ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
化粧台の鏡に映る私は何処をどう見ても私じゃ無かった。寝癖が酷い、とか顔がやばい、とかじゃない。どこからどう見ても二十歳前後の見覚えの無い女の人がそこにはいた。細身のすらっとしたその女性は大きな目で私の顔を見詰めている。その目は私が右を見れば右を向くし、くるくる回せばくるくる回っていた。
私は今、私ではない誰かの体を動かしている。それをはっきりと自覚した。
「えっと、はじめまして。私、高海千歌です」
自分で鏡を見ている筈なのに鏡に映る自分の視線になんとなく落ち着かない気分になりながらも私はこの体の持ち主に挨拶をする。その声は他人の体から発せられているのが信じられないほど私の声で、私は少なからず驚いた。
「私はアンジュだよ。よろしく千歌ちゃん」
鏡の中に映るアンジュさんの口は動いていないけれど、私にはそう言っているのが聞こえた。これはきっと頭の中で会話するという状態なのだろう。遊戯王の武藤遊戯みたいな。
「えっと、アンジュさんは今の状況ってーーーー」
「千歌ちゃんだ・・・本当の本当に千歌ちゃんだっ!」
「はい?」
いえーい、と諸手を挙げる姿が容易に想像出来るくらいアンジュさんは大喜びしているのが分かった。けれど、それが何故なのかわからない。わからないけど、私と会えたことが嬉しいというのはなんとなくだが察することができた。どこかで私はアンジュさんと接点があったのだろうか?
「会いに来くれたんだね!私達のファーストライブだから!」
「えー・・・と、何の話し?」
「ライブだよ、ラ・イ・ブ。Aqoursの、横浜アリーナでの、ファーストライブ!」
「あ、偶然。私、スクールアイドルやってるんだけどAqoursってグループなんだ」
「だから私達なんだってば。私は千歌ちゃんなんだよ」
「ごめん。なんかよく分からないんだけど」
「そうなの?」
「うん。全然状況掴めなくて。起きたら突然私がアンジュさんになっててーーーー君の名は、みたいな?」
「あー、分かり易いかもそれ。もう観た?」
「うん。女の子ががむしゃらに頑張る作品ってやっぱり共感できて好きだよ」
「私もそれ思った」
なんて、暫く映画談義をしつつも、自分の身に起きたことを話した。朝目が覚めたら別の人になっていたこと。だから状況が全く掴めていないことを。
けどなんだろう。一つ気になることがあった。
このアンジュさんは凄く私と親しい感じがするのだ。会ったことも見たこととない人だけど、繋がりに似たもの、それこそAqoursメンバーに対して感じる絆に似たものを何故か感じる。それについて思い切って聴いてみた。
「そうだなぁ、大河ドラマで例えるなら千歌ちゃんが新選組の近藤勇、私が香取慎吾、って言えば伝わるかな?」
「アンジュさんが私役を務めてるってことですか?」
「そうそう」
「じゃあ、私って歴史上の過去の人ってこと?」
歴史のタイムスリップや憑依ものは織田信長が最メジャーだ。けれど過去に主人公が迷い込むものは多くあるけど織田信長本人が未来にやってくるのはどちらかと言えば少数派だった筈だ。
「んー、ちょっと違うけど、それは大きな問題じゃないと思う」
「じゃあ、大きな問題って?」
そう問い掛けるとアンジュさんは困ったように言葉を詰まらせた。きっと私が乗り移っていなければその表情も曇っていたと思う。少ないやりとりだけど、この人は表情豊かな女の人だと感じた。
「千歌ちゃんが元の体に戻れるかってことが一つ」
「うん」
「あとは今日のライブのこと」
「うん・・・ほぇ?ライブ?」
そう言えば最初にそんな事を言っていたようないなかったような。って、確か横浜アリーナとか言っていたような。
「横浜アリーナのライブ?縦浜じゃなくて横浜?」
「もう、縦浜なんて無いってば。いや、館浜って所はあるらしいけど」
「何のこと?」
「ちょっと千歌ちゃん。ボケ逃げしないでよ」
えへへ、と私はアンジュさんの顔で舌を出して謝る。なんだろう、凄くこの人の体は他人じゃないみたいにしっくりくる。表情も仕草も、アンジュでありながら動けば動くほど私、高海千歌を思わせる。
「今日はファーストライブの二日目の公演なんだけど、全然体が動かせないみたいで。だから千歌ちゃん、お願いがあるんだけど」
「何とかライブまでに元に戻る方法を考える、とか?」
タイムリミットは公演の始まる10時間後。事件はリアルタイムで起きている海外ドラマ『24』よりも時間が無い。
そもそも元の体に戻る方法はないかもしれないのだ。数ある作品群で体が入れ替わる現象を解き明かせたものは多くない。運命的な力に導かれてという理由で片付けられてしまったりしがちなのだ。
もし私が運命に導かれてという理由であるならこの目前のライブはきっとその中心となることだろう。
「私の代わりにステージに立って欲しいの。というか、それしかないかも」
その申し出に、私は目眩がした。けれど、その目眩は体が元に戻る前触れではなかった。