東方チャンネル   作:佐伯寿和2

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CANTINA FAMILIY
その一


――――雨

 

――――誰の目にもその真の姿を(とら)えることはできない

 

――――大聖堂から下界を睨むドッチオーネも、(ほお)を叩いたそれを見て初めて彼らの姿を()

 

 

 

排水溝(はいすいこう)に息を(ひそ)めるドブネズミたちも押し流されてしまうほどに雨足の強い晩、石畳(いしだたみ)の大通りを四人の女児(じょじ)たちが闊歩(かっぽ)していた。

彼女たちは濡れることを全く気にしていない。(かさ)も差さず、張り付く衣服に心地好(ここちよ)ささえ感じているのかもしれない。

 

乳母車(うばぐるま)を引く一人が、崩れ落ちる男たちへと振り返り、それが好物だとでもいうように威勢(いせい)の良い罵声(ばせい)を浴びせかける。

「アタイたちとドンパチしたきゃ、一遍(いっぺん)死んでから出直して来るんだね!アハハハッ!」

ケタケタと嘲笑(せせらわら)う乳母車の女児の周りには(ほむら)が飛び回り、一行の進む先を青白く照らす。

 

残された男たち。冷たい雨に身は(こご)え、視線も(うつ)ろに彼女たちの背中を見送りながら、震える唇で口々に彼女たちへの()()()()()()

 

――――死に神(ディアーボロ)

 

男たちの呪文を鍵にして、女児たちは()(そそ)ぐ無数の共謀者(あまつぶ)と共に、地底(すあな)へと帰っていく。

男たちの心に決して(ぬぐ)えぬ深い、深い爪痕(トラウマ)を残して――――

 

 

 

 

 

「またか……。」

(むご)いですね……。」

男たちは、()わり()てたその跡地(あとち)を前に絶句(ぜっく)していた。

「……一体、何をどうしたらこんなブッ壊し方ができるってんだ。」

 

死に神の現れた翌日、共謀者(きょうぼうしゃ)の雨は上がっていた。

エメラルドの海とパールホワイトの砂浜に囲まれる国に相応(ふさわ)しい、ジリジリと肌を焼く太陽の下、男たちは事件の現場に群がっていた。

 

そこは、海に囲まれた国『イラリア』が(ほこ)るマフィアの一つ、バンビーノ一家(ファミリー)首領(ドン)、ギャロル・バンビーノの私邸(してい)が……、あった場所。

昨晩まで、(ゆう)に100人を召し抱えられる堂々たる屋敷が、確かにあった。

しかし、集まった男たちの目に映るものは、隕石(いんせき)(えぐ)られたかのような窪地(くぼち)と、烏羽色(からすばいろ)に染められた、かつて「屋敷」と呼ばれていた(すみ)(その)だけ。

「それで、バンビーノの生き残りはどうしてる。」

「ダメですね。奴らも、悪魔だの、少女だの、譫言(うわごと)しか言いやがらねえ。」

「またか。」

 

 

――――アラ・クポネ

――――シャッキー・レチアーノ

いずれもギャロル・バンビーノに引けを取らない、強国イラリアを裏で支え、動かし続けた巨大組織(マフィア)の長。そんな彼らがひと月の間に、立て続けにこの世から姿を消した。

(あつ)い雲に(おお)われた豪雨(ごうう)の晩に、()(すさ)ぶ雨風に(さら)われるようにして。

そして、悪名高い組織の生き残りが共通して口にする言葉、それが「悪魔」と「少女」だった。

 

「今回も、ギャロルの遺体は見つからないようで、連中は廃人寸前ですよ。」

「当然だ。バンビーノはここ100年盤石(ばんじゃく)だった唯一の一家(ファミリー)だ。奴らも心の中では『俺たちだけは大丈夫だ』なんて(たか)(くく)っていたんだろうよ。」

一夜明けても、その場を動く気力さえ回復することなく、何もない中空(ちゅうくう)見詰(みつ)める彼らの姿はまさに、100年の栄光を打ち崩された一家の残骸(ざんがい)そのもののようだった。

「組織も国も変わらねえ。(つぶ)れる時はどんなに抵抗したって、あっという間にイッちまうもんさ。」

「……いったい、この国はどうなっちまうんでしょうね。」

「俺が知るか。」

男は今一度、かつて肩を並べた者たちへ目を向け、思い直す。

「……明日は我が身ってことだな。」

冥福(めいふく)を祈るように胸元で十字を切り、ボルサリーノのツバを(わず)かに下げ、取り巻き連中をつれてその場を離れる。

 

 

男たちの去った後、後始末をするように現れたのは名ばかりの「法の番人」たち。彼らは男たちを丁重(ていちょう)に連行し、(しょ)賓客(ひんきゃく)のように()()した。

「それで、バンビーノさんは誰に殺られたんですか?」

温められたミルクココアを前に、男は(いま)だに唇に固い鍵を掛けて震えている。

番人は男の母のように、背中を(さす)り、(なだ)めながら言葉を続ける。

「僕らは直接手を下せないかもしれませんが、それとなく噂を流すくらいならできます。だから、教えてくれませんか?」

 

……、女だ。

 

一時間は掛かったかもしれない。その一言を吐き出すために、男は唇から血を(したた)らせた。

「女?」

甘ったるいココアに口を付けた男はポツリポツリと、昨夜の雨粒を一つ、また一つと語り始める。




※ドッチオーネ=西洋建築で見られる雨樋(あまどい)の機能を持ったガーゴイルのことです。
イタリア語で「ドッチオーネ」と言います。

※女児=一般的には小学生低学年までを指すようですが、昔の法律では20歳までを「少女」としていますし、英語圏では15歳までが「ガール」らしいので、彼女たちを「女児」と呼んでもOK。……OK?

※烏羽色(からすばいろ)=「烏の濡れ羽色」とも言います。一般的な黒よりもさらに黒く、艶のある色。微かに青や緑を含む場合もあります。女性の美しい黒髪を例える時にも使います。

※ボルサリーノ
ソフトフェルトを素材に使った中心線を凹ませたような形の「中折れ帽」の俗称。
イタリアのジュゼッペ・ボルサリーノにより興《おこ》されたメーカーが造った帽子がブランドとなり、ギャングたちを描いた映画「ボルサリーノ」にて脚光を浴びる。
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