オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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執筆参考資料はクレティアン・ド・トロワの「獅子の騎士」、ローズマリー・サトクリフのアーサー王シリーズなどを使っています。
いまそこは常識的に考えてそうしないだろう、というところも多いとは思いますが、あの時代はそういうものなのだと解釈頂ければ幸いです。
前話ではガレスちゃんがアレなことになってるのでキャラ崩壊タグ必要かなぁとも思いましたけど、まぁその辺りは追い追い。もっと酷くなる人が出てから。
ところでガレスちゃんでも短編書きたいね?


第1話 オレ、あるいは仇討ちの旅路

 

 

 

 

「ぜりゃあああっ!!!!」

 

 

 この戦いで一番大きく踏み込んで、振りかぶった剣を勢いよく下ろす。脳天目掛けてから竹割りに。思った通りとはいかなかったが、刃は兜の半ば程まで減り込んで敵を停止せしめた。

 いい感じだ。前よりずっと良い。威力もそうだが、慣れてきた。思い切りよく踏み込んで良い時に踏み込んで、振りかぶるべき時には振りかぶる。そういう勘働きが効いてきている。

 

 

「いい感じだな」

 

 

 口に出して、もう一度。自惚れではない高揚感に唇の端っこが歪んだ。ただ、それもすぐに消える。こんなのは大したことじゃない。自分が目指す高みはもっと遥か先にあるはずだ。

 力なく崩れ落ちた鎧兜は、そんなに怖い敵じゃあない。元々只の練習相手。それも高度な駆け引きとか、熟練の技量とかを持っている相手でもない。素人に毛が生えた程度の敵。ただ剣と盾を振り回す案山子のようなやつだ。

 もちろん只の案山子を斬りつけてるよりは断然いい。特に剣撃の威力、間合いの測り方、体捌きの練習相手にはもってこいだ。

 ただ、逆を言えば、そればかりしか練習できていないということでもある。分かっている。自分には圧倒的に実戦経験が足りていないということぐらいは。

 

 

「‥‥今日はこれで終わりか?」

 

「はい、お嬢様。お疲れ様でございました。どうぞ」

 

「ああ。‥‥ちょっと酸っぱくないか、コレ?」

 

「お疲れの時はそのぐらいが丁度いいんですのよ。さぁお着替えになって下さいませ。お食事の支度も済んでございますよ」

 

 

 世話役の侍女、リュネットから渡された飲み物――果汁を水で割ったものだ――を飲み、促されて広場から離れる。

母上と似た、雪のように白い髪の彼女はオレよりはそこそこ年上で、もう何処ぞに嫁いで子どもがいると言われても不思議ではないぐらいには、まぁ家の周りのことは何でもよく気がつく女性だった。

 お仕着せもそこら辺の女中なんぞとは違う上等なもの。母上が彼女を相当に重用している証だろうか。この城で初めて会った、そして唯一共に暮らす彼女が以前に何をしていたのかは聞いたこともなかった。少なくない時間を二人きりで過ごし、寄せた信頼は深い。

 

 稽古の相手を務めてくれた泥人形が、鎧兜だけ残して崩れ去る。これもリュネットが用意してくれたものだ。彼女は直接の主人である母上から力を借りて、オレではさっぱり分からない高度な魔術を使うことができるのである。

 オレの母上――モルガンは『黒い矩人』と呼ばれる旧い種属の血を引いていて、できないことを探すほうが難しい。他人に異能を授けるなんて朝飯前だろう。

 最後に会ったのはいつだったか。少なくともこの城に放り込まれてからは一度も会ったことがない。

 

 

「なぁリュネット」

 

「はい、お嬢様」

 

「母上はいつ頃、オレを騎士にしてくれるんだ? もう城で剣を振り回して結構経つぜ。オレがまだ未熟者なのは分かるが、正直飽きた」

 

「お嬢様も堪え性が身につかれませんね。さて、かねてより申し上げておりますが、私には奥様のお考えなど見当もつきませぬ」

 

「‥‥だよなぁ」

 

 

 リュネットの用意してくれた、パンとスープの質素な、それでいて不思議と力が溢れる食事を摂りながら口を開いた。

 お食事の最中にお喋りなんてはしたのうございますよ、と注意されるも知らん顔。どうにもオレは我慢ってもんが苦手で、特にどんなにリュネットに言われても、お上品なお作法は全く身につかなかった。

 

 

「‥‥ですが」

 

「ん?」

 

「お嬢様も一通り、武芸の基礎は身につかれたかと存じます。私の見る限りではございますが、有象無象の騎士に遅れをとることはないでしょう」

 

 

 世話と労いの言葉ばかりのリュネットからの、初めての褒め言葉。思わず、少し上ずった声が出る。

 がたり、と机を揺らしてまた怒られた。ぐい、と持ち上がった気持ちも少々の落ち着きを取り戻す。

 

 

「奥様から頂いた傀儡の技では、最早お嬢様のお相手には不十分やもしれませんね」

「じゃあ」

 

「じゃあ?」

 

「あいつを‥‥エスカルドスを倒せばどうだ? 母上もオレを認めてくれるかな?」

 

 

 エスカルドス、とは人の名前ではない。リュネットが魔術で作り出すものとは別の傀儡。この城の護りを任された、母上自ら造られたゴーレムだ。

 この城の入り口は湖に面していて、リュネットみたいに特別な方法で出入りするのでなければ恐ろしい罠を潜り抜けなければ侵入することはできない。そして万が一その罠を超えたとしても、この最強のゴーレム――母上曰く『エスカルドス・ザ・グレート・スカーレット・タイフーン・エクセレントガンマ』。オレがスカタン卿と呼んだらワリと容赦なくシバかれた――が立ち塞がる。

 2メートルを優に超える巨躯。分厚い鎧と鏡のように磨かれた剣。そして前に立つだけで感じる、身の毛のよだつ威圧感と溢れ出る魔獣の力。

 コイツを超えることができれば、オレはこの城で守られる存在ではなくなる。所謂一人前になれるんじゃないかと、オレは少し前から考えるようになっていた。

 

 

「エスカルドス・ザ・グレート・スカーレット・タイフーン・エクセレント・ガンマですね。確かにあの泉の守護者たる彼を倒す力量があれば、騎士としては申し分ないでしょう。しかしお嬢様、奥様が待ってらっしゃるのは、貴女がエスカルドス・ザ・グレート・スカーレット・タイフーン・エクセレント・ガンマを倒すことではないと私は思います」

 

「(長ェな)‥‥どういうことだ?」

 

「奥様が貴女をお育てになっている理由こそが、その答えかと。傀儡では代わりにならぬ、大きな役目を奥様は貴女に期待されているのですよ。直接お育てするのは、適わないながらも」

 

 

 実の母モルガンからは得られなかった、母親のような優しい微笑みを浮かべてリュネットは言った。

 オレを生んだのはモルガンだが、オレを育てたのはリュネットだ。だからリュネットの言うことは何でも信用できる。リュネットがそう言うなら、きっとそうなんだろう。

 

 

「大きな役目、ねぇ」

 

 

 今も覚えている。常人とは成長の速さが違うこのオレが、それでもまだ小さかった頃に見たあの姿を。完全無欠の、あの美しい王の姿を。

 母上は言った。いずれオレが彼の王を倒してブリテンの王座に就くのだと。それがオレの役目であると。誰にも汚すことの適わぬ、あの王をオレが倒すのだと。

 そんなのは無理だ。あの王は美し過ぎる。誰もが彼に憧れずにはいられない、そんな魅力と強さ、正しさを持った完全無欠の王性の具現。だからオレは、こうして母上に従って己を鍛えながらも、きっと自分は母上の思う通りにはならないだろうなという漠然とした確信があった。

 

 

「じゃあ結局しばらくはこうして、泥人形相手にチャンバラごっこ、か」

 

「それはいかがでしょうか。お嬢様の剣の腕も一つ、上の段階に進まれた以上は何か新しいことが―――ッ?!」

 

「‥‥なんだよ?」

 

 

 突然、リュネットが金縛りにでも遭ったかのように硬直した。目を見開き、眉を寄せて。

 今までなかった、真剣な顔と態度。何かあった。それは間違いない。けど泉と森に守られたこの城にどんなことが起こるっていうんだろう。

 

 

「‥‥エスカルドス・ザ・グレート」

 

「あー、長ェ」

 

「‥‥エスカルドス卿が何者と交戦状態に入っています。この前、泉に度胸試しに来た騎士とは別の者です」

 

「はぁ? いよいよこの城も噂話の種になったか‥‥。まぁ、つっても、この前の騎士もすぐに追い払えたじゃんか。そりゃ、あの泉の仕掛けが見つかること自体珍しいとは思うけど、すぐに終わる問題だろ」

 

 

 城へと入る道は、泉に守られている。泉は特別な仕掛けを解かなければ入ることはできず、その仕掛け自体が試練となっているので、生半可な奴ではその試練に突破することはできない。

 そして泉の試練を突破しても、そこにはスカタン―――もといエスカルドスがいる。オレでも未だ勝てるか分からない、母上謹製のゴーレムを突破した者は未だいない。今話した通り、ちょっと前に若い騎士が冒険にやって来たが‥‥エスカルドスにあっさりと蹴散らされて逃げていったぐらいだ。

 

 

「いえ、どうやらそうはいかないようですよ、お嬢様」

 

「あん?」

 

「エスカルドスが敗れそうです。この騎士、先の若者とは段違いの腕前です」

 

「‥‥嘘だろ、母上のゴーレムだぞ。ブリテンで一番の魔女が造ったゴーレムが、そんじょそこらの騎士に」

 

 

 思わず、声が震える。

 あのゴーレムは普通の人間が挑む相手ではない。普通の騎士が、己の名誉を賭けて、冒険を求めて腕を試す相手ではない。殆ど災害のような、竜退治をするような度胸や覚悟で以って挑む相手だ。

 現にこの前の騎士は散々に打ちのめされて逃げて行った。オレもリュネットの魔術で覗き見てたが、そんなに悪い腕じゃなかった。オレと戦り合ったっていい勝負をするだろう。もしかしたら、その時の運によっては負けるかもしれない。

 そのゴーレムが負けそうだとリュネットは言った。いったい何の冗談だ。

 それは、エスカルドスが負けたら、その騎士がこの城に侵入して乱暴狼藉を働くかもしれないという恐れではなかった。絶対強者が負けることによる、己の常識の崩壊への怖れでもなかった。

 それはこの変わり映えのしない日常に吹き込んだ一筋の風。リュネットが言っていた、オレの“これから”をガラリと変えてしまうだろうナニかの予感。

 オレの顔に浮かんでいたのは、決して恐怖じゃあない。

 多分、そう、それはまるで獅子のように。

 楽しげに、嬉しげに、そして挑戦的に。

 オレは笑っていたに、違いないのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 馬を走らせること、7日は経っただろうか。手持ちの食料は尽きて、途中の小さな城で親切な老城主から授けられた弁当だけが頼りだった。

 我が従兄弟、サー・カログレナントの冒険の話をキャメロットで聞いた僕は居ても立っても居られず、すぐさま冒険の風にこの身を委ねて城を発っていた。従兄弟の話とはいえ、それはまるで荒唐無稽。本当にあったことなのか、作り話なのかすら分からないものだったというのに。

 これがきっと、冒険に出るということなのだ。口に出して誰かに教えられるような理由、根拠もなく、ただこれこそが己に課せられた冒険なのだというがむしゃらな確信だけが頼りの出発。ガウェインも、ランスロット卿も、ガレスちゃんもきっとそうだったのだろう。

 とにかく静かに、うっかり誰かに付いてこられないように。とにかく早く、誰にも知られないように。僕は馬を走らせる。この冒険を誰にも渡すつもりはなかった。カログレナントには悪いが、彼の失敗というのは、おそらくは僕をこの冒険に導くためのものだったに違いない。

 

 

従兄上(あにうえ)、誓って此れは本当のことにござる。(それがし)、口が回らぬ故に御婦人との縁には恵まれないとケイ卿などには言われまするが、こればかりは真実にござる。そして信じて欲しいことがもう一つ。某が決して意気地なしなどではないということにござる』

 

 

 かぱら、かぱらとゆったりとした並足で駆ける愛馬の背で、僕はあの日のカログレナントの必死な様子を思い出していた。

 あの生真面目で一生懸命な従兄弟が話した、面白おかしい冒険の話を。

 

 

『最近とんとキャメロットにはご無沙汰にござったが、某、ひと月ほど前にプロセリアンドなる森まで冒険に出かけてござる。まるで魔法のごとき目に遭い、何とか某の五体と此の冒険話のみ持ち帰ることができたという始末。しかし某が特別臆病で弱虫というわけにはござらぬ。とにかくこの摩訶不思議な話を皆様にもお聞かせしたくござる』

 

 

 本人の語る通り、カログレナントは決して臆病な男ではない。特別武勇に優れたというわけではないが、円卓に名を連ねる騎士として恥ずかしくない腕前を持っている。

 ただ何というか、どうにも自分の力量では対処しきれない冒険ばかりが彼の下に降ってくるという羨ましい運命に恵まれているらしい。そしてその失敗談を、少しも恥ずかしがることなく、臆面もなく面白おかしく語ることができるという宴会向きの性格をしていた。

 

 

『運命の風に吹かれるままに森の近くに向かっていた某でござるが、その近くの城にて親切な領主と美しい御令嬢の元で一夜の宿を頂戴し、その夕餉の席にて拙者にうってつけの試練の噂を得たのでござる』

 

 

 この従兄弟殿にうってつけの試練というのは、当然ながら彼が勇敢に挑んだ挙句に這々の体で逃げ帰るまでの一連の流れを言うに違いない、と僕はガウェインと笑いあった。

 もちろん古風な喋り方のカログレナントがその失敗を気にするということもない。そんな彼の周りに老若男女を問わず、彼の冒険譚を聞こうと人々が集まってくるのは当然の流れなのだろう。

 

 

『彼らの話に従って、巨人が荒くれ野牛を御す危険な牧場を越え、某は不可思議な泉へと辿り着いたのでござる』

 

 

 氷のように冷たく、熱湯のように沸騰した魔法の泉が、森の真ん中に佇んでいた。カログレナントはその時の興奮は人生で一番だと語り、そして泉の美しさもまた人生で一番だったと謳った。

 そして先の牧場の主人である巨人の言葉に従って泉の試練を破ったカログレナントは、、彼の運命がまぁいつも通りに示す通りに、新たな試練に出逢ったのだ。

 

 

「‥‥ここが、カログレナントの話していた泉か」

 

 

 成る程、それはこの世のものとは思えない美しい泉であった。

 大きさは大したことはないだろう。キャメロットの中庭ほどだろうか。ぼこぼこと恐ろしげに泡を立てて沸騰しているのに、馬から降りて近づけばその湯気は氷のように冷たかった。

 底が見えるほどに透き通っているのに、動物は誰も近づかない。泉の先には馬一匹が通れるぐらいの小さな道が続いていて、なるほど、この道を守るための魔法の泉なのだなと一人で合点した。

 この泉、こんなに美しい水を湛えているのに動物どころか小鳥一匹近寄る様子がない。並人ではこの泉を超えることはできないのだろう。指一本でも浸ければタダでは済むまい。

 現代人の感性からすれば何とも不思議なことだが、僕の過ごすこの時代の人々というのは、こうした閃きじみた理由も定かでない確信を得る能力を持っていた。これを無視して、良いことがあったという話はついぞ聞いたことがない。

 

 

『その泉は何をしても渡ることはできないと。ですが一つだけ。この泉の側のエメラルドの岩に泉の水をかけることによって、その先への道が拓けると聞いてござる』

 

 

 泉は様々な岩や石で囲われていた。それは宝石、鉱石、とにかく多種多様で統一感というものがない。しかし雑多な中にある美しさは失われていなかった。

 その中でも一際美しいのがエメラルドの巨岩であった。近くには金の鎖で吊るされた手桶のようなものがあって、おそらくはこれを使えばいいのだろう。

 この得体の知らない泉、できれば一滴も水を浴びたくないものだ。僕は鎖を使って何とか器用に桶に水を汲み、素早くその中身をエメラルドの巨岩に撒いた。

 

 

『某も具体的なやり方というのは城主殿ではなく、牧場の巨人から聞いてござるが‥‥いやはや、あれほどの試練とは思わなんだ』

 

 

 カログレナントは多くは語らなかった。この試練については、語るよりも自ら挑んで体験した方がいいと思ったのだろう。

 エメラルドの岩に水がかかった次の瞬間、まるで天地が一変したように凄まじい風が吹き、湖の水は竜巻のように荒れ狂い、僕は立っているのも難しくて必死で地面に五体でしがみついた。

 轟々と吹き荒ぶ風に息を吹き込まれたように木々は身体を捩り、鞭もかくやと手当たり次第に地面を打ち付ける。この惨状を引き起こした僕を叩き潰そうと、めくらめっぽうに。

 馬を離れたところに繋いできて本当に良かった。近くの木々に繋いでいたら、今頃真っ二つに引き裂かれてしまっていたことだろう。

 一番最近に叩かれた地面のそのクレーターを這うようにして移動しながら、僕は何とか木の鞭を躱す。鎧兜なんて役に立つはずがない。腰に佩いた祖父の形見はともかく、槍なんてとっくに手放していた。

 

 

「‥‥わぁ、神様」

 

 

 ――どれだけの時間が経ったのか。いつの間にか風は止み、木々はその怒りを収め、鳥の声も聞こえぬ静寂が訪れた。

 その時の気持ちは何とも言えないものだった。凝縮された自然の脅威、怒りを無様ながらも何とか克服した喜び、拭いきれずに残る恐怖、そんな身の程知らずな挑戦を適当な気持ちでしてしまった後悔、それらがごちゃ混ぜになったものだった。

 カログレナントはこの体験を、死ぬかと思ったと端的に表現していたが‥‥成る程、その時はなんて大袈裟な、と皆が馬鹿にしたが、これは確かに恐ろしい体験だった。

 

 

『無論、これで試練は終わりというわけではござらぬ。謂わば此れは挑戦者が真の勇者たるやを問うもの。そして次は―――』

 

 

 全てが終わった泉は、その様相を一変させていた。

 鬱蒼と茂っていた草木は頭を垂れたかのように、弱り果てたように疎らに見え、泉の水は全てが竜巻と共に消え去って、枯れ果てている。そして泉の先の小道へと渡れるようになっているのだ。

 度胸のない者、あの悪魔が荒れ狂ったかのような風雨に耐えられなかった者では泉を渡る資格を問われる権利すら与えられない。胆と勇を試されて、次は順当に行けば武を試される。

 

 

「‥‥問おう、そこもとは何者か」

 

 

 長く深く息を吐き、心を落ち着けてから口を開いて尋ねる。

 そこには一人の立派な騎士が立っていた。

 素肌の一切、目元すらも見せない赤錆びた全身甲冑に身を包み、恐ろしく重厚な盾と素晴らしい拵えの剣を持っている。そして見上げるような巨躯。円卓の、いや今まで会ったどんな騎士よりも大きい。

 でも一番に感じたのは、圧倒的な戦氣(オーラ)だ。台風に押されているかのような、全身の関節を針で突き刺されるような、足の裏が地面から浮いてしまいそうな威圧感だ。

 アーサー王やランスロット卿、ガウェイン達と本当の本当に敵として戦場で会えば、こんな風に感じるのだろうか。それとも竜退治にでも行けば、魔獣や魔法使いを仕置きに行けばこんな風に感じるのだろうか。

 恐ろしい。生まれて初めて、この身を翻して逃げてしまいたいという衝動に駆られる。

 嬉しい。生まれて初めて、この身を真っ二つにされたって戦いたいという衝動に駆られる。

 

 

「我こそはウリエン王の嫡子にして、円卓の名高きアーサー王の騎士、イウェイン也。過日、我が従兄弟(おとうと)、サー・カログレナントが此の地にて着せられた汚名を(そそ)ぎに参った。そこもとはカログレナントを打ち負かした騎士也や?」

 

 

 お世辞にも武芸が達者とは言えない従兄弟(おとうと)は、真実勇者であった。憚りながらもガウェインと競り合える腕を持つ此の僕が、ここまで震える。そんな相手に勇敢に挑んでいったのだから。

 ‥‥深くお辞儀をしてから堂々と問うたが、こちらを見ているのかすら分からぬ赤錆の騎士は何も返してくれない。立ったまま寝てるのか? いや、そんなことはあるまい。となると馬鹿にされているのか。相手にもならぬと、侮っているのか。まさか、このイウェインを。

 

 

「返す言葉なし、か。とはいえカログレナントを一敗泥に塗れさせたのは卿に違いあるまい。そも豪傑たらんとする者がこうして出逢い、交わす言葉がない。なれば、刃を交えて腕を試すのが騎士の慣い。卿が案山子にあらず、その武具が虚仮威しでないならば。このイウェインの挑戦を受けるがいい!」

 

 

 カァッと頭に血がのぼる。僕は昔から他人に侮られるのが大嫌いで、人一倍プライドが高いだけに色んな騒動を巻き起こす。特に、無視されるのは殊の外に腹が立つものだ。

 ギシリ、と赤錆の騎士の鎧が軋む。兜の目庇の奥に、赤い光が灯ったような錯覚。地を指し示していた鋒が、ゆっくりと上がった。

 

 

『某、その騎士にこてんぱんに打ちのめされてござる。ほうほうのていで逃げ帰って、何とか命だけは取り止めた始末。本当はこうして喋るのは気の進まぬものでござったが‥‥ケイ卿、王妃様に請われてはお聞かせするより他はなし。従兄上(あにうえ)、ここだけの話、某は悔しゅうござる。某は彼の赤錆の騎士に、まるで見向きもされなんだ。もののついでに吹き飛ばされ‥‥。嗚呼、せめてこの身を捨ててでも一太刀入れられていれば』

 

 

 なんでもないように語ったカログレナントは、不器用にも笑いながら悔しげに口元を歪ませていた。

 ならばこの冒険は仇討ちでもある。確かにカログレナントは赤錆の騎士の相手にもならなかった。それは彼の未熟ゆえのことで、彼の責任である。

 しかし僕がこうして、彼を慰めるためにも戦う理由には十分にすぎる。現代人の感性ではどうでもいい、しかし僕を確かに形作っている存在するこの時代の精神性は、迷わず挑戦を選んだ。

 祖父の形見の漆黒の剣を抜き放ち、大上段に構えた。この鋭い一振りにて、先ずは目にもの見せてくれる。

 

 

「この挑戦、受けてくれるものと見た。いざ尋常に勝負!」

 

 

 赤錆の騎士がゆっくりと盾と剣を構え、圧を放つ。それに応えて僕は盾を投げ出し、両手で剣を構え、気合一声駆け出していった。

 親切な城主と美しい御令嬢には会えた。荒々しい野牛たちの牧場と、恐ろしい巨人の牧場主にも会った。ならば冒険の締めくくりには勇敢な騎士への挑戦こそが相応しい。

 あれほど憧れた冒険と挑戦を前に鋒が熱を持ったかのようだ。

 このシンプルな時代にシンプルな喜びに満ちて、僕は大上段に構えた剣を全力で振り下ろした。

 

 

 

 




次の投稿は早くて2週間後になります。諸事情によりフリック入力でしか執筆できない!うーん、なんとか頑張ります。
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