逸見エリカの姉   作:イリス@

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かなり間が空いてしまいましたが
エリカとエリカの姉がみほと会うお話と少しおまけ。



おまけ:再会

 久しぶりに足を運んだ熊本駅は連休中ということもあって大勢の人で賑わっていた。

これからどこかへ出かけるであろう家族連れや大きな鞄を抱えた観光客が楽しそうな声を響かせながら駅の構内を闊歩している。

 

 そんな喧噪の中、私と姉さんは通路の中央に位置する巨大マスコットの側である人物の到着を待ち続けていた。

 

「……まったく、仮にも隊長なんだから時間ぐらい守りなさいよね」

 

 約束の時間を迎えたにもかかわらず、未だに待ち合わせの相手――

 みほが現れる気配は無い。

 あの子が時間に遅れるのは黒森峰にいた時からよくあることだったとはいえ、こうして再び待たされることになるとは思っていなった。

 戦車を降りると抜けているあの子のことだ。

 大方、電車を乗り間違えるか、誤って別の場所にでも向かってしまったのだろう。

 呆れ半分怒り半分で溜息をつき、スマホのアプリに目を向けると、「間違えて別の場所に出ちゃったので少し遅れます」と予想を裏付けるメッセージが数分前に書き込まれていた。

 

「ああ、もう早く来なさいよね。いつまで待たせるつもりなのよ」

「まあまあ、エリちゃん。いいじゃない。時間はまだたっぷりあるんだから」

 

 到着を急かすメッセージを書き込む私に、姉さんは「そんなに早くみほさんに会いたいの?」と楽しそうに微笑んでいる。

 

「……別に。こんなところでずっと待たされるのが嫌なだけよ」

 

 懐かしい思い出の相手と分かったあの子と会うのはどこか複雑な気持ちではあるけど、喜ばしい気持ちの方が若干強い。

 だからといって、姉さんが言うように一刻も早く会いたいとかそういうわけじゃない。

 私としては一刻も早くみほと合流してこの場から離れたいだけなのだから。

 

『ねえねえ、あそこの2人もしかして双子じゃない? しかも凄く綺麗』

『本当だ……服も可愛いしお人形さんみたい』

『凄く気合の入った服だね。誰と会うんだろうね?』

 

 この場所に来てからというもの、構内を行き交う人々から常に視線を向けられていて落ち着かない。

 これほど注目されてしまっているのは姉さんと私の容姿が瓜二つだということもあるけど、それをさらに際立たせているのが私たち姉妹の服装。

 お揃いの白いワンピースにツバの広い帽子を合わせた装いは、様々な様相の人が集まる駅の中でも圧倒的なまでに悪目立ちしてしまっている。

 居場所を間違えたお嬢様感丸出しの私たちに通る人は誰もかれも視線を向けてくるし、丁寧にお断りしたが中には写真を撮ってもいいかとまで言ってくる人もいた。

 

「……だからこの服で来るのは嫌だったのよ」

 

 別に今着ている服が嫌いというわけではなく、私は昔からこういう系統の服装を好んでいた。

 小さい頃はよく姉さんと2人でフリルがたくさん付いたお揃いのワンピースを着ていて、両親も可愛い可愛いと褒めてくれたからそれが普通だと思っていたけど、小学校に上がった頃ぐらいから同級生たちと比較して私たちの服装は明らかに派手過ぎることに気付いてしまった。

 最初のうちは他人の視線など気にせず、着たいモノを身に着けていたものの、年齢が上がり、思春期を迎えるに連れて恥ずかしくなり私は徐々にそういった装いをしないようになった。

 ただ、好きな服装であることには変わりないので、現在も寝間着としてはその系統の服を選んでいるし、今身に着けているこのワンピースのような装いも何着かは持っている。

 勿論、見られたら間違いなくからかわれることはわかっているので黒森峰で着たことは一回も無い。

 それなのに、私がどうしてこの服を着ているかというと全てはみほと合流してから向かう先に理由がある。

 

 行き先は西住家邸宅近くの田園地帯――。

 私と隊長、それにみほが幼い頃に出会って一緒に遊んだ場所だ。

 

 

 始まりは隊長から告げられたある一言だった。

 

「今度の週末にみほが実家に帰ってくるんだが、エリカはその日空いているか?」

 

 みほが色々な人の仲介もあって家元と和解したらしいとの話は聞いていたので、あの子が帰ってくることに関してはそれほど驚かなかったし、むしろ、ようやくかという気持ちの方が強かった。

 しかし、どうして私の予定を聞くのだろうかと疑問に思いながら「特に予定はありません」と返したところ、隊長が「昔遊び回った場所を皆で一緒に回らないか?」と誘ってきたことで合点がいった。

 

 昔の思い出、そして忘れていた悪行を告げられて号泣してしまった私を慰めながら、隊長が「いつかまた皆であの場所に行こう」と言ってくれたことはよく覚えている。

 せっかくのご厚意を断る理由なぞ無く、「勿論行きます」と躊躇なく答えた。

 その時の隊長の顔は今まで見たこともないぐらい嬉しそうな笑顔で、見ているだけでとても幸せな気持ちになれるほどだったけど、私の心の中には決して小さくはない不安が過っていた。

 隊長とは以前と比べてよく話すようになったし、みほに対しても少し前の険悪だった頃とは違って昔のような気軽に雑談もできる関係に戻っている。

 でも、それはあくまで黒森峰で出会った西住姉妹としてであって幼い頃に一緒に遊んだ友達としてはまた別の話。

 いつか会いたいとはずっと思ってはいたものの、いざこうして隊長とみほがその相手だと自覚してしまうと2人に対してどのように接すれば良いのかという戸惑いと恥ずかしさを少なからず感じてしまう。

 思い出の場所に行くことに関しては何も不満は無いし、嬉しいことなのは間違いないのだけれど、どのように3人で時間を過ごしたら良いのか悩ましく思ってしまっているのもまた事実だった。

 どうしたものかと困り果てていると私の悩みを見抜いていたかのように「もし構わないなら姉妹揃って来てくれないか?」と天の助けとも思える一言が隊長の口から飛び出した。

 隊長はあの思い出の日に私を迎えに来てくれた姉さんを戦車に乗せてあげられなかったこと、そして、姉さんが短期編入している間に直接私たちのことを覚えていると伝えられなかったことを

気にしていたらしい。

 

「都合が合えばの話なんだが、エリカ頼めるか?」

 

 隊長の気遣いに感激しつつ、私はこれ幸いと姉さんも巻き込むことにした。

 姉さんがいてくれれば、恥ずかしさのあまり会話が途切れてしまっても上手いこと場を繋げてくれるだろうし、多少は気まずさが軽減されるに違いない。

 姉さんも隊長やみほにお礼を言いたがっていたから喜んで参加してくれるに違いない。

 

 そんな目論見で姉さんに電話をかけて参加を促したところ、返ってきた答えは予想に反して渋いものだった。

 

「いや、だって3人の大事な思い出だし、私がいたらお邪魔でしょ?」

 

 おそらく姉さんは私たちに気を遣ってくれたのだろうけど、正直な話、私としては姉さんにいてもらう方が気が楽になるし、隊長も姉さんに是非参加して欲しいと思っていることはよくわかっていたので、渋る姉さんを何度も説得した。

 長い時間をかけた結果、姉さんも「そこまで言うなら……」と折れてくれて、前日実家に戻ってそこから駅へ向かってみほと待ち合わせるということになったまでは良かった。

 いざ当日の朝になって姉さんが「せっかく思い出の場所に行くんだから服も昔と同じにしないとダメだよね」と笑顔でお揃いの白いワンピースを差し出してきた時、私は開いた口が塞がらなかった。

 

 そこから数十分の間、渡された服を着る着ないで押し問答が続いたものの、私がお願いして参加してもらったという流れがあった以上、姉さんの提案を受け入れざるをえず、こうして目立つ服装で人通りの多い中立ち尽くす羽目になってしまった。

 

 ちなみに当初姉さんはワンピースだけではなく、ウサギのぬいぐるみを持つことまで提案してきたけど、それだけは断固拒否した。

 白いワンピースだけでも目立つのに、さすがにこの歳になってぬいぐるみを抱えて人前に立つのはさすがに辛過ぎた。

 

 

「ふふ、ようやくみほさんにも会える。楽しみだなあ」

 

 私たちに遠慮していたからとはいえ、いざ会えるとなると姉さんも出会いが待ちきれないらしく、大勢の通行人から向けられる視線も気にすることなく嬉しそうに笑みを浮かべている。

 こういう良い意味で自分のペースを崩さずにいられるところは姉さんが羨ましい。

 そんなことを実感していた最中、ふと姉さんの言葉に違和感を感じてしまった。

 

「……ちょっと待って。姉さん、みほと会ったこと無かったの?」

 

 気付いてしまった疑問を思わず口にしてしまう。

 姉さんの学園艦は小さい頃から戦車道を嗜んでいる生徒は少ないらしく、姉さんは本人曰く「仮」らしいがチームの隊長のような役割をしているらしい。

 にもかかわらず、近々練習試合の相手である、大洗の隊長を務めるみほと会ったことが無いなんてあり得るのだろうか。

 思いついた疑問を姉さんにぶつけると「ずっと生徒会同士が主体で話し合ってきたから、実はまだ直接話したこと無いんだよね」と笑いながら教えてくれた。

 隊長抜きで練習試合の話を進めるのも正直どうなのかとも思ったが、それも各学園ごとの事情があるだろうし、そういった事情なら姉さんが未だみほと会ったことが無いのもあり得ない話じゃない。

 

 でも、そうなるとみほは姉さんのことをどこまで知っているのだろうか。

 私が昔遊んだウサギのぬいぐるみを持った女の子だということについては、隊長も電話やメールで伝えるのは気が進まないということで未だ伝えていないようで、今日全員が揃ったところで直接伝えることになっている。

 なので、昔3人で戦車に乗って遊び回っている時に私を迎えに来てくれた人だということは知らないだろうけど、練習試合の対戦相手が私の姉さんであることや、私と姉さんが一卵性の双子であることは隊長や小梅、もしくは生徒会関係者からある程度は聞いているかもしれない。

 それでも、いざ姉さんを目の当たりにしたらあの子はきっと驚くに違いない。

 小梅や直下たちだって相当驚いていたのだから、ただでさえ戦車を降りると頼りないあの子があたふたと戸惑う姿が容易に想像できてしまう。

 そこからさらに、私があの時一緒に遊んだ女の子だという事実を知ったとしたら一体どんな反応を見せるのだろうか。

 再会を喜んでくれるのか、それとも私のようにあやふやの記憶を辿ろうとするのか。

 もし何も覚えていなくて暗い顔で「ごめんなさい」と謝られてしまったら――

 ふと、あの子が黒森峰からいなくなってしまった時のことを思い出して胸が締め付けられるような気持ちがした。

 

「……それにしても遅いわね、いつまで待たせる気なのよ」

 

 暗くなった気分を変えようと再度スマホに目を通すと、さきほど送った急かすメッセージは今なお未読のまま放置されている。

 画面から目を離し、周囲を見渡してみると改札とは反対側の建物外へと続く側から慌ててこちらへ向かって来るみほらしき姿が見える。

 おそらく、こちらに向かうのに必死で画面を見る余裕が無いのだろうけど、振り回されるこっちの身にもなって欲しい。

 黒森峰にいた時から戦車道でも日常生活でも、私はあの子に振り回されてばかりだった。

 よく考えたら、私が隊長を川に突き落としてしまったのもみほがけしかけたのが要因なのだから、その時から私とみほの関係は変わっていないことになる。

 復讐、なんて言うのは大げさだけど、ちょっとしたお返しぐらいはしたって良いんじゃないだろうか。

 

 衆人環視の中で生まれた羞恥心のせいか、それとも待たされたイライラ故か。

 隣にいる姉さんの顔が視界に入った瞬間、私の頭の中に普段なら絶対に生まれないであろう感情が芽生えていた。

 

「……そうよね。たまには私があの子を驚かせても罰は当たらないわよね」

 

 たまにはあの子を私が振り回してみたい。

 普段なら姉さんが考えるような悪戯心が沸々と心に湧き上がってきた。

 

「なんかエリちゃん悪い顔してるね」

 

 どうやら表情に顔に出ていたらしい。

 怪訝な顔で「何を考えてたの?」と私の顔を見つめる姉さんに「ちょっと耳貸して」と呟いて、そのまま耳元で思いついたことを説明する。

 それを聞くや、姉さんは「いいね、それ面白そう」と楽しげに微笑んだかと思えば、表情をいつもの穏やかな笑顔から真面目な顔に一瞬で変貌させる。

 

 その直後、変わり映えのしない地味な服装を身に纏ったみほが慌てた様子で私たちの元にたどり着いた。

 

「遅くなってごめんね。出る所を間違えちゃって……」

「まったくもう、仮にも優勝校の隊長なんだからもっとしっかりしなさいよね」

 

 みほに対して、私ではなく、私になりすました姉さんが私なら言うであろう言葉を違和感無い仕草で口にする。

 相変わらず、そのなりきりっぷりは無駄に洗練されていて、ここまで精巧に真似されたら小梅たちが騙されるのもよくわかる。

 

 姉さんに提案したのは、みほが来る前に互いが入れ替わるちょっとした悪戯。

 みほが姉さんに会ったことが無い以上、私と姉さんを見分けるためには私の態度や服装でどちらが逸見エリカなのかを判断する以外に無い。

 私がする姉さんの真似はまるで似てないし小梅にも笑われてしまったぐらい不自然なものなので、姉さんのことを知っている人間には無意味なことこの上ないけれど、姉さんを知らない人間であれば、姉さんを逸見エリカと認識さえしてもらえれば、普段と変わらない態度でも自動的に私は姉さんだと認識してもらえる。

 今日は2人揃って同じ服装をしているのでそちらで判断されることも無い。

 状況から見て成功率が限りなく100に近い作戦だと思う。

 

「お姉ちゃんから聞いてはいたけど、本当にそっくりなんだね……」

 

 話として聞いていても実際目にするとやはり驚愕したのか、みほは驚きの表情を浮かべながら姉さんと私の顔を交互に見まわしている。

 様子を見るにどうやら作戦は上手くいっているように思える。

 このままなら隊長と合流する駅に到着するまで充分騙しきれるかもしれない。

 内心ほくそ笑みながら必死で笑いを堪える私に姉さんが「ほら、姉さん。会いたがってたみほが来たわよ」と挨拶を促してくる。

 一瞬「姉さん」と呼ばれたことに戸惑ったものの、すぐに自分のことだと認識し直す。

 

「はじめまして、みほさん。いつも妹がお世話になってます」

 

 不自然にならないよう程度の笑みを浮かべ、「よろしくね」とみほに手を差し出した。

 

 こうして実際に騙す側の気分を味わってみると姉さんが私になりまして悪戯をしたくなる気分も良くわかる。

 ここまで上手いこと計画が進行するのを見ていると、どこか心地良い気分になってくるし、これが後々あの子をからかうネタになると考えるとよりその気持ちが増してくる。

 

「……ええっと……その……」

 

 しかし、そんな私のご機嫌な心境とはうって変わって、みほは何故か差し出された私の手を握ることなく、どこかオドオドした様子に様変わりしていた。

 

「どうしたのよ、そんな変な顔しちゃって」

 

 姉さんがみほに声をかけるも、みほは心そこにあらずといった仕草で私の顔を見ながらどこか落ち着かない。

 人付き合いが苦手なのは昔からだけど、ここまで初対面の相手に委縮する子だっただろうか。

 

「あの、間違ってたら本当にごめんなさいだけど……その……」

 

 どうも何か言いたいことがあるらしくモゴモゴとしながら必死に口を開こうとしている。

 差し出していた手を戻し「何かしら?」と問いかける私の目を真っすぐ見据えながら、みほは私がまったく予期していなかった言葉を口にした。

 

「エリカさん……だよね? お姉さんじゃなくて」

 

 その一言に思わず姉さんと顔を見合わせてしまった。

 姉さんの演技は完璧だったし、私も何かボロを出したとは思えなかった。

 不自然なところは何も無かったはずなのに、どうして私が姉さんじゃないと気づくことが出来たのか驚愕の感情を隠し切れない。

 

「……正解よ。あなたの言う通り私がエリカで向こうが姉さん」

 

 見破られてしまった以上は誤魔化そうとしても意味が無い。

 そうであるならば、正直に白状するしか選択肢は存在しなかった。

 私の正直な告白にみほは「良かった。間違ってたらどうしようかと思っちゃった」と少し

ホッとしたような表情を見せる。

 

「残念。せっかくエリちゃんが持ちかけてくれた作戦だったのにばれちゃったね」

 

 姉さんは見破られたことを悔しがる素振りもなく、いつもと変わらない表情に戻ってみほに微笑んでいた。 

 

「どうしてわかったの? 私そんなにおかしかった?」

 

 疑問をぶつける姉さんに対してみほは「ええっと、最初はよく似てるなって思ったんですけど……」と前置きをしながら質問に答えていった。

 私のふりをしていた姉さんの細かい仕草や声の抑揚が自分の知っている私と少し違っていたこと。

 不思議に思ったところで、姉と紹介されたはずの人が私とまったく同じ仕草だったこと。

 

「だからこっちが本当のエリカさんで、お互いに入れ替わってるのかなって思ったの」

 

 見分けられたことをごく自然なことのように話すみほに私は心底震えていた。

 普段通りにしていても両親や友人から間違えることは珍しくなかったし、色々と悪条件が重なったとはいえ隊長も初見では私たちを見間違えてしまっていた。

 だというのに、2人で意図的に入れ替わっている状態でみほは私たち2人の違いを見抜いたのだ。

 しかも姉さんに対して初対面というハンデまで背負った状況で。

 

「あ、でも、エリカさんが側にいなかったらちょっとわからなかったかも。本当に凄く似てたから」

 

 作戦を見事に打ち破られたショックよりも、ただただみほの観察力に感嘆するばかりだった。

 僅かな仕草の違いだけで容貌がまったく変わらない相手が別人だと気付くなんて芸当、私にはとても真似できそうにない。

 

「……エリカさん」

 

 落ち込んでいる私の腕を突然みほが両手で掴んでくる。

 予期せぬ動きに私はまったく反応が出来ず、あれよあれよと言う間にお互いの両手を掴み合う体勢になっていた。

 一体何をと疑問を口にする間もなく、みほは再び私の目を見つめ始める。

 

「家に帰るってお姉ちゃんに伝えた時、エリカさんとエリカさんのお姉さんが駅にいるから一緒に来てって言われて不思議に思ってたんだ」

 

 その視線には少し前までの頼りないあの子の姿はなく、まるで戦車道に取り組んでいる時のような凛々しいみほに様変りしていた。

 

「でも、エリカさんの服とお姉さんを見てようやくわかったの」

 

 掴まれた両手に少し力が入り、顔を見つめるとみほの目はどことなく赤く潤んでいる。

 みほは意を決するようにごくりと息を呑み、告げた。

 

「……エリカさんが昔一緒に遊んだウサギの女の子だったんだね」

 

 その一言で、自分でも実感できるぐらい顔が真っ赤になっていくのがわかる。

 忘れられてなんていなかった。

 この子もずっとあの日のことを覚えていてくれていた。

 

 全身からこみ上げてくる嬉しさと恥ずかしさのせいか私の涙腺は既に決壊寸前で、何か一言でも声に出してしまったらそのまま耐えきれず号泣してしまうのは目に見えていた。

 隊長に続いてみほにまでそんな姿を見られることはしたくない。

 だから、私はなんとかみほに想いを伝えようと握られていた手を強く掴むことにした。

 

 そんなさり気無い仕草だったにもかかわらず、みほは私の意図に気付いてくれたのか握られた手をさらに強く握り返してくれた。

 

「戦車道やるって約束……守ってくれてたんだね、嬉しいな」

 

 その時みほが見せた嬉しそうな笑みは、どんな宝石や太陽よりも眩しくそして美し過ぎて、堪えれなくなった私は結局にみほにも泣き顔を晒す羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

◇◇--------------------------------

 

 いつか見た田園風景が視界に広がっている。

 かつての夏の日に遊び回ったのと同じ道を、同じⅡ号戦車で私たちは駆け抜けていく。

 

 ただし、私たちがすっかり大きくなってしまったこと、そしてその時は乗っていなかった乗員1人が増えたことで少し車両が手狭になってしまっていることがあの時と決定的に違う。

 

「ここでエリカとみほがボコとウサギどっちが可愛いかで言い合いを始めたんだ。喧嘩までもいかないほどの可愛い主張だったのをよく覚えている」

「昔のエリちゃんはウサギのぬいぐるみ大好きでしたからね。お風呂の時以外ずっと一緒にいるぐらい」

「そうなんだ、今のエリカさんからは想像できないね」

 

 操縦を行いながら懐かしそうに当時のことを語ってくれる隊長。

 それを姉さんとみほが楽しそうに会話を広げながら私のことを色々と話している。

 そういえば、そんなこともあったような気がすると懐かしむと同時に忘れていたことや今まで秘密にしていたことが話す度に露わになっていくばかりで少し恥ずかしい。

 途中で羞恥のあまり、赤くなった顔を冷やそうとハッチから車上に抜け出そうとしたものの、私の片手はみほにしっかり握られていて今の席から離れられそうになかった。

 

「いいかげんに手を離しなさいよ。いつまで握ってるつもりなの?」

 

 熊本駅で私が昔一緒に遊んだ子だと気付いてからみほは私の手を握って離そうとしない。

 電車から降りて、Ⅱ号戦車でここまで来る間もずっとこの調子だ。

 途中、姉さんがもう片方の手を繋ごうとしてきたので、電車の中で他の乗客からの視線が凄く痛かったのは忘れられない。

 

「……だって、今離すとまた会えなくなりそうで嫌なの」

 

 まるで子どものように寂しそうな顔をしてこちらを見つめるみほの姿に恥ずかしさと同時にこの上ない嬉しさがこみ上げてくるのがわかる。

 隊長に誘われた時にどうしてあれだけ不安な気持ちを覚えていたのか今ようやく理解した。

 私はどう接すれば良いかがわからなかったのではなく、みほが覚えていてくれなかった場合のことを恐れていたのだろう。

 

「心配しなくてもいつだって会えるわよ。事実こうやってまた再会できたじゃない」

 

 不安げな表情を崩さないみほの頭に手を当てて、子どもをあやすかのようにゆっくりと語りかける。

 確かにみほとは色々なすれ違いによって疎遠になった時があったので、そのような事態が再び起こることをこの子は恐れているのかもしれない。

 

 でも、結局のところ時間はかかったものの元の関係に戻ることが出来たわけだし、つい数週間前まで過ぎ去った思い出に過ぎなかったかもしれなかった相手ともこうしてお互いに再会することができた。

 正確に言えば再会はもっと前にしていたわけだけど、お互いがそれを認識していない以上、それは適切な表現ではないわけで。

 

「今度は離さないし、絶対に忘れないわよ。あなたが勝手にどこかへ行ったりさえしなければね」

「エリカさん……ありがとう」

 

 よほど嬉しかったのか、消極的なみほが思い切り抱き着いてくる。

 私は「苦しいから離れなさい」と口では言ったものの、今だけは少しだけこのままでいて欲しい。

 心の中はそんな気持ちで溢れていた。

 

「妹たちは仲が良くて羨ましいですね。私たちも2人でイチャイチャしましょうか?」

「そうだな、二人の邪魔をしないようにそれも悪くないかもしれない」

 

 はたから見たらさぞ仲むつまじいであろう私たちの姿に隊長と姉さんは自分のことのように嬉しそうにしているのがわかる。

 そんな微笑ましいやり取りを見て私もみほもつい笑顔が零れてくる。

 こうして実際に来るまではどうなることかと思ったけど、今になってはそんなことまったく気にならないぐらい楽しい時間を過ごせている。

 

「もうすぐ昔遊んだ川に着く。そこで一度休憩しよう」

 

 隊長が発した『川』という言葉に内心ドキリとしてしまう。

 みほにけしかけられたとはいえ、幼い私が隊長を突き落とす凶行を働いた地。

 隊長からその事実を告げられた時は自分がそんなことをしでかしたなんてとても信じられなかったけど、朧気ながら川で遊んでいた記憶はあるし、よくよく思い返してみると誰かを後ろから押したような気がしなくもない。

 

 幸いにも、この決して人には知られたくない私の悪行は被害者本人たる隊長が内密にしてくれると約束してくれているので、過去の過ちはこのまま誰にも知られず私と隊長の2人だけが知る秘密になるはずだった。

 

「そういえば、エリカさんここの川にお姉ちゃんを突き落としてたよね?」

「み、みほ!?」

 

 隊長が覚えていたということは必然的に一緒に行動していたみほが覚えている可能性が高い。

 そんな単純な考えすら、隊長との約束で安心して油断しきっていた私は考慮することすらしていなかった。

 思わぬところから飛び出した暴露を止めることなど出来るはずもなく、私の凶行は決定的な周知の事実になってしまった。

 

「川に落としたって……エリちゃんそんな酷いことしてたの?」

 

 予想もしていなかった私の悪行に呆れたのか姉さんは「それじゃあ言えるわけないよね」と深く溜息をつく。

 慌てて「違うの。私のせいじゃなくてみほが悪いのよ。この子がけしかけてきたせいなの」

と必死に弁明したものの、当のみほは「え、私そんなことしてたの?」と怪訝な顔をするばかりだった。

 そんな私たちの様子が可笑しいのか、操縦席からは珍しく隊長の微かな笑い声が響いてくる。

 

 

 

 

 

 あの夏の日を思い出すような騒がしくも楽しいひと時。

 

 秘密が明かされてしまったことによる多少の恥ずかしさこそあったものの、私はそれ以上の喜びと楽しさを実感するばかりで、今この時間が何よりも大切に思えていた。

 

 叶うなら、こんな日々がいつまでも続きますように。

 私は心の中でただそれだけを願っていた。

 




これにておまけは一区切りです。
もし練習試合編を書く場合は独立して投稿することになると思います。


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