逸見エリカの姉   作:イリス@

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時系列的には前話の少し前



第2話:悪戯好きな姉を隠したい妹

 それは隊長と戦車道履修者短期編入制度の打ち合わせを終えて、寮に戻った時だった。

 廊下ですれ違ったヤークトパンター車長の直下が私の顔を見るなり、まるで幽霊でも見たかのような驚愕の顔を浮かべながらよくわからないことを言い出したのだ。

 

 「あ、あれ? 逸見さん、いつの間に外に出たの?」

 

 直下曰く、さきほど彼女が談話室へ行こうと部屋を出た際に大きな荷物を抱えた私が部屋に入るのを目撃したらしい。

 その時はさほど気にしなかったが、いざ談話室の前まで来たところで部屋に入ったはずの私が玄関方向から向かってきたのに驚いて声をかけてきたらしい。

 

「あなたのことだから、どうせ見間違いか寝ぼけてたんじゃないの? しっかりしなさいよね」

 

 正直なところ私は直下の目撃情報をまったくと言っていいほど信用していなかった。

気さくで面倒見の良い直下は多くのメンバーに慕われている上に車長としても優秀で、一見非の打ちどころの無いように見えるものの、日常生活においてはかなりそそっかしい面があり、やらかした時の度合においてはあの子――みほ以上に酷かった。

 

 マークシートの解答を1つずらしで記入して補習一歩手前になった事件や、財布を忘れて陸に上がってしまうといった大失敗のエピソードは近しい者であれば何度も耳にする話だ。

 

「ええ~、あれは絶対逸見さんだったよ。信じてよ~」

 

 直下は私の肩に手を載せて懇願するかのごとく表情で訴えてくるが、実際に目撃されたはずの当人が今帰ってきたばかりの私という時点で信憑性がまるで無いのだから、信じろという方が無理な話だ。大方、寝ぼけて夢でも見ていたか、誰かを見間違えたに違いない。

 「はいはいわかったから」

 

 生返事を返しながら肩に乗せられた手をどかし、「疲れてるなら早く寝た方がいいわよ」と告げてその場を立ち去ろうとするが、直下はまだ諦めきれないのか私の手を掴んで離そうとしない。

 

「嘘じゃないってば。どう見ても逸見さんだったんだから」

「だから、私は帰ってきたばかりだって言ってるでしょ。誰かと見間違えたに決まってるわよ」

「いくら私でもドッペルゲンガーか双子でもない限り逸見さんを間違えるわけないじゃん」

 

 互いに譲らない押し問答の最中、直下が放った何気ない一言。

 その言葉を聴いた途端、私の頭の中にある仮説が浮かんできた。 

 

「逸見さん?」

「いや、まさか……そんなはずは」

 

 怪訝な顔をする直下に後で話を聞くからと言い残して手を強引に振りほどき、そのまま自身の部屋へと大急ぎで歩みを進める。

 歩みを速めれば速めるほど嫌な予感がまるで光に集まる虫のように増殖していくのがわかる。

 

 

 私が思い浮かんだ仮説――。

 それは、直下が私と姉さんを見間違えたという可能性だ。

 

 

 

 

 私と姉さんは一卵性の双子で生まれた時から髪の色や顔立ちは勿論のこと容姿は完全に瓜二つだった。

 付き合いの長い友人どころか両親からも見た目だけでは時々混同されるほどで、初対面で見分けられた人は皆無に等しい。

 わざわざ積極的に話すことでも無いし、余計な注目を浴びたくないと考えた私は黒森峰では姉が双子であることは誰にも話していなかったので、おそらく直下は一般的な例えとして口に出しただけなのだろうけど、思い返してみれば、小学校の頃、姉さんは私に成りすまして私の友達や両親を驚かせる悪戯を頻繁に行っていたので、さっきの直下のような食い違いがよく起きていたような気がする。

 

「まさか……ね、いくら姉さんでもさすがに……」

 

 もし直下の言っていることが事実であったと仮定した場合、目撃された人物は十中八九姉さん以外の何者でもない。

 ただ、私はまだその悪い予感が間違いであることを信じたかった。

 姉さんが昔から悪戯好きなのは事実だったが、黒森峰に来る理由も無ければ、わざわざ悪戯をするためだけに黒森峰に来るほど暇人でも無いだろうし、高校生にもなって妹のフリをするなんて子どもじみた真似をするはずがない。それを考慮すれば、まだ直下が寝ぼけて見間違えたという方がまだ可能性がある。

 いや、むしろそうであって欲しい。

 心の底から信じたかった。

 

「おかえりなさい、エリちゃん。遅かったから心配してたんだよ」

 

 だが、そんな私の儚い願望は部屋の前に差し掛かった瞬間、中から黒森峰の制服に身を包んだ姉さんが出迎えたことで脆くも崩れ去った。

 

「……何してるのよ、姉さん」

「何ってエリちゃんの帰りを待ってたんだけど。ご飯もう食べた? まだなら一緒に食べよ」

 

 学園艦内のお店で購入したであろう黒森峰印のヴァイスヴルストを掲げながら満面の笑みを浮かべる姉さん。

 一方の私は希望を打ち砕かれたショックと困惑で頭を抱えてしまった。

 どうやって部屋の中に入ったのか。いや、それ以前にどうして黒森峰にいるのか。

 いや、理由はどうあれ、妙な注目を集めないよう双子だという事実をせっかく隠し続けてきたのに、ここで姉さんを誰かに見られたら全てが無駄になってしまう。

 一体どうすればいいのか。混乱した頭を必死に働かようとするも考えがまとまる気配は無い。

 呆然と立ち尽くす私に、さらに追い討ちをかけるような事態が起こってしまう。

 

「副隊長が瞬間移動? 直下さあ、お前どうせ寝ぼけてたんだろ」

「もう、みんな酷いよ。私はそこまで抜けてないってば」

「そうは言っても過去の事件が……ん、どうした副隊長ドアの前で立ち尽くしたりして」

 

 どうやら私が当惑している間に接近してきたのだろう。

 姉さんを目撃した直下、それにパンター車長の雛芥子がいつのまにか開いたドアのすぐ横にまで差し迫っていた。

 幸いにもまだ扉の影になっているから姉さんの姿は2人に見られていないが、このままではいつ発見されるかわかったものじゃない。

 

「……別に。ちょっとドアの調子が悪かったから確認してただけよ」

「そうなのか? そういえば副隊長。さっきも寮母さんに部屋の鍵がうまく開かないと言って交換してもらってたな」

「しっかり見てもらった方がいいんじゃない? 私の部屋も窓が開きにくくて困ってるんだよね~」

 

 雛芥子の話から察するにどうも姉は私のフリをして首尾よく中に入り込んだらしい。

 子どもの頃とまったく変わらない姉の行動には呆れ果てて何も言えないが、とにかく今は姉の存在を隠すことを最優先にしなくてはならない。

 既に直下だけではなく、雛芥子にまで目撃されている以上、一刻の猶予も無い。

 私は2人の隙を見て、すぐ側で微笑む姉に対して扉を閉めるから奥に入ってと目でサインを送る。

 すると姉さんはその私の仕草をじっと見つめたかと思うとゆっくりと頷いてくれた。

 ほっと一息をつき、直下と雛芥子へ目を向けようとしたその時。

 

 

 あろうことか、姉さんは私のサインに反してゆっくりと前へ歩みを進める。

 戸惑う私が止める間も無く、姉さんはそのまま私の横から顔を出して――。

 

 「こんばんは」

 

 2人の方へ満面の笑みを向けてしまった。 

 

 そう、私は焦りのあまり完全に失念していた。

 悪戯好きの姉がこんなシチュエーションを逃すはずが無いのはわかりきったことだったのに。

 

 「え? えっ?」

 「こ、こんばんは……」

 

 突然の事態に理解が追いついていないのか、2人とも目を点にしたまま私と姉さんの顔を交互に確認していて、そんな2人の様子を姉さんはしてやったりとばかりの楽しそうな顔で眺めていた。

 隠蔽しておきたかった姉さんの存在が一気に白昼の元に晒されてしまった私は、キリキリと悲鳴を上げる胃を押さつつ、これからのことについて覚悟を決めた。

 もうここまで来てしまったら隠し切ることは出来ない。

 なら、せめてこの2人を落ち着かせてダメージを最小限に抑えよう。

 方針を決めた私は、姉さんの腕を掴んで有無を言わさず部屋の中へ押し込むとドアを閉め、そのまま廊下で立ち尽くす2人の前に対峙した。

 

「あのさ、逸見さん。今の人は……その……」

「そ、そうだ。説明を要求するぞ」

 

 落ち着いてだいぶ事態が飲み込めてきたのか、説明が終わるまで絶対に放さないと言わんばかりの視線を向けてくる2人。

 戦車道の試合中ですら滅多に受けたことの無い強烈なプレッシャーを前に、私は2人に一体どこから説明するべきなのかと必死に頭を働かせていた。

 

 

 




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