「~♪」
「(目に見えて機嫌がよくなったな……)」
お昼を食べ、ショッピングを再開した霞の足取りは軽い。何ならスキップしそうな勢いである。提督が何をしたかといえば、好きな店を選ばせ、好きなメニューを頼ませて、全額自分が支払っただけなのだが、想定外の効果に彼自身、驚いていたりする。
「霞ってもっと難しい女の子だと思ってたんだがなぁ……」
「どうしたのクズ司令官。まさか重いなんて言わないわよね?」
「いやまあ、重いっちゃ重いけどさ……」
提督の両手には合わせて10を超える紙袋。休暇が少ないために、買い物に行くと自然と買う量が増えるというのは提督も知る話だが、それでも帰ってくる彼女たちが腕に下げているのはは大体3個程度の紙袋、多くとも5個とかなのだが。
「さすがに買いすぎだろ……てかまだ買うのか?」
「当然よ。せっかくいい荷物持ちを連れてこれたんだからたくさん買わないとね」
「俺は荷物持ちかよ!?」
「あら、当然じゃない、クズ司令官♪」
「こいつ、荒潮に似てきたな……」という感想が喉元まで出てきたが、何とか飲み込んだ。そんなこと言ったら絶対荒潮出てくる。具体的には木陰とか街頭とかの陰から。「あらあら~」みたいな感じで、影のある微笑みで殴ってきそう。
さて、その後数時間に渡って霞に振り回され、腕に下げた紙袋の量が2割増しされた頃。
「私は流石に疲れたからアンタも自分の買い物してきたら?ここで荷物見てるわよ」
「そうか、助かる」
提督が買ってきたシェイクを飲みながら、休憩所で提案する霞。提督はそれにあっさりと乗っかり、どこかへ歩いて行った。提督の姿が見えなくなると、ストローから口を外して大きく息をついた。
「……はぁ、地味に緊張したぁ……」
勇気を出して提督に「つ、次の休暇、空いてるっ?」と上擦った声で言ってから迎えた週末。部屋に入るときは緊張で、鍵中々が回らなかったりと、提督の気づいていない所の霞はずいぶんとポンコツで乙女だったりする。
「ってか、流れで朝食作っちゃったけど、何かあれ、ふ、ふふ夫婦みたいじゃない……私一人で司令官の部屋に入るなんて初めてだったのに……」
自分の行為にツッコミを入れながら赤面する霞。無意識に好意を示す癖に、意識すると途端にツンツンするも、結局は受け入れてしまう、母性型ツンデレの典型例である。母性型ツンデレって何だ。
「てか、アイツ意地の悪い癖に、優しすぎるのよ!何よ、道路側歩いちゃって……しかも絶対譲らないし……まったくもう、まったくもー……」
こうやって愚痴っているところを見ると、朝潮型の面々といる時も同じように愚痴っているのだろう。まともに聞いてるのは満潮と荒潮位だろうが。ただの惚気話は聞いてる側にとっては、地味に苦痛だろう。本人に自覚が無い辺り本当に質が悪い。
「このチョイス、中々悪くないのも腹立つわね……」
霞が手に持つストロベリーシェイク。注文をおまかせにしたが、見事に霞の好みにピンポイントで当ててくる。時折彼は何処ソースなのか分からない情報を持っていたりする。
そんな感じで、シェイクを飲み切り、手持ち無沙汰に足をぶらぶらさせていると、
「なあ、あの子艦娘って奴だろ」
20代前半程の3人組。服装から不良感の漂う3人は霞を見止めて、何やら話している。当の霞は、艦娘という特異な存在である以上、多少好奇の目にさらされるのは仕方がないと割り切っているので気にする様子はない。
「あの子、見た感じ一人だろ」
「ああ。となるとチャンスじゃねーか?艦娘って高く売り飛ばせるんだろ?」
霞の背筋が強張った。先の発言はどう解釈しようと、霞を誘拐し、兵器として売買する事を指していた。
「あの子を売れば相当まとまった金が手に入る。アニキに上納する分抜いても当分遊んで暮らせるぜ」
「……!」
「……!」
リーダー格と思われる金髪の男が発言すると、二人の目の色が変わる。対深海棲艦への対抗措置として艦娘は存在しているが、その戦力は組織同士、国家同士の争いにおいても高い評価を得る。その為、少し前まで暴力組織により艦娘が誘拐され、海外に売り飛ばされる被害が出ており、近年はおさまっていた現象だった。
霞は危険な気色を感じてその場を離れようとするが、彼女一人で持つには多すぎる紙袋に手間取っていた。もたついている間に、3人組によって逃げ道を塞がれていた。
「ねえ君。一人?」
正面のリーダー格の男が霞に話しかける。霞は出来るだけ3人組と目を合わせないようにしながら、不機嫌にそっけなく応対することにした。
「……人を待ってるの」
「またまたぁ~、そんな嘘つかなくてもいいじゃんか。俺らと遊ぼうよ」
左にいた男が馴れ馴れしく霞に話しかける。どうやら彼らは霞に金以外のモノも期待しているらしい。その下衆な考えに霞は苛立ちを覚えつつも、努めて冷静に対応する。
「嘘じゃないわよ……上官を待ってるの」
「……!?……い、いや上官とこんなところに来るわけないっしょ?」
「と、とりあえずさ、こんな所で喋ってるのも何だし、移動しようぜ?」
左の男が霞の返答にうろたえると、右の男も参加し、霞の苛立ちがさらに募る。
「嫌よ。ここを動いたら待ち合わせの意味なくなるじゃない」
「上官さんには俺らから連絡しておくからさ。絶対退屈させないって」
「どうやって連絡するの?」
「そ、それは……」
左の男の軽率な発言に霞がストレートに切り返すと、再び口ごもる。どうやらこの軽い男は頭があまりよろしくないらしい。
「に、荷物もってやるよ。重いだろ?」
「触んなっ!」
慌てて右の男が置かれた紙袋に手を伸ばすと、霞はその手を払った。この時点で霞は随分と頭に来ていた。
「おいテメェ」
「……何よ」
左右の男が霞に悪戦苦闘していると、リーダー格の男が霞に話しかける。その顔には青筋が浮かんでいた。この金髪の男、随分と短気なのである。
「俺らの事、さっきから舐めてんのか?」
「アンタらがどっかに行ってくれたら何も言わないわよ。そもそも、私は人を待ってるって言ったじゃない!」
「生意気言ってんじゃねーぞクソガキが!」
元々偶然霞が居て、急遽行動したのだ。作戦など立てているはずもなく、アドリブの利かない彼らでは苦戦することは目に見えていたのだが、思い通りにならない状況に、遂にリーダー格の男がキレたのだ。
「きゃっ!?」
男に突き飛ばされベンチに尻餅をつく霞。視線を戻すと、3人組の男が眼前まで迫り、霞を連れて行こうと手を伸ばす。3対1。分が悪すぎると判断した霞の表情に絶望が差した。
(怖い、助けて……)
心の中で叫ぶが、誰にも聞こえるはずがない。そうして、男の手が霞の右手を掴もうとしたその時。
「お前ら俺の部下に何やってんの?」
「……へ?」
「あぁ?」
その男の手をがっちりと掴んだ提督が、横から割り込んできた。手を掴まれた左の男が提督をにらみつけると同時。左の男が一瞬で地面に引き倒された。
「いだいッ!いだだだだだだッ」
「お前らさ、俺の大事な大事な部下に何をしようとしたんだ?」
関節を極められておとなしくなった左の男を死体蹴りの如くあしらうと、リーダー格の男に話しかける。
(あ、この顔はヤバイ顔だ)
一瞬見えた横顔で霞は悟った。提督は完全にキレていると。その顔はイベント海域で沼りに沼った時、海を見つめていた顔とよく似ている。
「て、テメェ――うっ!?」
金髪の男が提督を睨んだ瞬間、腹に冷たい物を突き付けられた。暴力の世界に生きる彼は、その感触が何なのかを良く知っている。
「ここは俺も穏便に済ませたいんだ。霞とはこの後予定もあるしな。今すぐ立ち去れば警察も憲兵も呼ばない。分かってるよな?軍人にいい思い出は無いだろう?」
耳元で提督がそうささやくと、金髪の男が青ざめる。感じ取ったのだ。こちらが抵抗すれば彼に躊躇いも容赦もないと。そして、あの事件を起こして暴力の世界を黙らせた男と同じ匂いがすると。
「……行くぞ」
金髪の男が立ち去ると、仲間の二人も逃げるように去って行く。それを見えなくなるまで見送った後、提督は霞の方へ振り返り、頭を下げた。
「へっ?」
「悪い、気づくのが遅れた。そのせいで霞に怖い思いをさせちまった」
「だ、大丈夫よあんな連中!……でも、助けてくれてありがとう」
「……霞がデレただと!?」
「その一言で台無しよッ!どういたしましてすら言えないの!?」
霞のミドルキックが提督の腿に炸裂し、本日のショッピングは終了となった。