
絶対に半額シールじゃなくて、
「お兄ちゃん! カレー食べたら『
「お、おい押すな。ていうかやらないからな!?」
……余談だが、キンジはここ数日の間は弁当を食べず、かなめのカレーを食べていた。
これが示すのは―――
「半額シールで興奮するのは、非倫理的だよお兄ちゃん! あたしに性的興奮を覚えないと!」
「……妹に性的興奮を覚える方が、非倫理的じゃないか?」
【完】
〜ヒステリア・レガルメンテ〜
他の狼に奪われた半額弁当を奪うのは、掟に反する事である。
いや掟になくとも、誇り高き狼であるならば決して選んではいけない事だ。というより、選ぶわけがない選択肢だ。
だがしかし、半額弁当を渇望する狼であるからこそ―――食べれなかった弁当に対する、想いはどうしても強い。
脳裏に浮かぶのは、未熟だった頃に食せなかった数々の弁当達。
期間限定弁当。月桂冠。地域限定弁当エトセトラエトセトラ―――俺の脳裏に次々と浮かび上がり、俺の腹を刺激する弁当達に俺は……。
―――ドクン、と血流を感じた。
体の奥に、異様な血流が流れる。
これは、怒り。
未熟な自分に対する、俺の弁当への想いが足りなかった事に対する、怒りだ。
ここでひとつおさらいしよう。
俺のヒステリアモードは、遠山家始まって以来の特異性を抱いている代物だ。
半額シールを見て、ヒステリアモードになるんだからな。
そしてそれはその特異性故に、俺が狼として戦場に立つ場合のみに発動する。半額シールを見るのは、基本的に半額弁当争奪戦の中だからだ。
だが今の俺―――ヒステリア・レガルメンテ状態の俺は違う。
今の俺は狼ではなく、珍しいことに武偵としてこの場に君臨していた。
確かに、弁当に対する欲求がトリガーではあったが……些かレガルメンテは、腹の虫の加護とは相性が悪いからな。
ヒステリア・レガルメンテ。
通称王者のヒステリアモードであるこれの発動トリガーは、今まで逃して来た弁当を脳裏に浮かべること。
そしてその効力は……累乗する。
俺が今までで逃して来た弁当の数は、五十八個。
つまり今の俺は通常のヒステリアモードである30倍に、更に1.2倍の58乗を掛けている状態だ。
その力はもはや、俺の身が耐えきれるか分からないほど。
俺の放つ圧倒的な存在感を感じているのだろう。
ジーサードが、冷や汗をかきながら―――しかし、楽しそうに笑った。
「すげェ。すげェな、キンジ。やればできんじゃねえか! 始めに女を傷つける必要はなかったってか!? ……けど、どうやったんだ?」
「さあな」
俺は、武偵を辞めて一般高に入るつもりだった。
狼であるからこそ、俺が武偵として立つことなんてないと思っていた。なくそうと思っていた。
……けど、
「俺は、
腹の虫の加護はない。
当然だ、今の俺は狼ではないのだから。
ならば豚か? そんなはずがない。今の俺を豚と謳うなら、そんなやつは直ぐに叩き潰してやる。
今の俺は―――ただの、兄だ。
「いくぞ、ジーサード」
「ハッ!」
俺たちは全くの同時に駆け出して。
―――瞬間。衝突による余波が、大気を揺さぶった。
【完】
ぶっちゃけおまけ自体は昨日の時点で書き上がっていたんですが、「この二人出すから折角だしカナも絡めた短編書くかー」と考えて投稿はしませんでした。まあ結局カナのおまけは全く思いつかなかったので、この二人との絡みだけで投稿することと相成りましたが(汗)
またカナが絡んだ短編を思い付けば投下するかもしれませんが……一先ず、これにてこの作品は完結です。
このキンジくんは割り箸でジャンヌのデュランダルを真剣白刃取りしたり、伝説の狼ホームズと弁当争奪戦を繰り広げたり、極東戦役に巻き込まれながらも弁当争奪戦を繰り広げたり、弁当争奪戦で目覚めた緋緋神に対して天誅を下したりと多分色々やってくれることでしょう。
ご愛読ありがとうございました!