ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
これまでのライブの中でも一番広い会場であることもあり、スタンド立ち見席から見るAqoursのみんなはきっと小さく見えるのだろうなと思っていた。けれど、ステージに立つみんなは存在感がはっきりと際立ち、小さいなんて感じなかった。
まだ三人だったAqoursが初めて浦女の体育館でライブを開いた時、今にも消え入りそうな種火でしかなかった。色々な人が応援という薪をくべ、Aqours自身も新しい空気を取り込んでいったからこそ種火は燃え盛り、炎となった。
私は感慨深く、そして先のことなど忘れ去る程に楽しく今日のライブを観戦していた。
“未熟DREAMER”のライブパートでは自分もまた同じステージに立ったのだと気持ちが花火大会の頃に戻った。
悩んで、走り回って、泣いて、支えられて、そんな紆余曲折があったあの花火大会は私にとってもとても特別なもので、Aqoursが旧Aqoursメンバーと合流し九人となった再始動の曲であると同様、私にとっても再始動の曲となった。
この曲は他の曲に比べ跳びはねたりとか細かなステップとかは無いけれど、地に足の着いた力強さがあり、九人が一列に立つ姿はとても格好良かった。
曲が終わった時には温かな拍手が会場を満たしたが、ここで余韻に浸る間を設けないのはきっとAqoursの人を惹きつける引き出しが増えたからなのだと思う。
ステージの頂点に昇ってくるピアノ。そして梨子先輩の登壇。それで全てが物語られていた。
ラブライブ予備予選で披露した“想いよひとつになれ”。この楽曲は梨子先輩がピアノのコンクールに出場するため、一人だけ不参加となったのだけれど、この世界のアニメーションでは同じタイミングで予備予選とコンクールが始まり、梨子先輩のピアノの伴奏と共にみんなが躍っている、そんな演出をされていた。だからリカコさんがピアノの伴奏をするのではないかと噂はされており、事実、昨日の1stライブ初日にはその演出が再現されだ。その情報はすでにこの会場のお客様も知っていたためか、驚きの響めきよりも期待していたという歓声か上がっていた。
私はけれど、一つ気掛かりだった。梨子先輩にしては気負いすぎているのではないかと。ただ、“未熟DREAMER”の終わった直後であったからなのだろうと気にしたのも一瞬で、これから始まるであろう素晴らしいパフォーマンスを見届けようと、ある意味で楽観していた。その楽観は今にして思えば恥ずかしい、そう思える事態が起きたのだ。
ピアノを弾こうと構える梨子先輩。そして千歌先輩と曜先輩とアイコンタクトをして頷き合うとフォーメーションを組み、間もなく梨子先輩の演奏によりパフォーマンスは始まった。
けれど、一小節しない内に起きたミスタッチ。それははっきりと、素人でも気付けるレベルの間違いで、梨子先輩はそれを必死に立て直そうとしたけれど、立て直せずに演奏は中断した。
静まる会場。私は身近な人がこれ程まで大規模な間違いをしてしまったことを見たこともなかったし、どうすれば良いのか分からなかった。けれど、千歌先輩はやっぱりAqoursのリーダーで、助けが必要な時に歩幅を合わせてくれる、そんな存在だった。
千歌先輩は泣き崩れ過呼吸になりそうな梨子先輩に真っ先に駆け寄り、笑顔を崩さない姿には元気付けられるし、不思議と安心感を持てた。
鞠莉さんや果南さんもまた駆け寄り、梨子先輩を抱き締めて勇気付けていたけれど、駆け寄った三人の誰一人として止めるかとは問うことはなかった。それは梨子先輩が止めるはずはないと知っているからで、だからこそ敢えて問うことはしなかったのだろう。更に凄いと思ったのは、他のメンバーがフォーメーション崩さなかったことだ。彼女達は直ぐに再開できると、そう信じて待っていたのだ。これはある意味、駆け寄ることよりも難しい。それをやってのけるチーム力。こんなトラブルが発生したというのに却ってそれが強調され、気付けば私も会場も彼女の名前コールをしていた。
涙を流しながらも立ち向かう事を止めない梨子先輩。そして各員がフォーメーションに戻り、パフォーマンスはまた一から再開する。その一瞬だけステージの照明が暗くなるその瞬間の千歌先輩の表情がとても印象的だった。
心底信頼しきった笑顔。それは先までの根拠の無い私の楽観ではなく、何が起きてもダイジョウブという笑顔だった。
そして再開するパフォーマンス。出だしの悪夢を乗り越え、会場もステージに立つみんなも気合いに満ち溢れた。
パフォーマンスは気持ちが溢れすぎて多少の雑さがあった。地鳴りのような大き過ぎるコールはとてもお行儀が良いとは言えなかったかもしれない。けれど、会場の気持ちは、想いは、ひとつであった。想いが一つになると、人は笑顔になれる。だから何時しか梨子先輩の表情には必死さの中に笑顔が戻ってきた。
Aqoursのみんなが歌に、ダンスに、演奏に、私達の気持ちを乗せて、楽曲はいよいよ後奏に至る。
最後の一小節、みんなが固唾を飲んで見守る中、梨子先輩が震える手で最後の音を奏でると、やりきったとぐっと拳を握った。
客観的に見たら大失敗をした。けれど、このパフォーマンスは最高のパフォーマンスだった。それは演奏が終わった後の会場のみんなからの万雷の拍手と、ありがとう、という温かな言葉が証明していた。
私もまた手が腫れるほどに力強く拍手をした。
これ程に失敗をした人は初めて見た。けれど、それと同時にこれほどの壁を乗り越えていく勇姿を見たのも初めてだった。きっとこんな、人がデカい何かを乗り越える瞬間を目の当たりにすることは今後無いだろう。だからとても誇らしく、心揺さぶられ、私の頬には熱いものが流れていた。
ありがとう、そう心の底からの言葉を会場の皆と共にAqoursのみんなに送った。