私はずっと一人だった。
小さい頃から転校続きで、友達なんて出来なくて。
あの日も転校してきたばかりだというのに、放課後の静かな教室で、一人静かに本を読んでいた。
『君、一人なの?』
『...え?』
そんな私に声をかけたのは、私と同じく転校してきたばかりの一つ下の学年の黒髪蒼眼の少年。
『俺と一緒に遊ばないか?』
『えっ、い、嫌...』
『...どうしよう、断られる事を考えてなかった』
小声で『穂乃果が凄いのか、俺がチョロいのか...』とわけのわからない事を呟きながら額を押さえていた彼は、困惑する私に向かって笑みを浮かべると...
『よし!考えても仕方ない、一緒にこの町の探検に出かけよう!』
『え、ちょ、ちょっと!?』
突然、私の手を掴んできた。
『君も今日この学校に転校してきたんでしょ?
一人で寂しくこんな静かな所にいるなんて、もったいないよ!』
『私はそれでいいの!
あなたと私は違うんだから...』
『本当に?』
『え?』
『俺には、君が寂しそうに見えた。
本当に『それでいい』なんて思ってる?』
言い返せなかった。
彼の言う通り、一人でいるのは寂しいし、これでいいなんて微塵も思っていない。
私が言葉に詰まって下を向いていると、彼は掴んでいた私の手を離して静かに話し始める。
『俺だって、最初はこうして人に話しかけることなんて出来ない暗い奴だったんだよ。
でも、こんな俺を一人の世界から連れ出してくれる友達が出来て、一緒に遊んで...変われたんだ』
彼はそう言って、今度は優しく私に手を差し伸べた。
『俺の名前は蒼陽真拓。
...俺と友達になってくれないか?』
『っ...うん!
私は東條希、よろしくね、真拓くん!』
そう言って手を握った私に、彼...真拓くんは満面の笑みを浮かべた。
『よし!この町を探検だぁー!』
『おー...って、どこに行くの?』
『さぁ?俺だってこの町の事は何も知らないんだし、特に目的地は無いよ?』
『...じゃあ、どうするの?』
『...今日は大冒険だぞ』
『う、嘘っ...』
あれから七年。
今でも会いたいと思える彼は、私に初めて出来た大切な友達で...
『も、もう歩けない...』
『本当...まさか地図すら持ってないなんて』
『でも、学校に戻ってこれたんだからいいじゃないか』
『もう...まぁ、そういう事にしといてあげる』
『...なぁ、希』
『んー?どうしたの?』
『今日は、楽しかったか?』
『...うん!とっても!』
...私を一人の世界から連れ出してくれた、私の初恋の人ーーー
☆★
「...み、希、起きて」
「うん...?」
頭上からかかった声に、だんたんと
顔を上げると、目の前に現れたのは金髪蒼眼の整った顔をしたウチの親友、綾瀬絵里だった。
「ふぁ〜あ...エリチ、どないしたん?」
「今から理事長室に行って、朝の話を詳しく聞こうと思うの、ついてきてくれる?」
「ええよ、ウチだって廃校なんて嫌やしね」
そう言って席を立ち、エリチと並んで歩き出す。
さっきまで見ていたあの夢の日から七年の時が経過し、ウチは現在、この音ノ木坂学院の三年生にして副会長という役職に就いている。
そして、ウチの隣を歩くこの子、エリチは...
「生徒会長っていうのも大変やね」
「えぇ...でも、この学院のためにも、生徒の代表としても、これはやらなくてはいけない事なの」
凛とした表情でそう答えてくれる。
学院や生徒達の事となると、こうやって気を張って、誰も寄せ付けず一人きりで無茶しちゃう。
エリチには似非関西弁って言われてるこの話し方も、そんな彼女と話すきっかけを作るために使い始めたものだったりする。
そして、そうやって近くで彼女を支えることが私の役目。
そう、例えば...
「エリチ、あそこにいる子って、理事長の娘さんちゃう?
理事長に会う前に話を聞いてみたらどうや?」
中庭に生えている大きな木の周りに作られたベンチに座ってお弁当を食べる四人組のうちの一人を指してそう言う。
「ほんとだ...そうね、もしかしたら理事長から何か聞いてるかもしれないし、行ってみましょうか」
ウチの提案に乗ったエリチは、方向転換をして四人組の方へ向かっていく。
あの強気な黒髪蒼眼の少年のように私が前に出て彼女の手を引いてあげる事は出来ないけど、ウチはウチなりの方法で...彼女の背中を押してあげようと思う。
いつかまた、もう一度彼と会える日を想って...
「なぁーっ!?穂乃果!お前、俺の苺を!」
「穂乃果の前で苺を最後まで残してるヒロくんが悪いんだよ!」
ーーー聞こえた声に、物思いに耽っていた目を見開く。
『穂乃果』
それは彼が楽しそうに話をしれくれた元気で少しおバカな少女の名前。
『ヒロくん』
それは彼がその少女に呼ばれていたという渾名。
「(嘘でしょ...?)」
余りの驚きに素が出そうになる。
そうだ、彼がその少女達と出会ったと言っていた場所は、ここ、神保町。
まさか、まさか、まさか...
「ふざけんな!苺食ったんだからこのピーマンも食えよ!」
「嫌だよ!穂乃果がピーマン嫌いなの知ってるでしょ?」
「俺が苺好きなの知ってて食っただろ!?」
「八年も前に聞いたから忘れちゃった!」
「よし、分かった。
今この瞬間に刻み込んでやるよッ!」
「真拓!暴力はダメです落ち着いて下さい!」
「そうだよヒロ君!私の苺あげるから、ね?」
『八年』『真拓』
予感は、確信に。
「(待って、まだ心の準備が...!)」
確信は、焦燥に。
「え、エリチ!ちょ、待っーーー」
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
...ウチがエリチに向かって手を伸ばすのと、エリチが彼らに話しかけるのは同時だったーーー
☆☆☆★☆☆
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
昼休み。
俺の弁当のデザートである苺を盗んでいった穂乃果の頬を広げていると、突然横から声がかかった。
顔を上げて声の主を見ると、そこには金髪を後ろでくくった女性が...って、この人って!?
「「「「はい!」」」」
四人揃って立ち上がり、背筋を伸ばす。
海未やことりも緊張している様なので、俺の記憶は正しかったようだ。
「ねぇ、この人誰...?」
そして、穂乃果の記憶能力は終わっているようだ。
「この学校の生徒会長だよ...なんで知らないんだ?」
「い、いや知ってたよ?
ただちょっと忘れちゃってたというか...」
さてはこいつ、生徒会長が挨拶するような行事では寝てるな...?
小さくため息をついて、生徒会長のほうに向き直る。
「南さん、あなた確か、理事長の娘よね?」
「は、はいっ!」
「理事長、何か言ってなかった?」
なるほど、ことりに理事長の事を聞きに来るということは、きっと生徒会長も廃校には納得出来ないのだろう。
彼女を味方につけることが出来れば、廃校阻止も夢ではない。
どうにかして彼女と共に行動出来ないか...
と、そこで彼女の後ろで紫色の髪が見え隠れしている事に気付いた。
「...なんだあれ」
「っ!?」
俺の声が聞こえたのか、その髪がびくっと跳ねた。
あ、もしかして男子である俺を怖がってるのかな...
「どうかしたのですか?」
「いや、そこの渡り廊下を凄い勢いでパンが飛行してたように見えたんだけど、気のせいだったみたいだ」
「気のせいだったんだ...」
「穂乃果はそこで落ち込むんですか?」
生徒会長の後ろからホッとした気配を感じた気がする。
どうやらうまく誤魔化せたようだ、よかった。
「それじゃ、私は行くわね」
と、ことりと会話を終えた生徒会長とその後ろにいた人が揃って校舎の方に方向転換し、歩き出す。
いけない、生徒会長と話が出来るタイミングなんて滅多に無いんだ、この好機を逃すものか!
「待って下さい!」
「...何かしら?」
「俺達、廃校なんて納得出来ないんです。
何か出来ることはありませんか?」
「...あなた達に出来る事は無いわ」
「なっ...!?」
冷たく突き放される。
...まだだ!まだ諦めない!
「生徒会長も廃校を阻止するために動いているんでしょう!?
だったら俺達だって一緒にーーー」
「今日転校してきたばかりのあなたが、何を出来るっていうの?」
「っ!」
言い返せない。
彼女はこの学校に長くいる三年生、それも生徒会長だ。
この学院に対する想いは人一倍強いことだろう。
そんな彼女に、今日この学校に来たばかりの僕が何か出来るなんて強く言えるわけ...っ!
「...この学院は、私が救う。
だからあなた達は何もしなくていいわ。
それじゃ、行くわよ希」
「あっ、うん...」
今度こそ彼女は校舎の中に消えていった。
「ヒロくん...」
穂乃果が心配そうに声をかけて来るが、言葉を返してやれる余裕はない。
ただ、ただひたすらに。
「悔しい...!」
「え?」
「『何が出来るの』って言葉に、何も言い返せなかった!
俺じゃ無理だと感じた!
まだ何もやってないのに、心の中で諦めた!」
怒りに任せて叫ぶ。
まだ行動すら起こせていないのに、未来を捨てようとした自分がいた事がとにかく悔しい。
「何もしなくていい...?
いいや、やってやるね。
逃げない、折れない、諦めない!
俺達の手で、この学院を救ってみせる!」
力強くそう宣言した俺は、穂乃果達の方を向き、手を伸ばした。
「誰になんと言われようと、やってやろうぜ、この四人で!
諦めなければきっと出来る!」
「...そう言われずとも、朝の時点で何を言われようとやめないと決めていましたよ」
「ヒロ君はまだこの学院の事を知らないから、放課後になったら私達が学院を案内するよ、もしかしたら何かこの学院を救う事に繋がるかもしれないもんね!」
「やるったらやる!だよヒロくん!
みんなでがんばろーっ!」
口々に言いながら俺の手を包む三人。
見てろよ、生徒会長。
俺達は俺達のやり方でこの学校を救ってみせる。
そしてーーー
「(いつか、あなたも俺達と一緒に笑い合えるその日を目指してーーー)」
静かに抱いたその想いを叶えるため、少年と三人の少女は動き出すのだった。
☆☆☆★☆☆
「...出来るわけ、ないじゃない。
あんなに軽々しく、救うなんて...!」
絢瀬絵里は、聞こえた声に頭を抱えていた。
確かに自分は、彼の事を冷たく、強く突き放した。
なのに、彼はまた立ち上がるどころか、その青い瞳に燃え盛る炎のような闘志を滾らせた。
分からない、なんで折れないの!?
ただの生徒であるあなた達が何をしようと、大した事にはならない事は分かってる筈なのにっ...!
それは苛立ち、あるいは焦燥。
未だかつて見た事のない強い心に、彼女の心は大きく揺さぶられていた。
「(やっぱり、彼はこんな事で挫けなんてしない)」
東條希は、立ち上がった真拓を見て安堵した。
あの強気な彼が昔と変わらなかったこと。
人の前に出る心が失われていなかったこと。
「(真拓くんならもしかすると...)」
そう考えた彼女は、自分の隣で頭を抱える親友を横目で見た後、いつもの柔らかな笑顔で彼女に話しかけた。
「エリチ、時間がなくなっちゃったから、理事長に会うのは放課後にしよか?」
「っ...ええ、そうするわ」
希は三年生の教室へ向かってゆっくりと歩き出した絵里の背中を見た後、中庭で笑顔を浮かべる四人の少年少女を横目で見て、ぽつりと呟く。
「期待してるで、君達がこの学院を...エリチを救ってくれる事を...」
その呟きは、誰の耳にも入らず、風に揉まれて消えていったーーー
今回の話は、希と真拓の出会いを書くのにとても苦戦しました。
希と名乗らせておきながら標準語でセリフを書く事の違和感が凄かった...
次回の青の物語は、緑の物語で出てきたあの人がこちらで初登場します。
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