「見ろよ真拓、綺麗な新居だぜ?」
東京都千代田区神保町。
その住宅街にある綺麗な一軒家を見て、手ぶらの親父はニヤニヤと笑いながら全身荷物まみれの俺に話しかけた。
「ぜぇっ...はぁっ...この野郎...少しは持てよ...」
「なんだよ、駅についた時に『代わって欲しいなら俺にタッチしろ』って言っただろ?」
「あぁ言ったな。
そしてその後地図だけ渡して走って先に行きやがったな!
荷物まみれでここまで来るのがどれだけ恥ずかしかったか分かるかこのクソ親父!」
「さて、家の中はどんなかな〜」
「無視すんな!?」
怒りの声を上げる俺を無視して親父がインターホンを押す。
ピンポーン、というよくある呼び出し音が鳴ると、すぐに扉が開き、一人の女性が顔を出した。
「二人とも、お疲れ様。
ほら、中に入って?」
そう言って優しい笑みを浮かべるのは、俺達より先にこの新居に来て前の家から送られてくる荷物の整理をしていた母親の蒼陽
早く重さから解放されたい俺は小走りで家に入り、前の家より少し大きめの玄関にどさっと荷物を置く。
「あー、つっかれたー」
「この程度で疲れているようではまだまだだな」
「疲れの原因の8割ほどがあの荷物だから持ってない親父には言われたくないんだが」
「まぁまぁ、とにかく二人ともゆっくりしたら?
お茶でも入れようか?」
「お、助かるよ。
ちょうど喉が渇いてたんだ」
「俺はさっきコーヒーを飲んだからいいぞ」
「ん、了解。
それじゃ二人とも、手を洗ってからくつろいでてね〜」
母さんはそれだけ言うと、リビングのほうに向かっていった。
俺と親父は靴を脱ぎ、玄関の近くにあった洗面所で手を洗った後、リビングへと向かい、置いてあったソファーに腰掛けた。
と、ここでさっきの会話で疑問に思ったことを口に出す。
「親父はいつコーヒーなんか飲んだんだ?」
「ん?あぁ、お前を待ってる間、暇だったからそこの自販機で買って飲んだ」
「暇なら手伝えよ!何で一人で休憩してるんだよ!」
「コーヒーはいいぞ」
「うるさいわ!」
「もう、二人が来たとたんに賑やかになるんだから」
と、リビングの奥にあるキッチンから戻ってきた母さんが苦笑いしながら俺にコップを渡す。
本当に、この優しい母さんとこのクソ親父がなんで結婚したのやら...
そう考えながらコップに口をつけ、中身を一気に飲み干すと同時に尋常でない辛さが食道を支配してごっふ。
「ぎゃああああああああああっ!?」
「うおっ!どうした真拓!?」
「喉!喉がンギモヂワルィィイイイ!」
「神奈っ!お前真拓に何を渡したんだ!?」
「た、ただのお茶のはずだけど...?」
「ちょっとそのコップ貸してくれ...
こ、この匂い、醤油ッ!」
「何 で だ よ !」
親父が液体の正体を確かめている間に母さんから受け取った水を飲んで回復した俺からのツッコミが響く。
どうやったらお茶が醤油に化けるんだよ!?
「あ、そういえば昨日、買い溜めした醤油を空になったお茶のペットボトルにまとめたんだったわ!」
「そんな事忘れないで!?」
てへぺろ、と少し下を出してこつんと頭を叩く母さん(四十代)に向けて再び声を上げる。
さっきからのツッコミでもう喉が限界だ。
「じゃあ母さん、本物のお茶を入れて貰ってもいい?」
「それが、あると思ってたせいで買ってないのよ〜」
「えぇ...じゃあ水をもう一杯...」
「さっき真拓に渡したので無くなっちゃった☆」
「...何か飲み物無いの?」
「うーん...みりんならいっぱいあるわよ?」
「調味料を買い溜めする前に飲料を買ってくれよ!
ったく...ちょっと飲み物買ってくる!」
俺はそう言うとソファーから立ち上がり、玄関まで行って鞄を持つ。
「おい真拓、ちょっと待て」
と、親父が外に出ようとした俺を引き止め、小さな財布を渡してきた。
「飲み物代出すから、お釣りで菓子でも買ってきてくれ」
「おう、了解。
どんな菓子が食いたいんだ?」
「穂むまん」
「...は?」
靴を履きながら会話していた俺の足が止まる。
『穂むまん』というのは、この町に存在する和菓子屋、『穂むら』で売っているオリジナル饅頭の事で、俺も前にこの町にいた時はよく食べていた。
その理由は、和菓子屋穂むらに住んでいる家族の長女こそ、俺の事を変えてくれたあの少女だから。
つまり、穂むらに行けというのは『彼女に会って来い』と言っているような事で...
「俺は夕飯の後に穂むまんが食いたいから、別にゆっくりと行ってくれていいぜ?」
そう言ってニカッといい笑顔を見せる親父に背を向け、ドアに手をかけた俺は。
「ありがとな、親父」
そんな感謝の言葉を言ってから外へ飛び出し、彼女に早く会うために走り出すのだった。
★
「あの、クソ親父ッ...!」
家を出てから数分後、昔に来た事のあるスーパーに入った俺は、飲料コーナーの前で『こどもぎんこう』と書かれた千円札のおもちゃを握り潰した。
今すぐ家に帰ってあのクソ親父に復讐したい所だが、折角ここまで来たというのもあって仕方なく鞄から自分の財布を取り出し、お茶のペットボトルを三本持ってレジへ行き、会計を済ませてから店を出る。
「さて...それじゃ、行きますか」
俺はそう呟くと、穂むらへと向かって歩き出した。
果たして彼女は俺を覚えているのか。
どんな成長を遂げているのだろうか。
色々な不安や期待にドキドキと動く胸を押さえ、俺はゆっくりと、ついに訪れる再会の時へと近付いて行くのだった。
青は次回からやっと穂乃果達の登場となります。