オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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無事!帰国!
というわけで帰国後初の投稿は、いつもより少し長めで御用意いたしました。
さくさくと読める話にしたかったのに、相変わらずのチンタラ文章。誠に申し訳ない‥‥。
一応11話、12話程度で完結させる予定なのです。どうぞよろしくお願いします!


第5話 オレ、やがては―――

 

 

 

「お嬢様、朝ですよ? もうお食事の支度は済んでございますよ?」

 

 

 静かにカーテンが開けられ、朝の光がベッドを照らす。陽射しは暖かく、風は涼しい。この泉の城はいつもこんな良い天気に恵まれていた。

 生まれた時からだろうか、オレは寝起きが悪い。自分でも分かるぐらいに。リュネット以外に起こされたことはないけど、多分このやり方以外ではまともに起きられないだろう。

 リュネットはいつでも最初にカーテンを開けて、オレが陽射しで温まってから窓を開ける。そうして涼しい風でオレの頭が覚醒してから、声をかけてくれるんだ。

 それでやっと、オレはベッドから体を起こすぐらいの元気が出る。まだ身体は全然動いてくれない。頭は起きたけど身体は寝てるんだ。ボサボサになってしまった髪に櫛を通し、服を着るのを手伝ってもらって、漸く足腰がしゃんとする。

 顔を洗うのはそれからだ。ある程度しっかり起きないで顔を洗うと、びしょ濡れになっちまうからな。

 卓の上には、今日も違う花が飾ってあった。リュネットは花を育てるのが趣味で、畑かってぐらい立派な花壇がいくつもある。毎朝の決まりで、オレは花弁を一つ摘み取って指先で弄んだ。

 ‥‥特に、意味はない。花ってのは、そんなに長いこと咲いてられるわけじゃないからな。だから、こうして一番近くに持ち歩いておきたいって思うだけだ。飾られてるだけじゃ、一瞬しか見てられないからな。

 

 

「おはよ、リュネット」

 

「おはようございます、お嬢様。今日も少し早く支度ができましたわね」

 

「そうか? 別に、いつもと変わんねぇだろ」

 

「いいえ。イウェイン卿がいらっしゃってから、段々と色んなことがお一人で出来るようになっておりますよ。やはり騎士たる者、身の回りのことは自分でやらないといけませんものね。リュネットは少し寂しゅうございますけれど」

 

「そうかなぁ‥‥?」

「然様でございますよ。お嬢様のことはリュネットが一番よく存じ上げておりますので」

 

 

 さ、参りましょうかとリュネットに言われ、歯を磨き、顔を洗って、もう一度軽く髪を梳ってもらってから部屋を出た。

 城、というよりは砦か(やしき)に近いだろう。この城はそんなに大きくない。まともに使ってる部屋はオレと、リュネットと、もしものための客室が二つぐらい。あとは倉庫の他にリュネットが魔術の何たらに使う部屋(こうぼう)とか、オレの病室(ちょうせい)に使ってる部屋とか、厨房とか風呂とかだ。

 その代わり中庭はすごく広い。陽当たりも風通しも良くて、オレが思う存分暴れまわっても大丈夫だ。この城はそもそもオレのために母上(モルガン)が用意したものだから、オレに都合のいいように造られているのは当然だった。

 

 

「――おはよう、ローディーヌ。よく眠れたかい?」

 

「ようイウェイン。今日こそはその髭剃ってこいって言ったろ?」

 

「昨日しっかり断ったはずだろ。僕の城ではね、髭が生えてなきゃ一人前じゃないんだよ」

 

「くっだらねぇ。そーいうの、男尊女卑ってんだぜ。つかアーサー王だって生えてねぇし」

 

「だから僕の城ではって言っただろ。ていうか僕に髭が生えてようがなかろうが君には関係ない」

 

「見苦しい」

 

「失礼な」

 

 

 食卓には既に師匠(仮)がついていた。白湯を飲みながら、のんびりと香草を燃やして煙を味わっている。香を焚くのが流行りって聞いたことはあるけど、まさか煙を吸い込んで楽しむヤツがいるとはな。変なやつ。

 さて、オレが座れば、リュネットは速やかに食事を運んでくれる。といっても朝飯に変わり映えなんてあるはずもない。パンとスープと、少しの果物。これで十分だ。

 

 

「君、もっと食べた方がいい。腹が減っては戦働きなんかできないぞ」

 

「燃費がいいって言えよ。食糧だって今はほら、大変なんだろ? 省エネ‥‥とか? しなきゃな。民草ばかり飢えさせないでさ」

 

「いいや、たとえソレが無味乾燥な穀物や野菜の山でも腹を膨れさせなければ戦えない。戦えなければ民草も守れない。だから食べなきゃいけないんだ。たとえソレが、芋の山でも‥‥!」

 

「‥‥そんな力説することか?」

 

 

 ‥‥元々オレはそんなに食が太くない。まだ身体が出来上がってないんだ。外見は一丁前でも、中身が未完成だから仕方がない。

 まぁ食べ過ぎたら死ぬってわけでもないし、少し多めに食べとくか。リュネットもなんだか嬉しそうにしてくれるし。やっぱ作った料理、残されると悲しいのかな?

 

 

「で、今日はどうするんだお師匠様(イウェイン)? また午前中いっぱい打ち合うか?」

 

「‥‥そうだな、そろそろ新しいこともやっていきたいところだ。そういえばローディーヌは馬には乗れるのかい? よく考えてみたら君の馬術を見てなかったね」

 

UMA(ウマ)‥‥?」

 

 

 なんとか腹を壊さない程度に朝食を平らげ、白湯で一息ついたら今日一日の作戦会議だ。もうイウェインとの稽古もそこそこ経って、オレ自身でも成長が感じられる。今ではイウェインの奴も手加減を緩め、片手じゃなくて両手で相手してくれるようになった。

 となると俄然、次の進歩のための新たな稽古が待ち遠しくなる。欲が出る。出し過ぎた時はよくできた師匠が止めてくれるから、オレは思う存分に暴走したって構わない。

 そうやって「さぁ新たなメニューを寄越せ」と前のめりになったオレに投げられたのは、全く予想外な言葉だった。

 

 

「ウマ、か‥‥。いや、乗れるんじゃねぇかな。乗ったことねぇけど。ほら、オレはわりと何でもできるし。騎乗Bとかついててもフツーじゃん? なぁリュネット?」

 

 

 馬、それは予想外。

 一回だけ母上にキャメロットに連れていってもらったことがあった。その時に馬を見た、ような記憶はある。

 というのも、あの日は馬どころか母上とリュネット以外の人間に会うのも初めてだったのだ。この城以外の建物を見るのも初めてだった。街道も店も兵士も、とにかく何から何まで初めてのものばかりで、オレの記憶に鮮やかに残っているのは遠目に見た“理想の王性”、それだけだった。

 つまりオレは馬がどういうものなのか思い出せなくて、とりあえず乗り物だということぐらいしか分からなかったのだ。

 

 

「そうですね、お嬢様は騎乗Bぐらい持ってらっしゃるはずですよ。馬に乗ることも簡単‥‥とはいかないでしょうが、初めてのことですし、でも心配するほどのことではございませんよ? 初めてのことですけど」

「何なんだい、そのアヤフヤな言い方は」

 

「何分その、ああ何度も申し訳ありません、ですが初めてのことですので。私もすっかり騎乗のことは忘れておりました。私はその、あまり動物に好かれませんで。ほほ、ほほほ‥‥」

 

 

 ちょっと動揺したオレにつられてか、リュネットも何だか調子が悪そうだ。けどリュネットがそういうなら、確かにオレには“騎乗の才能(スキル)がある”のだろう。オレの性能(スペック)を一番よく知ってるのは、俺じゃなくて母上とリュネットだ。

 で、どうやって練習するんだ? ぶっつけ本番ってのは流石に無理がある。つーか、この城に馬なんていたか?

 

 

「‥‥もちろん馬などおりませんわ。生き物を飼うというのは大変ですのよ、お嬢様。でもご安心下さいませ、リュネットがすぐに用立てて参ります。そうですね、明日には練習を始められるでしょう」

 

「早いな。まぁ善は急げだ、それで頼むぜ。いいだろ、お師匠様(イウェイン)?」

 

「あぁ、構わないよ。騎士として登城するなら騎乗は必須だ。戦に出るにも、馬上槍試合(トーナメント)に出るにもね」

 

「‥‥馬上槍試合(トーナメント)?」

 

 

 聞き慣れない言葉に、首を傾げる。すると目の前の髭面は少し意地悪そうに、悪戯っ子のような顔で笑ってみせた。

 馬上槍試合(トーナメント)はいいぞ。冒険に恵まれなかった僕の唯一の楽しみと言ってもいい。馬上槍試合(トーナメント)は騎士の嗜み、使命の一つさ。君もすぐに気にいるよ。

 そう言って、奴は笑ってみせた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ローディーヌとリュネットと、僕。師弟とも好敵手とも友人とも言える不思議な共同生活は、思ったよりも長く続いていたらしい。暫くぶりに僕の髭は伸びすぎていて、確かにローディーヌの言う通り、少し手入れが必要だった。  

 彼女の剣技は一対一の稽古で教えられる段階を超えた。これ以上は彼女が自分自身で鍛え上げて、必要なら助言をしてやればいい。もう手加減も殆ど――まぁ百戦えば百は勝つ自信があるが――必要ないし、最後に教えた馬術も十分な練度に達したと言える。

 本当に、ローディーヌはとんでもない才能の塊だった。彼女を主人公にした物語があるなら、それはアイルランドの光の御子のような武勇譚になるんじゃないだろうか。

 まだ自分のスタイルを突き詰めてこそいないが、型に囚われずに色々試すようになってからは活き活きと剣を振るう。手癖もそうだが足癖も悪い。大地を踏みしめて戦うよりは、飛び跳ねたり駆け抜けたり、そういう戦い方が合っているらしい。

 思い切りの良さはアーサー王に似ているし、嫌味のない爽やかさはガウェインにも似ている。特に我が王、あの方は偶に思いもよらないことをしでかすから、側仕えのベディヴィエール卿やアグラヴェイン卿はいつも冷や冷やしているのだ。

 

 

「しかし君、槍はほんっっっとに下手だな」

 

「んだよ文句あんのか?!」

 

「下手は言い過ぎた。それなりに使えてはいる。だからこそ文句だらけだよ。剣を振らせれば円卓の騎士に匹敵する腕前なのに、どうして槍は十人並なのかなぁホント」

 

 

 で、馬に乗れるようになったら次にやらなきゃいけないことがある。それは槍の使い方、戦い方を覚えることだった。

 馬上槍は合戦の時、騎兵が突撃(チャージ)するのに不可欠の武器だ。もっともログレス王国はもっぱら歩兵が主体で、馬といえば将軍達の乗り物だった。しかも将軍、というか円卓の騎士には槍使いが少ない。特に有名な騎士――ガウェイン、ランスロット卿、ガレスちゃん、ホモ、あと僕とか――は魔剣や聖剣が主たる得物で、槍は殆ど使わない。

 ではなぜ僕がこんなにローディーヌに槍の使い方を熱心に指導するのかと言えば、合戦や決闘、殺し合いとは別の使い道があるからなのだ。

 

 

「いいじゃねぇか槍なんて使えなくたって。お前だってその鴉の魔剣(ケンヴェルヒェン)が得物だろ? 俺も母上に魔剣の一本でも用立てて貰えば‥‥」

 

馬上槍試合(トーナメント)に出られないだろ、槍が使えないと」

 

「だからなんなんだよ、その馬上槍試合(トーナメント)ってのは!」

 

 

 騎士の誉れとは何だろうか。

 一つは当然、清廉潔白であること。正義を重んじ、正々堂々、卑怯と悪を許さない。ただ、その振れ幅というか許容範囲については個人差がある。卑怯ではないが慇懃無礼なランスロット卿とか、ドMの変態(ガレスちゃん)とか、ただの変態(トリスタン卿)とか、ホモとかいるし。

 一つは貴婦人を重んじること。貴婦人の頼みはどんな困難であろうと断らず、己の愛を捧げるべき貴婦人と出会えたら騎士の本懐といってもいい。メレアグランス卿なんかは露骨でヒくが。

 一つは冒険に出ること。その先で勇敢な騎士の挑戦を受けたり、魔物を倒したり、悪を懲らしめたりすればなお良い。神の遺した奇跡に預かるのもこの上ない名誉なことだ。

 ‥‥そして最後の一つ。これが肝心。

 馬上槍試合(トーナメント)で己の武勇と勇気を示すことだ。

 

 

「それ、そんなに大事なことか?」

 

「勿論さ。馬上槍試合(トーナメント)はただの決闘や試合とは違う。集中力、筋力、気迫、馬術、そして何より勇気が試される。だから騎士は挙って馬上槍試合(トーナメント)での名誉を求めるんだよ」

 

 

 それは槍と盾を構えて、ただぶつかり合うだけに見えるだろう。しかし、その激突には騎士に必要なもの全てが詰まっているのだ。

 互いの全てを、避けずにぶつけ合う。これは本当に勇気が必要なことなのだ。いわゆる刃引きした、試合用の槍は使う。けど当たりどころが悪ければ当然、待っているのは死だ。

 もし避ければどうなるか? 全力で交差するのは、この相手が受け止めてくれると信じているからだ。信じた相手に避けられたら、こちらもただでは済まないのだ。だから互いに互いを信頼して、己の全てをぶつけ合うのだ。

 そこには名誉を求めて、名誉を賭けて、騎士が騎士たらんとする瞬間がある。あれは一度味わえば堪らない。一度その“本当”を知ってしまえば、勝っても負けてもいいんだ。観客もそれが分かっているから、勝者にも敗者にも惜しみない賞賛が与えられる。

 

 

馬上槍試合(トーナメント)で堂々と戦えなければ、先ず一人前の騎士とは言えない。特に君がもしキャメロットで円卓に叙されたいと思うならば、ひときわ誉れ高い活躍や戦い方、勝ち方が求められる」

 

 

 熱く語る僕にアてられたのか、ローディーヌも若干ながら頬を染めて興奮した様子だった。

 そうだろう、そうだろう。およそ冒険の風に恵まれなかった僕にとって、騎士の名誉を示す機会(チャンス)馬上槍試合(トーナメント)だけだったんだ。馬上槍試合(トーナメント)に賭ける情熱は円卓一と言っても過言じゃない。

 

 

「‥‥で、実際のところ、どうすりゃいいんだ? 槍の使い方は教えてくれたけど、馬上槍試合(トーナメント)のやり方なんて教えてくれねぇじゃんか」

 

「こればかりは教えようと思ってもねぇ。ただ此処で二人でやったって仕方がない。実際に試合が開かれて、そこでやってみないとね」

 

「お前はどうしてたんだよ?」

 

「僕はキャメロットに登城してからは殆ど彼処から動いてない。だからキャメロットで開かれる馬上槍試合(トーナメント)に出てばっかりだった」

 

「じゃあオレもそれに出るぜ! 優勝でもすりゃ、アーサー王も円卓の騎士共もオレのことを認めてくれるだろ?」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべ、一番弟子(ローディーヌ)が槍を振るう。それなり以上に様になっているが、まだ青い。剣に比べて槍はどうにも才能が人並みだ。

 確かにローディーヌの言う通り、キャメロットの馬上槍試合(トーナメント)で優勝ができれば話は早い。そんな騎士をアーサー王が放っておくわけがない。

 

 

「‥‥いや、ダメだ。残念だが今の君では役者不足だ。キャメロットの馬上槍試合(トーナメント)はブリテンはおろか、プロヴァンスも含めて一番だ。ローマにもあんなに大きくて苛烈な馬上槍試合(トーナメント)はない。君では勝てないし、名を上げることも出来ないだろう」

 

「オレを見縊ってるのか?! バカにしてんのか?!」

「師匠として、友としての忠告だ。下手に怪我して騎士としての将来を潰す、そんな若者は山程いる。君にはそうなってほしくないんだ」

 

 

 人生の先達としての真剣な言葉だった。ローディーヌは無鉄砲で考えなしなところがあるが、馬鹿ではない。だから僕の言葉の真実を悟り、口を噤んだ。

 しかし分かりやすい結論に飛びつきたがるのは彼女の悪い癖だ。僕はできる限り柔らかく笑いながら、口を開いた。

 

 

「別にキャメロットばかりで馬上槍試合(トーナメント)をやってるわけじゃないぞ。殆どの騎士は色んなところの馬上槍試合(トーナメント)で名を上げていくものなんだ。遠回りにはなるけど、それが確実だ。というか、普通だ。とはいえ一つの城で続けて何回も開くものじゃないから―――」

 

「―――成る程な、そこで冒険の旅ってわけだ」

 

 

 さっきよりも活き活きと、ワクワクとした笑みをローディーヌが浮かべる。僕も同じように笑った。

 馬上槍試合(トーナメント)の旅。冒険の風に吹かれる旅とは少し毛色が違うけど、騎士にとってはメジャーな旅だ。途中で新たな冒険に巡り合うこともあるかもしれないし、きっと楽しい旅になるだろう。

 僕も昔の、居城からキャメロットに来るまでの、騎士としての最初の旅は今でも鮮明に思い出せる。実際には何も起こらなかったけど、毎日ドキドキワクワクしながら馬を進めていた。

 ローディーヌが、彼女が騎士になりたいならば、それはうってつけの旅になるだろう。そして間違いなく、僕にとっても。

 

 

「よし、決まりだな。馬もあるし、準備できたらすぐにでも出発できるぜ。あ、でも‥‥」

 

 

 ふと、ローディーヌが萎れたように振り向いた。視線の先には、微笑みを浮かべたリュネットがいた。

 あぁ、そうだろうな。ローディーヌにとって、リュネットは生まれた頃からずっと一緒にいた掛け替えのない友人。実の母と疎遠な彼女にとっては母代わりでもあると聞く。

 離れるのは、辛かろう。それも騎士の試練だなんて、薄情なことはとても言えやしない。でも、リュネットは寂しそうにしながらも微笑んでいた。

 

 

「‥‥お嬢様は、そう仰られると思っておりました」

 

「リュネット」

 

「その先は、仰ってはいけませんよ。奥様はお嬢様に、立派な騎士になってほしいと思ってらっしゃるんですから。剣の修行も十分。リュネットはいずれ、いえ、すぐにでもお嬢様がこの城を去られることは分かっておりました」

 

「リュネット、いいのか?」

 

「良いも悪いもございません。リュネットのことは気にせず、お嬢様の心の赴くままに。それがリュネットの願いです。今生の別れでもないのに、どうされたんですか? お嬢様らしくありませんね」

 

 

 しょんぼりと、ローディーヌはリュネットの肩に手を置いた。小柄なローディーヌだから、リュネットに縋るような形になる。置いていく方なのに、まるで置いていかれるかのようだった。

 そういえば彼女の歳は幾つなんだろうか。ローディーヌはすごく子どもで、そしてゆっくりとローディーヌを抱きしめるリュネットはすごく大人に見える。

 

 

「‥‥ローディーヌ様。いえ、“モードレッド卿”」

 

「モード、レッド‥‥?」

 

「騎士になる方が、淑女の名前では格好がつきませんでしょう? 今度からはモードレッド卿と名乗りなさいませ。奥様からの言いつけですわ。女と知られないようにと、ね」

 

「まだ、あんなこと考えてたのかよ母上は」

 

「ふふ。さぁ、鎧と兜を御用意しましょうね。イウェイン卿、貴方にも。エスカルドス・ザ・ぐり‥‥エスカルドス卿に、鎧は壊されてしまったでしょう?」

 

「‥‥ありがとう、僕のぶんまで」

 

 

 あの赤錆の騎士、噛むぐらい長い名前だったのか。

 ともかくリュネットはてきぱきと稽古の道具を片付けていく。用意はすぐには整わない。出発は明日の夜明けぐらいになるだろうと言った。

 僕はそれは早すぎるんじゃないかなと思ったが、リュネットは聞かなかった。自分だって別れるのは寂しいから、出発は早くして欲しいと。

 その気持ちは分からないこともない。だから世話になってばかりだし、素直に彼女の提案を受け入れることにした。

 ローディーヌ――モードレッドも、それから同じようにリュネットに従った。それらしい話もせず、いつも通りに夕飯を食べて、いつもより早く起きて出発の用意をした。

 二人で馬術の練習をした馬二頭。荷物と兜や盾、槍を積んで、僕達は鎧姿で徒歩だ。新しい鎧は驚くほど軽くて、これなら徒歩の旅も苦労はしないだろう。僕のは多分、というか確実にあのエスカルドス卿の鎧を直して黒く塗り変えたものなんだけど。

 まぁ、見送られるのは二人、見送るのは一人。だから旅立ちもこんなものなのかもしれない。

 

 

「‥‥あぁ、お二人とも。一つだけリュネットと約束をして下さいまし」

 

 

 朝靄に霞む門の向こうに、泉に繋がる道が見える。

 小鳥の囀りも、虫の声もない静かな朝。じゃあ行こうか、という時。今までになく真面目な顔で、どこか怖く感じるぐらい真剣な様子で、リュネットは言った。

 

 

「一年です。必ず一年経つ前に、一度は戻ってきて下さい。絶対に約束して下さい。お嬢様、リュネットがここまでお願いする理由は、お分かりですわね?」

 

「‥‥あぁ、わかってる」

 

「イウェイン卿も、お約束してください。必ず一年で、お嬢様を連れて帰ってきて下さいまし。理由はどうぞ、お尋ねにならないで」

 

 

 モードレッドは寂しげに頷いた。リュネットの真剣な様子と、いつになく殊勝なモードレッドの様子。何かある、とは思った。けど僕はこの二人がたまらなく好きだったから、何も言わずに頷いた。

 ブリテンはそんなに広くない。一年もあれば当初の目的を果たすには十分な期間だ。僕はそんなに旅慣れた方じゃないが、カログレナントから色々聞いてる。よく注意すれば、きっと大丈夫だろう。

 

 

「くれぐれも、お願いします。お二人とも、どうぞ無事にお戻りくださいませ。少しの間、リュネットは暇を頂戴しますが‥‥お帰りを心からお待ちしておりますわ」

 

 

 あぁ、またな。元気でね。そんな簡単な別れの言葉を残して、去っていく。

 すぐに城は靄の中に消えて見えなくなってしまった。泉も同じように、通り過ぎれば消えていく。まるで魔法のように、夢のように。

 確かなのは、僕の着込んだ――おそらく魔法の――鎧。それと隣を歩く新たな相棒の姿。

 寂しそうな表情は消えて、毅然と前を向いて歩いている。なんとも頼もしく、危なっかしい新米騎士。でも旅立ちを経て、それだけで成長した一番弟子。

 僕の下に冒険の風を吹き込んでくれた彼女を連れて、一体どんな旅になるんだろうか。そして旅を終えた時にも、きっと何かが待ってるはず。

 やがて晴れ渡り、姿を見せる青空を二人で眺めながら。今しばらくの間は言葉もなく、僕らは冒険の旅へと歩き出していったのだった。

 




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