そんな一人と一頭が教室の扉を勢い良く開ける。
喧噪に包まれていた教室は一瞬で静かになった。
新学期になるこの日の授業では、生徒が使い魔を連れてくる事になっている。そのため有象無象の動物やら幻獣やら虫やら丸いよくわからんのやらが群れていた。
ダイノボットが中庭で見た奴もいる。フレイムもいる。ルイズが喚きながら歩いていた分、追い越されてしまったのだ。
その教室にいる使い魔の中で竜はダイノボットだけであった。しかも彼は誰がどう見ても肉食臭い奴で、ダントツに目つきが悪い。更に背高2メイル超え、頭から尻尾の先までが8メイルとデカい。デカいといってもハルケギニアの竜としては小型の部類に入る。
小型でも人間よりデカい事には変わりなく、更に顔の悪さに殆どの生徒が「怖っ! コイツ絶対人間食ってるよ食ってる!」と心の中で叫んで黙ってしまっていた。
全く平然としているのはルイズの他に二人しかいない。赤髪の茶色さんキュルケは笑いながら一人と一頭を見ている。
もう一人の青髪な少女はルイズとダイノボットを見る事もなく本を読んでいる。早い話周囲に関心がない。
今度は女教師のミセス・シュヴルーズが入ってきた。年齢と体型がどうであれ女教師だ。尚彼女の年齢と体型については、妙齢の女性に向かってそれらを言及するのはタブーであるので特に秘す。
シュヴルーズは挨拶の後軽くトークを披露した。春の新学期に皆さんがどんな使い魔を召喚したか楽しみなのですよ、おやミス・ヴァリエールは立派な使い魔を云々。
そこへマルコムXだかマリコルヌだかというブーデーな生徒が突っ込んだ。おいルイズ召喚出来ないからって実家から竜連れてくんな。当時現場を見ていた生徒達の中には何言ってんだこいつと呆れた者もいた。しかし同意する者も多い。要するに彼らは、自分以下だと思っていた奴が優れていたなどと認めたくないのだ。
しかしてルイズは沸点が低いので反論する。違うわちゃんと召喚したわ、対するマルコメミソは嘘吐けゼロの癖にの一点張り。お互いヒートアップして掴み合い一歩手前の様相を呈してきた。
あまりの程度の低さにダイノボットは心底ウンザリした。そしてつい一言漏らす。
「あぁ? ここは養鶏場か?」
その一言に一発で教室が静かになった。皆、ドスの効いたオヤジボイスを持つ生徒なんて心当たりがない。誰だー!? と心の中で叫ぶ。心は一つ。
声を知ってるルイズは「養鶏場」と喩えられて怒りと気恥ずかしさに俯いた。唯一、キュルケは昨夜の喧噪を壁越しに聞いていたので知っていた。しかしただダイノボットとルイズを見てニヤニヤしていただけに留めていた。
さて今は授業中なので無理にでも授業は進む。
ダイノボットはここで初めて、ここの集団の基盤としている技術体系が『魔法』と呼ばれる物であると知る。都合の良い事に今回行われているのは基礎のおさらいであった。御都合主義万歳。
『火』『水』『風』『土』の4つに体系付けられており、術者は重ね掛けの出来る数でランクが決まる。また伝説として現在確認されていない『虚無』と呼ばれる系統もある。
ミセスが石ころを真鍮へと『練金』で変換して実演して見せた。その様子をスキャンしたダイノボットの中で好奇心が頭を擡げてきた。トランスフォーマーは学者兼探検家なのだ。ダイノボットとて例外ではない。
実のところある物質を別の物質へと擬態する現象自体は、トランスフォーマーが身を持ってよくやっている事なのでさして驚きはない。この場合、自分達以外にもそんな真似を出来る生命体がいた事が興味深かった。
センサーから抽出した映像からは、シュヴルーズの体内で未確認の生体エネルギーが循環している、と示されていた。更にこの辺一帯の物質や大気は電子の如くこれまた未確認のエネルギーで満たされていた事も判った。
杖を通じて生体エネルギーを放電のように放出し、石ころに封じ込められていたエネルギーに働きかけ、真鍮へと組成を書き換えている。この特殊な土地に適応した生物だからこその技かと納得した。
ここでルイズが実技をやってみなさいと指名された。この瞬間、クラスは騒乱の渦と化した。赤毛のあのオンナはやめて止めてとルイズにしがみつく。そんな赤毛を引き摺ってルイズは教壇へと向かう。キザな金髪少年は肩をすくめて外へ向かう。頭光る少女はルイズを睨みつつ金髪の後を追う。メガネ少年Rは机によって構築したバリケードの強度計算に余念がない。丸子ルヌゥ氏は豚の様な悲鳴を上げる。青髪の少女は途中からサボっていたので既に教室に居ない。
そして説得を諦めて逃げにかかったキュルケは、去り際にダイノボットへそっと耳打ちをした。「あなたも早く隠れるか逃げた方がよろしいですわよ」と。
事ここに及んで、ダイノボットは初めてルイズという個体に興味を持った。周囲が荒れたからでもキュルケから忠告を受けたからでもない。練金を行おうとする彼女のスキャン結果を見たからだ。
そこで見たのは、マダムを超える生体エネルギーの循環だった。より速くより大きく。それは彼女の輪郭からダダ漏れであった。マダムとは違い、眼前を中心にエネルギーが収束していく。楕円形である所を見ると、彼女の視界が基準なのだろう。
そしてエネルギーは小石に向かって撃ち放たれた。マダムの放った物が放電なら、ルイズのそれは艦砲射撃サイズのごんぶとビームだ。
過剰なエネルギーを受けた小石は、表面が微細に泡立ち亀裂が走った。小石に込められたエネルギーが強引に拡散を始め、物質の結合がそれに耐えられなくなってきたのだ。しかして『暴発』。この間0.1秒。
さすがにダイノボットといえど無駄に破片と爆風を受ける気はなかった。すぐ傍にあった机を蹴り上げて盾代わりにする。机の下にデブリンさん仮名が隠れていたが無視した。
後に残るは、死屍累々手前の惨状と非難と、そして罵倒であった。
授業は自習に変更された。しかし現在教室に残っているのは二人だけ。ルイズと、ロボットモードのダイノボットである。
ルイズは死屍累々二歩手前のミセス・シュヴルーズから、罰として教室の片付けを言いつけられた。破損した机や椅子、ガラスの替えは、学院付きの平民に運び込まれて、後方に積み上げられている。ルイズがやるべきは清掃と机・椅子の整列のみだ。ガラス窓は後で平民が補修する手筈になっている。甘いと言えば甘いが、人一人がやれる分量なんてたかが知れているのでこの処置に留まっている。
作業に効率の良い人型、ロボットモードで床を掃き机・椅子を摘んで並べながら、ダイノボットは周囲の人間の反応を思い起こしていた。
平民からは、あぁまたか、といったボヤキを聞いた。生徒達からは、もうルイズを退学にしろ、辞めてしまえ、そんな怒りの声も拾った。つまるところ、ルイズに好意的な態度を見せた人間は殆どいなかった
そのルイズは、ダイノボットから背を向けて椅子に腰掛けていた。手足を投げ出し、脱力している。
彼女は魔法を悉く失敗してきた。努力しても勉強しても声が枯れても手の皮が剥がれ落ちても、それでも全ての呪文は爆発にしかなり得ず今に至る。
使い魔を召喚出来た、つまり魔法は成功した、そう信じた。そうして一度上がった自信はこの惨劇で全て滑り落ちた。落ちたままより、突き上げて落とされた方がダメージはでかい。
「おい、こいつぁ手前に与えられた仕事だ。ちゃんとこなせ」
「もうやだ…」
聞いてもいない。
ルイズの心には、幼い頃に湖の中央に漕ぎ出された小舟の中で泣き続ける自分の姿が映っていた。魔法が失敗してばかりで両親に怒られ、泣いて逃げ込んだ、嫌な心情風景だ。その頃から自分はまるで進んでいない。それを嫌という程自覚せざるを得なかった。
目の前で背を向ける少女はつまるところ、皆が出来る事を出来ないから周りに叩かれ、そして心が折れているのだとダイノボットは知り得た。
所詮異種族同士の話だ。自分には関係ない。そう言ってしまえばそれまでである。だが…
「手前ぇ、これを見ろ!」
ルイズの目前にホログラムが投射される。ダイノボットの目から発されたものだ。そこには、先のシュヴルーズとルイズ、二人が「練金」を唱えていた時の解析映像が繰り返し流されていた。
生体エネルギーなどという概念を持たないルイズは、これに相当するものは精神力だと気付いた。
そしてそれは、自分が他人と違う存在、魔法が使える見込みがないという事だと気付かされた。そういう事なの!? とダイノボットに伝えた。
ダイノボットの答えはそうではなかった。
「あのな、やれる事が違うなら教わり方も違ぇだろ? 間違った教わり方されてるから暴発しているだけだ」
「それはつまり、私が皆と違うって事でしょ?」
「……お前が他人と違って何が悪い?」
ダイノボットから見れば、魔法は道具であり、社会を形成する要素だ。だから違って何が悪いなどと軽く捉えられる問題ではない事は重々承知している。どの生物のコミュニティでも、異物は爪弾きにされるものだからだ。
そして、自分だって異物だったではないか。
「確かに手前ぇは他と違う。手前ぇは悪くねぇ。 人間共は手前ぇに優しくねぇかも知れねぇ! だがよぉ!」
あぁ、彼女は奇形だ。社会における奇形だ。
「だからって! 手前ぇが泣いていいのか!? 泣かされたままでいいのか! あぁん!?」
ダイノボットは腕を振り払った。机が弾き飛ばされ、扉に激突する。魔法の「固定化」を掛けられ強化された机は簡単に壊れない。
「生き返ったと思ったら! こんな胸クソ悪い物を見せられて! こんな物見るために生き返ったってかぁ!?」
あぁ、彼女は自分だ。もし自分が弱いまま、何も出来ず仲間も得ずにいたらこうなっていた。そう見せつけられている気がしていた。
「何なんだクソ! 何なんだぁ!!」
いつの間にかルイズはダイノボットを真正面から相対した。彼は自分を、メイジでもなく主人でもない、人間でもない、生の自分を見ているのではないのか。
だから、泣くのはやめた。ただ静かに語りかけた。
「見くびらないで」
ダイノボットも彼女と相対した。あぁ認めてやるよ手前ぇは俺だ。まるで昔の俺だ。だから決める。
「決めたぜ。俺は手前ぇの隣に隣にいてやる。手前ぇの下じゃねぇ、隣だ。いいか、隣だ! 下じゃねぇ奴隷じゃねぇ! 手前ぇは手前ぇの道を貫け! その代わり! 障害なんざ俺様が片っ端から蹴散らしてやる!」
要は使い魔になってやる宣言だと、ルイズには受け取れた。しかしこの地竜、そんなに誰かの下に付くのが嫌なのね、何てプライドが高い。あぁそうか、私も彼と似た様なところがあるのかも。いや多分きっとちょびっとは。などと自嘲してしまった。
「使い魔はね、奴隷じゃないの。対等のパートナーよ。少なくとも私はそう考えるわ」
「ほーそうか。手前ぇにこの俺様、ダイノボットに釣り合うかぁ?」
「でっかく吹いてくれるわね。今は駄目でも、私は立派な貴族、立派なメイジになって見せるわ! あと私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ! 手前ぇなんてもう呼ばせないわ」
「なろうじゃねぇぜルイズ。今あろうとする心が大切だっつーの」
ダイノボットはルイズの胸を指した。
ルイズの幻想する湖に浮かぶ小舟の中で、彼女は泣くのをやめた。隣にダイノボットが立っていたからだ。
『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。ダイノボットに祝福を与え、我が使い魔となせ』
ルイズの唇が、ダイノボットの金属質な唇に触れる。彼の体表に光のパターンが流れ、右手甲に収束した。その竜の足そのままの右手を、ルイズは愛おしく撫でる。
この小さくてか弱い生物を育ててみよう。そんな生き方も悪くない。ダイノボットのこんな姿を、かつての仲間であるネズミ野郎が見たら「オ~イオイそれって光源氏計画ゥ?」と揶揄してくれる事は想像に難くない。
今になってダイノボットのセンサーは、ドアの向こうに人がいる事に気が付いた。赤髪のキュルケ、青髪の少女、今朝出会ったメイド、あと光る源氏教師。
なーんだ、お前にはちゃんと心配してくれる仲間はいてくれそうじゃねーか。悪くねぇ。
:あとがき
難産でした。間が開きすぎて申し訳ありません。二人の立ち位置を決める、ただそれだけの表現に悩みました。
さてこのSSは、先に申しておきますと、ゼロ魔側の原作の展開には沿いません。プロットを作成するにあたり、ラストシーンと時系列上の起点を決めてから間を埋めた結果、原作であった展開は吹っ飛んでしまいました。…まぁ、原作通りに進めてもビーム一閃で片が付く展開になるのはどうかと思いますし。
これを書く上でビーストウォーズシリーズを何度も観返していますが、観終わった後に脳内でダイノボット役の藤原さんの演技が近年の他の演技に置き換わっていた事が多々あります。難しいものです。
あとダイノボットの顔の造形を見て失礼にもルイズの中の人を連想した私は、疲れているのかもしれません。
次回は決闘というかケンカです。…マルコォメと。