それでは、本編をどうぞ。
「いくわよ」
「どうぞ」
なんとも言えない緊張感を発するにこ先輩の背中に言葉を返し、部室が静寂に包まれる。
暖かな陽の差す始業前、アイドル研究部内は外とは明らかに違う異質な空気を感じさせていた。
何故こうなってしまったのか。
遡ること5分、それは突然一年生の教室へやって来て僕を部室まで連れて来た先輩の言葉から始まる。
「和真、アイドルに大切な物ってなんだと思う?」
部室に入るなり投げかけられた質問。
僕は先輩に訝しげな目を向けながら答える。
「笑顔、ですかね。
あの人、とは僕がアイドルのマネージャーを目指そうと決めた理由のアイドルの事。
彼女をずっと見ていた僕は、笑顔はアイドルに大切な物だと考えている。
「ふっ...流石ね和真、確かにアイドルにとって笑顔は大切な物よ。
...しかし!」
「しかし?」
「私達が普段見ているアイドルの笑顔の七割は...
...作り物よ」
「なんて事言い出すんだコイツ!?」
「そう言いながらあんたも薄々分かってるでしょう?」
唐突にこの世界のアイドルファン全てを敵に回すような発言をした先輩は、僕の反応に冷静に返してくる。
た、確かに握手会とかで緊張して手汗かいちゃったりしたら嫌がられそうだし、正直僕ならそんな状況で純粋な笑顔なんて出来そうに無いけど...
(※あくまで和真のイメージです。by作者)
「...で、結局何が正解なんですか?」
少々部が悪かったため、強引に話を逸らす。
「ふっふっふ...それはさっきの会話の中に出てきた七割のアイドルがやっている事...
ーーそう、キャラ作りよ!」
キャラ作りよ! 作りよ! よ!...と反響する先輩の声。
「...キャラ作り?」
正直もう話を聞きたくないが、相手はこれでも先輩であり部長なので渋々返事を返す。
「そう、キャラ作り。
ステージを見に来てくれたファン達に見せる、笑顔振りまくアイドル...という
「そのルビをやめろッ!...って、なに言ってんだ僕。
そうじゃなくてですね、残りの三割のアイドルを見習ったらどうですか?
純粋な先輩のほうが人気出ると思いますよ?」
「それで、マネージャーはアイドルのキャラを知っておかないといけないでしょ?」
「無視ですか」
「今からどんなのか見せるから、ちょっと見ておいて」
そう言って先輩は僕に背を向けた。
もう早く教室に戻りたい。
「いくわよ」
「どうぞ」
軽く言葉を交わし、部室内が静寂に包まれる。
そして、先輩は勢い良くこちらを向きーーー
「にっこにっこにー♪
あなたのハートににこにこにー♪
笑顔届ける矢澤にこにこ♪
にこにーって覚えてラブにこ♪」
ーーー
「どう?にこはこんなキャラでやってるにこ♪」
先輩は屈託のない笑顔を浮かべながら手を変な形にして顔の近くにまで上げる。
今のが、キャラ...
「...先輩」
「? 何よ」
「あー、いえ、言い難い事なのでやっぱり...」
「言いなさいよ、マネージャーの言う事なんだし怒りはしないわよ」
「そうですか? じゃあ...」
「サムいです」
☆★
「あっ、翠星くんにゃ! おはよー!」
「おはよう翠星くん、どこに行ってたの?」
「二人とも、おはよう。
入学してから知り合った先輩に呼び出されて話を聞きに行ってたんだ」
数分後、部室から追い出された僕は、教室に戻って登校してきていた星空さんと小泉さんに挨拶をしていた。
「翠星くん、もう仲良くなった先輩がいるの!? 凄いにゃー!」
僕の言葉に食いついてくる星空さん。
仲良く...かは今の状況的に分からないが、よくよく考えると二学年も上の先輩と入学から三日で普通に話せるようになっているというのは凄いことなのかもしれない。
「その先輩って、もしかして二年生にいるもう一人の男子生徒の?」
「あー、あの人ではないよ。
話した事はあるけど...仲良くはなれそうになかった」
思い浮かべるのは柔らかな笑みを浮かべる黒髪蒼眼の男。
そういえば、彼は今何をしているんだろう。
話をしたのは昨日なんだし、まだ諦めるなんて発想は出ないだろう。
『すみません、道を開けてください!』
『真拓くん!しっかりして!』
と、何やら廊下の方が騒がしくなる。
何があったんだろう...って、今なんか聞き覚えのある名前聞こえたんだけど。
「ヒロ君!もう少しで保健室だよ!」
「目を覚ましてよヒロくーん!」
そんな騒がしい声と共に教室の前を通過する一団。
その中心ではあの黒髪蒼眼の先輩が担架に乗せられていた。
...本当に、何をしているんだろう。
「今の、何にゃ?」
「あれって、今話してた男子生徒の先輩じゃ...」
「さぁ? よく見えなかったから分からないやー」
若干棒読みで言う。
何でファーストライブの準備で担架に乗せられる様な事が起きるんだよ...
というか、見覚えのない人が一人増えてたような?
あの人もスクールアイドルをやる気なのかな?
...まぁ、いいや。
どうせ途中で壁にぶつかって折れるだろうし、僕が彼らの事を気にかける必要は無いだろう。
とにかく今はにこ先輩の今後を考えないとね。
...特に、キャラ作りの部分を。
★☆☆
「和真ッ!」
三時間目が終了した休み時間。
教室で次の授業の用意をしていた僕に声がかかる。
声の主は黒髪のツインテール、にこ先輩だ。
「どうしたんですか、にこ先輩。
キャラ作りをやめる気になりましたか?」
「あれをやめる気は無いわ、またパワーアップしたにこにーを見せてあげるから覚悟しなさい。
...って、そうじゃなくて、ちょっと来て!」
そう言って歩き出す先輩。
なんか今パワーアップとか聞こえたんだけど。
先輩の言葉に不吉な予感を感じながらその背中を追う。
なんだか焦ってるようだけど、一体何があったんだろう?
「...ねぇ和真、これ何だと思う?」
足を止めてそう言った先輩が目を向けるのは、多くのプリントが貼られた掲示板。
廃校のお知らせが貼られた場所であり、多くの生徒にとって印象深い場所なのだが...
「...何だ、これ」
その掲示板には、前までは無かった一際目立つカラフルなポスターが貼られていた。
そこに書かれていたのは、見覚えのある三人の少女がデフォルメ化された絵と、『初ライブのおしらせ!』の文字。
「あっ、翠星くんにゃ」
「翠星くんもこれ、見に来たんだね」
掲示板を見つめる僕に横から小泉さんと星空さんの声がかかる。
「凄いよね、この学校にスクールアイドルなんて...っ!?」
そして、僕の顔を覗き込んだ小泉さんは怯えた表情をして一歩後ずさった。
僕は今、どんな顔をしているんだろう。
「これじゃ、もう...」
小さく呟き、横目でにこ先輩を見つめる。
こんなに目立つ所で、ご丁寧に絵まで入れて告知してしまっている事で、『音ノ木坂学院のスクールアイドルは彼女達である』という事が確定してしまった。
つまり、他の人間...にこ先輩は、もうスクールアイドルにはーーー
「蒼陽、真拓ッ...!」
拳を強く握り、あの黒髪蒼眼の男の名を呟く。
あまりの怒りと絶望に、僕は暫くその場から動く事が出来なかった。
不快に思われたアイドルファンの方、申し訳ありませんでした。
本編についてですが、青が前進すればするほど緑がどんどん後退していきます。
穂乃果達三人がスクールアイドルになるという事が周知の事実となり、絶望的な状況に追い込まれた和真はどう考え、どう動くのか...
次回、赤の少年、三度襲来。
ご感想、お気に入り登録等々お待ちしております!