《ホロウ・エリア》とは、そもそも何なのか。
未知の敵、未知のスキル、未知のアイテム。これらは勿論、攻略が進めば半ば自動的に未知ではなくなっていくだろう。
だけど、スキルの取得クエスト程度だとしたら……メインメニューの項目が追加されたり、動作のチェックが必要だったりするだろうか。
答えは、どちらも否だ。
となれば、ここは──
「……ビンゴ。ここは──開発用のエリアだ」
よくよく考えれば、有り得ない話ではない。テストするなら同じ鯖を使うのは何もおかしくないし、通常なら侵入不可能なエリアにある(と思う)なら削除していなくても影響は無い。何故入れたのかは……恐らく、75層以下に戻れなくなったのと原因は同じだろう。
ともかく、これでいくつかの疑問に合点がいった。挙動のおかしいフィリア以外のプレイヤーは、全員が《ホロウ》……要するに、アインクラッドのプレイヤーの影法師だ。
彼らに《人間の心理》なんてものは存在しない為、死を恐れずに特攻するのだろう。AIは《感情》を持つことが出来るが、それもデータを入力しないと持てないのだから。
しかも《ホロウ・エリア》は開発──要するに、実験用のエリアだ。恐怖や生存本能など、持たせるだけ無駄、ということか。
「でも、問題はまだ残ってるんだよな。あそこにいる大多数のAIが、アインクラッドのプレイヤーデータを参照して作られたものだとして……僕に与えられた謎の権限と、僕とフィリアが来た理由は……?」
「それについては、ユイが協力してくれるよ。ユイ、頼んだ」
「はい、パパ!」
考察の海に潜っていた意識が一瞬にして引き戻され、声のした方を向くと、見慣れた全身真っ黒剣士と手を繋ぐ女の子が来ていた。言うまでもなくキリトとユイである。
「……来てたのか。っていうかキリト、お前権限あったんなら先に言ってくれよ」
「いやぁ、俺も最近気付いてさ……まあそれはそれとして、俺達にも協力させてくれよ。何か力になれるかもしれないしさ」
キリトの戦闘力と判断力、ユイのシステムサポート力はとても頼りになる。1人で攻略しなければならなかった事を考えると嬉しい誤算だ。
「いや、それはむしろこっちから頼みたい。……フィリアを助ける為に、力を貸してほしい」
「ああ。……で、どこから攻略するんだ?」
「えっと、セルベンディスとバステア、あとグレスリーフは攻略した。だから、今はここ……ジリオギアの途中から」
「分かった。ユイ、少しの間お留守番を頼めるかい?」
「分かりました! その間、ここのコンソールでこのエリアに着いて調べておきますね」
「ありがとう。ケント、ユイは……」
「ああ、言わなくても大丈夫。……前に、誰だったかな? 誰かから聞いたんだ」
「誰か? クラインかエギル辺りかな……まあ、そういうことだから、データ面の調査は任せて大丈夫だぞ」
一瞬、「ここはテスト用のエリアだ」と言いかけたが……言わないでおこう。主に、僕の保身の為に。
***
「……よし、進もう」
フィリアが行方不明だ、と聞いたので攻略を手伝っているが、それにしてもケントの足取りが重い……気がする。
「なぁケント、具合悪いのか?」
「いや、大丈夫。行こう、フィリアを助けないと……っとと」
「おいおい、大丈夫じゃなさそうだぞ。最近あんまり寝てないだろ、今日の所は──」
「嫌だ!」
「……ッ」
いつも眠そうで、攻略組の中でも比較的──いやかなり大人しい方のケントが、ここまで声を荒らげたのは、どれくらいぶりだろうか。いや、もしかしたら初めてかもしれない。
それ程までに、彼はフィリアを大切に想っているのだろう。あるいは──
「もう死なせたくない、か」
「…………」
返事は無い。だが確信があった。
「ケント」
「……そうだよ。僕は彼女を死なせたくない。だって、いきなりこんな所に閉じ込められて、現実どころかアインクラッドにも戻れずに死なせるなんて……僕には出来ない」
「……ああ。同感だ」
「だけど……怖いんだ。僕の力が足りないせいで、僕が遅かったせいで、僕が避けられなかったせいで、僕が弱いせいで! 皆死んだんだぞ! だから止まってなんかいられない、もう誰も死なせたくない!」
思い詰めすぎだ、とは俺も言えない。理由は違えど、『誰も死なせたくない』という点に於いては同じだから。……だが、だからと言って、万全でない状態のケントを行かせる訳にはいかない。
「ケント。もし、それで……お前が死んだらどうするんだ」
「…………死なないよ、俺は」
「この世界に『絶対』は無い。まして、そんなにふらついたお前が、PoHの所に行ったとして……勝てるとは思えない」
「それでも、行かないと!」
「ダメだ! お前を殺したぐらいで、フィリアを殺さない訳が無い! それがPoHという男だぞ!」
「そんな事、お前に言われなくても分かってんだよ! でも……行かなくても、殺されるんだぞ! 大方、『あそこに落とせばずっと一緒に居られる』なんて唆されたんだろうけど……そんな場所は無い。『絶対』は無い。でも、精神的に弱ってるフィリアはそれを受け入れた。あいつが『ケントは死んだ』って言ったとして──彼女は、絶望したまま殺される。それだけは嫌だ。だから、俺は……」
そこで口を紡ぎ、代わりにちゃき、と鯉口を鳴らして、いっそ美しさすら感じる動作で抜刀した。そのまま切っ先をこちらに向け、冷たく言い放った。
「──今、フィリアを助けに行く。例え、俺が死のうとも。……お前を、殺す事になろうとも」
デュエル申請ウインドウは、現れなかった。