ジリオギア大空洞は、他のエリアと比べても異質な場所だ。《エリアシステムコンソール》なんて名前のマップ、ゲーム内で見ることは普通無い。例えそれが、開発用のテストエリアだったとしても。
「ここはあとちょいかな……向こうはもう終わってそうだけど」
あれから、キリトがアスナを連れて戻ってきたので改めて捜索に乗り出した。3方向にあるマップの内1つ、その最奥に封印があったので、残り2つにもあるだろうと踏んで時短の為に別れることにした。
先程のマップと大体同じ構造だと考えると、マップの埋まり具合からしてここはあと少しで踏破出来そうだ。戦闘はなるべく避けた筈だが、それでもそこそこ掛かっているのは1人だからだろうか。
「……今更だけど、久々に着とこうか」
ソロの時によく使っていた、
***
「ねぇ、キリトくん。ちょっと聞いてもいい?」
「ああ。どうしたんだ、アスナ?」
隣を歩く彼女の張り詰めた声から、ただ事では無い雰囲気が察せられた。……十中八九怒られる時の声だ。
「ケントくんが心配なのは分かるよ。私も、彼のことは耳に入ってたし。……良い噂も、悪い噂も」
「……ああ。そうだな」
夜な夜な人助けをしていたという噂。それも何度も、何人も……決まって、黒いローブの少年だったという。
そしてもう1つ。
「でも、アレは本人が仕向けた訳じゃないって判明したろ?」
「それは、そうだけど……なら、彼が今
「それは……えーと、事故って言うか……」
ごにょごにょと語尾を濁しつつも掻い摘んで説明すると、はぁっという溜息と共に「また変なことに首突っ込んで……」と小さくボヤいているのが聞こえた。
「……悪い。ほっとけなくてさ……ああそれに、《ホロウ・エリア》のスキルやアイテムが攻略に活かせるかなって……」
「もう、そこまで聞いてない! ……今回は女の子絡みじゃなさそうだし、良しとします」
「あ、えーと……その、フィリアって子が……」
「……もう!」
***
「っくしゅ! やべっ……セーフか」
嫌な噂じゃないといいけど。 まあそれはいいとして、こちらの封印は解けた。あとはキリトとアスナの方が上手くいってたら……まだ探せていない、あの場所へ行ける。
「……無事でいて、フィリア 」
ラフコフ殲滅戦で、ラフコフとの因縁は大半が終わった。でもその中にPoHは含まれていない。あのPoHが本物であったかどうかは定かではないが……少なくともPoHである以上、許す訳にはいかない。
***
「ここが合流地点…なんだよね?」
「その筈だけど…まだ来てないのかな」
「……ごめん、こっち」
「───!!!?」
どこにも居ない、と思っていたケントだが、転移装置の陰に居た。正確には、黒いローブを着て《隠蔽》スキルで隠れていた。最前線で戦い続け、《索敵》スキルを人並み以上に鍛えている2人ですら、近くに居てもしばらく気付かない程に。
「い、いつから……?」
「5分ちょっと前かな。この辺にエネミーは湧かなかったけど、一応《圏外》だし」
「そのローブは…」
「これ? …《隠蔽》ボーナス付きだから着てる。《死神》っぽいでしょ」
「…………」
「……ごめん。行こうか」
……自虐ネタのつもり、だったのだろうか。《死神》と呼ばれる前から着ていたそうだし、前者が本音なのは確かなようだが。
それより、フードの奥で光る眼が……いつもと違った。
朝に会った時に見た、安堵の中に痛々しさを感じる眼。
昼に会った時に見た、眠たげながらも優しさ溢れる眼。
夜に会った時に見た、渦巻く焦りを笑顔の奥に隠した眼。
…そのどれとも違う。今までで一番穏やかなのに、今まで一番恐ろしい怒りで爛々と輝いている。笑っているのに、笑っていない。
「ケント、キミは……」
「うん? ……来ないなら置いてくよ」
「……悪い。行きながら話すよ。行こう、アスナ」
「う、うん…」
ケントの後を着いて歩きながら、キリトは冷や汗をかいていた。
あの時戦ったケントが"こう"だったら? 疲労困憊でなく、焦っておらず、それでいて躊躇うことも無い状態だったら?
判断力が鈍っていた状況ですらクリティカルポイントを狙われていたのだから……万全だったら、擦り傷で済んでいただろうか?
「──キミが味方で本当に良かったよ」
「どうしたの急に。僕ら基本敵対する理由無いでしょ?」
「SAOの世界に絶対は無いだろ? 現にあの時、意見の違いで《決闘》した訳だし」
「それは……ごめん。アスナも、不安にさせちゃったよね」
「……そこまで言うなら、どうして? どうしてそうまでして…自分を犠牲にしたがるの?」
「《ホロウ・エリア》の件を落ち着かせたら、全部話す。……長くなるから、今はまだ言えない」
思うところはあったが、ケントがそれを遮るように「走るよ」と呟くと共に走り出した為、一旦飲み込むことにした。
***
《剣の世界》と言うにはあまりにも無機質で、機械的なフィールドマップ。《索敵》を全開にしつつ、見覚えのある通路をノンストップで走り抜ける。
「! ケント、右側に
「──! ごめん先行く!」
「えっ!? ち、ちょっとケント君!?」
《犯罪者》2人、片方は……いや、間違いなくフィリアとPoH!
「間に合え……間に合え……ッ!」
***
フィリアはPoHに、2つのことを聞かされた。ケントは今頃くたばっているだろうということ。お陰で邪魔物が消え、「最高のParty」が早く始められるということ。
「……あんたの目的って、何?」
「──SAOをクリアされたら《ホロウ》は消える。もうテストは必要無い。……でもでもでも〜〜? お前ぇのお陰で、永遠に殺しを楽しむ準備が出来たんだよなぁ〜……感謝してるぜぇ〜?」
そこまで言うと、ただでさえ歪んでいた口角が更に歪んだ。今にも高笑いしそうな程に、楽しさを堪えきれないように。
「永遠に……殺しを楽しむ? 言ってる意味が分からない!」
その言葉を聞くと、PoHは急に落ち着いた様子で重々しく口を開き、残酷な事実を突き付けた。
「全部お前ぇと俺で選んだんだ。愛しのケント君を罠に嵌めて殺したのも、人殺しを永遠に楽しめる世界にするのも! 全部! 全部!ぜぇぇぇぇんぶ! 俺と!……お前ぇで選んで決めたんだよ!」
「違うッ!」
仮想の喉が焼き切れる程に叫んだ。嘘だ。私が、ケントを、殺した?嘘だ、嘘だ!
「違う、違う違う違う……ッ」
だが、全て事実。これが結果。悪魔に魂を売った者の末路。覆しようの無いもの。嫌だ。認めたくない。私は殺してない。ケントはきっと生きている。──そう、願うしか無い。そもそもその願いすら
「歓迎するぜ、《ラフィン・コフィン》は……お前ぇのよう性根の腐った腐った……殺人者をよ。──さぁ!
「お前とは違うッ! ……違うよ……わたしは……わたしは……」
自信が無くなっていく。わたしは
──何が違う?
刹那、何かがぷつりと切れた。全身から血の気が引いていくのが分かる。立っていられなくなり、その場にへたり込んだ。
「あぁ? ど〜〜〜~~~〜した? 殺すの楽しくないのか? なんで楽しそうじゃないんだよ?」
「そんなこと……してないよ……」
眼前の《悪魔》が小さく「殺すかぁ……」と呟いたかと思えば、脇腹に強い衝撃を感じた。
「ぐっ…あ……」
「おぉ〜悪ぃなぁ思わず蹴っちまった……痛かったか? ──そんな訳無いよなぁここSAOの中だもんなぁ?」
「私は……ケントと生きたいだけなのに…………」
《悪魔》がわざとらしく足音を立てて近付いてくる。やがて頭を鷲掴みにされ、ガンガンと打ち付けられた。
「良くねえよ〜そういうの良くねえ、てめぇで始めたことを途中で放り出して『自分もう関係ない』とかそういうの一番良くねえ、そういうのダメだって親とか学校で習ったろ? 習わなかったか?──習ったよなぁ!」
「っ……ごめん、ケント……」
再び、蹴り飛ばされる。その時、涙に濡れた視界の端で、一筋の光がPoHの眼前を掠めた。直後、心の底から聞きたかった声と共に、ローブの人影が突進してきた。
「……セェアアアッ!」
回避こそされてしまったが、投げられたものには見覚えがある。ケントが使っていたピック──本人曰く、正確には棒手裏剣。
「……くくっ……やっぱりお前はむかつく野郎だなぁ〜オイ!」
「そうかよ。地獄の底から戻ってきた甲斐があるってもんだ」
「ケント……どうして……それに、その格好……」
「お待たせ。この格好は……あー、まあ、後で話すよ」
「でも……でも、わたしは……貴方を裏切って……殺そうとした……」
「気にしないで、こうして生きてるんだし。……それに、フィリアが戻れない理由も分かった」
「ケント……ケント!! ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝んなくていいよ。……同じ境遇なら、多分同じことしてた」
と、大きく退いていたPoHがゆっくりと身を起こした。
「美しいことだなぁ……あ〜〜〜~~~〜吐き気がする。もうすぐ死んじまうとは、とてもとても思えない」
「……あ?」
「フンッ……もう間に合わねぇよ、もうすぐPartyが始まるんだぜぇ」
「勿体ぶるなよ。お前のことだ、どうせ誰かに聞いて貰いたくてたまらないんだろ? 」
「まあな。やっぱPartyにはお客様がいないとつまんねぇだろ? ──俺は……天啓を受けたんだよぉ……そんときビビッと来たんだ。な〜〜〜~~~んもなく殺してた《ホロウ》の俺様の心にビビッとなぁ? ……それからは、そりゃ〜そりゃ〜楽しかったぜぇ……」
それから、PoHは「Party」とやらを開くに至った経緯を話し始めた。
「──あの世界が歪んだ瞬間……あの時わかったんだよ、俺が殺したいのは人間だってなぁ!! ……人を殺すのって快感だよなぁ。《ホロウ》だって死ぬ間際はちゃんとイイ表情するんだぜぇ……? しかもよ。あいつらを狩りまくってたら、Surpriseなプレゼントがきたんだよぉ」
そう言って見せた腕には、ケントに浮かんだものと同じ紋章が浮かんでいた。あれは……
「──高位者テストプレイヤー権限、か」
「でだ。管理区にあったコンソールを調べてたらよぉ、この世界がなんなのか知っちまったわけ。ついでにそこのフィリアちゃんのこともなぁ〜」
その言葉を聞いて、肩が跳ねた。私のことを、知った……?
「まぁ〜俺が誰で《ホロウ》がどうだとか、正直誰かを殺せればどうでも良かったんだけどよぉ……お前や、ブラッキーが来やがった」
「悪かったな。攻略に有効活用させて貰ってるよ」
「ゲームクリアなんかしたら、俺が消えちまうじゃねえかぁ? だからさぁ……永遠の楽園を作ることしたんだよぉ」
右手の紋章を高く掲げ、悪魔は遂に自らの野望を明かした。
「この権限を使ってよぉ《ホロウ・データ》でお前らの世界をアップデートしちまえばいいってなぁ!」
「ケント……あいつ……」
「《ホロウ》だけの世界になれば、俺は永遠に人殺しを楽しめるじゃねぇかぁ! 最高にCoolじゃねぇ?」
「……そんな事したらお前……本当のお前がどうなるか、分からないお前じゃないだろ?」
「分かってねぇなぁ〜、本当の俺って俺のことだろぉ? なんでアインクラッドの俺を生かして、この俺が消えなきゃいけねぇんだよ。……そうだろ?」
「……向こうのお前も、きっと一言一句違わず同じ事言うだろうな」
言葉の中に隠しきれない怒気を混ぜながらも、後ろ手にポーションを差し出してきた。色々な事が重なって頭から抜け落ちていたが、HPゲージはレッド手前まで削れている。
「……ありがとう」
何やら謎のハンドサイン──恐らく『気にしないで』と伝えたかったと思われる──を残して得物を握り直した。
「……やっぱりさぁ、重要なことは自分でやるもんだよなぁ、うん……俺がちゃんと殺さないとダメだったよなぁ〜……だからさぁ……楽しい叫び声を聞かせてくれよ! 《死神》サマよぉ!」
「そういうのはザザ辺りに頼めよ。やってくれるかは知んないけど……地獄でやってろ、《悪魔》がよぉ!」
ガキィン! という音を響かせ、《死神》と《悪魔》の血戦──その火蓋が切られた。