少女は鎧でハイになるのか?   作:からしに

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オリジナルの習作です。
感想を頂けると嬉しいです。


入学式は剣によって行われる

  二振りのロングソードが石畳の道路に突き刺さる。快晴の空の下で陽光を反射して、鈍く光る刀剣は打ち倒された者を反射していた。

 

 倒された者は非常に大きな物であった。サイを思わせる兜に分厚い鎧を着こんだ巨人とも言うべき物で、身の丈は人二人分はある背丈に巨木さえ一撃で倒せそうな戦斧を握っていた。

 

「ま、まさかあんなのに!」

 

 戦斧の持ち主の仲間達が狼狽しながらスピアを憎き下手人に向ける。“騎士”達の目の前に立つのは一騎。その騎士は倒れる者と比べ、小柄であった。腕も足も細く、銀色の甲冑に所々金の装飾がなされているがくすんでおり、ボロボロの赤マントをフードのように被っている。

 

 心ない者が見れば、老兵と表現するだろう。しかし、彼女の握る二振りの剣だけは誰にも貶せない。柄に鍔、刀身全てが穢れのない銀であり、先ほど叩き切ったあとでも神々しい輝きを失っていない。

 

 純粋。その剣を評するなら、その言葉が最もふさわしいだろう。そして、「剣は人を表す」と言うのか、持ち主である少女は子供のように無邪気な笑い声を上げていた。

 

「さて」

 

 彼女は剣を引き抜き、クロスさせた。相対する相手に逆さ十字に見せるように構える姿は悪霊を払う聖職者のようだ。フードの奥底に隠した兜の赤い双ぼうはハッキリと相手を捕えており、中の彼女は舌なめずりをする。

 

 誰から斬る? それとも駆け抜ける? はたまた……少女の楽しみは無限大。斬るも突くも全ては自分次第で、それがたまらない。

 

 残るは12騎。怯えているのが8騎、逃げ腰なのが3騎。1騎は後ろで構えるだけ。なんて、素敵な状況だろうか。とエル・ウッドランドはゆっくりと歩いて行った。一歩、一歩と歩を進めれば敵が下がる状況はさながら羊の群れと狼だ。

 

「先輩の皆様。少々お話がありますのよ? 後何騎倒せばいいのでございますか? それとも全騎?」

 

 後ろでは倒されて、撃破判定を受けたプレイトが帰還機能を発動させ、転送されていく。青い粒子となってその場から消えてしまい、後には回収しそこなった戦斧だけが取り残された。

 

 エルは「ふふーん」と達成感に満ちた笑いを起こし、身をかがめた。飛びかかろうと力をため込む肉食獣のように構えた。エルの全身から発せられる魔力がプレイトの人工筋肉である「靭帯」に伝えられ、機械仕掛けの甲冑騎士が体を軋ませる。弾力に富んだ黒い筋肉がアーマーの下で踏ん張っているのだ。

 

 更に、魔力はマント裏に隠されたエアコンプレッサーへ。極限まで圧縮された空気と魔力の混合ガスが送られ、マントが浮き上がっていく。

 

 15歳の少女は鎧の中で笑う。いや、笑わざるをえない。鉄の匂いと刹那の火花。手にしっかりと伝わるロングソードの重みと全身に走る興奮の波がエルの武器となり、楽しみへと変換されていく。

 

 この世全てが自分に喜びを献上している従者だ。鎧の中では自分は女王であり、何者も自分の衝動を抑えられない。

 

「待ちに待ったプレイト戦……ぶつかる剣に槍……この晶靭の軋み!私は騎士? 私は騎士! そして、王様! 女王様! 私はプレイトメイツ! 私こそが歯車仕掛けの騎士エル・ウッドランド! 行きますわよ! 皆さま!」

 

 ため込まれた力が解放されて、エルは跳びかかった。圧縮空気で爆発的な急加速を得て、石畳の上で激しい火花を散らせて、急襲。

 

 前面で槍を構える8騎の中心に突っ込み、銀色に輝く槍衾を突破した。8本の槍の切っ先を紙一重で避け、まず一騎目の脳天にロングソードを振り下ろし、撃破。

 

「馬鹿なあんな事が!」

 

 反動で宙に浮かび上がったエルは残ったガスで急降下し、背後より彼らに牙を剥いた。身体を捻り、バネのように反動をつけたと思うと銀の双刃が二騎目の胴体を切り裂き、甲冑騎士を吹っ飛ばした。

 

「二騎ごちそうさまですわ!」

 

 三騎目がショートソードを引き抜き背後から襲い掛かるのをエルは薙いだ時の遠心力を利用して柄頭で頭部と腹部を強打し、屈みこんだところで後ろに回り込み首を引き裂き撃破、

 靭帯を維持する赤黒いオイルが青空を舞う。

 

 ついで死に体となった三機目を蹴り飛ばし、迫る敵騎と衝突させて、その場で飛び跳ねまわった。

 

「三騎! タリホー! もっとハイに!」

 

 剣戟で小さく切り取られた赤い布が宙を舞う。

 

 剣閃と鉄の鈍い輝きの中で騎士たちはしのぎを削りあう。赤い外套を纏うエルの騎体は刀と刀が触れ合うたびにフワリと浮きあがっては後退と前進を繰り返し、騎士たちの中で鉄のヒールで敷石を蹴り、赤いマントが広がれば、踊り子が華麗に舞っているように見えた。

 

 並み居る騎士を翻弄させ、一撃すら許さず捌く。

 

 誰もエルに触れられない。誰もエルを止められない。猛撃は赤と銀の旋風の様で、エルに相対する者にとっては悪夢と言っていいだろう。何せ、勢いを増すことはあっても、衰えることなどないからだ。

 

 現に斬り合う度にエルは興奮で息を荒くしている。剣の触れ合いはこの世全ての音楽を凌駕する極上のメタル。ブレーキ知らずの心が叫びたがっているのだ。――私をハイにして! もっとハイに!

 

 麻薬のような熱気に身を任せて、計算など一切ない勝負に出る。四機目に右手の剣を投げ付き、胸部に突き刺さったのを見てニコリ。身軽さを以て剣に足を乗せ、踏み台にし、ジャンプ。

 

「私を踏み台にしたなぁ!」

 

 倒れた四機目の抗議も無視して、空中へと舞い。そして空を蹴る。狙うは最後尾の大将首。加速した女騎士の剣がまっすぐ伸びて、相手の喉首へと迫る。血肉湧き、心にくべられた炎にエルは子供のように笑い続ける。

 

 だが、彼女はすっかり忘れていた。

 

 今戦っている、この時、この日が自分が入学するマリノ学園の入学式であると言うことに。

 

 そして、戦っている相手がマリノ学園のプレイトメイツの先輩であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤毛のセミロングで、瑞々しさに溢れた肌と灰色の瞳を持つ少女が目をキラキラと輝かせている。

 

 憧れの藍色のブレザーの制服を着て、Yシャツのボタンを最後まで締めずに赤いリボンも巻き方が雑。スーツケースに足を乗せ、相席の友人に注意されても気にせずに車窓の方をエル・ウッドランドは食い入るように見ていた。

 

 マリノ学園行のモノレールから景色を見下ろせば、見たことのない都会が広がっていた。孤島に建てられた学園を中心に作られた都市は古典的な芸術と現代のデザインが混合した街であり、勇壮な騎士の石像や、石柱を取り入れたビル群はコンクリートの城に見えた。

 

 道路を行き交う自動車は丸っこいデザインが主で、赤信号から青信号へと変わった途端にフワリと車体を浮かせて、目的地へと急ぐ。それも、モノレールから見て見れば色とりどりのテントウムシが行列を作っているようでエルは目を輝かせた。

 

「見える、アル? 小っちゃなテントウムシさんみたいで可愛いですわよ?」

「見えます、見えますとも。ここら辺だと浮遊式のほうが主流みたいですね」

 

 子供のようにはしゃぐエルの問いかけにアル・マーパッドは答えた。向かいあったシートに座る彼女はエルよりかは大人に見える女の子であった。知的そうな美しく長い黒髪をかき分けて、彼女もまた下を見た。

 

 空中で固定されたレールを走る市内用のモノレール、50階ほどはあるだろう高層ビルの窓を叩き、ピザを届ける宅配屋のカラフルな車が空を行き交い、屋上に作られた天上庭園が無機質さを自然で彩っている。

 

 また、庭園のデザインも建物ごとに異なっており、個性豊かな宮殿が所せましと詰められた大都市にただ、ただアルは圧倒された。

 

「ああ! 見て見て! プレイトショップ! おしゃれな羽飾りとか売ってますわよ。きっと!」

「もっと見るとこあるでしょう! 例えば首のない騎士像を探すとか」

「石削っただけのモノをそんなに見たいのですの?」

「歴史的価値ってものがあるでしょう」

「昔より今! アンティークよりモダンですわ! この世で最も尊ばれるのは?」

「プレイ(祈り)、プレイ(遊び)、プレイト(甲冑)! でも私ガイドブックを制覇したいんです!」

「かっぺじゃないのですわよ! じゃあ、はい!」

 

 アルの携帯を取り上げて、投げるふりをした。アルの魔力を失い、画面が切れた携帯をアルは取り戻そうと、後ろから羽交い絞めにした。車内でぎゃあぎゃあと人目を気にせず騒ぐものだから、周囲は眉をひそめた。

 

「今時、浮遊式じゃないってどんな田舎からきたのよ」

「これだからおのぼりさんは」

 

 囁かれた言葉は当然彼女ら二人の田舎者の耳に入ることはなく、車内で取っ組み合いを続行。アルがマウントを取り、いよいよエルの手からガイドブックを取り返そうとしたところで、一人だけ彼女達の元へと歩いて行くものが居た。

 

「ちょっと」

 

 凛とした声だった。猫のようにじゃれ合っていた二人もその声に気付いて顔を見上げてみると、二人は思わず「わあ」と声を上げた。後ろに纏めた金糸の様な金髪に、曇りのないサファイアブルーの瞳を持つ美女。しかも、藍色のブレザーの制服を着ているとあっては、驚かざるを得なかい。

 

「マリノの生徒さんですわね?!」

 

 エルは跳ね起きて、アルを押しのけた。アルがシートに頭をぶつけ、痛がっているのもお構いなしに話しかけて来たマリノ学園の生徒の周りをグルグルと見回す。

 

「リボンが蒼いですわね?! 二年生?」

「ええ」

「そんな早速先輩だなんて! 光栄ですわ! 私エル・ウッドランドですわ! 今年からマリノ生です!」

「あら、コレはご丁寧に」

 

 人懐っこい子犬より旺盛な好奇心を発揮するエルに生徒は薄く微笑み、エルと握手を交わした。

 

「そちらは?」

 

 女生徒が問うと、頭をさすりながらアルが会釈をした。

 

「御機嫌よう。アル・マーパットと申します。この度マリノ学園に入学しますので、どうかよろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げ、名乗りを上げたアルを見て、「へえ」と女性とは声を漏らした。自分の髪の毛をそっと撫でて、二人をまじまじと見つめる。

 

 憧れの先輩と会えるなんて!――

 値踏みされている?――

 

 エルが心を弾ませ、アルが自分達の初印象が悪かったのでは、と思っていると女生徒は思いだしたかのように口を開いた。

 

「あら、申し遅れましたね。私はヴィクトリア。唯のヴィクトリアで良いわ。一年先輩だけどよろしくね?」

 

「あと、電車は静かにね」と付け加えられたので、二人は平謝りした。ヴィクトリアは口元を抑えて小さく笑った。二人が顔を見合って頭を上げると、ヴィクトリアは唐突に二人の腕を触り出して来た。

 

「あ、あの何を?」

「随分と引きしまった腕ね。その割に体は腕や足程ではないようだけど。もしかしてプレイト乗りだったりするのかしら?」

「分かります?!」

 

 顔を赤らめるアルを差し置いてエルが飛びつくように訊くと「ええ」とヴィクトリアが応えた。

 

「騎士様の機械仕掛けの甲冑ですものね。お二人は我が校のプレイトメイツになりに来たのかしら」

 

 二人はピクリと反応し、胸元に手を突っ込んだ。そして、プレイトメイツの証であるリングをヴィクトリアに見せつけた。

 

「勿論ですわ!」

「そうです!」

 

 胸を張って見せつけるリングは意匠が異なっていた。エルの者は何の装飾のないシンプルなもので、神秘的な美しい白銀のリングであるのに対し、アルのリングは黒鉄色の雄山羊の頭を模った物である。

 

「まあ、これはこれは」

 

 ヴィクトリアは二つのリングを手に取って、サファイアの瞳をきらりと光らせた。

 

「こうして見ると何だか貴女方は色々と正反対ですのね。この指輪のように、全くタイプが違うのに、何故だかこう並んでいるのが自然に見せますわね」

「そうですわ!」

「そうですか?」

「……ええ」

 

 エルがふふんと鼻をならし、アルが照れているのをヴィクトリアは見ずに頷いた。そして、ヴィクトリアは二人が気付かない内に口角を吊り上げていた。

 

「さて、そろそろ学園ですわよお二人共」

「おお!」

「いよいよですね」

「ええ、プレイトメイツになるのでしたら、是非“入学式前”に此処に行くといいですわよ? きっと貴女方の楽しみに繋がると思いますから。ついて、誰かにあったら私の名前を言うのよ?」

「ハイですわ!」

 

 そう言って、ヴィクトリアは二人にメモを手渡し、「御機嫌よう」の一言で去っていった。ヴィクトリアは笑みを絶やせないでいた。それこそ、新しい玩具を手に入れた子供のように。

 

 その場でワルツを踊りたくなりそうな程、舞いあがる心を抑えつけようとしたが、ヴィクトリアは待ち望んでいた物が来ることにステップを踏まずにはいられなかった。

 

 嵐が来る、と。

 

 

 マリノ学園の入学式は通常の学校より遅く開催されることで知られている。この学園は寄宿舎と講義棟、各クラブハウスなどを内包した学園である。特に目を引くのが4万人を収容可能なコロシアムであり、毎年このコロシアムで入学式とイベントを行うのである。

 

 こんなにも巨大なのは元々が居城であったものを学園にしたからであり、別名が宮殿学園とある通り、豪華で無駄に広いのだ。

 

 故に毎年開催がギリギリとなり遅い。モノレールから降りた二人を出迎えたのは学園の入り口である凱歌の門であった。伝統的な石造りの門は大きく、ロングソードを携える騎士の隊列が左右に並び、新入生を出迎えていた。

 

 エルとアルは門を通るときに見上げすぎて、首を痛めそうになった。門を通り過ぎ、今度は講義棟へと繋がるアーケード、そして見事な動物の彫刻と見る者全てに安らぎを与える自然豊かな緑がまず視界に広がる。

 

 植物の鮮やかなグリーンの中には所々に小さな花が顔を覗かせて、何とも可愛らしい。また空中に浮かんでいる鏡が陽光を反射し、このエメラルドのような輝きを一層引き立てている。

 

 この庭園においても、いや全てにおいて800年も続いた王朝の威容を見せつけていた。全てが巨大で、煌びやか。

 

 贅を尽くしつつも、ち密に計算された美の空間の中をエルとアルはただ歩き、しばし無言で見るだけであった。庭園について二人は一度深呼吸をして、学園の空気を肺に取り入れ、見合った。

 

「エル」

「アル」

 

 二人はしばし神妙な顔で向き合った後、手を取りあって踊りだした。

 

「都会って凄いですわね! 何でも大きいですし! 剣から槍をもった騎士像に自販機まで勢ぞろいですわ! 校園でワルツだって踊れちゃいますわよ!」

「そこじゃないでしょう! 芸術! 伝統! 騎士道の総本山ですよ! やっぱり貴女と来て正解でした! エル大好き!」

「私もですわ!アル!」

 

 二人は踊りながら庭園を渡った。時に腰に手を回し、ステップをしては、新品のローファーで靴音鳴らして学園のど真ん中でエルが男役、アルが女役で踊り狂う。脳内では一万を超える戦士たちが二人をで向かえ、凱歌を二人だけの為に贈っており、実際に二人だけのマーチを満喫していた。

 

 黒髪と赤毛の少女二人はこの宮殿のお姫様か、あるいは戦に勝利した騎士か、とにかく世界の中心になりきっていた。何せ、二人は田舎者であり、このような場所など見たことも想像もしたこともない。伝統と気品に満ちながらも、学舎であるマリノ学園は全国の小さなレディの憧れの学園であるのだ。

 

 そして、忘れてはいけない。二人は受け取ったメモの指し示す場所へと手をつないだまま急いだ。

 

「プレイト、プレイト、プレイト! 剣と鎧の花道!」

「歯車仕掛けの騎士様! 私の御手より剣を! 槍を!」

 

 門をくぐり、廊下を渡り、移動式の床に乗り、ド下手くそな歌を周囲にまき散らす田舎者にすれ違う人々は距離を置いた。見かけは可愛らしくとも、エルとアルのノリは酔っぱらいのそれと大差なかった。

 

 

 歩くこと五分、王朝時代の芸術と偉大なる王族たちの肖像画に見下ろされながら、着いた先は巨大な鋼鉄製の扉であった。おとぎ話の一つ目の巨人のドアかと思う程で、それでいて、今までとは全く違う扉であった。

 

「何の飾りもない扉ですわね」

「そうですね。でも私はこういう質素な感じいいと思いますよ」

 

 二人は「ほお」と見上げていた。この先に何があるのか? ちょうどチョコレートの箱を開ける時のような、あの不安と期待のひと時の最中にいた。

 

 何かの催し? 出店? 

 

「開けちゃえばいいのですわ!」

 

 アルが顎に手をやり、何かを予想しているとエル歯すでに扉に向かって走り出し、蹴り開けた。細い脚からは想像もつかない力で扉は開けられ、アルが慌てた。

 

「ああ! 無理やり開けちゃって!」

「押して開きそうにないコイツが悪いのですわ!」

「全く! 貴女いっつもそうなんだから! どうして自分の節操のなさを物のせいにしてしまうの?」

「そう言いつつ、スタスタ中へ入るのはいつもアルですわ」

「私はただ貴女がこれ以上変な事をしないように先行しているだけです!」

 

「さあ早く行きますよ」とアルがエルの腕を引っ張り、爛々と輝かせた目で扉の向うへと急いだ。夜空の一等星の如く、キラリと輝かせたアルにエルもニッコリ笑い、二人は光あふれる出口へと駆ける。

 

 そして、二人がたどり着いた先には騎士がいた。

 

 その騎士の姿に二人は息を呑んだ。甲冑の色は白。初雪のように真っ白で、鷹の頭を模したサ―リットと呼ばれるバイザーを持つ細身の“プレイト”だ。白い騎士が握る片刃のサーベルは表面に金の装飾が施されて実戦用には見えなかったが、そんな事は些末事でしかない。

 

 鉄槌を振るうバケツヘルメットのプレイトの猛攻を刀身の反りで受け流し、ち密に計算されたかのような足さばきに一切の乱れがない。

 

 白騎士の相手は明らかにパワーに重きを置いているのは明らかで大量の靭帯で練り上げられた剛腕から繰り出される槌の一撃を軽量級の白騎士は流しているのだ。

 

 一歩間違えれば刃ごと潰されてしまうのは必須。されど、白騎士は退かず。重量級の横に振るった一撃を上へと流し、次の一瞬にはガードの上がったバケツ頭の後ろに立っていた。

 

「あら、少し遅かったわね」

 

 白騎士が二人へと視線を向け、声を掛けた。その凛とした声はヴィクトリアの物であると二人は気付き、そしてもう一つ、爆発したかのような大衆の声が彼女の静かな笑いの後に飛び込んで来た。

 

 大量のオイルをまき散らし、バケツ頭が膝を折った。力なく鉄槌を落とし、撃破判定を受けた重騎士は光の粒子となって転送されて消えた。

 

 アルとエルは最初こそポカンと間抜けな顔をしていた。しかし、二人の眼前には彼女達の全てがあった。

 

 歓声と雄たけび。騎士の泥臭く、それでいて華やかな、戦いと言う乙女の血をたぎらせるには余りにも刺激の強い青春を肯定してくれるプレイトメイツの舞台。今は入学式の為の御前試合だと言うことを二人は全く知らなかったが、そんな事はどうでもいい。

 

 目の前に若さをぶつけることが出来る最高の場があるのだから。

 

「アル」

「エル」

 

 二人はヴィクトリアに視線を送った。ヘルムを解除し、ヴィクトリアは汗で湿らせた髪の毛を振りほどき、二人の意志をくみ取った。

 

「選手交代」

「何?!」

 

 

 ヴィクトリアの宣言に相手チームのリーダーと思わしき少女が怒声を放った。

 

「ヴィクトリア! まさか貴様その一年を戦わせる気ではないだろうな?!」

「ええ。せっかく来ていただいた物ですから。いいではありませんか。彼女達相手なら、白星も貴女方にもつくと言うもの。機会は手にしませんといけないですよ? アンナマリー様?」

「この神聖な御前試合を貴様の遊び場にするというのか?!」

「遊びで剣など持ちませんわ」

 

 アンナマリーと呼ばれた女性とは顔を真っ赤にしてヴィクトリアを睨み、エルとアルに視線を射した。それに対して、エルとアルはどんな顔をしていただろうか。不遜な事に二人は怖がることなどしなかった。

 

 アルはアンナマリーを見ていなかった。アルはヴィクトリアを猛禽類のような目で見ていた。これから相手する者よりも怒りの導火線に火をつけた相手の方を重視していた。

 

「今、侮りましたね?」

 

 侮り。何を見てそう思うのか。プレイトを、剣すら見ない白騎士の少女が何を以て評価するというのか。

 

 では、エルはというとあるとは様相が全く異なった。エルは大きく息を吸いこみ、叫んだ。

 

「イィーーヤッホー!」

 

 歓声よりも大きく、大きく、世界の誰よりも大きいつもりで叫んだ。白騎士からの招待を受け、今剣を交えるように“頼まれた”のだ。学校に来て恐らく、一年生の誰よりも早く剣を握れる機会に巡りあったエルはアンナマリー達の憤りを完全に無視し、アルに振り返った。

 

「アル怒ってますのね?」

「侮られたら、こうなります。エル、貴女は楽しんでますね?」

「とーぜん!」

 

 エルとアルはヴィクトリアの元へと歩んだ。片や笑みを浮かべ、片や瞳の奥に怒りを宿らせる二人は薬指にはめたリングを相手に見せつける。

 

「葡萄畑より参上! ナイト・ウッドランド! 此処にあり! 真っ黒黒な実は甘味の後にチョイ酸っぱい!」

「黄金の丘よりはせ参じました。アール・マーパット! 灰に埋もれた火こそが私の怒り!」

 

 二人が声高々に宣言すると、指輪が変形し彼女等の体を液体金属が包み込んだ。

 

 プレイト――その単語はエルとアルの若い心を刺激するには一番の単語であった。プレイトとは800年以上前に作られた鎧あるいは甲冑である。人の体に存在する魔力と肉体を動力源とし、晶靭と呼ばれる人工筋肉と重装甲を誇る機械仕掛けの甲冑である。

 

 かつては騎士たちの富と力の象徴であり、幾千もの英雄譚や騎士たちの寝物語、それと同じ数の禁忌を作って来た甲冑だが、現在はプレイトメイツと呼ばれる武道となり、高校ならどこでもあるとされる程の人気を誇る。

 

「でも、プレイトメイツ何て野蛮でなくて?」

 

 と問われれば世界の乙女はこう口をそろえるだろう

 

「何を言いますか! 鉄の乙女の必須ですとも! “鋼太后” “鉄切りフローシア” 弾丸破りの“お豊御前” 戦を駆け抜けた猛女のように美しく! 猛るべし! です!」

 

 この機械甲冑の主な乗り手は女性であった。現在は違うが、かつては魔力量を男性より多く、晶靭という人工筋肉の小型化が出来ない時代では女性の方がプレイトには最適であったのだ。

 

 また様々な仕掛けをプレイトに忍ばせることで戦闘に有利であったのだ。

 

 その為、戦傷を負っても尚美しい女性こそが理想とされるようになり、今でもその精神が生きていると言う訳である。

 

 だからこそ、エルとアルの突然の来場に異議を唱える者はほとんどいなかった。

 

 会場に現れた見たことのない二人の騎士。小柄で銀の双剣の騎士を見る者はその隠れた美しさに見惚れた。

 

 くすんだ甲冑は歴戦を思わせるいぶし銀で、15歳の少女を包むプレイトは老練と言う言葉がふさわしいだろう。フルフェイスの目は斬り込みの入ったシンプルな物でエメラルドの双ぼうが渋い。

 

 節々の小さなヘコミや刀傷は彼女の戦歴を雄弁に語っているというものだ。

 

 何より、全てが白く光り輝く銀一色の双剣が太陽の光を反射し、エルに加護が与えられているように幻視させた。

 

 もう一騎の騎士はエルとは対照的であった。黒々とした重装甲のプレイトの頭部(ヘルム)には片角が折れた雄山羊の角が付いている。装甲の黒の下では溶岩のように赤く、妖しく光るが透けてみえる。

 

 また、こちらも剣が印象的であった。シンプルな鉄の塊と形容できるほどの大剣。持ち主と似て表面に赤い光が血管のように浮き出ている。

 

 フェイスに浮かび上がる一つ目が大開に敵を睨み付ける様は灰から蘇った騎士。一度炎に身を焦がし、怒りに燃える騎士だと誰もが思った。

 

 

「さあ、叫び倒しますわよ! 泥んこまみれの騎士様のお通りですわ!」

「声を張り上げますよ! こ全ての騎士倒し、この場を支配するまで!」

 

 一定の間隔で二人が足踏みをする。前当てを手甲で叩き、ノッていく姿は最初こそ、相手方の失笑を買った。しかし、ヴィクトリアが続き、また一人、一人とネズミ算に二人のリズムが伝播していった。

 

 ―――――揺さぶれ! 揺さぶれ!

 

 やがて、万を超える人々の足踏みが会場を満たした。気品もない、矜持も見えない。ただ、熱と二人への期待が彼女等の参戦を歓迎した。

 

 ―――――揺さぶれ! 揺さぶれ!

 

 揺さぶってやれ! と内と外の両方から叫ばれている。お高い騎士たちを引きずりおろしてやれ、常識なんて破ってしまえ。名門のお嬢様なんて見飽きたぜ、お前達の剣を見せろと観客が求めている。

 

 なら、やることはなにか。

 

 エルとアルは顔を見合い、剣をぶつけあった。

 

 そして試合開始の合図が来る前に二人は猟犬の如く敵陣へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 




世界観の描写や最初の引き込みが昔から下手だと言われていたので、アドバイスがあれば助かります。


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