逸見エリカの姉   作:イリス@

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第8話:姉の秘密と妹の思い出

 想像もしていなかった告白に思わず、「向こうの学園艦で何かあったの?」と口に出してしまっていた。

 しかめっ面で性格がキツイとよく指摘される私と違って、気さくで穏やかな姉さんは人に好かれやすい。

 事実、黒森峰に編入してから小梅や直下は勿論のこと、他のチームメイトともすぐに良好な関係を築いてすっかり溶け込んでしまったぐらいだ。

 

 これだけ孤独とは無縁な姉さんが『寂しい。耐えられない』なんて言葉を発したこと自体とても信じられず、去年のあの子のように何か想像もし難い辛い事態が姉さんに起こったのではないかと嫌な想像が頭を過ってしまう。

 

「……あ、別に向こうで何かあったわけじゃないの。みんなと毎日楽しくやってるから安心して」

 

 本当に本当だからね、と姉さんは何度も念を押して私が考えていた最悪の可能性を必死に否定する。

 思い過ごしで済んで良かったとホッと胸を撫で下ろすも、そうなると姉さんが寂しい理由が思い浮かばない。

 学校生活も困っていないし、友達にも囲まれているのにどうして寂しいのだろう。

 

「楽しいんだよ。でもね、向こうだと……」

 

 私の訴えかける視線に対して姉さんは悲しそうな表情で俯いたまま――

 

「エリちゃんに会えないから寂しいの」

 

 まるで蚊の鳴くようなか細い声で答えた。

 

「冗談……じゃないのよね?」

 

 とても信じられなかった。

 小さい頃、私の我侭にも文句1つ言わず笑って付き合ってくれた時。

 悪戯で私になりすまして楽しそうにネタばらしをした時。

 姉さんはいつだって明るく飄々としていて、『妹に会えなくて寂しい』なんて弱音を吐くようなイメージとはほど遠かった。

 

「小さい頃は私たち、ずっと一緒だったよね。エリちゃんすぐ『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って頼ってきてくれたし、私も頼りにされるの凄く嬉しかった」

 

 そう、昔の私は何をやるにしても姉さんに頼り切りだった。

 すぐ姉さんに泣きついて、我侭を言ってどこで何をするにも一緒に付いて行って貰っていたのをよく覚えている。

 

「でも、エリちゃん戦車道始めてからちょっと変わってきたよね。自分のことはしっかり自分でするようになって私に頼ることも少なくなったから」

 

 懐かしそうに、どしてどこか悲しげに姉さんは語り続ける。

 

「エリちゃんが成長していくのが実感できて凄く嬉しかった。嬉しかったんだけど……私からどんどん離れていっちゃうのもわかっちゃってそれが辛かった」

 

 違う、姉さんを悲しませるつもりじゃなかった。

 口に出そうとしたところで姉さんは「わかってるよ、エリちゃんは私のことを心配して頑張ってくれたんだもんね」と優しく微笑んでくれた。

 

「だからね、どうしたらエリちゃんにかまってもらえるかなって考えてた時に昔2人で入れ替わる遊びをしたのを思い出したの。それでエリちゃんのフリをしてみたらどうかなって……」

 

 言われてみれば、確かに姉さんがよく私のフリをするようになったのは戦車道を始めてからしばらく経ってからだった。

 私が自立するようになったことで、姉さんが自由に過ごせるようになった結果悪戯好きになっただけかと思っていたのに、まさか、その本当の理由が寂しさを紛らわせるためのものだったなんて思いもよらなかった。

 

「なら、どうして黒森峰に入らなかったのよ? 姉さんなら問題なく入学出来たはずでしょ」

 

 連絡船の運航こそあるとはいえ、学園艦同士の行き来は航路の問題もあってそう気軽に出来るわけじゃない。

 悪戯までして気を引かないといけないぐらい寂しかったなら、そもそも同じ学園艦に入学すれば良いだけの話なのに、どうしてわざわざ別学園艦に通うのか理解出来なかった。

 

「私もエリちゃんみたいに変わらないといけないなって思ったの。だから無理して別のところに通うことにしたんだけど、普段会えない分余計に寂しくなっちゃって……」

 

 大失敗だったよ、と姉さんは気まずそうに肩を落とす。

 

「ずっと頑張って我慢してきたんだけど、エリちゃん忙しくてなかなか会ったり電話できなくなったでしょ? それで耐えられなくなりそうだった時に短期編入制度が始まったから……」

 

 悪戯好きで自由奔放に生きていると思っていた姉さんのイメージがこの数十分で大きく変わってしまった。

 まさか、ここまで寂しがりやだったなんて今でも少し信じられないくらいだ。

 それにしても、私が心配をかけまいとやってきた行為が尽く姉さんの寂しさを助長させているのが少し辛い。

 

「一言会いたいって言ってくれれば良かったのに。前々からわかってさえいれば時間ぐらい作るわよ」

「それは、そうなんだけど……お姉ちゃんとして妹にそこまで無理させるのはちょっと心苦しいというか……」

 

 弱弱しく答える姉さんに思わずため息が出てしまう。

 悪戯をする時はお構いなしのくせに、どうしてこういう大事なところで変な気を遣ってしまうのか。

 私も面倒な性格をしているとは思うけど、姉さんも別のベクトルで面倒な性格だと思う。

 

「何がお姉ちゃんとしてよ。ほぼ同じ時間に生まれたんだから大して変わりなんてないじゃない」

 

 指で姉さんの額を少し強めに小突く。

 姉さんは「エリちゃん痛いよ」と嘆きながら両手で額を押さえていたが気にしない。

 私は慣れない手つきで姉さんの背中に両手を回すと、そのまま優しく姉さんの体を抱きしめた。

 

「え、エリちゃん?」

 

 私の予想外の行動に驚いたのか、姉さんは戸惑いの声を上げる。

 驚いて当然だと思う。

 いきなり相手を抱きしめるなんて姉さんならまだしも普段の私なら絶対にやらない。

 恥ずかしさのあまり顔が赤くなっているのがわかるけど、幸いにも抱き合う体勢上、顔は姉さんの横側にあるので赤面した顔を覗かれる心配は無い。

 

「そんなに寂しいなら、まあ……ちょっとぐらいなら甘えてきてもいいわ。勿論2人きりの時だけよ」

 

 同じ日のほぼ同じ時間に生まれたにも関わらず、姉さんは私の面倒を見たり、心配をしてくれて、しっかり姉としての役割を果たし続けてきた。

 お腹から出てくる順番が私より先だった。言ってしまえばただそれだけのことでだ。

 その程度のあいまいな差に過ぎないのだから、偶には姉さんが私を頼りにしてくれてもいい。

 さらに言えば、姉さんが寂しさを拗らせた理由の一端は私にもあるのは間違いないのでそのお詫びの意味も少なからずあった。

 

「……本当に? 本当に甘えてもいいの?」

 

 恐る恐る聞き返してくる姉さんに「常識の範囲内なら何でもいいわよ」と耳元で囁く。

 姉さんはよほど嬉しかったのか、幸せそうな声を上げながら私の背中に手を回して思い切り抱きついてきた。

 

「あのね、どうしてもやって欲しかったことがあるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇--------------------------------

 

 

「えへへ、まさか夢が叶うなんて思わなかった」

 

 姉さんはベッドに腰かけた私の膝に頭を預け、幸せそうな顔をしながら体を横にしている。

 所謂膝枕というやつだ。

 私にどうしてもして欲しかったことというのがこの膝枕だったらしく、了承した時の姉さんの喜びようは今まで見たこともない異様なテンションだった。

 

「エリちゃんの足、柔らかくて気持ちいいね」

 

 幸せそうに顔を綻ばせる姉さんの髪を撫でると「もっと撫でて」と懇願してきた。

 仕方ないわね、と手の動きを再開するとさらに表情が緩んでいくのがわかる。

 この顔を見ているとだけでどこか愛らしくて放ってはおけない気持ちになってしまう。

 姉さんが妹の私をこんな風に見ていたのかと思うと少し感慨深い。

 

「本当に辛いなら短期じゃなくて正式に編入してきてもいいのよ? 姉さんなら皆歓迎してくれるわ」

 

 最初に編入の話を聞いた時は邪魔にだけはならないで欲しいと思っていた。

 でも、姉さんは私の想像以上にしっかり練習もこなしていたし、うちでやっていけるだけの技量も備えている。

 このまま我慢を続けて姉さんが潰れてしまうくらいなら、いっそうちで引き取ってしまえば心配ごとも無くなるし、チームの戦力も増えるで一石二鳥だ。

 姉さんが強豪校所属だったとしたら引き抜きだのなんだので学園艦同士のトラブルに発展しかねないけど、幸いなことにその心配も無いので実現までの障害は低い。

 私の提案に姉さんはエリちゃんにここまで心配してもらえて嬉しいなあと喜んだものの、すぐに「ごめんね、それは出来ないよ」と首を横に振った。

 

「一応、学校の代表として送り出して貰った立場だからね。チームがやっと形になってきたのに、ここで放り出すようなことはやりたくないの」

 

 姉さんの言葉で「真っすぐなのはエリカの長所だが、もっと視野を広くした方が良い」と隊長にアドバイスされた時のことを思い出した。

 高校戦車道界への影響力保持のために編入制度を始めた黒森峰同様、編入してくる側の学校にも都合がある。今の私は完全に自分とその周辺だけのことばかり考えて、背後にある事情をまるで考慮に入れていなかった。

 軽率だったわ、と謝る私に姉さんは「心配して言ってくれたんだから気にしなくていいよ」と優しく慰めてくれた。

 

「ほんの短い間だったけど黒森峰に来て本当に良かった。エリちゃんとまた一緒に戦車道できたし、赤星さんみたいな凄い人たちとも友達になれて、練習方法とか戦車の運用術もたくさん教えてもらって凄く参考になったよ。あ、それに西住隊長とも会えたし……」

 

 嬉しそうに話す姉さんが西住隊長のことを口に出したところで、姉さんが西住隊長に視線を向けていた理由をまだ聞いていなかったことに気づいた。

 本来ならもっと早く聞こうと思っていたのに、姉さんの告白が衝撃的過ぎてついつい後回しになってしまった。

 

「そういえば姉さん、西住隊長のことをよく見てたけどどうして?」

「え、だってエリちゃんに、間接的には私にもだけど戦車道を始めるきっかけをくれた人だもの。私からすれば大恩人だよ」

 

 だからどうしても一度会いたかったの、と姉さんは声を弾ませている。

 

「姉さん何か勘違いしてない? 西住隊長は別に関係無いわよ」

 

 水を差すようになってしまったけれど、姉さんは何か思い違いをしているとしか思えない。

 確かに黒森峰への入学を決めたのは憧れていた西住隊長が既に在籍していたからというのが理由だったのは間違いない。

 でも、私が戦車道を始めたこととは何のかかわりも無いはずだ。

 もしかしたら、私が頻繁に西住隊長の話をしていたので話がねじ曲がってしまったのかもしれない。

 

「あれ、そうなの?」

 

 姉さんは私の膝に頭を預けつつ首を傾げ、おかしいなあとぼやき続けていたけど、ふいに「そういうことか」と呟いたかと思うと、合点がいったような顔をしてこんなことを言い出した。

 

「隊長じゃなくて妹のみほさんがきっかけだったんだね。エリちゃんよく絶対負けないって話してたし」

 

「いや、どうしてそこであの子の名前が出てくるのよ?」

 

 思わぬ名前が姉さんの口から出てきて余計に混乱してしまう。

 あの子の存在を知ったのは私が黒森峰に入学してからのことなのに、姉さんはまるで私が昔からあの子のことを知っているような口ぶりで話している。

 

「あ、あれ……まさかエリちゃん気づいて……なかった……の?」

 

 私の言葉によほど引っかかる何かがあったのか、姉さんは慌てて私の膝から起き上がる。

 先ほどまでの嬉しそうな表情とは一変した青い顔をして「あんなに執着してたから絶対知ってると思ってたのに」などど呟きながら頭を抱え始めた。

 

「ちょっと一人でブツブツ言ってないで説明しなさいよ! お互い正直に話すって約束よ!?」

「いや、それはそうなんだけど……」

 

 語気を荒げる私に姉さんは曖昧な言葉しか返してこない。

 隊長のことだけならまだ姉さんの勘違いだと思っていたけど、あの子まで出てくるとなると、姉さんは何か、私の知らない何かを知っている可能性がある。

 こんな中途半端な情報で打ち止めにされたらまたこの数日間の繰り返しになってしまう。

 教えてくれないならもう甘えさせてあげないと言い切ると、姉さんは観念したような顔をして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だって、昔エリちゃんを戦車に乗せてくれたのって西住隊長とみほさんだよね?」

 

 その一言はまるでハンマーで殴られたかのような衝撃だった。

 

「はあ!?」

 

 想像もしていなかった言葉に時間帯も忘れて思わず大声を出してしまう。

 

「そんなわけないじゃない! あの2人が、隊長とみほだなんて……絶対有りえないわよ!」

 

 いくら姉さんに言われたからと言って、とてもじゃないが、はいそうですかと気軽に信じられるような内容じゃ無い。

 歳は同じくらいだったし、今思えば髪型もちょっと似ていたような気がしなくもないけど、姉の方はよく笑顔を見せていて、妹の方は私が振り回されるぐらい活発に遊びまわっていた。

 今の2人の印象とはかけ離れ過ぎている。

 

「私が会ったのはほんの数秒くらいだったけど、間違いなく西住隊長とみほさんだったよ。顔も今とそんなに変わらなかったし」

「見たって言っても昔のことじゃない。姉さんの記憶間違いって可能性も……」

「お爺ちゃんの家って西住流本家のすぐ近くだよ? そんなところで、しかも子供だけで戦車乗り回せるのは西住家の子ぐらいしかいないよ」

 

 一言一言が的確過ぎて反論がまったく思い浮かばない。

 姉さんがあやふやな情報だけでこれだけしっかり断言する以上は、おそらく、これは紛れもない真実なんだと思う。

 日が暮れるまで遊んだ夏の楽しい思い出。

 そして私が戦車を始めるきっかけ。

 それがまさか西住隊長とあの子だったなんて、正直言ってまったく実感が湧いてこない。

 

「……どうして教えてくれなかったのよ?」

 

 少々恨みがましくジト目で睨むと姉さんは「私だって大学選抜戦の映像を見るまで気づいてなかったよ」と反論してきた。

 私が気づいたのに一緒に遊んでたエリちゃんが気づいてなかったなんて思うわけないじゃんと頬を膨らませる。

 それを言われてしまうと私としては何も言えない、

 あれだけ私の心に深く刻まれた思い出のはずなのに一切結びつくことが無かった。

 泣いてばかりの私が変わってしまったように、2人の印象が変わってしまったことが要因なのか。

 それとも無意識のうちに、再会なんて出来るはずが無いと最初から諦めていたせいなのかもしれない。

 

「ねえ、エリちゃん。もし良かったらこのこと西住隊長に一緒に話さない?」

 

 ずっとお礼が言いたかったんだけど流石に私が先言っちゃうのはね、と姉さんは私の目をじっと見つめてくる。

 そんな訴えかける瞳を前に、私はどうしたものかと苦労していた。

 姉さんにとっては妹がお世話になったのでお土産を持っていくぐらいの感覚かもしれないが、当事者の私にとってはかなり難易度が高い。

 隊長にフリルの付いたワンピースを着て兎のぬいぐるみを持った子が私であると知られるだけでも恥ずかしいのに、そうなれば自動的にあの子にも知られてしまうこと考えるだけで顔から火が出る思いがする。

 それに隊長が知らない子を戦車に乗せたことを覚えていてくれたならまだしも、もしその事実自体を覚えていなかったとしたら少し気まずくなるのは避けられない。

 どうしたものかと考えているうちに私は2人との別れ際に言い放ったとんでもない一言を思い出してしまった。

 

『絶対あなたたちより上手に動かせるようになるんだから』

 

 幼い私の無鉄砲っぷりが恐ろしい。

 知らなかったとはいえ、西住隊長に対してここまで大それたことを言い放ったのだ。

 まだ私は隊長の足元にすら及んでいないのに、とてもじゃないが「あの時の子供は私です」なんて言えるはずがない。

 

「……嫌よ」

「え~、いいじゃん。一緒に言いに行こうよ?」

「嫌ったら嫌って言ってるでしょ!」

 

 なおもしつこく食い下がってくる姉さんに「もう遅いから部屋戻りなさいよ」と突き放し、話を止めさせる。

 帰り際、「じゃあ私だけでも言ってこようかな」と恐ろしいことを呟いていたので、「勝手に話したらもう絶対甘えさせないから」と言い放って玄関に放り出した。

 

 姉さんは少し不満そうな声をあげていたものの、

「なら、いつかエリちゃんが話せるようになった時は教えてね」

 と笑顔で部屋から出て行った。

 

 黒森峰に来てから隊長やあの子には何も言われたことが無い以上、おそらく、私が昔一緒に戦車に乗った子だとは気づかれていないはず。

 だから姉さんが約束してくれたなら、少なくとも私が話さない限りはあのことが知られることはありえない。

 ホッとしてベッドに腰を下ろすと妙に足が軽く感じて、そういえばさっきまで姉さんに膝枕をしていたことを思い出した。

 

 

 姉さんとの間に生まれていたモヤモヤが解決したのは間違いなく喜ばしいことだと思う。

 でも、その代わりに隊長とあの子に関する別の問題が発生してしまったのもまた事実だった。

 

 どうやら、姉さんの短期編入が終わっても私の悩みは解決しそうに無い。

 

 

 




本筋は次回で完結予定。

完結後はおまけみたいな感じで思いついたら追加していく感じになると思います。


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