ある世界線のマスターとサーヴァント   作:犬原もとき

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思いつきで書きました


薔薇の皇帝の聖夜

Side You

クリスマス。

元はイエス・キリストの誕生した日とされ、キリスト教を重んずる人達が粛々としかし華やかに祝われていたが、時代の流れか国の風土か、日本では恋人達が色めき立ち、溢れた人々がリア充死ね!等と血涙を流す業の深い行事となっている。

さて、そんな豪華で楽しげなイベントを逃しそうにない人が僕のすぐ近くにいる。

ネロ・クラウディウスだ。

彼女はイベント事は好きだ。

好きな筈だ。

好きなはずだけど…。

 

「余はクリスマスなぞせん」

12月に入ってからネロはそう言って、ムスッとしている。

なかなか珍しいけど、初めてじゃない。

さて、原因は何だろうか?

ネロがこんな表情をするのは大体三つ。

一つ、自分にイラついてる。

二つ、僕にイラついてる。

三つ、頭痛がひどい。

三つ目はまず無い。

12月になって測ったように頭痛が起こる可能性は低いし、仮になったとしたらもっと凄い。

二つ目も可能性は低い。

僕にイラついてるなら、ネロは分かりやすく怒っているアピールをする。

目線を合わせなかったり、露骨に怒っている原因を声に出したり。

今回はそれがない。

なので残るとなると一つ目になるけど、こうなると僕ができることは少ない。

ネロが自分を許せるまで、支えてあげるしかない。

けど、今回ばかりはそれはダメだ。

僕はネロとクリスマスを過ごしたい。

ただ過ごすんじゃなくて、二人で楽しんでその日を迎えたい。

と、僕は思ってはいるものの、今回は相当根が深いらしく、僕が力になるよ。と声を掛けても

「うむ。ありがとう。余は嬉しい。嬉しいがこれは●●には関係の無い事だ」

と丁寧に関わるなと言われた。

そうこうしているうちに、もうクリスマスは目の前に迫った。

僕はもうお手上げだった。

遠回しに聞いても直球で聞いても、ネロは打ち明けてくれなかった。

考えあぐねた末に、僕はある人に連絡を取ることを決意し、スマホの連絡帳を開いた。

 

「外出?いや、予定は無い。出かける支度をしよう」

25日になり、断られるかと思ったが、何とか家から連れ出す事に成功した僕は、ある場所に向かう事をネロに告げる。

場所は立川。

先生から「そこへ行けばまぁ、上手く行くだろう」と言われた場所だ。

 

Side Another

その日、ある男は鼻歌交じりに家路を歩いていた。

クセの強い髪を肩まで伸ばし、外国人特有の彫りのある顔。少し控えめに整えられた髭がチャームポイントと言えなくもない。

厚手のジャンパーにジーンズという出で立ちを見れば、誰もが彼を日本に来た、或いは長く住んでいる外国人と思うだろう。

だが、彼には他とは一線を敷く特徴があった。

彼の頭には冠にみたてた茨があった。

お気づきの方は既にいるだろう。

彼こそは立川において、下界バカンスを楽しんでいる救世主、イエス・キリストである。

彼もまた、クリスマスを楽しみにしている一人だ。

尚、一昨年は下界のクリスマスは、サンタクロースがトナカイでの飛行に成功した日だと思っていたり、去年はサンタのあまりの人気っぷりに当てられ、思わず教会に飛び込んだ後、懺悔室にて自分がイエス・キリストだと暴露したり(その時に同居人の仏陀の名前をだした為に仏教徒と間違われている)と、どこか抜けてて頼りないが、立派な救世主である。

(去年はうっかりケーキを駄目にしちゃったけど、今年はそんな失敗しないぞ!)

と、スキップしたい気持ちを抑え、歩いていると、彼の行先に一人の女性が目にとまる。

金色の髪をシニヨンにまとめ、真紅のダッフルコートを着ている。

意志の強そうな瞳をしているが、何か、或いは誰かを探しているのだろう、あたりをキョロキョロと見渡している。

立川はある程度歩き慣れたイエスであったが、彼女の様な所謂美女がいれば、噂くらいは耳に入る。

そんな噂を聞いた事もないということは、立川には珍しい観光客だろう。

普段なら微笑ましいと感じる光景だが、彼女の纏ってる雰囲気が、イエスにそうはさせなかった。

「迷える子羊よ。どうかしましたか?」

 

「そうですか。恋人とここにいらしたのですね」

「うむ。憂い奴であろう?」

イエスの話術に引き込まれた金髪の女性ーー名をネロと言うーーは、最初こそ警戒していたものの、今ではすっかり友人の様に想い人の話をしていた。

出会った時のこと。

駆け抜けた聖杯戦争の事。

住んでいる街のこと。

そして自身の受肉の秘密の事。

普段の彼女なら、ここまで話すことは無いだろう。

しかしそこはイエス・キリスト。

彼女の警戒心を解き、見事聞き出してみせた。

しかし彼にとって、それはこれから聞きたい事の一つにすぎない、

「随分と話してしまったな。そろそろ行くとしよう。では…」

「待ちなさい。仔羊よ」

その場を後にしようと、腰を上げたネロを、イエスは呼び止める。

まだ終わってないとばかりに顔を向けるイエスに、ネロは訝しみながらも、腰を下ろした。

「ネロよ。紅き薔薇の皇帝よ。私は初めに言いました。迷える子羊よ。どうしましたか?と」

「…おぉ!そうであったな。では案内を頼もう」

「違います。紅き薔薇の皇帝よ。私が導くのは貴方と貴方の想い人への道ではなく、貴方の迷いです」

迷いと聞いた瞬間、ネロは表情を固める。

「紅き薔薇の皇帝よ。貴方は今生の愛を過去の為に使うのですか?」

放たれた言葉に、ネロは首を傾げる。

なんのことを言っているのか。

確かに今は幸せだ。

しかしその愛を過去に使っているとはどういう事なのだろうか?

ネロが考えを巡らせていると、イエスは更に言葉を続ける。

「確かに貴方は私の仔羊達に謂れなき罪を被せ、迫害したでしょう。しかし、その罪は貴方の人生が終わると共に赦されたからです」

「なぜそう言い切れる」

「愛し、守ろうと一人罪を背負った人を、同じく愛し、守ろうとした者が何故笑えましょうか?」

その言葉に、ネロは思わずたじろぐ。

イエスは人を愛し、人を守る為に多くの地へ赴き、愛を、教えを説き続けた。

ネロはローマの民を愛し、守る為に彼女なりの愛を示し続けた。

その結果、イエスは時の権力者によって、ゴルゴダの丘に張り付けにされ、ネロは皇帝の座を追われ、自害し、暴君と呼ばれた。

「紅き薔薇の皇帝よ。私は貴方の罪を再び許しましょう。そしてここに誓いなさい。愛を過去の為に使わないと」

イエスは手を差し伸べ、ネロの返答を待つ。

見る人が見れば、絵画の一枚にでもしたのかもしれない。

「否」

「……」

「イエス・キリスト。ユダヤの救世主よ。確かにそなたの言う通り、余はローマの大火災において、謂れなきキリスト教徒に罪を着せ、迫害した。それを理由に愛する者からの誘いも無下にし、こうした手段を取らせてしまった」

差し伸ばされた手を、ネロは否をもって返す。

「しかし!余は止めぬ!たとえ天が、始祖ロムルスが!余を許したとしても!余は余を許さぬ!」

ネロは叫ぶ。

「何故なら彼らもまたローマに住まう者だった!ローマの中に住まうなら、その者の信ずるものが何であれ、余の愛する民だった!!」

己が受け継いできた愛を。

「守るべきだった!救うべきだった!それを余は見捨てた!切り捨てた!」

己の犯した罪を。

「然らばこの罪は忘れてはならぬ!許してはならぬ!許されて良いはずもない!!故に余は余を許さぬ!!」

己が決めた道理を。

「余の心を導く?大言壮語も甚だしい!余を誰と心得る!?」

そして不敵に彼女は微笑う。

「我が名はネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス!!ローマの暴君!バビロンの大淫婦!情熱と薔薇の皇帝とは余のことよ!!」

雄々しく、可憐に、そして華々しく立ち、彼女は言い切る。

見よ。救世主。ネロ・クラウディウスはここにあり。と。

ネロの大演説が終わり、辺りに光が差し込む。

いつのまにか空を覆っていた雪雲が、僅かな隙間から太陽のスポットライトを作ったようだ。

そこに照らされるは二人の役者。

ユダヤの救世主。イエス・キリスト。

紅き薔薇の皇帝。ネロ・クラウディウス。

迫害された者とした者。

しかし、二人はよく似ていた。

人を愛し、人を守り、それを理解されずに愛し、守った人から命を追われた。

「……ネロよ。紅き薔薇の皇帝。私は貴女を誤解していたようです。貴女も愛に生き、愛に殉じる者のようです」

「イエス。ユダヤの救世主よ。余も誤解していたようだ」

二人は顔を見合わせ微笑んでいた。

二人が何者かを知れば、歴史的な瞬間と言える。

「まさかイエスの服のセンスがそこまで低いとはな」

「えぇ!?そこ!?」

 

Side You

ネロとはぐれて結構な時間が経った。

行きそうな所は全部探したけど、一向に見つかる気配がない。

初めての場所で土地勘もない僕は、駅で途方にくれている。

このまま見つからなかったらどうしよう…。

「大丈夫ですよ。●●さん。もうすぐ見つかります」

ありがとうございます。と僕の隣りにいるパンチパーマの耳たぶの長い男性ーー聖 仏陀さんというらしいーーに反応を返す。

僕が困っていると、親切にも一緒に探してくれた人だ。

聖さんはこう言うものの、本当に見つかるだろうか…。

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

僕が落ち込んでいると、隣で誰かと電話を終えたらしい聖さんが、こっちを向いた。

「●●さん。探してる人の特徴は金髪に赤いコートでしたね?」

僕がそうです。と返すと、聖さんは頷き

「では間違いありません。私の知り合いが見つけてくれたようです」

見つかった!?

「あっと!?待ってください!●●さん!」

飛び跳ねるように立ち上がった僕を、聖さんが慌てて引き止める。

「気持ちは分かりますが、道が分からないでしょう?私に着いてきてください」

そうだった。危ない所だった。

危うくまた迷子になる羽目だった。

「落ち着いたようですね。では行きましょう……徒歩で」

何で?

 

「なんと!そなたはまだこのアプリをしておらぬというのか!?」

「いや〜、私達結構生活苦しいから切り詰めてるんだよ。興味はあるんだけどねー。」

「働けば良いであろうに。余が株の読み方を教えてやろうか?ん?」

ついた瞬間、僕の目の前に飛び込んできたのは見知らぬ人と和気藹々と話しているネロの姿だった。

…………何これ。

僕達が必死になって探してる間、ネロはこの人と楽しんでたって事?

まさかとは思うけど先生の言ってたどうにかなるってこういう事?

僕が呆れて帰ろうとしたその時だった。

「二人共。これはどういう事ですか?」

隣りにいる聖さんが光っていた。

え?なにこれ?

 

その後、聖さんからそれはそれは有り難い説教を貰った(何故か僕も正座していた)僕達は、立川駅で分かれる事となった。

「うぅ…本当にごめんよ。私が連絡を入れていれば…」

「すまぬ…余もスマホとやらを使えば良かったと言うのに…」

「私は一般人の前で何ということを……」

四者四様の反省をしていると、間もなく電車が到着することを告げるアナウンスが流れる。

「はっ!?まずい!行くぞ●●!!」

ネロが僕の手を握り、走り出す。

僕も引っ張られるように走り出した。

「あっ!またね〜!ネロちゃん!」

「●●さんもお元気で〜!」

聖さん達が改札口の向こうからこっちに呼びかけてくれる。

僕たちはそれに手を振って答えた。

 

「………」

帰りの電車の中、僕達は並んで座っている。

ネロは朝と違い、ピッタリとくっついている。

「●●…」

ネロが僕を呼ぶ。

僕は顔を向けると、ネロは僕をじっと見ていた。

「その…や、やっぱり余もクリスマスパーティーとやらをしたいのだが……いや、やるぞ!今からでも間に合うはずだ!帰ったら早速準備に取り掛かろう!プレゼント交換もやるぞ!折角だ!知り合いも誘って盛大に盛り上げよう!」

そういうネロは、何時もの…いや、前よりスッキリしたような顔をしていた。

大丈夫だよ。

僕は君の元マスターで、現恋人なんだから。

君のしたい事はなんとなく分かってる。

帰る頃が楽しみだね。

「ん?どうした?…おい、何故ニヤついておるのだ?えぇい!言え!言わぬかー!」

あー、空が綺麗だなー。

 

 

Side Another

「行っちゃったねー」

「そうだね」

二人を見送ったイエスとブッタは歩いて帰路についていた。

「でも良かったよ。ネロちゃんが良い子で」

「私はよく知らないけど、凄い乱暴者って聞いてたけど、そんな事なかったね」

「うん!話せば分かるんだよ!アガペーだね!」

何となく違う気がするが、友人が満足しているようなので、黙っておこうと口を閉ざすブッタ。

「それはそうとイエス。頼んでたケーキは?」

「…………あっ」

 


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