オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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帰国、研修、転勤と盛りだくさんな毎日ですっかり遅れてしまいました。
漸く生活が落ち着いて、念願の更新です。
アポアニメ……ホント、よかったです。


第6話 オレ、あるいは花びらの騎士

 

 

 

 

 政務が終わり、キャメロットの回廊を一人で歩く。白亜の回廊は寒々しく、しかし職人達が力を振るった細工があちらこちらに施してあって荘厳であった。

 ログレスは未だ蛮族や海の向こうの国の侵略者に脅かされている。しかし王として、戦以外にもやらなければいけないことは山積みであった。優秀な政務官達のおかげで何とかなっているが、やはりこういうことは向かない。昔から騎士に憧れて剣を振り回すことはあっても、王に憧れたことはなかったから。

 ああ、いけない。別に言い訳をするつもりはない。王になることを決めたのは、私なのだから。苦手なことがあっても、出来ないことがあったとしても、騎士達や政務官達の力を借りる。そして責務から逃げることだけは絶対にしない。

 そうしなければ、この王国をまとめ上げることなどできはしないのだから。民草が求めた王性だから、というだけではない。そうしなければ騎士達はまとまらず、そしてこの国は滅ぶだろうから。

 

 

「――アルトリア」

 

 

 誰もいない回廊に、声が響いた。昔、聞きなれた優しい声が。

 柱の陰に、闇が佇んでいた。靄のような、影のような。質量はなく、その空間を塗りつぶすように。開いた扉の陰、微妙に蓋のずれた箱の中のような先を見通せない闇。

 そして其処から姿をあらわす一人の女性。現れるまでは全く気配を感じさせず、現れてからは誰もが目を惹かれる美しい女性。

 

 

「姉上‥‥」

 

 

 燻んだ金色の髪と、神々しい魔力を放つ瞳。被った薄いヴェール越しにも、その美しさは見るものを惹きつける。

 モルガン・ル・フェイ。かつての義理の姉にして、今は実の姉。そしてブリテンのだれもが忌み嫌い、アーサー王の仇敵として知る魔女。

 私たち2人の他に誰もいないキャメロットの回廊で、姉上(モルガン)は我が家にいるかの様に自然体だった。かつて共に過ごした小さな屋敷にいた時の様な優しい微笑みを浮かべて近づいてくる。

 

 

「ああ、アルトリア。久しぶりですね‥‥少し、痩せたかしら?」

 

 

 姉の方が少し背が高く、ヒールも履いているから、彼女に抱きしめられると包み込まれているかのようだった。私は姉に抱きしめられるのが好きだった。

 私が無防備でいられる、数少ない人達。義兄(ケイ)義父(エクター卿)と過ごしていたときのことばかり思い出す。あの2人と血縁も何もないくせに、この姉は嫁に行った異母姉だとかよく分からない理由をつけては屋敷に遊びに来ていた。足繁く、夫君はどうしたのだと呆れるぐらいに。

 高貴な出自なのに家事が得意で、料理も裁縫も誰よりも上手にこなした。姉の作る料理は私の大好物だったし、私の服は殆ど姉が繕ったものだった。姉の寝物語で、何回床に就いただろう。彼女は今も昔も私に惜しみなく愛情を与え、私はそれを只々享受するばかり。

 

 

「痩せてなど、いるわけがないじゃありませんか。私は聖剣を抜いたんですから」

 

「いいえ、確かに痩せました。食事も睡眠も、ちゃんととれていないのではなくて?」

 

「そんなことありません」

 

「嘘を仰い。ケイから全て聞いております。妾はお見通しですよ、アルトリア」

 

 

 あの義兄(ケイ)は本当にお喋りだ。

 普段悩まされている分が舌打ちとして漏れ、またクスリと笑った姉に抱きしめられる。

 この人が、こんなに優しくて愛情豊かな人が、世間で忌み嫌われている魔女だと誰が信じるだろうか。私は姉から与えられる心地よい愛情を拒めない。それは魔性でも何でもなく、本当に純粋な愛情だからだ。

 世間は言う。モルガンは悪女だ、魔女だと。

 モルガンはアーサー王を憎んでいると。とんでもない。

 モルガンはアーサー王の敵だと。まさか。

 モルガンはアーサー王を亡き者にしようとしていると。誰がそんなことを。

 

 

「‥‥どうかしましたかアルトリア?」

 

 

 モルガンは王位を狙っている。

 モルガンはアーサー王の聖剣を奪おうとした。

 モルガンは卑怯にもアーサー王から宝を、聖剣の鞘を奪い取った。

 モルガンの奸計によって何人もの騎士が命を落とした。

 モルガンは円卓に不和を呼び込もうとしている。

 モルガンはブリテン島を守護する役目を帯びながら、ログレスの王国を滅ぼそうとしている。

 

 

「姉上、貴女はまだ」

 

 

 何故こんなに優しい姉上が、こんなことをしているのか。

 私を王位から引き摺り落とし、ログレスの国を滅ぼそうとしているのだろうか。優しい顔と声で奸計を謀り、騎士を殺し、悪逆非道を行うログレスの敵、ブリテン島の魔女。そう言われるようになってしまったのか。

 本当は分かっている。姉上がどんなに私のことを想ってくれていて、そしてその愛が故に私を王位から下ろそうとしていることを。でも私はそうはできないから。王であることをやめることはしないから。だから姉上は苦しんでいて、私もまた姉上に苦しまされる。

 何が悪かったのか、誰に聞くこともできやしない。私はブリテンを救うために王位に就いた。それは絶対に間違っていないと信じている。けど姉上はそうは思ってくれないのだ。

 

 

「姉上、私は大丈夫です。今は大変ですが、騎士たちはよくやってくれています。蛮族退治も進んでいますし、アグラヴェインが内政を見てくれていますから、いずれ国も豊かになります。今は無理でも、いずれ必ず。ですから」

 

 

 もう、こんなことはやめて下さい。

 何回でもそう言いたかった。けど言えなかった。今も、昔も。

 私は未だに恐れているのだ。私だけが円卓で、モルガン・ル・フェイは魔女であると、ログレスの敵であると言えていないのは、姉上と決定的に対立することを拒んでいるからだ。

 やめて下さいと、言ってしまえば認めてしまう。姉上がログレスの、アーサー王の敵であると認めてしまう。それがたまらなく怖かった。私は臆病者で、子どもだった。誰にも甘えられない、そんな大人なら当たり前の事実を認められない我儘な子どもだったのだ。

 

 

「アルトリア、貴女は分かっていない」

 

「姉上」

 

「貴女には必ず、王位を退いてもらう。それが妾の唯一つの望み。貴女も救う、ブリテンも救う。それが貴女の姉として、ブリテンの黒き魔力を受け継ぐ妖精としての妾の務め。アルトリア、貴女は――」

 

「やぁアルトリア、こんなところでどうしたんだい?」

 

 

 涼やかな声がした。

 つかみどころのない、飄々とした、誰にも関係なく幸せが完結したような声が。

 

 

「マーリン‥‥ッ!!」

 

 

 姉上の口から漏れる、背筋も凍るような声。黒いヴェールの下で読めない表情が歪んだのが分かった。

 もはや優しい姉上はいない。ブリテンの魔女の姿、私が滅多に見ない姉上のもう一つの姿があった。

 

 

「これはこれは、誰かと思えば子沢山の魔女殿じゃあないか。こんなところで不用心だなぁ。誰か、そう、円卓の騎士の一人にでも会ったら大変なんじゃないかなぁ」

 

「ぬけぬけと、このひとでなし。貴様こそどの面を下げて妾の前に出てきたというのか」

 

「おやおや、それは私の台詞だよモルガン? 今言った通りさ。君も、どうやってこの城に入り込んだのやら。ダメだよアルトリア、怖い魔女に声をかけては。君はこの国の王なのだから、魔女に気を許してはいけないだろう?」

 

 

 この二人はあまり出会うことはない。けれど、出会ったら必ず諍いを起こす。地の利を味方につけたマーリンが速やかに手を下し、姉上は去る。

 今日も既に手はずを整えてから現れたのだろう。回廊の先で騎士たちの声がする。

 彼らが姉上を見つければ大騒動だ。憎々しげにマーリンを睨み、姉上はゆっくりと陰へと後ずさっていく。

 

 

「アルトリア、妾は諦めません。必ず貴女を救い出す」

 

「余計なお世話だよモルガン。君のそれはね、とても無様でみっともない。見るに耐えない、下がりなさい」

 

「花の魔術師、覚えておくといい。いつかその減らず口を妹に聞かせなくしてやるわ‥‥!」

 

「君もいい加減子どもこさえるのやめなよ、いい歳だろう?」

 

「ほんっとうに覚えてなさいよ! いつか何処ぞに幽閉されてから泣いて謝っても妾は許してあげないのだからね!!」

 

 

 ゆらり、と陰の中へ姉上が消える。手を伸ばして探っても誰もいはしない。最初から其処には何もなかったのだ。そうでなければならない。

 マーリンから何を聞いたのか「変質者が出たと聞きましたが無事ですか王よ」と騎士たちがやってきた。変質者(シスコン)などいない、マーリンの気のせいだったというと、またかと呟いて去っていった。

 姉上はいつも、私を不安にさせて去っていく。誰もが信じて疑わずに努力して勝ち取ろうとしている未来を、姉上だけが信じていない。

 願わくば、姉上も同じように未来を信じて共に歩んで欲しい。そう言うとマーリンは何も言わずに嗤った。

 私か彼女か、どちらかだよ。そう言って彼も去っていく。一体どういう意味なのだろうか。

 政務に追われ、戦に追われて、私は何か大事なものを勘違いしたまま進んでいるのかもしれない。それでもブリテンは、何もしなければ滅びてしまう。

 言いようのない不安がまた、いつものように私の胸をかき乱す。けれど歩みを止めることはなく、また、明日はやってくるのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「っしゃあ! 見てたかイウェイン、また勝ったぜ!」

 

 

 拍手喝采が響く試合場から、意気揚々とモードレッドが帰って来た。

 互いの手甲がガシャリと小気味好く打ち鳴らされ、それから待ち望んでいたかのように急いて兜を脱ぐ。汗のかきかたは水泳でもして来たのかと言われてしまうぐらいだ。べったりと額に張り付いた前髪を退かしてやると、やはり満面の笑みだった。

 馬上槍試合(トーナメント)は短い時間に、恐ろしいまでの体力を消費する。その一瞬で勝ち取った勝利に注がれる栄光は他の腕試しとは桁違いだ。勝利を噛み締め、酔いしれる姿は美しい。普段の子どもっぽい様子とは打って変わって、モードレッドにも戦士の色気が醸されてきたようだ。

 もちろん僕もその前の試合でしっかりと相手を地面へと放り投げてきた。今日の試合は優勝者を決めるものではなかったから、彼女と争うこともない。

 まぁ今回の旅は我が弟子、モードレッドの名声を高めて名前を売ることが目的で、僕の勝利は二の次。とはいえ馬上槍試合(トーナメント)からあまり長く離れていても勘が鈍るから、彼女とかち合わないようにコンスタントに、僕も勝ち星を拾うようにしている。

 最初の内は危なっかしい試合ぶりも多かったが、もう心配する必要もないくらいに彼女の腕前は上がっていた。この仕上がりならば、円卓の騎士と試合をしたって鎧袖一触とはならないだろう。本当に、羨ましいぐらいの才能と、強さに懸ける情熱の燃え上がるような熱だ。

 

 

「お疲れ様、モードレッド。これで何勝目だったかな?」

 

「んなもん数えてねぇよ! 何回勝ったかなんて名声には関係ない。そう言ったのはお前だろぉが」

 

「違いない。とはいえ僕らの名声も十分以上に高まった。これは事実だ」

 

「応。んじゃ別に表彰式があるわけでもねぇし、とっととズラかろうぜ。このままだとまた揉みくちゃにされちまう」

 

「そうだな。馬は引いてきてるし、食料も水も補充できてる。さっそく城を出るとしようか」

 

 

 モードレッドの言葉に従い、馬に飛び乗って揚々と城を出る。

 最近は彼女に話した通り、僕らの名声の勢いは留まるところを知らず、姿を見られたら民衆や騎士が集まってきて前にも後にも引けない有様だった。旅の途中に次に向かう城から使者が来て、馬上槍試合(トーナメント)への参加を請われることすらある。一夜の宿を頼んだ村では子ども達から冒険の話をせがまれて大変だった。

 名前をことさら売ったつもりはない。この時代は氏素性を明かさないまま試合に出るなんて珍しいことじゃないから、特別にと聞かれなければ名乗ることはしなかった

 でも僕も彼女も非常に目立つ魔法の鎧を着込んでいるから、どこにいたって噂はひっきりなしに聞く。黒騎士と、花びらの騎士。黒い鎧が迷惑なくらい――多分リュネットの嫌がらせだろう――輝く僕と、兜に花を挿し込んで飾る癖のあるモードレッドの呼び名だ。彼女はこう見えて結構可愛いというか、少女らしいところがあった。

 今も道すがら彼女の噂を聞きつけて庭から花を摘んで来た少女から受け取ったものを、モードレッドは楽しそうに指でいじっていた。そして飽きたらすぐに捨ててしまう。ものに頓着しないというか、いっそ虚無的なまでの潔さは彼女の魅力なのだろう。

 

 

「なぁイウェイン、次はどこの試合に出る? ローマの方は馬上槍試合(トーナメント)じゃなくて戦車競技が盛んだっていうし、いっそ北のほうに足を伸ばしてもいいんじゃないか?」

 

「戦車競技か。ローマも戦車を使わなくなって久しいが、未だに競技としては健在で盛んだと聞くだけは。出ることはなくとも、観光には行ってみたいところだな」

 

 

 モードレッドも随分と旅慣れた様子で、次の行き先を話す姿はワクワクと楽しそうだった。生き生きとしている彼女は太陽のようだった。元気よく、輝いていて、いつまでも見ていたくなる。一緒にいたくなる。

 前から思っていたことではあるが、彼女には王気を感じる。アーサー王と体格や声が似ているからだろうか。僕は王子たる身分で、武者修行のためにキャメロットにやってきた。だから揺るぎない忠誠をアーサー王に寄せているわけではなく、余計にそう感じるのかもしれない。

 

 

「‥‥しかしモードレッド、もうすぐ旅に出てから一年経つ」

 

 

 彼女と共に旅をするのは、とても楽しい。だけど僕たちは一つの約束をしてからあの泉の城を出発したはずだった。

 高ぶっていた感情が急激に下がる気配がした。ちょっと拗ねたような、哀しいような顔をしたモードレッドがゆっくりと馬を進ませる。初めて馬上槍試合(トーナメント)で負けた時は、こんな感じではなかった。荒れ狂うような熱を押し込めるかのように、無言でいるのが彼女だった。

 しばらく、引き返すわけでも進むわけでもなく、ただ馬に任せて歩を重ねた。不思議だった。もう十分に名声を高めることができた。だから帰ることに、何も躊躇いなどないはずだった。

 

 

「何か別の悩み事でもあるのか?」

 

「‥‥ん。まぁ、な」

 

「二人っきりの旅なんだ。どんな愚痴でも、聞いてあげるさ。話せないことなら構わないが」

 

「話せない、とか、話せるとか、そういうもんじゃあねぇんだ。ただな、お前に言われて、久しぶりに気がついたこともあってさ。自己嫌悪、ともちょっと違うか。ヘンな気持ちになっちまってさ」

 

 

 だんだんと日が暮れはじめていた。森を抜け、草原に出れば遠くの山にかかった夕陽が草原を照らし、朱色に染め上げている。

 それは血のような、花のような、炎のような色だった。そして彼女(モードレッド)の色だった。朱に染まった草原を見つめる彼女の瞳にも、同じ色の炎が揺らめいている。それはいつもの、激しく燃え上がる炎ではなく、静かに小さく、それでも懸命に燃える薪の灯りだった。

 はじめて彼女のことを心の底から美しいと思った。何かで形容するような詩的な感覚ではなく、脳髄を戦鎚で打ち据えられるような衝撃だった。

 

 

「母上のこと、知ってるだろ?」

 

「‥‥モルガン・ル・フェイ。勿論知ってるよ。前に君が話してくれたじゃないか」

 

「まぁな。あん時も少し話したけど、どうしても母上は普段の行いが悪いから、きっと誰だってオレのことも嫌がるだろうなぁって思ってたんだ。だから気にしないって言い切ってくれたときは――嬉しかったよ」

 

「別に大したことじゃないだろ、そんなの」

 

「そうか。ま、お前がどう思ってるかとかはいいんだ。ただ、すまねぇなぁと思ってさ」

 

「‥‥どういうことだ?」

 

 

 柔らかな風が頬を撫で、静寂を運んでくる。誰もこの世にいないんじゃないかと思わせる静寂は、ある意味旅の醍醐味だ。

 そんな静寂を確かめてから、モードレッドは再び口を開いた。

 

 

「――母上は、オレを王位に就けようとしているんだ」

 

「何?」

 

「アーサー王を王位から引き摺り下ろすために、今度はわざわざオレっていう手駒を用意したってわけさ。母上にとってオレはアーサー王への復讐の道具だ。オレは母上から、何ら親子らしいことをしてもらったことはないんだ」

 

「だから、すまないと言ったのか」

 

「ああ。信じてくれて嬉しかったけど、、オレは母上の手先だからな」

 

「君は、君はそれでいいのか。それが間違ってるって思うなら、どうして手先だ道具だなんて開き直ってるんだ。言いなりに、なってるんだ」

 

 

 なんだ、そんなことかと、朱色の草原を背にモードレッドは言った。

 

 

「それが真に悪いことなのか、オレには分からない」

 

 

 オレは空っぽだから。

 寂しい風でも、憤っている風でもなく、モードレッドはただ事実を口にした。

 生まれてから殆どの時間を泉の城で武芸の修練に費やして過ごした自分には、そういう判断をする能力が備わっていない。性格も感情も育ったのに、自分で自分の道を決める、一番大事な判断をする能力に欠けている。そう言った。

 僕はそうは見えなかった。激しく強く、、思うが侭に生きるのがローディーヌあるいはモードレッドという人間だと思っていた。それはそうなのかもしれないけど、と彼女は念を押して続けた。

 

 

「世間様の常識だとさ、母上の方が悪いんだろうよ。そんなことは分かってる。だからホントは逃げてるだけなのかもしれないな」

 

 

 母上はオレのことを認めてない。でもオレを必要としていて、頼ってる。何も母親らしいことをしてくれちゃいない母上だけど、それは、オレは嬉しく思うんだ。リュネットも母上と同じように、オレを頼ってるくれてるしな。

 モードレッドの言葉は要領を得ないようでいて、ものすごく素直に彼女の悩みを伝えてくれた。これを聞くのが僕でよかった。僕はアーサー王に揺らぎない忠誠を誓った騎士ではなくて、武者修行の場として円卓に座っている、忠誠心の薄い騎士だから。

 

 

「でも、お前と旅するのは本当に楽しかった。そういうしがらみめいたこと、変な悩み、何も気にしなくてよかったからな。帰らなきゃ、って考えた時、それからも逃げかけた。楽しかったから、その先を考えるのが嫌だったんだ」

 

 

 戻ったら、彼女はどうするのだろうか。

 モードレッドの、花びらの騎士の名声は円卓の騎士として何ら不足ないものだ。彼女が円卓に名を連ねることは、モルガンの思い通りなのか。それはブリテンにとって、僕にとって、そして彼女にとって良いことなのだろうか。

 

 

「‥‥この草原、超えたらもう一つ城があるだろ? そこの馬上槍試合(トーナメント)を最後にしよう」

 

 

 僕はただの騎士で、若すぎた。彼女の複雑で率直で、そんな悩みに何も答えてあげられない。だから出来ることは、少しだけ彼女の思いを汲むことだけ。

 モードレッドは僕に何を求めていたのだろう。斬り殺されたっておかしくない真実を、悩みを告げて。でも彼女はさっきまでの顔が嘘のように、応と笑った。

 何よりも好きになったはずの顔なのに、どこか哀しかった。

 彼女と同じように、僕も逃げていたんだ。

 何も考えずに馬を進ませる、楽しいだけの毎日に浸っていたのだ。

 初めての冒険に浮かれていた。そして知らなかった。

 それこそが冒険の甘い誘惑と、罠だったのだ。

 

 

 

 

 

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