ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~番外編(横浜アリーナ編) 作:マーケン
悔しい思いをした。でもだからこそ夢に対して全力になれた。そんなアイナに私は共感を覚えた。
「この舞台に立つのははじめてなんだけど、いつかここに立つって、ずっと考えてたからかな?なんか初めてな感じがしなかったんだ」
私が足を運んだのは設営も最終段階、残りのセッティングを駆け足でやっている横浜アリーナのステージの上だ。
そこから見えるのは両手を広げても足りないくらいに広い会場。まだ観客こそ入っていないけれど、その広さには圧倒されそうな程の無言の圧力があった。
「高校生の頃ね、アニソンの大会に出たんだ。そこで優勝すればこの会場で行われる決勝大会に出たり、アニソンシンガーとしてデビュー出来たはずなんだ。でも私はそうなれなかった」
良いところまでは行けた。頑張った思い出として歩みを止めることも出来ただろう。けれどアイナはそうしなかった。
「鞠莉ならどうする?」
「知ってるでしょ、私のことなら誰よりも」
この世界に来て、アイナに取り憑いて、彼女の事を教えて貰って、私は私と同じくらいに私のことを知るアイナに驚いた。
やるからには妥協しない。みんなから愛されるコンテンツのファンの一人として、そのコンテンツを更に広げていく役目を担った者として、アイナは鞠莉になったのだ。だからアイナは私を良く知っている。逆に言えばアイナの考えることは私の考える事と一致する。
「絶対に諦めない」
「よかった。鞠莉がそう言ってくれて」
「言うって分かってても?」
「分かってても」
想いとは分かっていたとしても伝えることに意味が生じる。
果南やダイヤと関係が拗れた時、お互いに相手のことを想っていることは分かっていた。けれど、私達は上手く気持ちを言葉に出来なかった。だから私達の関係が戻るのに時間が掛かってしまったし、上手く伝えられてからはよりお互いを理解できるようになった。
「それより鞠莉はどう?このステージに立ってみて」
「Exciting.凄くわくわくする」
「よかった。でも、私は少し心配なの」
「私達が今日という日に限ってこの世界に来たこと?」
「そう。一つ現実的でないことが起きてるってことは、別の現実的でないことが起きるかもしれない」
「それを乗り越えるために私達が呼び出されたって言いたいの?」
この世界のアイドル業界は何かと物騒な事件が起きているという。国民的なアイドルグループのライブに刃物を持ち込んだり、握手会で切りつけ事件が起きたりしているらしい。その上、アイドルではないけれど、海外の有名なアーティストのライブではテロ事件まで起きているのだ。このライブで何かが起きても不思議ではない。そうアイナは考えているみたいだ。
「今回のライブは私達だけじゃなくてファンの人にとっても特別な意味があるの」
「μ’sの作った道のその先を歩むに相応しいかどうかの試金石ってことね」
「そう」
この世界ではμ’sはアニメ業界の伝説だ。
一枚の絵から始まり、歌が作られ、アニメになり、そしてアニメを飛び越して東京ドームと呼ばれる会場で満員御礼のファイナルライブを成功させた。その歩みはキャストの尋常で無い努力と、スタッフの絶え間ない作業、そしてコンテンツに関わった人達の惜しみない愛が結集した成果だ。
そしてAqoursはその愛が産み落とした新しい可能性。常にμ’sと比較され、始まりの時点から高いクオリティを求められる立場の存在だ。
「私達自身、μ’sが大好きだから分かる。もし一ファンとしてライブを見てラブライブに相応しくないと思ったらきっとかなり厳しい評価をする」
「中にはそれが攻撃的な行動に繫がる?」
「わからない。でもμ’sのファンの人口はライトな人を含めれば20万人とも言われてるから。人が多いって事ははみ出す人がいる可能性も高くなる」
「昨日のライブの評価はどうだったの?」
「まだ見てない。二日間通してから見るつもりだったから」
インターネットでの評価はともかく過激な発言は余りにも雑多にありすぎて当てにはならない。けれど何か事を起こす人は大抵書き込みをしているため、無視もできないというのが厄介なところだ。
もちろんこのファーストライブに関わるスタッフがインターネット上の情報をチェックしているため、何か怪しい発言があれば警察に相談するなどの処置が取られる。今のところそういった事は無いらしい。
「No problem.ちょっとライブのテンションで過敏になってるだけよ」
心配するアイナに比べ私は結構楽観していたりする。
会場にはスタッフがこれでもかと言うほど居るし、巡回もしっかり行われてる。不審物があれば即座に見つかる仕組みが敷かれてる。それが例え身内の犯行だとしてもだ。
私とアイナの生き方に共感を覚えるが経歴まで一致する訳では無い。
恥ずかしながら裕福な家庭に生まれ、平均的な家庭よりも危険な目に遭いやすい環境にあった私は、当然のように保身する術を学んだ。それは立場的な保身と物理的な保身だ。だからこそアイナよりも分かるのだ。この会場の警備の厳重さが。
「それでも心配なら少し会場を巡回しようか。自分の目で見た方が信用できるでしょ?」
私はアイナの体を動かしてステージから降り、一先ずアリーナ席を見て回ることにした。
アイナには悪いけど半分物見遊山な気持ちもあった。ステージからの景色はまた見る機会がある。けれど、お客様が入ったら客席から会場を見る機会などないからだ。
私は不審物を探しながらこの会場を余すことなく見ようと思った。
「そうだ、インターネットについてはあの子が適任かも」
私はスマホを取り出し、星の番号に電話を掛けたが繫がらなかった。使われてすらいない番号であるらしい。
「星はこっちにいるのかしら?」
一緒に行動することが多く、Aqoursの幾つもの転機に立ち会った彼女もこの世界に来ていると当然のように思っていたため、思わず電話を掛けてしまったが、少し考えれば、来るとしたら私達同様に誰かの体に取り憑いていることだろう。星のスマホに電話を掛けるだけ無謀だった。
「星って、そんな子居たの?」
「知らないんだ」
本人は否定するだろうが内浦と言う小さなコミュニティの中に彼女は良い意味で溶け込んでいない。故に目立つ。だからこの世界のアニメーションで描かれたAqoursの活動には彼女の姿もあった筈だ。
「後でどの子か教えて」
星はどの様な描かれ方をしているのだろうと、僅かに疑問を抱きながら私は会場を見て回った。