スレイン法国の滅亡   作:西玉

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エンリの活躍が始まります。
この段階では、エンリはまだンフィーレアと〇〇していないと仮定しました。
その方が、夢があるかなぁと…。


4 新都建設

 カルネ村の村長、エンリ・エモット16歳は、自分の部屋で目覚めた。

 王国兵5000の進行を受け、ほぼ同数のゴブリン軍団を召喚して2週間が経過していた。

 最近では名前を聞かない日はない魔導王アインズ・ウール・ゴウンから、建国して王となるよう勧められて以来、あまり眠れなかった。

 

 どう考えても、自分には荷が重すぎる。だが、その度にアインズと話した内容が脳裏をよぎる。あの魔導王ですら、部下からの期待に胃を痛めているというのだ。それでも、他の者にやらせるわけにはいかないから、必死になって頑張っている。

 では、自分はどうなのか。そう考えたとき、魔導王と驚くほど状況が似ているのではないかと思ってしまう。

 

「やるしかないか」

 

 何度も、自分に言い聞かせたことだった。

 

「そうだよ。頑張れエンリ」

 

 隣のベッドで寝ていたンフィーレア・ハレバレの言葉に驚いた。どうやら、寝言のようだ。二人が恋人として意識し始めてから数か月が経過しているが、互いの気持ちを確かめ会った後も、ただ同居するのにとどまっている。こうして同じ部屋で寝るようになったのは二週間前からだが、同じ部屋で寝起きするようになってから、ますます二人は互いを意識してしまい、距離はむしろ離れたような気さえする。正式に結婚するまでは、このままの関係が続くのだろう。

 

 あの日から、何もかもが変わってしまったような気がする。事実として、変わったのだ。

 ンフィーレアと寝起きをともにするようになってから、他の人と結ばれることはもうないだろうと思っていた。そのことは後悔していない。昔から、たぶんこうなるだろうなと思っていたのだ。

 色々な村から流れてきた人の話では、貴族に無理やり連れていかれた娘や、犯されて捨てられた話、もっと悪ければ商館に売り飛ばされた話なども聞く。それから考えれば、エンリは幸せなのだろう。ンフィーレア本人にとっても、徹夜で研究することがなくなった。

 

 研究は進まなくなったかもしれないが、ンフィーレアの体にとってはいいはずだ。

 ンフィーレアの研究は、魔導王のために、魔導王の指示で行っていることだ。現在の状況を知ったら、魔導王は怒るだろうか。むしろ、エンリは魔導王が祝福してくれる様子しか思い浮かばなかった。徹夜での研究をしなくなっただけで、ンフィーレアもさぼっているわけではない。

 

「リィジーのおばあちゃんもいるし、大丈夫だよね」

「……もちろんさ」

 

 本当は起きているのではないだろうかと思う、絶妙の寝言を発するという特技を見つけたのはつい最近である。そのことを指摘しても、ンフィーレアは覚えていないらしい。

 

「先に起きているね」

「……うん」

 

 エンリは寝言で返したンフィーレアの頬を撫でた。これも、ンフィーレアが起きていたら、恥ずかしくてできない行為だ。

 

 

 

 

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンがカルネ村を訪れてから、すぐにゴブリン軍師はゴブリン軍団の主力を引き連れて南方へ旅立った。

 ゴブリン軍師が言うのには、カルネ村が領地の北限と定められた以上、この村を首都とするのはふさわしくない。また、村の立地が攻められやすく守りにくいことを上げ、より守りやすい場所を王都とすべきだと提案された。

 

 王都とか、守るといわれても、エンリとしては『そうですか』としか返事のしようがなく、ほぼゴブリン軍師に丸投げしてしまった。

 ゴブリン軍師は、カルネ村の人間たちから周囲の地形を聴きとり、どうやら王都を作るのにふさわしいとおもわれる土地をいくつか候補として挙げたらしい。

 

 準備ができるとさっそく、ほぼ5000のゴブリン軍団を移動させたのだ。食料は、当面は死んだ王国の兵士の死体をあてるらしい。人間の死体を食べることに、ゴブリン自身は全く抵抗がないらしく、別に生きていても問題ないらしい。さすがに生きた人間を食べる相手と、人間との共存は難しいことを、ゴブリン自身も理解している。

 村の物資を何も持ち出さず、人間の死体を担いで移動していく大群の様子は、微妙に不気味だった。もちろん、口に出す人間はいない。

 

 エンリの親衛隊である13レッドキャップスが規格外に強いことも、最近知ったばかりだ。トブの大森林に入って、一人のレッドキャップがトロールを捕獲してきた時、誰もが驚いたものだ。そのレッドキャップは一体のトロールから、いくらでも食料が取れると自慢げに語っていた。

 

 トロールの再生能力は驚くべきもので、炎や酸で修復不可能な傷を負わせない限り、ミンチ状態からも再生する。殺す方が難しいが、必要なだけ肉をとれるということだ。ただし、その肉はあまりにも不味く、人間の食用には適さない。だが、ゴブリンたちは不満がないらしい。

 

 その13人いるレッドキャップから、約半数の7人がゴブリン軍師に従い、連絡役となった。どんなモンスターが徘徊しているか解らない土地に行くので、少数で組む連絡役は、強いほどよいのだというゴブリン軍師の判断である。

 すでに、カルネ村から南南西約20キロの辺りに、王都の建築に耐えうる土地を見つけたと報告があった。すぐにエンリは判断した。

 いわく、『任せます』である。

 

 その報告をレッドキャップに託し、第二陣として出発したのは、カルネ村から近くの、トブの大森林を追われ、カルネ村に保護されていたゴブリンやオーガである。

 ホブゴブリンではないかと思われるゴブリンの子供アーグを筆頭に、既に100人近くにまで膨らんだ集団が出発している。

 最後に村に残ったのは、人間たちだ。

 このカルネ村は、人間たちの開拓村として作られた村だ。

 

 痩せた土地を耕し、少しずつ生活できるようにしてきた村には、思い入れもあるだろう。そう思っていたが、エンリが移動することを知ると、すべての村人が同行すると言いだした。

 このままではカルネ村そのものがなくなってしまう。

 それを寂しく思う人間も当然いる。だが、自分たちを守ってくれる者がいない状況で、この村で生活するのはほぼ無理なのだ。

 ゴブリンたちは移動してしまった。村に残っている戦力は、元冒険者で現在ではレンジャーであるブリタが率いる自警団しかない。戦闘力は、ゴブリン軍団から比べれば紙の人形のごとき頼りなさだ。

 

 結局、カルネ村には誰も残らない。

 それは、仕方のないことだった。

 

 

 

 

 

 国王となったエンリ・エモットも、第三陣での出発となった。王都とするべき場所は決まっていたが、まだただの丘陵であるらしく、そもそも住むことができない。

 せめて、王都の予定地で野宿をすることなどがないように、と第一陣は主力が向かっている。王都予定地周辺のモンスターや敵対的な亜人を狩りつくし、人間でも生活できる最低限の環境を整えるためである。

 

 もちろん、カルネ村の近くにはトブの大森林があり、いつモンスターが森から出てくるかわからず、決して安全ではない。カルネ村から王都の予定地への旅も、危険はあるだろう。

 村には、人間の他には、最初にエンリが召喚したゴブリンたちが付き従っていた。リーダーのジュゲムを筆頭に全員で12名にまで減っており、二回目の召喚により呼び出されたゴブリン軍団よりも相対的に弱くはあるが、エンリが心を許せる相手でもある。

 

 それに加え、ゴブリン軍団の中でも精鋭中の精鋭、13レッドキャップスと呼ばれる、人間であれば逸脱者級のゴブリンたちが影ながらエンリに害が及ばないように張り付いていた。

 

「さあ、行きましょうか」

 

 もはや、国王になんてなりたくない。私はただの村娘だ。と言っているのが甘えでしかなく、ゴブリン軍団をまとめて弱い人間たちを守れるのが自分しかいないことは、エンリも半ば諦めながら認めていた。

 

「はい。準備はできています。みんな、待っていますぜ。姐さん……いえ、陛下」

「陛下はやめて。せめて、昔からの知り合いしかいない時はね。姐さんも以前はいやだったけど……それなら許すから」

 

 エンリの部屋で、戸口にはゴブリントループのリーダーであるジュゲムが控えていた。王国兵5000人を皆殺しにした戦いでは、白兵戦を得意としたゴブリンたちが犠牲になった。軍団をもう少し早く呼び出していればと、後悔することも多い。

 エンリの供回りとして日常生活でも手伝ってくれていたのは、白兵戦を得意とするゴブリンたちだった。その他には、ゴブリンアーチャーやゴブリンクレリックなどもいるが、後方に配置されたりオオカミに乗っていたりで、生き残った者たちは狩猟や治癒などに特別な力を持つ者が多く、必然的に別の仕事が割り当てられていた。そのため、一番長く接してきたゴブリンたちから、命を落とす結果となった。

 

「この服、変じゃない?」

 

 ゴブリンに人間の服装について尋ねても、わかるだろうかとは思いながら、エンリはジュゲムに尋ねる。エンリが着ているのは、この日のためにエ・ランテルから取り寄せたものだ。

 王になると決め、村人は認めてくれたが、寒村で建国しても、生活上は何も変わらない。

 

 ゴブリンたちが王都建築に向かい、人々が移動を開始するタイミングが、エンリが王として人々の前に立つ最初の仕事だ。そのために、ンフィーレアが気を利かせてエ・ランテルで購入してきたのだ。

 今では、ンフィーレアよりエンリの方が有名人になってしまっているからである。

 

 カルネ村から一番近い都市であるエ・ランテルはアインズ・ウール・ゴウン魔導国の唯一の都市であり、エンリは魔導国と友好関係にあるゴブリン王国の国王である。

 下手に買い物に行けば、国賓扱いをされかねない。

 エンリはアインズのことを尊敬していたし、人物も好きだったが、ごく普通の兵士のようにデス・ナイトをこき使っているのは理解できなかった。

 

「よく似あっていますぜ。変っていえば……変ですが……しかし、変なのは、エンリの姐さんが妙に縦に長いからで、これはもう、仕方がないことですから」

 

 ゴブリンの美醜に対する感性は、人間のものとは根本的に異なる。亜人すべてがそうらしいということも、ゴブリンたちから聞いていた。ゴブリンの感覚からは、人間は細長くて気持ち悪いらしい。

 そのことを聞いのは最近だ。エンリがあまりの重責に(勝手に)押しつぶされそうになっているのを見て、ゴブリンたちはあえてエンリをこき下ろしたのだ。

 

 エンリに対して絶対の忠誠を誓っているゴブリンたちとしては、あり得ないことだった。驚くエンリに対して、エンリがたとえ何者であっても、エンリに対する忠誠は変わらないと語った。

 エンリとしては複雑な思いで、決して重責が軽くなりもしなかったが、それ以来、ゴブリンたちとの距離が近づいたような気がしている。

 

「似合っているなら、いいわ。ンフィーが選んだんだから、笑われたら、責任をとらせればいいしね」

「殴らないでやってください。兄貴じゃ、死んじまいます」

「……私、そんなに力ないわよ」

 

 エンリの服は、野外活動に適した物ではない。神官が着ているようなローブを派手にしたような服で、かなりの値が張っただろうと思われる。この服がいいという感覚はエンリにはわからなかったが、ンフィーレアに任せた以上、着るつもりだった。ただし、下には動きやすいように、いつもの服を着こんでいる。

 現在の季節は冬なので、いくら着こんでも暑いということはない。

 

「そう思っているのは、姐さんだけです。素でやっても、いまの姐さんには勝てる気がしませんぜ」

「……嬉しくないよ」

「本当ですって。下でみんな待っています。そろそろ、行きましょうかい」

「うん」

 

 エンリが村長となってから使用しているちょっと周囲より立派な家も、これでお別れだ。少しだけ惜しんでから、エンリは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 出発の日である。

 エンリの前には、生き残った村人、周辺の村から焼け出された村人、さらには生活に困窮し、ゴブリン王国では人間も食べさせてもらえるという噂を聞いて頼ってきた人々が集まっていた。

 中でも、スレイン法国の騎士たちに襲撃される以前からカルネ村の一員だった人々は、早くから戦う方法を学び、現在ではレンジャー部隊として自衛組織を作っている。

 

 リーダーは元冒険者のブリタという女性である。エンリは、ブリタの突き出した胸には正直嫉妬したが、ブリタは胸の大きさを鼻にかけない気持ちのいい女性だった。戦いを学び、どうして兵士ではなくレンジャーかといえば、普段の戦闘の相手はたいていが森に潜む獣であることに由来する。

 

 ちなみに、人間たちの一人としてゴブリン軍団の兵士とはまともに戦えないので、恐れ多くて戦士を名乗れないという事情もある。

 人間の他にも、エンリの供回りと思われているゴブリントループ、親衛隊であるレッドキャップスが居並んでいた。

 

「さあ、エンリ」

 

 この中で唯一、覇王エンリを呼び捨てにできる男が手で示したのは、粗末であるが演題と思われる、ちょっとだけ高くなった台座だった。

 

「……ちょっと、ンフィー……何? これ?」

「これから出発じゃ。ちょっとした、締めじゃよ」

 

 ンフィーレアの隣で、祖母であり第三位階までの魔法を使いこなすリィジー・ハレバレが立っていた。

 

「ほらっ」

 

 ンフィーレアに背を押され、妹のネムが手を差し伸べる。その手には、豪華ではないが丁寧に作りこまれたことがわかる錫杖がある。ワンドほどの大きさで、片手で持てる。

 

「お姉ちゃん、頑張って」

「……ネムまで」

 

 エンリはネムから錫杖を受け取った。魔法的な力はこもっていないだろう。アイテムを魔化する、というのは特殊な技術だ。ポーションの作成者として人生を捧げてきたリィジーといえども、習得してはいないだろう。リィジーにできないことが、ンフィーレアにできるとは思えない。

 腹をくくり、エンリは錫杖を手に台座に上がった。少しだけ高くなり、居並んだ全員の顔が見える。

 

 人間が90名弱、ゴブリンが17名、一国としては、あまりにも少ない。だが、先行部隊は5000を軽く超える。

 これからどうなるのだろう。そういう不安が、人々の顔にないことが、エンリを暗くさせる。エンリについていけば、なんとかなると思っているのだ。エンリに将来を託されても困る。

 でも、やるしかない。

 エンリは、口を開いた。

 

「今日、私たちはカルネ村を出ます。戻ってこられるかどうか、戻る必要があるかどうか、わかりません。カルネ村に思い入れがある人もいると思います。私もそうです。でも、悲しい思い出も沢山ありました。これから行く場所が、安全かどうかもわかりません。でも……これ以上、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に迷惑はかけられません。私たちができることは、私たちでしないといけません。カルネ村に残るより、私たちが生きられる場所が他にあるのなら、そちらに向かうべきだと思います。私に……着いてきてください。ゴブリンさんたちと一緒に……頑張りますから」

 

 考えてきた言葉などない。ただ、思うことが口を突いて出た。それでも、満足した。言うべきことは言ったと思った。最後に、深々と頭を下げた。

 人々の意思を変えるための演説ではない。ただの挨拶だ。

 それでも、人々の反応は怖かった。こんな小娘についていけるかと、怒号が飛んでも不思議ではないのだ。

 

 小さな拍手が起こった。ネムだった。ンフィーレアが続き、突如大きくなったのは、ゴブリンたちが、手が痛くなるほどの拍手を始めたからだ。人間たちが続き、エンリは自分の胸を撫でながら台座を降りた。

 

「お疲れ様です。ここからの指揮は任せて」

 

 ンフィーレアから手ぬぐいを渡され、嫌な汗をぬぐいだすと、ブリタが声をかけてきた。冒険者だったときから、ブリタは鉄級だったという。経験を重ねた今は銀級ぐらいはあるかもしれないが、それでも強いモンスターには歯が立たない。しかし、それ以外の人たちは、もっと弱いのだ。

 ブリタも村人から受け入れられているし、ゴブリン軍師からも人間部隊の責任者にと推されていた。

 

「よろしくお願いします」

「お願いじゃなくて、命令でいいよ。陛下」

「辞めてください」

 

 ブリタは笑いながら人々に向かい、出発の号令を叫んでいた。本当に、どうして自分なのだと声をからして叫びたくなる。

 

「でも、慣れないとね。アインズ様にも、言われたんでしょ」

「うう……できるかなぁ……」

 

 自信がない。だが、逃げ出せない。もしエンリが逃げたら、ゴブリンたちは人間を全員放り出してエンリの元にはせ参じることがわかっているのだ。

 ンフィーレアの手が優しく肩を叩く。その手をとり、これから夫になるだろう男の顔を見つめた。

 

「これで……しばらく、二人きりにはなれないね」

「……うん」

 

 エンリは、ンフィーレアが将来の夫となることに疑いを持っていなかった。だが、ンフィーレアが好きだったのは村娘のエンリ・エモットだ。覇王エンリなどと呼ばれて、心変わりはしないだろうか。ひょっとして、ネムに行ってしまうのではないだろうか。

 少し心配だったが、信じるしかない。いや、裏切られないようにするのだ。

 人々が移動を始めるが、ゴブリンたちは二人の様子を見守っていた。

 視線に気づき、エンリは今考えることではないと思い直す。

 

「出発……でも、歩けるから大丈夫」

 

 ゴブリンたちは、エンリを乗せるための輿を用意していたのだ。担ぎ手は、もちろん屈強なゴブリンたちである。

 

 

 

 

 

 ゴブリンたちの準備は、ある程度必要なものだった。

 王としてふるまうために用意した豪華に見えるローブを着たまま、荒野を歩くのは負担が大きい。体力的な消耗も大きいし、服が汚れる。それを考えると、輿に乗れと言うのは正しいことだ。

 エンリは、特別扱いが嫌だったため、王らしいと恋人が用意したローブを脱いだ。下には普段の服を着ている。

 エンリが乗らないとわかったときの、ゴブリンたちの残念そうな顔が印象的だ。こんな思いをしているのは世界に一人なのではないかと想像しながら、なぜかアインズの顔を思い浮かべた。

 

 同じ頃、アインズが銀色の体をした階層守護者に座って、居心地の悪い思いをしているかもしれないなどとは、決して思わなかった。

 集団はブリタを筆頭としたレンジャーたちが率い、エンリは100人余りの集団の中央にいた。その場所が一番安全だからであり、ゴブリンたちが決して譲らなかったのだ。

 大集団という訳ではないが、子供たちの歩みに合わせなければならないため、進みは遅い。

 およそ20キロの道のりだが、整備された街道ではない。荒れ果てた大地であり、起伏も激しい。

 

 拓けた場所なら、どこを王都にしても同じなのではないかという気持ちにもなってくるが、あまりにも見通しが良すぎる場所は危ないらしい。

 20キロ先にどんな光景が待ち構えているのかと楽しみでもあるが、歩き疲れてくるとそんな気持ちにも意識がまわらなくなる。

 体力には自信があるエンリは疲れを感じていなかったが、周りの人々の顔色から、疲労を感じ取っていた。

 

 何度目かの休憩をとったとき、先任隊のゴブリンライダー、オオカミに乗ったゴブリンがかけてきた。ゴブリンライダーの役割のほとんどは偵察であり、この移動についても、周囲のモンスターの警戒任務にあたっていた。

 そのゴブリンライダーの名はキュウメイである。エンリはぐったりと座りこむ周囲の人々に声をかけながら、真剣な表情で控えているキュウメイの報告を受ける。

 

「どうしたの? 慌てて」

「はい。この一団が出発してからすぐ、トブの大森林が動きました。まるで、陛下を追っているようです」

「……動いたの? 森が?」

 

 エンリが、木々が自ら根っこを引き抜いて歩いている姿を想像していると、キュウメイが訂正した。

 

「森の中に住んでいる連中が動きだしたんです。森は動いていません」

「……ああ。そうよね。でも……『森の中に住んでいる連中』って?」

「あまり接近すると敵対行動にとられるかもしれないので、遠くから確認しただけですが……巨妖精(トロール)やオーガが何人かいたようです。かなりの数です」

 

 エンリたちを追ってきたのだろうか。トロールやオーガは、人間を食料とみなしている。オーガのうちの何人かはエンリの軍門に下り、というかゴブリン相手に降伏し、人間と共同生活するまでに馴染んでいる。

 かといって、亜人が人間を食うということに変わりはない。ゴブリンだって食べるのだ。この冬は、それで助かっている部分も大きい。

 

「村には、食べ物は残してこなかったはずだけど」

「連中は、村にはとどまっていないようです。このまま休憩していれば、追いつかれるかもしれません。あるいは……夜まで待つかもしれませんが」

 

 エンリは迷った。背後にジュゲムが立つ。

 

「姐さん、先に行って下さい。俺たちで対処します」

 

 ゴブリンたちのリーダーは、力強く言った。だが、エンリは首を振る。ジュゲムに頼りたいのは山々だが、頼ってばかりでは駄目だと思う。

 エンリは、王になると決めた。

 王になったからといって、何かしなくてはいけないということはない。アインズ・ウール・ゴウンも言っていた。何もしなくてもいいと。

 だが、すべての責任は王にあるのだ。それが、王なのだ。

 

「わたしが話してみます」

「話ができる相手じゃないかもよ」

 

 いつの間にか、ンフィーレアも傍に来ていた。エンリはンフィーレアを見つめる。

 

「ンフィー、ブリタさんたちと一緒に、先に行って。私はゴブリンさんたちと、追ってくる人と話してみるよ」

「危険です」

「俺もそう思います。姐さんは、大事な体です。こんなところで、危険な目には会わせられません」

「大丈夫よ」

 

 そろって不安そうな顔をするジュゲムとキュウメイに笑いかける。

 

「だって、レッドキャップさんたちもいるんだよ。もし、本当に危ないんだったら、王都なんか造れるはずがないじゃない」

 

 エンリは正しいことを言ったつもりだった。だが、ゴブリンたちの表情は晴れない。ゴブリンたちにとって、大切なのはエンリだけなのだということは、まだ変わらないようだった。

 

「……解りました。危険だと思ったら、俺たちを捨てて逃げてください」

「うん」

 

 薄情なようだが、これがゴブリンたちの譲歩できる最低限だと知っているエンリは、小さく頷いた。

 




エンリって大変だなぁ…と他人事のように思います。まあ、そう書いているんですが。
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