(たぶん次は)おまけ:みほ編で出ます。
姉さんから忘れていた過去の事実を聞かされてから、どうしても隊長のことを意識してしまう。
見ず知らずの私を戦車に乗せてくれて、楽しい思い出と戦車道を始めるきっかけを作ってくれた恩人。
それが隊長とみほだったという事実を自覚してしまった以上、それを気にしないことは不可能に近かった。
悟られないように心がけて行動はしていたものの、疲れている時や2人きりになった時につい気が緩んでしまって、少し前の姉さんのように隊長を見つめてしまうことが何度もあった。
「エリカ、そうしてじっと見つめられると読みにくいんだが……」
練習終了後の隊長室。
今回の短期編入生――要するに姉さんのことだが、その指導内容や成果、今後の課題等について纏めた最終レポートを隊長に確認してもらっている時にもつい油断して隊長を凝視してしまった。
視線が気になったのか、隊長は報告書に手にしたまま「私の顔に何かついているのか?」と怪訝な顔を浮かべて私の方へ目を向けてくる。
「……すみません。客観的に書けているか心配だったのでつい」
慌てて弁明すると隊長は「エリカは心配性だな」と呟いて再び報告書に視線を戻す。
まったくの嘘であれば隊長もこんな風に納得しなかっただろうけど、幸いにも口にしたことが決して間違いではなかったことが功を奏した。
姉さんが編入してきた当初、私が考えて組んだ指導内容の原案は『お姉さんに要求する水準ちょっと高過ぎですよ。エリカさんがやってたのとほぼ同じメニューじゃないですか』と直接の指導担当だった小梅から思い切り没を喰らってしまった。
姉さんならそれぐらい出来るわよ、と主張する私に対して「エリカさんは別の意味でお姉さんに甘いんですね」とあきれ果てた小梅の顔は今でもはっきり思い出せる。
認めがたいことに、どうも私は姉さんに対しては客観視が出来ていないらしい。
一応、今回の報告書は小梅の意見を聞きながら作成したのでおかしなことにはなっていないはずだけど、そういった主観的な内容が一切含まれていないとは言い切れなかった。
「目を通した限りでは特に問題は無い。要点もわかりやすく纏められている」
報告書を閉じ、「ご苦労だったな」と労ってくれる隊長の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
どうやら私の心配は杞憂で終わったようだ。
「今回の短期編入が良い結果に終わったことについては家元やOG会も大変お喜びになっている。噂を聞いた他の学園艦からも編入についての問い合わせが多数来ているそうだ」
短期編入生制度が実際に形になったことで、高校戦車道界における黒森峰の影響力強化という上の方々の目論見は実現しつつある。
おそらく、今後も編入生の受け入れは定期的に続いていくのだろう。
現場の負担が増えることに関しては正直なところ今でも納得はしていないが、これも必要なこととして割り切るしかない。
「編入第一号が彼女で良かった。身内ということでチームに溶け込むのも早かったし、とても熱心に学んでくれたおかげで皆にも良い刺激になった」
エリカは大変だったかもしれないが、と苦笑する隊長に「最初は驚きましたし苦労しましたけど慣れました」と返す。
編入当初は姉さんの存在に学校中が大騒ぎになってだいぶ苦労もしたけど、それも今となっては笑い話のようなものだ。
基本的な技量をしっかり備えていたことに加えて、日々の練習にも真面目に取り組んでいたので指導責任者として困るようなことは一切無かったし、懸念していた私へのなりすましも正式編入以降は自重してくれていた。
何のために黒森峰にやってきたのか疑心暗鬼になった時期もあったけど、結果としてお互いの想いを伝え合うことが出来たことについてはとても意味があることだったと思う。
そして何より、決して口にはしないけど久しぶりに姉さんと一緒に戦車道をやることが出来て嬉しかった。
そのことを思えば、大した苦労じゃ無い。
「姉が頑張っていたことに関しては疑う余地はありません。ですが隊長、その……313号と314号の件はさすがに少しやり過ぎなのでは……」
313号車、314号車というのは黒森峰が所有していたⅢ号突撃砲F型のことだ。
ドイツ系戦車を運用する黒森峰は生産台数の多いこの車両を多数所持しているものの、黒森峰の戦術が一糸乱れぬ進撃を重視して待ち伏せを行うことが少ないことや火力や装甲に勝る車両が何両も存在することから活用される機会は極めて限られている。
駆逐戦車の練習用か、Ⅲ号突撃砲を運用する相手を意識した模擬戦を行う時ぐらいだ。
使用頻度が低いのに数だけは多いものだから、大破してしまった際は最低限の処置で済まし、そのまま修理の機会が訪れるまで第二ガレージに放置されてしまう。
いくら黒森峰が戦車道に多額の予算を割いているといっても無尽蔵に使えるわけではない。
その予算節約によって生じることになった苦肉の策だが、その結果として長期間放置されていたのが313号と314号だ。
ガレージで埃を被っていたこの2両は先日姉さんの学園艦にほぼ捨て値に近い額で譲渡された。
圧倒的な戦力を持つうちならまだしも、戦力の大半がⅡ号戦車とⅢ号戦車で占められているらしい姉さんの戦車道チームにとってはまさに喉から手が出るほど欲しかった火力を期待できる車両。
いくら故障中とはいえそれ相応の火力を持つ車両を2両も安易に譲渡してしまっては、外部の人間に身内びいきと良からぬことを囁かれるのではないか。
どうしても不安になってしまう。
「心配する必要は無い。あの2両を譲渡することは彼女が編入する前から決まっていた話だ」
私の心配を察してか、隊長は譲渡に絡む裏事情について説明してくれた。
折角導入した短期編入制度も実際に編入してくれるものが現れなければ外聞が悪い。
そう考えた関係者は系列校や提携校に対して制度導入前から密かに短期編入生の打診をしていたらしいが、初めての制度ということもあってなかなか色よい返事は貰えなかった。
そんな時に戦車を何両か融通してくれるならと条件付きで手を上げたのが姉さんの学園艦だった。
ティーガーやマウスをくれと言われていたなら渋ったであろうものの、所持車両数も多いⅢ号突撃砲、しかも故障中の車両で良いと言われた関係者はそれだけで済むなら安いものと譲渡を約束したらしい。
「黒森峰は編入生受け入れの実績と費用の節約を成し遂げ、向こうの学校も編入生の技量向上に戦力の充実が出来た。建前と実益が伴った取引である以上、部外者が口を挟んだところで流されるだけだ」
確かに313号及び314号は破損状態も著しく、特に314号にいたっては廃車寸前に近い惨状だ。
高い修理費用をかけて直したところで黒森峰では積極的に使用される可能性は低いし、かといって廃棄するには相当の費用が必要な上にガレージに置いておくのもスペースと資源の無駄にしかならない。
それを考えれば安価で譲渡してしまっても予算節約の名目で言い分は立つ。
「一直線に進むことも時には必要だが、相応の準備と建前さえあれば多少の悪路や妨害があったとしても真っすぐ進むことが出来る。今後隊を率いて行く者としてこれだけは覚えていておいて欲しい」
「はい。肝に銘じます」
何も考えず猪突猛進するのではなく進むための準備を行ってから進んだ方が良い。
自分の性に合わないのは重々理解しているが、黒森峰の次期隊長としてそれを実践しなくては意味が無い。
だからこそ隊長もこうして真剣にアドバイスをしてくれている。
ただ、助言を受ける度に奮起するのは勿論だけど、それと同時にどうしようもない不安が過ってしまう。
戦車道の実力でも、チームを纏めるリーダーとしても私は未だ隊長の足元にも及んでいない。
こんな私が本当に次期隊長としてチームを纏めていけるのか心配の種は尽きない。
先ほどのような交渉事に関しては特にそう思う。
隊長がどんな球種も投げられて最後はストレートで決めることが出来る本格派投手なら、私は力押ししか出来なくてようやく変化球を学び始めたヘッポコ投手だ。
姉さんの方がよほどこういうことは向いている。
まあ、姉さんの場合、事前に直球を投げることを予告してきて、結果次第で対応を決めるような変わり種なので参考にならない気はする。
「話が脱線してしまったな。少し休憩にしよう」
隊長はそう言って立ち上がると「良いお茶を貰ったから淹れてこよう」と水回りの方へ足を向け始めた。
後輩として、そして副隊長として隊長にお茶を淹れさせるわけにはいかない。
慌てて「私がやるので隊長は座っていてください」と向かおうとしたところ隊長に止められてしまった。
「これぐらいやらせてくれ。頑張ったエリカを少しでも労いたいんだ」
私に見せてくれた穏やかな微笑みがあの夏の日に遊び回った時の笑顔と重なって少しドキリとしてしまう。
その表情でそんな優しいことを言われたら何も言い返すことなど出来ず、私は言われるがままに座って待っていることしか出来なかった。
「久しぶりだから上手くできたか自信が無い。口に合わなかったら遠慮なく言ってくれ」
「……いただきます」
湯呑を受け取り、ほのかに湯気が香るお茶を口に含むと普段感じる苦味とは別に甘味を感じられた。いつも飲んでいるようなお茶とは風味も味も違っていて、隊長が言っていたとおりかなりの高級品なのだろう。
「隊長、とても美味しいです」
「それは何よりだ。貰いものだが、お菓子もあるから遠慮なく食べてくれ」
隊長はお茶に続いて机の下から高級そうな箱を取り出すと蓋を開けて私に差し出してくれる。私でも聞いたことがあるような有名ブランドのお菓子だ。
「あの……隊長、労っていただけるのは本当に嬉しいんですが……その……何かあったんですか?」
一連の行動にどうしても違和感を感じてしまった。
普段が優しくないわけでは無いけど、今日の隊長は異様なくらいに手厚くて優しい。
私に言えない何かが裏で起こっているのではないかと不安が掻き立てられる。
「……そうだな、強いて言えばそれをこれからエリカに確かめる、というのが正しいかもしれない」
私に確かめるということは何か私にも関連のあることなのだろうか。
必死に考えては見るものの、思い当たるようなことは今のところ無い。
「こんなことを聞くのは失礼に当たるかもしれない。だが、私としてはどうしても確認しておきたいことなんだ」
これほどまで隊長が前置きをすることとは一体どれだけ重要なことなのか。
緊張で喉が渇き、思わず息をのむ私に隊長はゆっくりと口を開いた。
「昔、私やみほと戦車に乗って遊んだウサギのぬいぐるみを持っていた子はエリカで間違いないな?」
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「なんでそれを……」
予期せぬ言葉に私の口から思わず漏れたのはその問いを肯定する一言。
それを聞くや「そうか、今度は間違いでなくて良かった」と安堵の表情を浮かべる隊長とは対照的に私は困惑で頭がいっぱいだった。
今まで覚えているような形跡は何も無かったのにどうして隊長がこのことを知っている。
しかも覚えていたとしても何故今になって。
「……姉さんから聞いたんですか?」
私の知る限り姉さんぐらいしか可能性は思いつかなかった。
絶対隊長には言わないと約束したとはいえ、姉さんは隊長に対して感謝の言葉を伝えたい想いが強かったのはわかっていた。
だから、話の弾みでつい口を滑らせてしまうことは充分にあり得る話だ。
「いや、彼女には何も聞いていない。もっとも彼女が来たからこそ、エリカがあの時の子だと気づいたわけなんだが」
どうやら私の予想と違って姉さんから情報を得たわけでは無かったらしい。
姉さんを疑ってしまったことを心の底で謝りつつ、私は隊長に「なら、どうしてなんですか?」と問いかけた。
「恥ずかしいことにあの日のことは朧気にしか覚えていなかった。覚えていたのは一緒に遊んだ子が銀髪でウサギのぬいぐるみを持っていたこと。そして、双子の姉妹だったことだ」
どうして双子だと分かったんですかと言いかけて、あの日私が2人と別れる時にちょうど姉さんが迎えに来てくれたことを思い出す。
姉さんが2人のことを覚えていたように、隊長も姉さんのことが印象に残っていたに違いない。
「あの夜ガレージで2人に会った時、堰を切ったように思い出してあの2人に間違いない、そう確信したんだ」
「なら隊長があれだけ驚いていたのは……」
「ああ、ずっと気にしていた子がまさかこんな身近にいるとは夢にも思っていなかったからな」
あの時隊長が普段では想像もつかないような驚愕っぷりを見せたのは私が双子だったという事実だけではなく、昔の思い出の人物が目の前に揃っていたことに驚いていたなんて想像できるはずが無い。
もしかしたら私と姉さんを間違えたのも、その困惑があったからなのかもしれない。
「でも、どうして私だと……姉さんの可能性だってあったはずじゃ……」
私たちがあの時出会って双子だと気づいたのはわかる。
でも、どうして隊長はウサギの子が私だとわかったのだろう。
昔の私たちは今以上に見分けがつきにくかったのに、朧げな記憶だけで判断するなんて出来るはずがない。
「いや、あの子はエリカしかありえない。そう確信が出来ていた」
自信満々に答えた隊長は――
「もう1つ覚えていたことがあるんだ。『絶対あなたたちより上手に動かせるようになる』」
私が忘れていて欲しかったあの言葉を口にした。
「2週間様子を見て彼女はこんなことを言う性格じゃない、言うとしたらエリカ以外ありえない。そう判断しての結論だ」
何か間違っていたか、と問いかける隊長に私はただ「何も間違っていません」と答えるのが精一杯だった。
覚えていてくれたことへの嬉しさと過去の自分が犯した大言壮語っぷりへの恥ずかしさで顔は真っ赤に染まり、隊長の顔がまともに見れない。
「それにしてもエリカ、知っていたならどうして言ってくれなかったんだ? 水くさい」
「そんなこと、言えるわけないじゃないですか……」
そもそも姉さんに言われるまで私だって隊長とみほがあの時遊んだ2人とは気づかなかった。
しかも、あれだけ威勢の良いことを宣言しておいて未だ隊長は勿論みほの足元にだって及んでいない。
そんな私がどの面を下げて「あの時一緒に遊んだ子は私です」だなんて隊長に言えというのだろうか。
「あの時のことを言っているなら気にする必要は無い。なにせ子どもの頃の話だ」
慰めてくれる隊長の言葉に胸が熱くなる。
感激で目も涙でうっすらと赤くなってきたが、さすがにこれは見せられないと慌てて目尻を抑える。
隊長はそんな私を察してか隣に座ってゆっくりと背中を擦ってくれた。
その温かさが余計に嬉しくて、涙が溢れそうになった私の耳元で隊長はとんでもないことを口にした。
「川に突き落とされたくらい私は気にしていない。あれをけしかけたのはみほだ、エリカは何も悪くない」
一瞬言葉の意味が理解できなかった。
私が隊長を川に落とした?
違う。
私は2人により上手くなってやると言ったことが恥ずかしくて言い出せなかっただけで、そんなとんでもないことを仕出かしていた記憶なんて無い。
「ずっと気にして言い出せなかったのはエリカらしいな。だが、そんなことはどうでもいい。それよりも私はこうして再会できたことの方が嬉しい」
何かの間違いあって欲しい――
そう心の底から願ったものの、ここまではっきりと断言する隊長が勘違いをしているとはとても思えず、私が隊長を突き落としたのは疑いようのない事実なのだろう。
いくらみほにけしかけられたとはいえ、あろうことか隊長を川に突き落とすなんて幼い頃の私は何を考えていたのか。
しかもそのことを忘れていたなんて許されることじゃない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……隊長」
ギリギリのところで押しとどめられていた堤は忘れていた罪を自覚したことで一気に崩壊した。
感動と恥ずかしさと自己嫌悪で顔と目は真っ赤に染まり、瞳からは大粒の涙が溢れ出てくる。
とてもじゃないけど隊長に合わせる顔が無い。
「まったく、気にすることは無いと言っているのに……。エリカはいつも気負い過ぎだ」
泣き止まない子をあやすように、隊長は私の頭を優しく撫ぜながらあの時と同じ優しい笑顔で微笑んでいた。
「今度みほ達も連れて一緒にⅡ号であの時の場所を回ろう。きっと2人も喜ぶ」
親身になって気遣ってくれる隊長を前に、私は自分が犯した大罪そのものを忘れていたことがショックで泣いているとはとても言い出せなかった。
その申し訳なさも相まって私の涙は留まることはなく、小梅が隊長室を訪ねてくるまで隊長に体を委ねてただただ泣き続けるばかりだった。
ああ本当に。
穴があったら今すぐにでも入りたい。