ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
朝の一杯は優雅にリアルゴールド。これが無ければ私の朝は始まらない。
シュワッとスッキリした甘さが喉を通り、その炭酸成分が喉から、お腹の中から、私の体に活を入れる。
さて、今日もピアノを弾いて、みんなとダンスと歌の練習をして健康的な一日を過ごそう。うん、今日も忙しい。けど、充実していると私は最近思うようになってきた。まさか内浦に引っ越してこんな風になるなんて夢にも思わなかった。
「ねぇ梨子ちゃん。そろそろ現実を見ようよ」
「そうだよ梨子ちゃん。いくら缶を傾けてももうリアルゴールドは空だよ」
私の頭の中からもそうだそうだ、という必死そうな声が聞こえた。
うん。分かってる。私も実はもう分かっているのだ。私の知らない世界の、知らない人に私が乗り移っているということを。けれどせめて朝の習慣だけは私として過ごしたかった。
ん?リカコさんも同意だって?ああ、だから都合良く冷蔵庫にリアルゴールドが入っている訳だ。好きでもない限り、普通リアルゴールドはホテルの冷蔵庫には常設されていない。
「で、どうやって元の体に戻るか、よりも目先のライブをやり遂げようってことで間違いない?」
「うん。曲も私達の曲だし何とかなるかなって」
果たして本当になんとかなるだろうか、と私は思った。この体が自分と同じように動かせるのだろうか?
「梨子ちゃん、私か25歳独身女だと侮ってない?」
「そうじゃなくて、私が自分の体とのギャップに対応できないかもしれないってこと。それに25歳ならまだまだ結婚は早いと思うよ」
「そうだよね、まだピチピチだよね。よかったー。梨子ちゃんに年増女とか思われてたら暫く立ち直れなかったよ。じゃあ試しに少し体を動かしてみてよ」
なんだか少し残念な気分になりつつ、私はリカコさんに促されるまま屈伸、伸脚、と順次体を動かしていき、隅々まで力が行き渡ることを確認した。意外なことに体は25歳とは思えないほど簡単に動かすことが出来た。やはり年齢を感じるのは三十路からなのだろう。
「意外に平気そう」
「結構ハードに練習したからね」
自信満々にそう言うリカコさん。普段ならばきっとドヤ顔をしているのだろうなと思う程度にはリカコさんという人のことをだんだん掴みつつあった。この人はたぶん素で面白い人だ。いや、素“が”面白すぎる人なのだろう。
「梨子ちゃん、これセットリストだって」
曜ちゃんにスマートフォンに打ち込まれたセットリストを見せて貰うと、これまで披露したことのある曲、無い曲が連なっていた。その中でも気になったのは二つ。
「え゛、ギルキスあるの?」
私達Aqoursはそれぞれ学年混合で三人ずつに別れてユニット活動もしている。半分は悪ふざけも入っているが、これで結構評判が良かったりする。
ギルキス、すなわち“Guilty Kiss”は私と鞠莉さん、善子ちゃんの三人のユニットだ。格好いい、お洒落系ユニットなのだが、うん。恥ずかしながらいつも羽目を外してしまう。善子ちゃん風に言うならば堕天してしまうのだ。
「駄目なの?」
「駄目じゃないけど・・・ギルティーだわ。あと想いよひとつになれって私はどうするの?九人のフォーメーションはさわりしか合わせたことないけど」
「私はピアノを弾くのよ、梨子ちゃん」
リカコさんから告げられたことは私をまた不安にさせた。リカコさんが弾くということは即ち私が弾くということに他ならないからだ。
「一万人以上もの人の中でピアノを弾くなんて・・・」
「物足りない?」
「逆です」
こんなことが出来るなんてどこの有名ピアニストなのだろう。いや、ピアノや楽団がコンサートする会場は寧ろキャパ自体は少なかったりするため、一万人を越えるなんてのは有名ピアニストでもないかもしれない。
私が不安そうにしていることにリカコさんはどこか安心したように息を漏らした。
「やっぱり梨子ちゃんでもそうなんだ」
「当たり前です。人をなんだと思ってるんですか」
「んー、そうだね・・・君は何度も立ち上がれるかい?って問い掛けたら、涙ぐみながらYesと答える、そんな女の子だと思ってるかな」
“君は何度も立ち上がれるかい?”は君ここの中でも好きなフレーズの一つだ。それを持ち出されたら答えなんて一つしか出てこない。
「リカコさんはどうなんですか」
「私はね、きっと堂々とYesとは答えられない。けど、立ち上がることを諦めないと思う。何度も挫けて泣いても。恥ずかしい姿を見せたくない人がいるからね」
その強さの動機は私にも心当たりがある。思い浮かぶのはAqoursのみんなの顔だ。みんなに顔向け出来ないことを私はきっとすることはないだろう。
「そ、れ、と、リカコさんなんて言い方しないでリカコって呼んで欲しいな」
「呼び捨てはちょっと・・・えーと、リカコ」
言い淀んむと無言の圧力を感じたため私は呼び捨てで呼んでみるとリカコさんは先までの態度が嘘のように、年甲斐も無く、本当に嬉しそうにはしゃいでいた。
「今年齢のこと言った?」
「あはは。まさか」
そして言葉使いには気を付けようと心に決めた。別にそんなに気にする年齢でもないと思うんだけど。