ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
コンサート会場や遊園地などの入場口でチケットを預かり、半券を切って返す人のことを、通称“もぎり”と言うのだという。この業界に入ってから初めて知ったことである。
些細な、と言ってしまうと雑だけれど、決して目立つ仕事では無いし、顧みられることも無い。けれど、私は凄く素敵な仕事であると思っている。
楽しみな気持ちで訪れたお客様の顔を他の誰よりも早く見ることができるのだから。だからなのだろう、もぎりもまたとても嬉しそうな顔で私達も招いてくれる。昔家族で遊園地に行った時の事を思い返すと、入場口にいたもぎりはみんな笑顔で、見ているこっちが嬉しくなるような、そんな印象が残っている。
「でもまさかね」
「これ絶対バレるって、ねぇ」
「このスリル、たまらないずら」
予想以上に入場待ちの列を整理するのに人員を割くこととなった。その甲斐もあり大きな混乱もなく順調に列が形成されつつあるのだが、その代わり、もぎりに回す人員が居なくなった。
そこで驚いたのは千歌ちゃんがもぎりをやろうと言ったのだ。
「私達のライブに来た人を私達が出迎えるって凄く素敵なことだと思う。それに見てみたいんだ、この目で。ここに来てくれる人達がどんな人達なのかを」
そんな事を言われたらやらないなんて選択肢はない。
でも、いざスーツを着込んで準備を始めると段々と緊張してきた。久しく忘れていたのだ。私が極度の人見知りであったのだと。
「大丈夫だよ、ルビィ。みんな凄く良い人達だよ」
「アイさん。アイさんは怖くないの?」
「ルビィは怖いの?」
「怖いよ」
「何が怖いの?」
「それはーーーー」
それは理性的に考えると理由がよく分からなかった。強いて言うのならーーー
「恥ずかしい、から?」
「何が恥ずかしいの?」
「こんなにも自信がない自分のことを見られることが恥ずかしいの」
「何で自信がないの?」
「それは、お姉ちゃんと比べて背も小さいし、美人じゃ無いし、頭も要領も良くない」
「ルビィの良さは誰かと比べなきゃいけないことなの?」
「え?」
「だってルビィはルビィでしょ?」
そうは言ってもお姉ちゃんは生まれた時からずっと側に居て、私の目標で、だからお姉ちゃんに並び立てない私が恥ずかしい。そう。私にとってお姉ちゃんは目標であり基準なのだ。
「私はね、ルビィと違ってお姉ちゃんなんだ。ルビィはもしかしたら気付いていないかもしれないけど、お姉ちゃんだって妹や弟と自分を比べて劣等感を持ったりするんだよ」
誰だって、どんな人だって自分と誰かを比べると言う。お姉ちゃんもそうなのだろうか?
「するよ。ダイヤさんと同じお姉ちゃんだからそれは保証する。それでね、お姉ちゃんだからこそ私はこう思ったんだ。お姉ちゃんが妹や弟に劣ってても嫉妬したらだめだって」
身内の良い部分を誇りこそすれ、それは比べるものではないのだと気付いたという。
「大好きな気持ちも、尊敬する気持ちも大切なものだよ。でも、それで自分を見失ったらいけないんだ」
「アイさんはアイさん。だから恥ずかしくない。怖くないってこと?どうしたら私もそう思えるの?」
「それこそもうルビィには自分を鼓舞する言葉があるでしょ?」
そう。いつからか言いだした「頑張ルビィ」。それは誰かを励ます言葉であると同時に、自分を励ます言葉なのだ。
「ほら、ルビィ。そろそろ人が入ってくるよ」
「待って善子ちゃん。まだ心の準備が」
「早くしなさい。ってだからヨハネよっ」
アイさんの言葉をそのまま、はいそうです、と納得は出来ない。けど、アイさんのお陰で新しい考え方が生まれた。だからそれを意識していこうと思う。
「アイさんとの会話は済んだずら?」
「花丸ちゃん、気付いてたんだ」
黒いスーツを着込んだ花丸ちゃんは窮屈そうにネクタイを締めた首回りを擦りながらそれとなく聴いてきた。
花丸ちゃんはいつだって良く私のことを一歩引いたところから見てくれる。そんな仲間が、私を私として見てくれる仲間がいるから頑張ろうとも思えるのだ。
「私もカナコさんと沢山お話しているずら。カナコさんは私の知らないことを沢山知っていて、でも私はカナコさんの知らないことを沢山知っていて、でもそれって凄く良いなって思えるんだ。私に無いものをカナコさんが持ってるって」
相互補完、というのだろう。それもまた一つの答えだ。
そうやって自分に足りない何かと人は誰しもが向き合って生きているのだろう。
「私も今は内なる声が一人分増えたから話題に困らないわ」
善子ちゃんもまた自分に足りない何かと向き合っている子だ。
理由の存在しない運の無さに善子ちゃんは善子ちゃんなりに答えを付与することで立ち向かっている。それこそが堕天使ヨハネだ。
そうやって自分のことと折り合いを付けられる善子ちゃんは実は凄く大人なんだと、私も花丸ちゃんもこっそりと思ってたりする。
「これから内なる声が聞こえなくなるくらい外の声が多くなるよ」
私達はエントランス前に等間隔に並ぶと、アイさんがそう言った。
その言葉が合図だったかの様に、エントランスが開かれた。