ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編)   作:マーケン

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第四十六話

 安定していると思い込んでいるものは案外そうでもないことがある。

 例えば路肩の側溝の蓋。子供の頃に外したことがある人も中にはいるだろうが、それの多くは固定されることなく置かれているだけだ。

 もう一つ例をあげるなら普段何気なくデパートのトイレを使った時に個室内に荷物を置けるような棚。便器の後ろに壁と一体となっているあれだ。あれは点検を容易にするために固定されておらず、自重のみで安定しているように見せているだけだ。

 何故こんな話をしたかと言えば、私はそれを利用してスパイの真似事に興じたからだ。

 横浜アリーナでのライブ後、トイレに入った私はふと魔が刺してあら不思議、気付いた時にはトイレ裏手の機械室に入り込んでいた。今回のライブの人口比率は客層もスタッフも女性が圧倒的に少ないことから女子トイレが無人になる時間帯があったからこそ出来た芸当だ。

 会場からの退出はみんな案外早いもので、20分もすれば館内からは人気が無くなった。その頃合いを見計らい、私はみんなに合流すべくこっそりと移動を開始した。

 退場がすでに済んだと判断されたからなのか、共用通路は閑散とし、係員の姿は無かった。

 私はそっと客席に繫がる扉を開き、腰を低くしつつアリーナ席へと足を踏み入れた。客席には死角も多いため移動には持ってこいだからだ。

 人気の無い会場はさっきまで光の海だったのが嘘のようだ。けれど、熱気はまだ残っていた。沢山の人の汗の湿気や匂いが不思議と不快じゃなかった。

 

「それでは聴いてください」

 

 ステージでは撤収作業で大慌て、と思いきやステージ上では作業は行われて居らず、今日のライブで一度だけ壇上に現れたピアノが置かれていた。そのピアノの前で一礼した梨子先輩、つまりリカコさんはピアノを弾こうと今まさに腰を下ろした。

 そして、ステージからは再び音楽が流れた。それは先のライブで会場を熱狂と感動に包んだ“想いよひとつになれ”の原曲、“海に還るもの”

 

「流石ですね。ほんと頭上がらないや」

 

 大きな失敗をした。それに真っ向から立ち向かい壁を打ち破った直後に再アタックするその貪欲さは果たして梨子先輩かリカコさんか。いずれにせよその向上心は尊敬に値する。

 けれど、私はその演奏を聴くと、無性にこの場に居ることが場違いに感じた。

 元々この世界の人間ではないのは私もみんなと一緒だけれど、みんなはもうこの世界の一員として受け入れられているように思えた。そして私は未だ外様のまま。そんな部外者であるという意識がふと芽生えたのだ。

 遊び半分で入り込んだけれど、こんな無茶せずに後でまた連絡して落ち合えばいいだろうと、私は息を潜めて会場を後にした。

 入るのは難しいかも知れないが出るのは案外簡単だった。誰も居ない共用通路からエントランスに行き扉から出る。ただそれだけだった。

 会場の外ではライブ後の物販も終わりを迎え、余韻に浸っていたファンの人達もいよいよ解散しようとしていた。

 「お疲れ様」、「次は2ndで」など、名前も知らない隣のファンと別れの挨拶を交わし、満足そうに駅に向かう彼ら彼女らはとても幸せそうで、本当に今日のライブが成功して良かったと思った。

 私に出来たのはただAqoursメンバーの会場入りを手伝ったことだけだったけれど、そんな些細なことですらこのライブの成功に携われたということで少し誇らしかった。

 私は改めてこの大きな会場を振り返る。

 外からではただの大きな建物でしかないここには今日、溢れんばかりの輝きで多くの人を魅了した。私もその輝きの中の一つとして参加できてとても嬉しかった。

 そしてこれは私の悪癖というか何というか、どうにも音楽の影響を人から受けやすい。有り体に言えば私の中でまた火が燻りどしたのだ。

 私は今日購入したばかりのハーモニカを取り出すと今日という日の締めとして一曲吹こうと構えた。曲は“ユメ語るよりユメ歌おう”。この世界でAqoursの活躍を描いたアニメーション作品“ラブライブ!サンシャイン!!”のエンディングテーマ曲だ。

 

「見付けた。黒松星」

 

「えーーーーー?」

 

 けれど、その曲を奏でる前に突然舞い込んだ言葉に私は中断を余儀なくされた。その言葉は無視できない名前が含まれていたからだ。その名前はこの世界ではAqoursメンバー以外に知る人の居ないもの、私の名前だ。

 それをはっきりと、私を探していたのだとでも言うように口にした人物に私は見覚えがなかった。

 

「ハーモニカを吹きながらダンスするなんて芸当、出来たとしてもやる人なんてそうはいない」

 

 年の頃は20歳代後半。この世界の私の体の持ち主と同じくらいの年代の女性だ。けれど、この世界の私の体の持ち主とは違い、かなりアクティブなのか、しゅっと背筋がピンと伸び、前身を包むライダースーツが嫌に様になる細身の女性だ。

 

「そして私はそんな人を一人しか知らない」

 

「ーーーーー穹なの?」

 

「なんだか妙なことになったと思ったけど、これはますます収集がつかないね」

 

 私の言葉に苦笑いをして穹、明里穹は私の肩をポンポンと叩いた。積もる話もあるけれど、今日の所は休戦だとでも言うように。

 

 

 

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