ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
現実は夢が無いとか、甘くないとか言うけれど、それをそのまま鵜呑みにして諦めたくない。
綺麗な場所が今居る所にないならば、自分からその場所を探して動けばいい。アニメーションの世界に憧れたナナカはそうやって声優業界に飛び込んだ人だ。
「今日のライブ。ナナカの行きたかった世界はここにあった?」
そうやって夢の場所を探していたけれど、ナナカは今日、探すよりも困難なことをした。夢の場所が無いならば作ればいいのだと。
「昨日も、今日も。今日は特にかな。ラブライブの世界がここにあったって思うよ」
一先ずの目標を達成したことに満足そうにナナカは頷いた。
一つ誤解が無いように言うならば、ナナカは別に現実から逃避している訳でも嫌いな訳でも無い。ただそれ以上にアニメーション世界が好きなのだ。
アニメーションの世界は優しいことにも厳しいことにも純真で、それゆえに美しいという。
「何て言っても果南達本人が来てくれたのは嬉しい誤算だね」
「まさかスクールアイドルになってこんなことになるなんて」
「その台詞はズルいよ。ないちゃうじゃん」
「今凄くいい笑顔してるけど?」
「果南が笑ってるからだよ」
「ナナカが笑ってるからだよ」
ナナカは割と淡々としているようでいて、結構情動の激しい人だ。だから普段は少し控え気味な反応をするけれど、今見せている表情は何も抑えていない、素の表情に限りなく近いものだと思う。
「今回のライブではスクールアイドルとして、人を笑顔にできるように私も笑顔を見せようって、そうやってきたけど、2ndでは格好いい姿も見せられたらいいな」
自然と次の目標が出てくるのはプロ意識もあるだろうが、ツアータイトルとなったHAPPY PARTY TRAINが自分の、いや、私のセンター曲だからだろう。
「私、実はTRAINって響きが最初余り好きじゃなかったんだ」
電車とは予め敷かれたレールを進むもの。決められた道、定められた決まり、そんな隠喩を含んだ名詞だ。
だからラブライブというコンテンツにおいてμ’sから引き継いだ人気、予定調和の成功、そんなレールの上で躍るピエロのような自分達。そんな裏があるのではないかと疑心暗鬼になったりもしたらしい。
「けど、違ったんだ」
今日のライブでよく分かった。予定調和された成功なんて無い。ラブライブのプロジェクトに携わるものとして確かにμ’sから引き継いだものは沢山あった。けれど、成功という二文字は約束されたものではないとナナカは気付いたのだという。
「成功するかは私達次第だって。私バカだよね。電車には乗るものだとばかり思ってたけど、どこに向かうのか、そのレールをどう敷くのかも私達がやることなんだってようやく気付いたんだから」
たった一つの言葉には沢山の意味や側面があって、その捉え方は万人にとって同一ではない。
私や鞠莉、ダイヤが擦れ違うこととなった原因の一端であり、けれど、意味や側面が多彩であるからこそ深い、味のあるものだ。
ナナカが思い悩んだのが、私達が思い悩んだことと理由を一緒とするあたり流石はこの世界の私だと妙な納得をしてしまう。
「次はセンターなんだから体力作りはしっかりしないとね」
「うん。でもね、果南。私お米断ちしているんだけど、目の前にあるのは何かな?」
今私とナナカの目の前にあるのはとても美味しそうなお握り、味噌汁、そして肉に魚。
「体と体力を付けるにはまず食事から、だよ」
「因みに果南はどれくらい食べてるの?」
「んー・・・一日5000kカロリーは軽いかな」
「重いよ!?」
「うん。冗談だよ。鞠莉風に言えば、it jokeってね」
「ねえ、早まったら駄目だって。ライブの前のは事故だからノーカウントにしてるから、ね?」
「いっただっきまーす」
例えるならば銃口を突き付けられて命乞いをする人だろうか。そんな懇願はやがて断末魔のようなスクリームに変わるけれど、私は体を動かせることを良いことにお握りを口に運ぼうとする。
「す、すとーっ・・・ぷ」
「往生際が悪いなぁ」
すると驚くことにお握りを掴んだ右手を左手で動かないように掴むという抵抗をナナカは見せた。
「そこまで駄目?」
「一時期私結構やばかっただって。こう、ね、それを何ヶ月も掛けてゆっくりと今の体型にしたんだから」
「なら、今日はご褒美をあげなきゃね」
いただきます、と私はナナカの動かす左手を軽く振りほどいてお握りを一口、二口、三口で口の中に入れた。
瑞々しい米の味を引き立てるのは軽く振られた塩と海苔の塩気。それを口いっぱいに含んでモグモグとしていると、またもや目頭が熱くなるのを感じた。
「ひほいよ、ははん。ほんはほはんはひはほ(酷いよ果南。こんなのあんまりだよ)」
「へほふひひはひっははひょふははひへほ(でも口に入ったらしょうがないでしょ)」
好きな食べ物かは別にして、日本人として口に馴染んだそれを断つことがどれ程の苦行なのかは分からない。けれど、今日くらいはそんな苦行から解き放たれても良いはずだ。なんせ別世界の来訪者が体を乗っ取って勝手に食べてしまったというやむを得ない理由があるのだから。
「ふぁいひょうふ。ふぁふぁふぁははははんふぁへふ(ダイジョウブ。ナナカならまた頑張れる)」
人はそれを楽観と呼ぶかもしれない。けれど、私は知っている。ナナカは夢のためならばどんな事だって頑張ってやれる人だということを。